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キスと弾丸  作者: 蒼治
1 首都連続首切事件
9/53

9

「君達」

 背後……ソファの背の向こうに誰かが立っていることを感じた。その直後には言葉が降ってきたが。

「彼女は僕のつれだがなにか用かな?」

 ジョンが、生まれついて尊大です、とばかりの声音で言った。青年達は首をひねって背後を見ようとしたが、その肩をジョンに捕まれた。

「痛い!」

 一人は顔を歪め、もう一人は叫んだ。


「おっと失礼、少々力が強かったようだ」

「あんたは一体」

 青年達は力を入れてなんとか背後を見上げた。ソフィアも見ようかと思ったが、ちょうど真後ろなので彼を視界に入れることはできなかった。

「君達と同じ招待客だ。女性と話をしたいなら、会場に戻ったほうがいい。ダンスが始まったようだが、壁の花となっている若い娘さんが幾人もいたぞ」

 ジョンが手を放すとはじかれたように二人は立ち上がる。そして押さえつけられていた肩を苦悶の表情で押さえた。


「さあ」

 ジョンはその端正な顔立ちにうっすらと微笑を浮かべて図書室の出口を指し示した。しばらくは不満そうにジョンとにらみ合っていた二人だが、やがてしぶしぶそのまま出て行った。

 残ったジョンは座って見上げているソフィアに視線を移す。

「妙なのに絡まれたじゃないか」

「わたしのせいじゃないわ」

「君のせいとは言っていない。まあ、君が美しいせいだがな」

 ソフィアは耳を疑った。


 今、一体何を言ったのだジョン・スミスは。美しい?褒めた?普通に?次は一体どんな非常識発言が飛び出してくるのだろう。まさかこれで終わらないわよね?ジョン・スミスに限ってまさか。さあ次のトンデモ発言を期待しているわよ。


 思わずソフィアは身構える。

 ここしばらく、ジョンと日が落ちて明りが消えた街を巡っているが、ジョンからはあまり自分に対して女性としての気遣いを感じなかった。だからまさかソフィアの美醜に意味を持たせているとは思わなかった。

「……今の君の表情を見るに」

 ジョンは眉をひそめた。

「君はどうやら僕を誤解しているようだが」


「いや十分理解しています」

「僕の美醜の感覚はそれなりにまともだ」

 しっかりしろー!と叫んで殴ってやったほうが良いのだろうか。私の欝憤も晴らせるし一石二鳥、と、思ったソフィアだが。

 気がつけは心拍数が異常に上がっている。耳が熱い。


 後ろを向いていた顔を戻してうつむけば、ジョンはそのままソフィアの背後でソファの背に手をかけるよう様にして楽な姿勢をとると、話を続けた。互いの顔は見えないことでソフィアは少し安心できる。

「君は美しいと思うよ」

「……ジョン」

「特に僕の感覚では。その清楚な黒髪も思慮深そうな碧の目も、綺麗な歯並びも大好きだ」

 どうしたジョン、正気に戻れといいかけたが、声の調子ではジョンはあくまでもいつもの通りだった。それをどうとって良いのかソフィアは迷う。


 いつもどおりの気楽さで言う言葉だから、裏は無い。

 ……いつもどおりの気楽さで言うのだから、深い意図はない。

 ま、後者ね、とソフィアは自分の調子を取り戻した。ジョンは別にソフィアに特別な好意を抱いているわけではない。ただ、美しいとは感じているがそれだけだ。


「心のまっすぐさも真剣さも、あまり見たことがないほどに素晴らしい。まあその心の在りかの胸は残念極まりないがな」

 今、なんて言った。


「しかし大丈夫だ!今日のドレスを初めとして、その残念な平野をカバーするドレスはいくらでもある。今は職人の腕も素晴らしい!そして僕も……」

「えーと、そのへんでやめてください。わりと心が折れます」

 ソフィアは彼の朗々とした声を制した。自覚があっても許容できる罵倒とできない罵倒がある。なんとか傷つけないでぶっ飛ばせる技術を今度学んでおくことにしようとソフィアは心に誓った。

「それよりも」

 体ごとソフィアは振り返った。ソファの向こうにいるジョンを見上げる。

「……ジョン、あなたってもしかして強いんじゃない?」

「え?」


 さきほどの青年二人を腕で抑えた動き。彼らは殴られたりはしなかったのにどこか恐れた様子で痛みを感じながら立ち去った。ジョンが二人を制した動きは相当のものだったということだ。

 ジョンは目をそらすことなく、ソフィアを見つめた。それから後ろめたそうなため息を一つ。

「何を持って強さとするのかわからないが、一応僕は学生時代、校内の拳闘大会で優勝した事はある」

「あなた強いんじゃない!」

 ソフィアは勢いをつけて立ち上がった。振り返って向き直り、真正面からジョンを見る。


「なんで強いあなたにわたしが用心棒をしなければならない……!」

「だって僕の強さはあくまでも人間相手のものだからねえ。シナバー患者が出てきたら即死だね、ははは」

 はははじゃないよ……とソフィアはがっくりと肩を落とす。そりゃそうだ、この恵まれた体格からして、彼が弱いなどという事は考えにくかったのだ。

 しかしそうなると、彼を心配して付き合っていたソフィアの善意は一割ほど目減りする。

「もう、それなら自分でやってよ」

「ダメだよ。ソフィアは僕を殺す気なのかい?用心棒は続けてもらいたいものだ。僕が死んだら寂しいだろう」


 ないです。

 別にそれほど寂しくないです。

 という言葉を、全身全霊を尽くした自制心で飲み込んだ。


「それに、今は助けたじゃないか」

 ジョンは不満げだった。どちらかといえば褒めてもらいたいのにそうではなかったとばかりの。

「君がああいった男達のあしらいは苦手だろうと思って、僕が割って入ったんだ」

「あ、そうなんだ……でも自分できっとなんとかできたわよ?」

「殴り飛ばすとかそういう意味で?」

 バカにするようにジョンは鼻で笑った。


「この世の不愉快なものをすべて『力』で解決できるわけじゃないだろう?頼れるものは頼ってうまく生きたほうがいい」


 ソフィアはふいにエイミーに絡んでいたあの不愉快な男子生徒達のことを思い出していた。彼らは同級生だったから、あんな脅しのようなことをしても別にどうということもなかった。でも女性の進出に不快感を抱く連中は男女を問わずいくらでもいる。先輩なら教師ならましてや患者なら……自分は何ができたのか。あるいはフローレンスが泣き出したように、シナバーに対する人間の根源的な恐怖と排斥。あの時フローレンスが家族からも疎まれていたら自分はかける言葉すらなかった。


 結局自分一人ではできることはたかが知れている。

 ……でもこれ以上は誰かに頼れない。

 自分は、ずるい人間だから。

 せめて自分のことくらい自分でなんとかしたいなって。


「ソフィア?」

 ジョンが黙ってしまったソフィアへ怪訝そうに声をかけてきた。

「どうしたんだ?」

「なんでもない」

 ソフィアはジョンの腕を軽く叩いて促す。

「戻りましょう、ジョン。マデリーンにも事件のことをもう少し聞くんでしょう?」

「そう思ったが、やはり今日は客の相手が忙しすぎてそれはできそうも無い。ソフィアは何か美味しいものは食べたか。済んだら帰ろう」

「あら。目的が果たせなくて残念ね」

「さすがの僕も割り込めないほどの人垣が出来ていた。そういえば、ヒューゴの姿が見えないがどこに行ったか知らないか?」

「いいえ、あれきり」


「ああ……ここにいたのか。二人していなくなってしまったから困ったよ」


 ちょうどのタイミングで図書室にヒューゴが顔を出した。その両手には、料理が載った皿がある。

「マデリーンとの話は終わったの?」

「ああ。僕が今診ているシナバー患者のことについて聞かれたよ。きっと彼女は周りに仲間がいなくて寂しいんだろう。まあ患者の個人的な名前なんかは出せないからね。ただ、シナバー患者はそう珍しいものではないという話をしたぐらいかな。もし会いたいなら相手の許可を得て仲立ちくらいはすると言った」

 そしてヒューゴは皿を掲げた。


「それよりも二人とも、特にソフィアは食べたかい?持ってきたよ」

「食べてない!ヒューゴさすが!ありがとう」

 図書室のテーブルに彼はその皿を置いた。結局図書室にいたきりで、あまり料理も口に出来なかった。ヒューゴの気遣いが嬉しい貧乏学生だ。先ほどまで軽く落ち込んでいたのはとりあえず置いて、ソフィアはその料理を食べ始めた。

 その姿を見て、なんとなくジョンが不機嫌な顔をしているのには気がつかなかった。



「ソフィアはやはり今でもヒューゴを好きなのか?」

「は?」

 ヒューゴを途中で降ろし、ホテルまで帰って来た二人だが五階につくなりジョンがそんなことを言い出した。部屋の前で「お疲れ様、今日は結構楽しかった!おやすみ」といって別れる準備が出来ていたので、ジョンのその言葉には驚く。しかし考えてみれば馬車に乗っていたときからジョンは妙に口数が少なかった。これが言いたかったのか。

「言ったじゃない。憧れだって」

「今日の様子からはなんだかまだ未練がありそうに見えた」

「……未練、だと……?」

 思い切り眉間にしわがよってしまう。言うに事欠いてその表現は何だ。


「なによ、未練って。失礼ね。だいたいあなた、ヒューゴによくもわたしの気持ちをばらしたわね」

「ばらされて困るというのは今も気持ちを引きずっているからじゃないのか?」

「はあ?関係ないわよ。『昔好きだったんだ』なんて気楽に言えるほど、恋愛に達観なんてしてないだけよ!」

 だいたい、とソフィアはジョンをにらんだ。

「なんであなたにそんなこと言われなきゃいけないの。仮にわたしがヒューゴを好きでもジョンには関係ないじゃない」

「関係は」


 そしてジョンは口をパクパクさせた。彼はまあまあ冴えている。非常識なだけだ。だから確かに自分がソフィアに何か言える立場では無いということに気がついたのだろう。その立場を吹っ飛ばしてまた何か言ってくるかどうかは五分五分だ。


「じゃあね、おやすみ!」

 しかしソフィアも言いがかりをおとなしく待っているような性格ではない。先に言いたいことを言うと、ドレスの裾を翻して、すたすたと廊下を歩き始めた。

「おい待てソフィア」

「おやすみ。騒々しくすると他のお客様に迷惑よ」

「もういい!」

 苛立ち交じりのジョンの声が聞こえた。


「明日からは夜の見回りについてこなくて良いからな!関係ないんだから!」

 ジョンの子供っぽい言葉に肩をすくめてしまう。

 ソフィアは足早に立ち去った。だから背を向けた彼がどんな顔をしているのかはわからなかった。


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