↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/105

第26話/Visitor

挿絵(By みてみん)


その日は一日、嫌な天気だった。


「これは一雨きそうですね……」


「そうだな。少し出るのを早めて……」


ドドーン……

ちょうどその時、遠くから地鳴りのような雷鳴が聞こえてきた。大きな雷だな、事務所の壁がビリビリ震えている。


「うぅ~……こっちに来ないといいなぁ」


スーは耳をふさいで、青い顔をしていた。


「ですね……何も“こんな日”に限って」


ウィローはイライラと首を振った。彼女がこんな日と言ったのは、今日はいよいよ上納金を納める日だからなのだ。俺がキリーたちと出会ってから奔走を続けて、やっと今日を迎えられた。思い返せば、あっという間だったような、ずいぶん昔だったような……

この後、メイダロッカ組の上位団体『チョウノメ一家』に金を納めれば、事は全て完了だ。


「降られても面倒ですし、支度を始めましょうか。出れるなら早く出ちゃいましょう」


「う、うん……どうかそれまで、もちますように……」


だがスーの祈りもむなしく、やがて真っ黒な雲から、滝のような雨が降り始めた。時おり、窓の外がピカッと光る。その度にスーは小さく悲鳴をあげていたが、とうとう特大の稲妻が事務所のそばに落ちた。


ドゴオォォォン!


「キャーーー!」


「え、ちょっ、きゃあ!」


どすん。

なんの音かと振り返ると、スーに飛びつかれたウィローが椅子からひっくり返っていた。もんどりうった二人をアプリコットが呆れて見つめているが、彼女の耳はぴったりと伏せられていた。


「いたた……もう、スー。気をつけてくださいよ」


「う、ぅ、う、ご、ごめんね。こ、こしがぬけて……」


「二人とも、大丈夫か?ほら、手を……」


俺が二人に手を差し出したその時だ。

バターン!


「うおっ?」


「え?」


事務所の扉が弾かれる様に開かれた。そこからのぞく空からは激しい雨が降っている。そしてその雨音を背景に、真っ黒な人影が戸口に立っていた。


「よう、邪魔するぜ」


そこにいたのは、鋭い目付きの男だった。浅黒い顔で、黒い長髪を後で縛っている。黒いスーツに黒い空、ずいぶん不吉な男だ。

男は床に転がったスーたちをみると、ギョロリと目をむいた。


「……あ?お前ら、なにやってんだ?」


「あ、もうしわけありません、ニゾーの兄貴!」


ウィローが弾かれたように立ち上がった。

ニゾーの、兄貴?それにこいつ、どこかで見覚えが……あ!思い出した、ここに来たいちばん最初の夜、路地裏でキリーと話していた男だ。うずくまる男を執拗に蹴りつける姿が、鮮明に思い出された。


「兄貴、どうなさったんです?今日は兄貴の、チョウノメ一家の事務所までお伺いさせていただくはずでしたが」


身ぶりを整えたウィローがたずねる。俺はスーに手を貸し、立たせてやった。

こいつ、チョウノメ一家の組員だったのか。そいつが、どうしてわざわざ?


「ま、ちと気が変わってな」


「はあ……なんにせよ、組長をお呼びします」


「あぁ、いい、いい。大した用じゃねぇんだ。わざわざ呼ぶこたねぇよ」


ニゾーは、まるで世間話でもするような口ぶりで言った。


「今日からお前らのシマは、俺たち『チョウノメ一家』が取り仕切ることになった。以降は俺たちの指示に従え。以上だ」


「……は?」


ウィローはあんぐりと口を開けた。きっと俺の顔もあんな感じだろう。


「今なんて……なんと、おっしゃいました?」


「ああ?聞いてなかったのか、ここはウチが仕切るっつってんだよ」


「な……」


なんだそれは。そんなの、はいそうですか、となるわけないだろ!


「ふっ、ふざけ……」


「ねえ、さっきすごい音しなかった?」


ちょうどその時、キリーがひょこっと顔をのぞかせた。


「あっ、キリー!それどころじゃないです、無茶苦茶ですよ!この町の仕切りが、別の組になるとかって……」


「別の組?」


「よう。ウチだよ、メイダロッカ。前々から言ってただろ?いつかこっちで面倒みてやるってな」


キリーはニゾーを見つけると、はっとしたように目を見開いた。


「……では、兄貴のチョウノメ一家が、代わりにわたしたちのシマを引き継ぐということですか?」


「そういうことだ。一応言っとくが、ごねても意味ねぇぞ。この件は本家も了解済みだからな」


「鳳凰会本家が、納得した?」


「ああ。俺が直々になしつけてきた。まさか、本家の決定に口を突っ込みはしないよな?」


キリーはそれを聞くと、黙り込んでしまった。大丈夫か……?

俺が心配して口を開きかけたその時、キリーが顔を上げた。その顔は、笑っている。キリーは不敵に口角を上げた。


「兄貴、いくらなんでも急すぎやしませんか?」


「急なことあるか。これはずっと前から進んでた話なんだよ……昨日やっと許可が下りたがな」


「当事者であるわたしたちを抜きに?いくら何でも、それでは筋が通らないでしょう?」


「……なんか、勘違いしてるみてぇだが」


ニゾーは大股でキリーに歩み寄ると、その胸ぐらをぐいと掴み上げた。


「俺はてめぇと問答しに来たわけじゃねんだよ。とっととここを出ていけっつってんだ」


「っぐ……」


キリーが苦しそうに顔を歪める。ウィローは鉄パイプに手をかけた。


「キリー!きさま、その手を……」


「っ、ウィロー!」


キリーが絞り出すように叫んだ。


「なんてこと、ないよ……へへ。心配しないで、そこで見てて」


まるで懇願するような声に、ウィローはどうしたらいいのか分からなくなって、中途半端な姿勢で固まってしまった。


「そうだぜ、メイダロッカ。何も心配するこたぁ無え。お前はただハイっつえばいいんだよ」


「……兄貴も、人が悪い」


キリーは冗談めかして笑う。だがその時、俺は気づいた。彼女の握りしめた拳が、小さく震えているのことに。その時はじめてわかった。どうしていいか分からない中で、これが彼女の精一杯の強がりだったんだ。


「……ウィロー。落ち着いて、矛を収めてくれないか」


「ユキ!?しかし、このままでは……!」


「ああ。けど極道の世界において、上の言うことは絶対だ。それに噛みつくのは許されない……だろ?」


「……ちくしょう」


ウィローはぎりりと歯を食いしばりながら、鉄パイプから手をはなした。


「ふん。物分かりのいい兄ちゃんじぇねえか。お利巧すぎて、肝まで落っことしちまったようだがな」


ニゾーの軽口は無視して、俺はキリーに話しかけた。


「キリー。ここは言うとおりにしよう」


「……ユキ。でも」


「わかってる。なにぶん、急すぎる話だ。だから、少しだけ時間をもらおう」


「時間だぁ?てめぇ、このガキ。俺を無視しておいて、なめたこと言ってんじゃねえぞ、コラァ!」


ニゾーはキリーから手をはなすと、今度は俺の正面へと立った。並んで立つと、かなり背が大きいことがわかる。ニゾーは上から覗き込むようにガンを飛ばした。


「てめぇ、新入りか?下っ端ふぜいが、知った口叩いていいと思ってんのか?ん?」


「……いいえ。俺はあくまで、組長に向かって言ってるんです」


威圧的な態度で、相手の出鼻を折る。ヤクザの常套句だ。それを知ってる俺は、なめられないよう負けじと男の目をにらみ返した。


「っ兄貴!」


キリーが慌てた様子で口を挟む。


「一日、一日ください!」


「ぁあ?」


「引き払うにしても、少しだけ時間を下さい。明日の夜には、ここを引き渡しましょう。それでいいでしょう、お願いします!」


キリーはばっと頭を下げた。ニゾーはそれを苛立たしげに見下した。


「チッ、トロいこと言いやがる……一日あって、何ができるわけでもねぇくせによ」


ニゾーはポケットに手を突っ込むと、大股で歩き出した。


「一日だけだ。それ以上は一秒たりとも容赦しねえ」


それだけ言うと、ニゾーは扉を乱暴に開け放った。外では雨が激しさを増し、まるで嵐のようだ。ニゾーは荒天を背景に、振り向かずに言った。


「明日の夜にまた来る」


ちょうどその時、稲光りが瞬いたせいで、ニゾーのシルエットは真っ黒な死神のように浮かび上がった。


ニゾーという嵐が去ってからも、事務所の中は騒然としていた。


「あと、一日……」


「キリー、どうするつもりですか!あんな約束してしまって……」


「う……だ、だって」


「ウィロー。あまり責めないでやってくれ、言い出したのは俺だ」


「そうです!ユキ、あなたもですよ!どうしてあっさり諦めて……」


「いいや。俺はまだ、諦めちゃいないさ」


「へ?」


俺はみんなの顔を見渡した。


「まだ一日あるんだ。勝負を捨てるには早すぎる」


「なら、どうして……」


「あそこでごねたって、結局どうにもならないだろ?あいつの、ニゾーの言うことが本当なら、この件には鳳凰会本家も絡んでいる。俺たちがここで文句を言っても、事態は何も変わらない」


「それは……」


そうですけど、とウィローは唇をかんだ。そこにアプリコットが口を挟む。


「ねぇ、けどそれなら、本家に口出しされたらどうしようもないってことじゃないの?ならもう、あたしたちがどうあがこうが無駄なんじゃ……」


「そうだな。けど、この件に待ったをかけられる人が、一人だけいるんだ」


「なんですって?」


アプリコットは怪訝そうな顔をした。本家に対して、反論できる人物……それは、ただ一人。


「本家に物申せるのは、本家だけ。なら、鳳凰会会長に直談判するしかないだろう」


「えぇーっ!?」


みんなの叫びがきれいにはもった。


「あ、あんた正気?相手はヤクザのトップなのよ!そんなことできるわけないじゃない!」


「そうかな。だがニゾーはそうしたんだ。チョウノメ一家にできて、メイダロッカ組はできないなんてことないだろ」


「いやいやいや、そういう問題じゃ……」


「ううん。ユキ、わたしは賛成。それでいこう」


「ええ!ちょ、ちょっとキリー?」


キリーはうん、と固くうなずいた。


「もうこれしかないと思うんだ。兄貴は絶対、一日以上は待ってくれないよ。わたしが本家に行って、なんとかするから」


「バカ、あんた一人で行く気!?」


「そうです!本家に乗り込むんですから、何が起こるかわからないんですよ?私が代わりに行きますから、キリーは……」


「だって!組長が行かなきゃ、話にならないじゃん!それに、事務所を放っておくつもり?ウィローたちはここに残って!」


「ぐ……いや、しかし!」


激しく言い合うキリーとウィロー。俺は二人の横で一つ咳払いをすると、間に割り込む。


「なら、俺がキリーの弾除けになろう」


「え」


「は?」


「キリーの言う通りだ。会長に会うのに、組長がいなかったら話にならない。けど俺も、ニゾーがおとなしく約束を守ってくれるとは思えないんだ。事務所をほっぽらかすわけにはいかないかよ」


「……」


キリーとウィローははぁはぁと息を荒げているが、頭の血が下がったのか、反論しようとはしなかった。


「だったら一番下っ端の俺が、キリーを本家まで護衛するよ。文字通り、命に代えても」


もしも、万が一が起こった時。メイダロッカ組にとってダメージが少ないのは、ウィローより新入りの俺だ。

そして、今回の“挨拶”は、万が一どころじゃ済まないだろう。それこそ、下手すれば……


「俺が、適任だろ?」


切るなら、弱いカードから。極道の世界に限った話じゃなく、世の常みたいなものだ。

俺の言いたいことが分かるのだろう、二人とも何か言いたげだったが、それでも何も言わなかった。


「……分かりました。私たちは私たちで動きます。スー?」


「ウィローちゃん……わかった。わたし、荷物の準備してくるね!」


スーはそういうと、パタパタと駆けていった。去り際に、目元をぐいとぬぐっていた気がする。俺はアプリコットに声をかけた。


「アプリコット。あす一日、いつも通りシノギを続けてくれないか。獣人たちを不安がらせないように。ここでぐらついて、組がダメになったら元も子もないだろ」


スーとアプリコットに残ってもらうのは、こちらの意味合いが大きい。ウィロー一人でも警備は務まりそうだが、シノギとなるとそうもいかない。


「言われなくても、そのつもりよ。あたしは、あんた達がうまく話をつけてくること前提でいるから……絶対、戻ってきなさいよ」


「ああ」


「ユキ。行くなら、今すぐにでも行こう。本家まで行って戻るなら、余裕なんか全然ないよ」


「わかった」


俺は背広を羽織ると、靴ひもを結びなおした。もともと俺は何も持っちゃいないからな。支度も必要ない。

紐を結んでいると、こつ、と誰かの靴が目の前に立った。視線を上げると、それは強張った顔をしたウィローだ。言うべきか言わざるべきか悩むような、そんな表情をしている。

ウィローが口を開いた。


「ユキ……こんなことを言うのも、どうかと思うのですが」


「言っておけよ。いうだけならタダだ」


俺の軽口に、ウィローはくすり、と小さくだけ笑った。


「……キリーを。私たちの組長を、頼みます」


「……ああ。任された」


続く


《次回は日曜日投稿予定です》

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。