魔法史の教科書に載る魔法使いを育てた男
誰もが生まれながら魔力を持つ異世界。
生まれながら桁外れな魔力を持つ者は神童と崇められ、中でも戦争や魔物の襲来で多大な戦果を挙げた者、または天才的な頭脳で、人々の暮らしを豊かにする魔道具を作り上げた者は、その偉業をたたえられ、大魔導師と呼ばれていた。
その名を冠する者を誰もが羨み、そして魔法史に名を残すであろう偉人たちに尊敬の念を抱いていたのだった。
その反面、優秀な血統が重んじられるようになった魔法貴族たちの家では、生まれた時の魔力量で子供の価値が決まるようになった。
魔力の乏しい子供には人権などなく、良くて家から追い出され捨てられるか、最悪生まれた瞬間に口封じとして消されるのだ。
中でも数多くの優秀な魔法使いを有する、世界で最大の都市、魔法王都では、その繁栄の裏では多くの捨てられた子供たちが集まり暮らすスラムが存在している。
せいぜい指先に小さな光を点すぐらいしか魔力のない子供たちは、時折やって来る魔力を持て余した人をいたぶるのが趣味の魔法貴族。
魔法実験のための被検体として子供を攫っていく違法魔法使いなどに見つからないよう、日々を怯えて過ごしていた。
そんなある日、スラムに1人の男がフラリと現れる。
「君たちを、魔法史の教科書に残る英雄にしてあげよう」
その男の名はエンヴィー。
エンヴィーは子供たちにまず名前と食糧を与え、空間魔法で誰にも干渉されない安全地帯をスラムの中に作りあげた。
そこで彼は子供たち一人一人に魔法の技術を教えていったのである。
エンヴィーの教育が進むにつれ、子供たちの才能が開花して行き、子供たちが12歳になる頃には魔法貴族と比べても遜色ないほどに腕を上げていた。
────さらに時が経ち、子供たちが16、17歳になった頃、立派に育った彼らの前でエンヴィーは卒業を言い渡した。
「私がここに来て数年……君たちは私の教育課程を見事に学習し終え、各々が得意な魔法を極めた。最後までついて来れた君たちを、私は誇りに思う。そんな君たちに卒業を言い渡す……中でも優秀な成績を修めた者たちは前へ!」
エンヴィーの号令に5人の子供たちが歩み出た。
「ヴリトラ……君はみんなの中でも炎魔法と闇魔法を極めた男だ。君のその力はあらゆる障害を跳ね除けるだろう!」
「ありがとう……先生! 俺、先生のおかげでここまで強くなれたよ!うぅぅぅぅぅ!!」
ヴリトラと呼ばれた少年は先生の前で大泣きしていた。
彼は平民の生まれだが、両親は貴族に反逆し殺されヴリトラだけスラムに逃げ生き延びた。
ロクな食事も取れず、エンヴィーとの出会い当初はガリガリに痩せていたが、今ではガッシリした肉体の赤毛混じりの黒髪の大男に。
見た目も厳つく成長したが、そんな彼が大声で空を仰ぎ泣きわめ男泣きをしながら先生からの祝辞を心で噛み締めていた。
「次にセイレン……君の水魔法の技術はとても素晴らしい。魔法のコントロールにおいて君の次に出る者は居ないだろう!」
「先生……いえ、まだまだですわ。これは全て先生が教えてくれた事……先生にはまだまだ敵いません」
「それでも、だ。そこまでの域に到達したのは君自身の努力だ、誇っていい」
「……! ありがとう、ございます!」
セイレンと呼ばれた少女も顔を真っ赤にして俯いてしまう。
彼女は元は貴族の生まれだが、生まれ持った魔力の少なさに捨てられた。
しかしエンヴィーの指導のもと膨大な魔力、そして緻密な魔力操作は教え子たちの中でも随一となった。
彼女は恩師からの褒め言葉が恥ずかしいのか帽子で顔を隠すも恐らくその目は涙で真っ赤に染まっているだろう。
「そしてグレモリー、君の開発した魔道具は本当に見事だ!
あそこまで繊細に稼働する魔道具を私は見た事が無い!」
「ヒヒッ……そんな褒められるなんて……至極恐悦……」
グレモリーと呼ばれた怪しげに笑う少年は頻りに眼鏡をくいくいっと持ち上げる。
それは、昔から彼が嬉しい時にする癖だという事は共に学んだ誰もが知っている事だった。
彼は落ちぶれた魔道具師の家系でスラムでもよく、壊れた魔道具を1人いじっては遊んでいた。
その手際の良さをエンヴィーに認められ、彼に師事する事でさらに複雑な魔道具を作り上げるまでに至った。
「アイザス……君の風魔法はその身体に流れるエルフの血筋のおかげもあったのだろう。この世界に君の風が届かぬ場所は無い。君がこの先、どんな結果を残すか私は風の便りを楽しみにしているよ!」
「はっ! ありがとうございます教官! 此処を出てからも見事な活躍を約束します!」
アイザスと呼ばれたハーフエルフの少女は敬礼しながらエンヴィーの言葉に答える。
捨てられる前、魔法貴族の中でも軍家の生まれだったためかエンヴィーの事を一人だけ教官と呼び、軍人気質に育った。
他の種族と積極的に関わりを持たない、排他的な種族であるエルフを奴隷商で購入した父は物珍しさから身篭らせた。
アイザスが生まれてしばらくは屋敷で監禁同然の生活を余儀なくしていたが、彼女が3歳になる頃にはスラムに捨てられた。
母親はどうなったかは分からないが、今は尊敬する教官に出会えた事によって生んでくれた事に感謝している。
「そして最後に……ベクター! 君とはよく魔法談義で深夜まで盛り上がったね。またいつか再会した時に、あの日遅くまで話し合った魔法理論を考察しようじゃないか!」
「先生……僕たち、魔法使いの落ちこぼれがここまで立派に成長できたのは全部先生のおかげです。この恩は感謝しても……しきれません!」
最後にベクターと呼ばれた少し影の薄い少年が皆を代表するように深々と頭を下げる。
彼はエンヴィーが来る前にスラムの子ども達を陰ながら仕切っていた裏のリーダー的存在だった。
いつ頃からスラムに居たのかは誰も覚えてないが世話焼き上手で共にエンヴィーに学んだみんなとも仲が良く、エンヴィーとも魔法談義で盛り上がった。
そして彼ら5人の後ろでも多くの教え子たちが恩師にここまで育て、教え、導いてくれた事に感謝の涙を流している。
「他のみんなも、よく今まで頑張ってくれた……感謝なんてしなくても良い。私は君たちを教科書に載る英雄に育てると約束したのだからね。私はそのための技術を叩き込んだだけに過ぎない……どうしても私に恩返ししたいと言うのなら、君たちならもう分かっているだろ?」
エンヴィーのその一言で全員が涙を拭い顔を上げた。
その全員の目には決意の意思が宿っている。
そうだ、まだ魔法史に残るという目的を果たしたわけじゃない、本番はこれからなのだ。
「君たちが此処から出て行った時、私も出て行く……二度と会えないかもしれないが、君たちは私の息子同然だ。いつでも私は君たちの勇姿を想っているぞ!」
──────そして、卒業式は終わった。
最後にもう一度別れの挨拶を済ませ一人、また一人とスラムから出て行く。
自分たちをここまで育てあげてくれた恩師との約束を果たすために、そして自身たちの過去から決別するために。
彼らが生まれてからほとんどの時間を過ごして来たかつての学び舎であり家である此処に残る者は誰も居ない。
やがて最後の一人が去った時、エンヴィーも闇に溶けるようにその場から姿を消した。
偉大なる恩師との約束を果たすため、彼らは歩き出したのだ。
───そして数百年の魔法史に残る地獄がはじまった。
突如、世界各地に現れた謎の魔法使いたちが街や都市を襲撃する事件が発生した。
彼ら一人一人が魔法貴族を歯牙にもかけないほどの実力を持ち、事態を重く見た魔法王都は大魔導師、そして折り紙つきの実力を持つ魔法貴族たちを彼らの討伐に派遣した。
結果は屍の山が積み上がるだけだった。
後の世でそれは魔法大戦と呼ばれる。
その被害は凄まじく、13人居たとされる大魔導師がたった1人を残し戦死。
魔法貴族も数人の生き残りが這う這うの体で王都に戻って来るも、既に多くの魔法使いを失った王都は押し寄せるヤツらに抵抗も出来ず、瞬く間に陥落した。
かつてこの世の栄華を極めたとされる魔法王都が一晩で灰になったのだ。
生き残った数少ない人々は廃墟で震えながら夜の闇に怯えて過ごし、かつてのスラムで暮らしていた子供たち同然の生活を送るのだった。
魔法史上、多くの犠牲者を出した魔法大戦だが、中でも殺戮の限りを尽くしたとされる者たちを下記に記す。
爆殺皇・ヴリトラ
炎魔法の中でも殺傷力の高い爆炎魔法、そして闇魔法の中でも禁呪と言われた生命への干渉を極めた男。
彼は自身の命が尽きる瞬間、自身を中心に大爆発を起こし、殺した生物の数だけ自分の命をストックするという常人では考えられない恐るべき複合魔法を常時発動していた。
特に都市や人の多い戦場でのヴリトラの犠牲となった者は数が知れず。
結界魔法に長けた大魔導師マルセイユがヴリトラを結界に閉じ込め、封印を試みたが圧倒的な破壊力を封じ切れず失敗に終わってしまう。
そのままマルセイユは返り討ちにあい、ヴリトラを止められる者は居らず、彼が寿命でこの世を去るまで人々に安寧は訪れなかった。
水呑み・セイレン
水魔法を操る最も魔法貴族を殺した魔女。
水魔法の深淵を極めた彼女は、人体に流れる血液にすら干渉し操り、多くの魔法貴族の息の根を止めた。
大魔導師3人がかりでセイレンの討伐を実行したが失敗に終わり、全員が首や足を捻じ切られ殺害されるという悲惨な最期を遂げた。
海の近い魔法都市では特にセイレンによる被害は凄まじく、今も残骸となった魔法都市が海の深くで眠っている。
消えぬ災害・グレモリー
純粋な殺戮を目的とした多くの魔道具を作り上げたとされる最悪の魔道具士。
大戦ではグレモリーが作った魔道具で多くの魔法使いが犠牲になり、また都市部では浄化魔法すら効かない毒による疫病が蔓延した。
転移魔法が使える大魔導師ベルマーレがグレモリーの本拠地に単身で乗り込み暗殺を成功させる。
だが、その時すでに自身の魂を魔道具に移していたグレモリーに急襲されて捕まり、悪意ある人体実験を施された大魔導師は発狂した。
見るも無惨な姿にされ物言わぬ戦闘人形と化した大魔導師をグレモリーは支配下に置き、肉体という枷から解き放たれた後はそれまで以上に被害を撒き散らした。
今でも危険な魔道具が地中に眠っているとされる。
血まみれ戦姫・アイザス
たった1人で数千人の魔法使いを相手取り、常にその姿は返り血で染まっていたとされる。
アイザスの操る風魔法は生半可な魔法障壁で防ぐ事は出来ず、ひと凪で数人の魔法使いの身体や首を両断した。
大魔導師が2人でアイザスに挑むも返り討ちにあい戦死。
防御魔法に長け、都市の守りを任されていた大魔導師タイタンが大規模な魔法障壁の都市を守っていたが、アイザスの緻密な大気の操作によって都市周辺全ての空気が無くなり彼も民も全滅は免れなかった。
そして長命種族であるエルフの血を引くために長い時を生き、最も長く魔法使いを殺した魔女と呼ばれた。
何処にでも居る者・ベクター
上記に載っている者の中でも情報は少ないが、彼こそが最も大魔導師を殺した男である。
詳しくは口伝でしか残ってないが、ベクターは完全に気配を殺せるほどの隠密魔法の使い手で、忍び寄る魔の手によって多くの指揮官、そして4人もの大魔導師が何も出来ずに殺害された。
推測だが、ベクターが使っていた隠密魔法はただの隠密ではなく、自身の存在すらも曖昧なモノにしていたのではないだろうか?
そう考えれば何処にでも現れるというのに納得がゆく。
もしかしたら今でも建物の裏や物陰にでも潜んでいるのかもしれない。
時代の流れによって亡くなっている事を切に願う。
上記に記した5人以外の魔法使いたちによっても夥しい数の犠牲者を出し、当時は世界の人口が1000分の1にまで減少したとされる。
今も当時の爪痕を残しながらも、街の再建や魔法学校の運営など人々は営みを取り戻しつつある。
しかし、過去を忘れないために私はこの書に、そして魔法史に記そう。
願わくば、誰もがあの悲劇を忘れないことを……
最後の大魔導師 マクラミン
ここまでを書いて私は本を閉じた。
「忘れてはならぬ……これが唯一あの戦いで生き残ったワシに出来る事なのだから」
独り言をもらし、大魔導師マクラミンは椅子にもたれ掛かり、当時の出来事に思いを馳せる。
ほとんどの大魔導師が殺され、唯一残った時空魔法の使い手であるマクラミンは、自身を未来に飛ばす事で犠牲になるのを回避した。
マクラミンの時空魔法は強力だが、未来へ飛ぶ事は出来ても逆に過去へは行けない一方通行の魔法。
自分だけ逃げ出したという罪の意識に苛まれた彼は贖罪を兼ねて、未来で魔法学校を開き、あの地獄の時代を生き残った者たちの末裔に魔法の教えを説いていた。
そして今、日々増えていく生徒たちのためにマクラミンは教科書を作っている途中だった。
過去の事柄を1つ1つ思い出しながら丁寧に製本作業を行っていたマクラミンだが、そこでふと思い出す。
「そういえば……奴らは言っていたな。先生のために、と」
かつてマクラミンの眼前にまで迫ってきた魔法使いたちが言ってた事を思い出す。
『先生のために、世界に僕らの名を刻む』
すんでのところで未来への退避は間に合ったが、奴らの言う先生とは一体何者なのか。
マクラミンは疑問に思うがもはや確認する術は無い……少し休憩しようとマクラミンはゆっくり瞼を閉じた。
「知りたい、ですか?」
突如背後から、男の声が聴こえた。
そして気づけばマクラミンの身体は金縛りのように動けない。
魔法すらも発動出来ない、一体これはどういう事だ。
マクラミンの額から滝のように汗が流れる。
どれくらい時間が経っただろうか、マクラミンにとっては1秒1秒がとてつもなく長く感じる。
カツンカツンと何者かがマクラミンに歩み寄り、頭を掴んだ。
「生き証人である貴方には教えてあげますよ、全てを」
そう男が言った瞬間、マクラミンの中に存在しない記憶が流れ込む。
急速に流れてくる情報量にマクラミンの脳は悲鳴をあげるように激痛が走るが、謎の男の力によって動けない彼に抵抗のしようなど無い。
マクラミンの中で多くの景色がフラッシュバックする。
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先生!見てこれ、すごいでしょ!俺がやったんだぜ!
「えぇ、素晴らしいですよヴリトラ。君の魔力量がさっきまでと比べて見事に上昇しています」
んーでもコイツら殺して良かったの? エルフとか言う奴なんだろ? アイザスに怒られないかなぁ……
「大丈夫ですよ、何せみんな似たような方法で魔力を上げてますから。この禁呪、命喰らいは自身が殺した相手の魔力を奪う。なので魔力の多い生き物でやった方が効率が良いんですよ」
さっすが先生は物知りだなー、俺もっと殺して殺して殺しまくって今よりも強くなるよ!
「その意気ですよ。ヴリトラ」
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先生……この人たち、もう動かなくなっちゃった。
「おや、せっかくスラムの周囲を屯してる所を捕まえて来たのですが……子供を実験体にするのに自分たちは実験体になる覚悟がなかったんですね」
まだ、腕と足しか捻じり切ってないのに……人ってこんな簡単に死ぬんだね。
「そうですね。でもセイレン、君ならもっと魔力操作を上手く出来れば効率良く殺せますよ」
本当? 私、がんばるよ先生。
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ヒヒヒッ……先生、こんなの、作ってみたんだけど……
「どれどれ……グレモリー、君は相変わらず良いセンスをしていますね。小動物の中に疫病を撒き散らす毒を仕込むなんて素晴らしいですよ」
ヒヒッ……て、照れる……
「それと前に教えた魂移しの準備も順調そうですね。素体の魔道具の手配はこちらでやっておくので入念に取り掛かりなさい」
わ、分かりました。ヒヒヒッ……
「君の魔道具がたくさんの命を奪うのを今から楽しみにしています、グレモリー……」
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ハァっ! やりました教官! 1回の魔法で10人の首を飛ばせました!
「えぇ見事な風魔法ですよアイザス。ほら、見てご覧なさい、噴水のような血飛沫が綺麗でしょう!」
はいっ教官! 次は20……いや、30人同時に跳ね飛ばしてみせます!
「その意気ですよ。ついでに風魔法での空気の操作のコツも教えてあげます」
今からご指導頂けるのですか!? ありがとうございます教官!
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「ベクター……おやおや見かけないと思えばここに居たのですか」
……はい、先生。ちょっと魔法で気になる事があってですね。
「ふむ? 一体どんな事が気になったのですか」
隠密魔法で自分の姿を消す度に思うんだ。人はどこまでがこの世界に存在していてどこまでが存在できない線なのかって。
「なるほど……だから彼らを使って実験を?」
はい。スラムにやって来た所を捕まえた魔法貴族の子息で実験しました。彼らに極限まで隠密魔法をかけ、どこまでが人として踏みとどまれる領域なのかと観察していました。
「そのおかげでベクターがこの部屋に居るのに気付けましたよ。嫌だ、消えたくないって声が部屋の外まで聞こえて来ましたからね」
騒がしくして、ごめんなさい先生。
「いえいえ、謝る事はないですよ。この部屋に居る人達はどうせ廃棄物なんですから有効活用は大事ですよ。よろしければもっと上手くいく魔法を教えましょう」
本当ですか? 助かります。
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「ねぇ、お父さんお母さん。なんで僕は外に出ちゃダメなの?」
エンヴィー……またその事かい。もうその話はいいだろ。
「でもさでもさ、お父さんやお母さんたちは凄い事をやってるんだよね。みんなに言って褒めてもらおうよ」
あぁエンヴィー、それは素晴らしい事だけどそれが出来ない理由があるのよ。分かってちょうだい。
「お母さん……分かった。お父さんも無理言ってごめんなさい」
お前が大きくなったら俺たちがやっている事を教える……だからそれまで待っていてくれ。
「うん……僕、大きくなったらお父さんお母さんのこと手伝えるようにいっぱい勉強するよ」
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「これが……両親が遺してくれた魔法、禁呪と呼ばれるものですか」
そうだ……ゲホッ!
エンヴィー、お前の両親はその研究に人生を費やしていた。そしてお前にその理論を遺した2人は、消された……
「こんなに複雑で洗練された魔法理論なのに? こんなにも素晴らしいのに? 禁呪だって使い方次第なのに? 一体何がダメなのでしょうか?」
結局、頭の硬い魔法使い共は触らぬ神に祟りなしなんだろうよ……もう禁呪の研究をしてた魔術結社は消滅した。お前は今後どうするつもりだ、エンヴィー。
「……両親が遺したものを私が伝えていきます。絶対に無かった事にはなどしません。誰の記憶にも残るように……世界の人々に刻みつけてやる……!」
そう、か……アイツらとは長い付き合いだったが、こんなロクでもない息子を遺して逝きやがって……ゴホッ!
まぁいい、好きにしろ……この、腐れ切った世界を、お前の……
………………バタッ
「……さようなら、私の恩人。そして両親の友よ」
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「はぁ……はぁ……!」
無限に続くかと思われた記録の供給が止まり、金縛りの解けたマクラミンは床に倒れ込む。
未だに頭中に激痛が走り、視界が安定しないながらもマクラミンは何とか男の顔を見ようと痛みで歪んだ顔を上げる。
そこには
誰も居なかった。
「今のは……い、一体……!?」
居るはずだった声の主の姿が無く、困惑が止まないマクラミン。あれは幻覚幻聴の類いだったのか?
だが確かに男は言っていた、『全てを教える』と。
それを書き記すのがあの戦いから逃げたマクラミンの役割だと言うように。
「もしや……もしやもしや! あの光景は奴らの過去……!?
そしてあの男が奴らに魔法……いや、禁呪を教えたと言うのか! あんな……あんな理由で!!?」
あの男の狂気に満ちた目的を知ったマクラミンは恐怖に震えながら、今見た全てを限りなく紙へと書き写した。
翌朝、書き終えたマクラミンが事切れているのを他の魔法使いが発見し、最後の大魔導師が亡くなった事が人々に伝えられた。
……そしてマクラミンが書き遺したモノも人々は忘れてはならない恐怖として記録していく。
数百年前に起きた魔法大戦、数多の犠牲を出した殺戮の魔法使いたち。
そして彼ら殺戮者を育てた禁呪の支配者エンヴィーという男の名を。
彼らの名は永遠に語り継がれるだろう。
エンヴィー
禁呪の研究をしていた魔術結社の2人の間に生まれた。
魔術結社では禁呪の安全性を確立するための実験をしていたのだが危険視した魔法省によって殲滅。
エンヴィーと彼の両親と付き合いのあった研究員を除いて全員が殺された。
エンヴィーを連れ出した研究員も傷が原因で死亡。
その後、エンヴィーは両親が託した禁呪の研究資料を持ち姿を消す。
そして数年後「例えどんな形でも両親が遺した結果をこの世に知らしめる」という信念のもと、スラムで子ども達に禁呪を教え、世界中に破滅を撒き散らした。
その後、彼がどうなったか知る者は居ない。