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第95話/Kirin

第95話/Kirin


ファンタンは紫、ニゾーは白のオーラをまとう。対して相手は、全身を赤いオーラで覆った。


「ッ!」


次の瞬間、ファンタンの姿が掻き消えた。ヤツの刺青の能力、高速移動だ。ファンタンはマフィアの背後にぬっと現れると、その足を思い切り蹴飛ばした。


「おらぁ!」


バキッ!いい音がしたが、さすがはタトゥーの力だ。連中は面食らったが、まったくこたえていない。だがその隙に、ニゾーが大きく距離を詰めた。


「くっ、この!」


マフィアが赤い拳を打ち出す。が、ウィローの渾身の一振りすらしのいだニゾーだ。やすやすとパンチをいなすと、カウンターフックをお見舞いした。


「ぐぼっ!」


しかし、決定打にはなり得ない。あいつら、頑丈さがすさまじく底上げされているようだ。


「なら、俺の出番だな……!」


唐獅子のオーラをまとった俺を見ると、マフィアたちはいっせいに防御の体制に入った。やはり俺の怪力は、連中も先刻承知のようだ。だがそこにすかさず、ファンタンの横槍が入る。


「おらっ!彼ばかりに意識を割いていいんですか!?」


「くそっ、こいつちょこまかと……」


殴りかかろうとしたマフィアの腕を、ニゾーがひねりあげた。


「ぐあ!いててて!」


「おとなしくしてろ。てめえらに引導を渡してやるんだからよ」


マフィアの顔が青くなった。タトゥーの赤い光までも、勢いを失ったようだ。

ニゾーとファンタンは示し合わせたように、ぱっとマフィアのもとを離れた。ニゾーたちによって、マフィアたちは知らぬ間に一塊になるよう誘導されていたのだ。そしてその塊に、俺が突撃する。


「喰らええええ!」


渾身のラリアットが、タトゥー持ちのマフィアたちをなぎ倒した。いくら防御力があっても、俺の怪力はタガが外れている。地面にしこたま頭をぶつけたマフィアたちは、白目をむいて一撃で気絶した。


「ひっ、ひぃ!」


難を逃れた数人のマフィアたちは、その光景を見てすっかり怯えてしまったようだ。タトゥーの光がすっかり消えてしまったマフィアを見て、ニゾーがドスの利いた声で言い放った。


「おまえらぁ!次はてめぇらだ、首洗って待ってろ!」


「う、うわぁ!」


ニゾーの脅しに、マフィアたちは転がるように逃げていく。


「ちっ……根性のない奴らだ」


「ヒヒヒ!いいじゃないですか、手間が省けて」


「……だが次は、そうもいかないみたいです」


俺は前方を鋭くにらんだ。一人の男が、歩いてくる。白銀の髪、両手にトンファー。その眼には、激しい怒りが、十字の虹彩となって燃えている。


「クロ……」


「……あの女はどこにやった」


クロは足を止めると、開口一番にそう言った。まったく、あきれを通り越して感心までする執念だ。


「俺が、素直に言うと思うか?」


「……いや、今はどうでもいい。お前も、あの女も……お前らヤクザは、一人も生きて返さない」


クロはトンファーをブンブン素振りした。それを見ていたニゾーが不愉快そうに歯をむく。


「あんだぁ?こいつは……メイダロッカ、お前のトモダチか?」


「いえ……どうにも、ウチの組長に因縁があるみたいで」


「んだそりゃ。じゃあテメェんとこの火種か。ならテメエでどうにかしろよ、俺は他に行く」


ニゾーはくるりと背を向けた。はは、短い共闘だったな……


「おい、ヤクザ。お前、別に逃げなくてもいいぞ」


「……あ?」


クロは、なおも俺をにらみ続けている。だが、今の言葉は、明らかにニゾーに向けられたものだった。


「……テメェ、俺に言ったのか?」


「そうだ。どうせヤクザは全員殺す。そこで待っておけ」


「……テメェに殺されるために、ここでおとなしく座って待ってろと?え?その間、神にでも祈るか?」


「座らなくていい。祈らなくてもいい。どうせ逝く先は決まってる、立って待ってろ」


「……」


ニゾーは何も言わない。俺が見てもわかる、あれは完全に切れてるな。あまりの怒りで、ニゾーは二の句が継げないようだ。


「……しねえぇぇぇええ!」


ニゾーが駆け出した。鬼気迫るとは、ああいうのを言うんだろう。だが、クロは眉一つ動かさない。冷静にトンファーを突き出すと、ニゾーの勢いを殺してしまった。さらに返しでもう一振りすると、ニゾーはバックステップで距離をとった。

ニゾーは異様に興奮していた。頭の中が怒りでいっぱいのようだ。対して、クロは努めて無表情だ。ニゾーにはこれっぽっちも興味が無いようだった。


「こっの……!」


「ニゾーの兄貴、あいつはさっきまでのザコと同じではありません。かなりできるやつです」


「ああ?だったらなんだってんだ!」


「俺にも一枚噛ませてください。あいつは、もとはウチの火種ですから」


「上等だ。なんだっていいから、あいつをぶち殺すんだよ!」


「はぁ……では、ワタシは興味ないので。ここで失礼させてもらいますよ」


いうが早いか、ファンタンは煙のようにかき消えてしまった。……まあ、俺たちは共通の敵がいるだけで、仲間ではないからな。それに、ヤツにはヤツの組がある。守るなら、そちらを優先するだろう。


「うらあああ!」


あっ。ニゾーがもう駆け出している。俺もあわてて後に続く。


「おらぁ!」


クロはニゾーのパンチをトンファーで受け止めた。だが、ニゾーもさすがにそれは読んでいる。すかさずかがみ、鋭い足払いを繰り出した。クロはこれをジャンプでかわす。だが、ニゾーの後に続く俺のことは予想できなかったようだ。


「せいやぁ!」


バキ!俺の拳を喰らい、クロがすっ飛ぶ。だが、とっさにヤツもトンファーでガードしたようだ。すぐに体制を立て直すと、ぎりり、とこちらを睨んだ。


「ちっ。仕留め損ねたか」


「ええ。けど、押してます」


「ったりめぇだ。おら、次いくぞ!」


またもニゾーが先行する。だが、これは作戦としては悪くない。初段のニゾーがクロのガードを崩し、その後から攻撃力の高い俺が追撃する。お互いの長所を生かした戦い方だ。ニゾーのやつ、キレながらも、肝心なところは冷静だ。


「でりゃぁ!」


ニゾーが蹴りを放つ。だが、クロもこちらの戦法には気が付いているようだ。トンファーを振り上げ、今度はニゾーの攻撃を受けるのではなく、真っ向からつぶしに来た。

しかし。ニゾーは、ニィィ、と笑った。ニゾーの本来のスタイルは、攻撃してきた相手をいなして、カウンターを決める戦い方だ。

ニゾーは腕を振り下ろされるトンファーの側面に当てると、最小限の動作で攻撃をはじいた。


「なにっ……」


「はっはぁ!おぉぉぉぉらぁ!」


ニゾーはひるんだクロの襟首をつかむと、強引にこちらへ放り投げた。


「ぶち飛ばせ!」


「おぉ!はああああ!」


俺は全体重を右手に乗せて、飛んできたクロに掌底をぶちかました。

ゴヒュゥン!

紅い炎を吹き出しながら、クロは猛烈な勢いでぶっ飛んでいった。


「へっ。やるじゃねぇか、唐獅子」


「いえ。兄貴のサポートがあってこそです」


「ったりめーだ、バーカ」


くっ、この……口の減らない人だ。


「ぐぅっ……」


苦しそうにうめきながら、クロが震える足で立ち上がった。その手には、まだトンファーを握りしめている。


「クロ。まだ戦う気なのか」


「う……るさい。俺はまだ、負けてない」


「はっ、見上げた精神だな。いいじゃねぇか、それでこそぶっ殺しがいがあるぜ」


「あ、ニゾーの兄貴。待ってください」


俺はクロにとどめを刺そうと歩み寄るニゾーの前に、たたたっと進み出た。


「あ?」


「兄貴、こいつはウチの火種だって言ったでしょう。せめて、狙った理由だけでもはっきりさせたいんです」


「チッ。んなもん、こいつをぶっ殺してから別のマフィアに聞きゃいいじゃねぇか」


「こいつは、ずいぶん単独行動が多かったものですから……すみません」


「チッ……」


ニゾーは渋々ながらも、足を止めた。


「クロ。そういうことだ、全部吐け。まだ口が利けるうちに」


「ふざ、けるな。まだ、負けてないと言っている」


「まだそんなことを。お前と問答するつもりはない」


「問答などではない。事実だ」


なんだ……?クロの口ぶりは、確かにでまかせやハッタリの気配がしない。まるで確信を持っているかのような……

そのとき、一人の男が、大声で叫んだ。


「お、おい!あれを見ろ!囲まれてる!」


え?その男は、上方を指さして、わなわな震えていた。俺も指の先に目をやる。すると、広場の壁面、薄くあいた隙間から、黒い筒のようなものがのぞいている。一つや二つじゃない、それこそ壁中、見える範囲すべてから、それが突き出していた。


「ま、まさかあれは……」


「チクショウ……あいつらを仕込むための、時間稼ぎだったってことか」


「その通りだ。下手に動くなよ。掃射銃を持った五百人が、お前たちを三百六十度すべてから狙っている」


くそ、やられた!クロたちがここに兵力を集めたのは、同じように俺たち全員をおびき出すためだったんだ。まんまと俺たちは全兵力を集め、知らず知らずのうちに袋のネズミになっていたんだ。


「言っただろう。お前たちヤクザを、一人残らずここで殺す、と」


くそ……クロはゆっくりと、俺たちから遠ざかっていく。機銃の巻き添えにならないためだろう。見れば、ほかのマフィアどもも戦線から離れていく。やつらはこうなることを見越して、少しずつ輪の外側へと移っていたようだ。あいつらの退避が完了すれば、もう間もなくここに銃弾の雨が降るだろう。それが終われば、俺たちはもれなく穴あきチーズになっているだろうな……


「ユキ!」


キリーが男たちの間を縫って、こちらへ走ってきた。キリー……この子たちだけでも助けたかったが、もはや打つ手は……


「キリー、すまない。約束、守れなそうだ……」


「ユキ!そんな……」


ギリィ!

その時、ものすごい歯ぎしりの音が、クロの口から聞こえてきた。


「女……!」


クロが、怒りに満ちた目でキリーを見据えている。あいつはいったい、なぜここまでキリーを恨むんだ?


「おい、お前。なぜ俺がそいつを狙うんだといったな」


え?突然話しかけられて、俺は一瞬誰に向けた言葉なのかわからなかった。


「最後の手向けに教えてやる。そいつは……俺の妹だ」


なに……?この極限状態の中で、俺の脳は正常に情報を処理できていない。なんだって……キリーが、クロの妹?


「さて、おしゃべりはここまでだ……」


「っ!ユキ!」


キリーに手を引っ張られ、俺ははっとした。壁際から、一斉にジャキッと銃を構える音が聞こえてくる。


「くっ……悪い、キリー。きみだけでも守りたかったが……」


「ユキ……ねぇ、ユキ。さっき、言ってくれたよね。俺が守るから、俺のことも守ってくれって」


「え、あ、ああ。言ったが……」


「じゃあさ、ユキ。わたしのこと、信じてみてくれないかな」


「キリー……?」


「わたし、みんなのこと、守りたい。ユキや、メイダロッカのみんなだけじゃない。ここにいる、みんなを……!」


キリーは、俺の手をぎゅうと握った。その刹那、再びあの奇妙な風が吹く。

いや……気のせいなんかじゃない。確かに風が、キリーを中心に吹いている。


「構え!」


だがそのとき、クロの無情な声が轟いた。黒金の銃口が俺たちに向けられる。絶体絶命だ……!


「撃て!」


ダダダダダッ!

鉛玉が、雨あられとばかりに降り注ぐ。俺は恐ろしくなったが、目を背けてたまるかと、最後の最後まで上をにらみ続けていた。

そして、俺の目前に銃弾が迫ったとき……弾丸が、砂塵のように掻き消えた。


「え……?」


俺だけじゃない。あれだけの弾が打たれているのに、誰一人として、うめき声一つ上げない。どうなっているんだ?


「な、なんだ……この風?」


うろたえるのは、クロの声だった。風?言われてみて気づいた。うなりを上げるつむじ風が、俺たちを覆うように舞っている。だが、どうして風が……


「わたしはもう、誰も傷つけさせない……」


え?キリー……?気がつけば、キリーの周りを舞う風がひゅーひゅーと勢いを増している。いや……違う。俺とキリーが、この渦の中心なんだ。そのすぐ横では、ニゾーがバタバタとスーツを揺らしている。


「誰一人、銃なんかに撃たせない!」


ゴワー!今度こそ、俺の目にもはっきりと見えた。まるで新緑のような若草色の風が、俺たちを包み込んでいる。その風が、俺たちを銃弾から守ってくれているんだ。


「で、でもキリー。どうやって……」


そこまで言って、俺は唖然とした。キリーの背中から、まばゆいばかりの輝きが放たれている。その色は、風と同じ若草色だ。そして、その背に描かれた模様は……


「麒麟……」


穏やかな瞳をたたえた霊獣が、その背にはっきりと浮かび上がっている。だが彼女の刺青は、真っ黒で何の効果もなかったはずじゃ……


「なんだかわからないけど。わたしの中に、すごい力があふれてくるの。みんなを守りたいって思ったら、それがぐわーって爆発して」


「そ、そうか」


これが、キリーの本当の力だったのだろうか。今まで眠っていて気づかなかった力が、いま目覚めたんだ。


「けど、すごいな……規格外なんてもんじゃないぞ」


すべての銃弾を無効にする、風の結界……それこそ、まるで魔法だ。こんな刺青の力、聞いたこともない。


「この風が吹く限り、誰一人撃たせやしない。みんなのことは、わたしが守るから」


キリーは、頼もしく言い切った。


「へへ……これでわたしも、ユキを守れたかな?」


「……ああ、もちろんだ。最高だぜ、キリー!」


うおおおおおおお!

形成逆転を感じ取って、鳳凰会の組員たちはいっせいに歓声を上げた。逆に慌てたのは、ファローファミリーだ。これで勝ちだと油断しきっていたために、今の状況が全く飲み込めていない。

この機を逃す手は無い。組員たちは、怒涛の勢いで反撃に転じた。広場は再び、蜂の巣を突いたような大騒ぎになった。壁面の狙撃手たちはなおも弾を撃ち続けるが、それらは全てキリーの風に阻まれる。連中もとうとうあきらめたようで、一本、また一本と銃口が引っ込んでいった。


「くっ……どうなっているんだ」


あっ。クロのやつが、そそくさと戦場を離れていく。あいつ、逃げる気か?


「キリー!」


「ん?ユキ、どうしたの?」


「クロが逃げた!俺は奴を追う!今この状況で、ゴッドファーザーにつながるのは奴しかいない!」


「っ。わかった!ユキ、ここはわたしに任せて!気をつけてね!」


「ああ!」


つづく

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