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灰かぶりのお隣さん

作者: 青空

 

 農家の朝は早い。

 僕は顔を洗い、着替えを済ませて外にあるカボチャ畑に出る。


 収穫するために少し前に横に倒れているかぼちゃ達を上向きにしてある。

 それらを収穫していき、背中の籠に放り込む。


 なれた作業。


 手は動かしながら顔はお隣さんの家を向く。


 灰かぶり。そう呼ばれているあの子はいつもこの時間に外を掃除している。

 他のお姉さんたちは誰も手伝わず、あの子にだけ押し付けている。


 おかしな状況なのに、誰も、何も言わない。僕は所詮、居候。当たり前なのかどうか知らなくて家主さんに聞いた。


「あの子は……そのために働いているんだ。」


 僕にはどういう意味かは分からなかった。どうして誰も手を差し伸べないの?


 僕はあの子に会いに行っていいかを聞くと、家主さんは悩んだ後にあの子のお姉さん達にバレないようにね、と言ってくれた。


 だから僕はかぼちゃ畑の世話のついでにあの子にいつも会いに行く。


 今日は収穫日で、用意しているものもあるから。


「おーいっ!」


 あの子の名前を僕は知らない。みんなからは灰かぶりって呼ばれてる。

 灰かぶりはかわいそうだと思って、名前で呼ぼうとしたけど、あの子に名前はないらしい。


 僕の声に気づいたあの子は箒を片手に微笑んだ。


 後ろでかぼちゃが擦れ合う音を聞きながらあの子の元へたどり着く。


「おはよっ。」


「おはようございます。」


 ぺこりと綺麗な礼をする。小汚い服装とのギャップが僕に違和感を抱かせる。


 こうやって挨拶が出来るようになるまでは時間がかかった。

 最初は会う度に逃げられていたから。

 理由は誰かに仕事を手伝わせるとお姉さんに怒られるからって言ってた。


 仕方ないから僕はやり方を変えた。それが──


「今日はとれたてだから、美味しいよっ。」


 持ってきたのはかぼちゃのタルト。

 皿に乗せられたタルトからはケーキのような単純な甘い匂いとは違う、香ばしい匂いが漂っている。


「わぁ!」


 顔を綻ばせてその皿を受け取る。

 同じように持ってきたフォークも渡して、この子の家の縁に一緒に腰掛け、タルトを食べるのを眺めた。


「美味しいですっ。」


 顔いっぱいに幸福を広げて、ひとくちひとくちをだいじに、大事にたべる。


「良かった。」


 家主さんと日々試行錯誤しながら作るタルトは、この子が食べる度に美味しくなっている。


 家主さんは、売りに出せそうだからそれまでは作ってやるよと少し顔を逸らしながら言っていた。


 そんないい人の元で働けている事を僕はいつもここで実感する。


 やがてタルトを食べ終え、少し残念そうな顔で僕に皿とフォークを返した。


「ごちそうさまでした……。」


「? お粗末様です。」


 少し残念そうな顔をするのはいつも見ている。その度に僕はまた持ってくるからと言う。


 でも、今日はなんだか雰囲気が違った。


「……どうしたの?」


「今日は、舞踏会なのです。」


 心底残念そうに言った。舞踏会ってそんな辛いものだっけ。


「君は行かないの?」


「いえ、……行くには行くと思うのですが。」


 はっきりとしない返事。


「分からないけど、行くなら思う存分楽しんできてよ。僕はお城には行けないからなぁ、後で感想、おしえてねっ?」


 元気付けるようになるべく明るく努めた。


「はいっ。」



 *



 彼が籠を背負って、私が食べた皿を持って去っていった。


「お別れは済んだかい?」


 ゆらりと揺らめいた場所から三角帽子を被った魔女が現れる。


「言っちゃダメなんですよね?」


「ああ、もちろん。あの子はイレギュラー。他の人ならまだしも、やろうとすればあんたをシンデレラにする事さえ、邪魔できる。」


「降りたいなぁ。」


 私は心からそう思った。

 灰かぶりとして数年生きてきた中、彼の存在はとても有難かった。

 優しくて、なるべく頼れる人の様に余裕があるわけでもなく振る舞う彼。


 でもきっと、私は王子様を見た瞬間、心を奪われる。

 偽りの恋。


 いえ、きっとそれはそれで幸せなのでしょう。


 でも私は、彼と一緒に庭でゆるりと過ごす日の方が好きなのです。


「すまないねぇ。」


 魔女が申し訳なさそうに頭を下げた。


「貴方のせいではないですよ。それに本来私は、彼に会うことさえなかったんです。幸せでしたよ。」


 嘘だ。

 私は……。


「そう言ってもらうと助かるよ。さっ、期限は十二時までだ。楽しんでおいで。」


 いつの間にかドレス姿に変わった私は魔女と同じように揺らめきから現れたかぼちゃの馬車に乗り込んだ。



 *


 次の朝起きると街の掲示板に王子様からの触れ込みがあった。


 ”ガラスの靴を履いていたシンデレラを探している。“


 シンデレラ? ガラスの靴?


 なんともお洒落な。大層美しい人なんだろうなぁ。


 ……そういえば、舞踏会はどうだったのだろう。


 僕はあの子に会いに行くことにした。

 幸い、街の女性は誰もがガラスの靴を履けるかどうかにあたふたと王子を探していて、きっとあの子のお姉さん達も同じだろう。


 そう判断してこっそりとあの子の家の裏から近づいた。


 すると、家の前が賑わっているのが聞こえた。


 こっそり覗き込むと丁度王子様があの子の家の前に立っていた。


 あの子のお姉さん達がガラスの靴を履こうと必死になっていたけど踵だったりつま先が合わなかった。


「あ。」


 あの子もその場にいた。


 そして、あの子の足は綺麗にガラスの靴に収まった。


 静寂。そして歓喜。


 ガラスの靴を履くと同時にあの子の姿が美しいドレス姿に変わった。


 今までの格好がまるで隠れ蓑のように見えるくらいにはその姿は似合っていた。


 本当はあの格好が正しいって言ってるみたい。


 王子様は膝をついて、あの子の手にキスを落とした。


 それを見た僕は踵を返した。

 なんだか涙が止まらなかった。



 *


 ドレスの裾を持ち上げて走る。


 誰もが突然の行動に驚いてその場を動けなかった。


 胸に残るのは罪悪感。そして後悔。


 そして、視界の端に写った彼の駆け出した姿。


 追わないと。


 このまま終わるのはきっと違うと私は思った。


 本当は隠れてやり過ごすつもりだったのに、姉妹の数を正確に把握していた王子様によって見つけられた。


 きっとそれは正しい結末へ導くための道標だとは分かっていた。


 でも、やっぱり。


 ……見つけた。


 彼はかぼちゃ畑の縁の柵に背中を預けていた。


「──っ!」


 彼の名を呼ぶ。

 ハッとしたように顔を上げて彼は私を見た。


「どうして? シンデレラなんでしょう?」


 それを聞くなら涙を流して言わないでほしい。


「はぁっ、はぁっ。」


 とても走りにくい格好で畦道を走ったのでとても疲れた。


 息を整えて彼に向き直る。


 でも、何を言えばいいのか分からない。

 いえ、分からなくはないけれどそれはすぐに意味のないただの戯言になってしまう。


 それでも。きっと言うべきだと思った。


「私は……貴方のことが好きだったの──! 貴方を避け続けた私に根気よく、けれど一度も怒らずに、接してくれた貴方に。」


 そんな器があるのに、話してみてるとすぐにあたふたする癖に、気丈に振る舞おうとする彼が。


 王子様に目の前でキスを落とされて何を言っているんだと思われても仕方がない。


 でも彼ならこの気持ちが分かってくれそうな気がした。


「僕には何があったのかは分からないけど、君が幸せなら僕は満足だよ?」


 不思議そうな顔をしながら彼は言う。


 だから、それを言うならその涙をしまってくれないと。

 でも、そんな所が好きなのです。


「ねぇ、逃げませんか?」


 だから私は堕落的な誘いを持ちかけた。


 彼はピクリと眉を動かす。

 でも、首を振る。


「ダメだよ。君は王子様の元で幸せになるべきだ。せっかく、──から抜け出せるかも知れないのに。」


 灰かぶり、彼は決してその言葉を使おうとはしない。

 そんなに拘らなくても良いのに。


「そうですね、王子様となら幸せになれると思います。」


「だったら……。」


 我ながら意地悪だと思う。

 姉さん達の血は私にも通っている事を教えてくれているみたい。


「でも、本当は貴方が王子様だったらどんなに幸せだろうと思ったんです。」


 私が見つけた答え。


 叶わないなら、一緒にいられればそれで良いんだと思った。


「マザー?」


 私はきっと側でこれを見ているであろう魔女に向かって呼びかける。


 一瞬の沈黙の後、ゆらりと魔女が現れた。


「うわっ!?」


 彼が驚いて後ずさる。

 私は笑い出しそうになるのを手で押さえながら魔女に問いかける。


「私と彼が一緒に過ごせるような魔法。ありませんか?」


 魔女は深くため息をついた。


「あれだけ言ったのにイレギュラーに絆されてるじゃないか……。」


「ダメですか?」


「いいや、あたしならきっと同じ事を思ったさ。」


 魔女は苦笑しながら杖を振った。

 私の姿が煌びやかなドレスからいつもの灰かぶりに戻る。


「予定が狂っちまうけど、別のシンデレラを探すとするよ。でも良いのかい? 決められたレールならどんな事故だって起こらないんだよ?」


「未来は分からない方がきっと素敵です。」


「ふっ、そうかい。なら楽しんできな。」


 杖をもう一度振ると私の視界が白に染まった。



 *


「数日後、町外れにおいしい、美味しい、かぼちゃのお菓子を売る店が出来ました。とある夫婦が営むその店はとても繁盛したのでした。」


 パタンと本が閉じられた。


 すると、本を持っていく大人の前に座っていた子供達の一人が手を挙げた。


「どうしてシンデレラは王子様とけっこんしなかったの?」


「私はシンデレラではないから分かりませんが、……そうですね、大事なものはきっと側にあると言う事なのでしょうね。」


 尚更分からないという顔をする子供達に本を持っていたその大人は微笑んでいた。


お読みいただきありがとうございます。


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