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魔法少女は日常系の悪夢をみるか? 後


 次の日の朝、スマホのアラームに急かされて目を覚まし、重たい布団をはね除けて、リビングに行くと、食卓の上にトーストが並べられていました。

 うちの親は共働きで、とうに出勤している時間のはずで、朝食が用意されていることは稀です。

「今日、珍しいね」

 とあくびをしながらキッチンの人影に声をかけると見知らぬポニーテールの女の子がスクランブルエッグを皿によそって、スリッパをパタパタいわせながら、机に並べました。

「もおぅ、お姉ちゃん起きるの遅いよぉっ。遅刻しちゃうよー! 早く食べて食べて」

「え、誰ですか、あなた」

 見知らぬ女の子は目を丸くして気色ばみました。

「寝ぼけてるの? 妹の春子だよ」

「え、妹……」

 弟ならいます。春太です。生意気盛りの小学五年生で明るい男の子です。

「お、おとーさん、おかーさん! 知らない女の子がっ!」

 どう考えても不法侵入です、私は両親の寝室に向かって叫びました。まだ家にいるなら応答してくれるはずです。

「もおぅ、お姉ちゃん、昨日も夜更かししたんでしょ。パパもママも海外に長期出張でここしばらく留守だよ!」

「え、なにを言ってるんですか?」

 パパは市役所公務員、ママはスーパーのパートさん。海外なんてそうそういく機会ありません、いったい全体どういうことなんでしょうか。

 釈然としませんでしたが、らちが明かないので、制服に着替えて学校にいくことにしました。

 妹を名乗る春子さんはしきりに「体調が悪いなら無理しないで保健室で休むんだよ!」と心配してくれてました。赤いランドセルを背負っていたので、随分としっかりした小学生です。

 昨日のチクワの精霊の影響でしょうか。

 よく分からないけど、とんでもないことに巻き込まれている気がします。

 学校についたらトラベルシューターの先輩に相談でもしましょう。

 しばらく疎遠になっていた先輩と話す口実ができて密かにほくそ笑みます。

 木枯らしが吹くなか薔薇色の思考にとらわれた私は、校門をくぐった瞬間に違和感を感じました。

 女生徒しかいないのです。スカートスカートスカートばかりで、ズボンがありません。それどころか、男性教師が一人も見当たりませんでした。

 混乱の極みです、私はいつのまにか女性しかいない国に迷い込んでしまったのでしょうか。

 ありとあらゆる主人公補正を持つ先輩に会えさえすれば解決できるかも、と思いましたが、この世界に男性である先輩は見当たりませんでした。

 困りました。

 途方にくれるとはこの事です。


 自分の席に座って、頬杖ついて考えていたら、ほっぺたをつつかれました。

「冬花ぁー、なに考えてるのー?」

「……どちら様ですか?」

「えっ、朝からそのギャグ笑えないよ」

 ショートボブの茶髪の女の子です。目がクリクリで端整な顔立ちをしていました。

 あたりに視線を巡らせて改めて驚きました。男子生徒がいないことには気付いてましたが、このクラスは全員アイドルグループ並みの美少女しかいないのです。

 ともかく状況が読めません。情報を集めることにしました。

「一時的な記憶喪失らしく、前後の記憶があやふやなのです。すみませんが色々と教えて下さい」

「えー、まじー。それは大変だね。いいよ、任せて、アタシは日向葵(ひなたあおい)。冬花の親友だよ」

「そうなんですね。改めてよろしくお願いします」

 小さく頭を下げて、ある一つの仮説にたどり着きました。

 おそらくエスエフ。

 私は先輩と同じように不可思議な出来事に巻き込まれているに違いない。別の世界に迷いこむということは、今回のジャンルはエスエフに違いありません。

 ジャンルの特定がすんで、ひとまず安心しました。

 今回はいつかの未来世界と違い命の危険は無さそうです。ゆっくり元の世界に戻る方法を探ることにしましょう。


 浅くため息をついた瞬間、教室のドアが開いて、担任とおぼしき女性が入ってきました。

 私のクラス担任は厳つい体育教師だったはずなのに、茶髪ロングの若い女性に代わっていました。クラスメートの女の子達が未婚らしい先生をからかいます。

「先生まだ二十八だから!」と子供らしく拗ねる先生を見て、まさしくその通りだと思いました。

 違和感しかありません。なぜここまで女性だけで構成されているのか理解できません。そのくせ、教室内は花の匂いに似た心地よい香りしかなく、汚いものが一切ありません。女子だけであればもっと乱雑になるはずです。男子の目が無くなった場合、女の子は着飾ることをやめると、友達が行っていました。お嬢様高校とかならまだしも、通常の女子高であれば、その辺に靴下が落ちていて、常に何か食べていて、ほとんどの生徒ががに股で歩くそうです。

 ともかく清廉潔白なものだけを集めて、汚れた部分が一切ないこの学校は未来世界よりもよっぽど管理統治されたディストピアなのかもしれません。

 一つの結論にたどり着いた私を訝しむような瞳で日向さんが見ていました。


 と、言っても通常の学校とプログラムは大差ないようです。授業が終わり、長いお昼休みになりました。妹ちゃんが用意してくれたお弁当を早々に平らげ、何処かにいるであろう先輩を探そうと立ち上がった私を日向さんが呼び止めました、

「冬花ぁー、これから暇ー?」

「暇ではないです。忙しいんで失礼します」

「そういうなよぉー、うりうりー」

 いきなり胸を揉まれました。

「最近大きくなったんじゃないー」

「ちょ、ちょっと、やめてください!」

「顔真っ赤にしてかわいいなぁー、ほれほれー」

 あまりにも過剰なスキンシップにたまらず叫び声をあげそうになったとき、耳元で日向さんが囁きました。

「この世界の秘密を教えてあげる。放課後屋上に来て」

「!」

 先程までのどこか演技めいた口調でなくかなり切迫した様子です。私は無言で頷きました。


 放課後、爽やかな冬晴れ。抜けるような青空の下、私は日向さんを待ちました。

 たしかうちの学校は屋上の立ち入りが禁止されていて、しっかり施錠されていたはずなのに、ふつうに入れたことにびっくりしました。

 校舎は変化無いのに私だけが別の世界に来てしまったようです。

「おまたせぇ」

 日向さんがドアを開けて入ってきました。手ぶらです。世界の秘密を教えてくれるというのはどういう意味なのでしょうか。

「さっそくだけど、こっち来て」

 日向さんは手招きをして貯水タンクの近くに私を呼び寄せました。いくつかのパイプを乗り越え、彼女の近くについた私を日向さんは突然壁に押し付けました。

「な、なにするんですか!」

「しっ!」

 唇に人差し指を当てられました。まさかこの人そっち系!?

 だとしたら世界の秘密というのは秘密の花園ということですか。

「や、やめてください、私には先輩がっ! 」

「だめ! それ以上言わないで!」

「え?」

「見られてる」


 一陣の風が吹きました。冷たい風です。身震いが起きました。

「見られてるって……誰もいませんよ……」

「油断はできない」

 安堵したように壁から離れると日向さんは腰抜けた私に手を差し伸べました。

「うん、大丈夫そうだ。気配は去った。ようやく話ができる」

 お昼休み中に話しかけてくれたような明るさはなくクールな口振りです。

「あの、どういう意味ですか。気配って、いったいなんの?」

(いにしえ)なる者ども」

「え?」

「アタシはそう読んでる」

「いにして、って」

「冬花はどこまでわかってる?」

「あの、なにがなんだかさっぱり。……いきなり女の子だけの世界になってしまったってことぐらいです」

「オーケー。そこまでわかってるなら十全だ」

 風によって乱れた前髪を手櫛で戻しながら、日向さんは続けました。

「アタシたちは常に何者かに監視されている」

「何者か、って……それが古なる者どもですか。なんのためにそんな」

「目的はわからない。ただはっきりしていることはこの空間内では波風をたててはいけないということ。人を傷つけたり、陰口や悪口を言ったり、そしてなにより『男』の存在を匂わせてはいけない」

「そんな、……年頃の女の子達が集う空間で不可能じゃないですか」

「そうなんだけど、ここにいる子たちはみんなその『ルール』を遵守している。知らず知らずのうちにね」

「知らず知らずのうち……」

「超強力な催眠と言っても過言じゃないかもしれない。私意外でこのことに気づいているのは冬花だけだから」

 日向さんの言っていることが信じられませんでした。ですが、鎮座している不可解な現状は受け止めなくてはならない事実です。

「あの、日向さんは何者なんですか?」

「アタシはただの調査員。いや、元調査員だね。この街の少女の行方不明率が他県の三倍だったから調査してたんだけど、いつの間にかアタシも取り込まれてたみたいでね。明確な意識を取り戻したのは一昨日だよ」

「あの、古なる者どもって、なんなんですか?」

 日向さんは顎に手を当てた。

「正確にはわからない。アタシたちの青春もどきを眺めることに価値があるとは思えないけど、おそらくここは『美少女動物園』なんだと思う」

 酷い例えでしたが、日向さんの説明には説得力がありました。

 現実逃避の手段として、愛玩動物のように、美少女を愛でる存在、それが古なる者ども。

 ここに来て私はようやくこの世界の本質にたどり着きました。これこそが先輩が望むべくしてたどり着けなかった世界。

 日常系なのだと。



 日常系。男子禁制の女子のみで構築された、

 他人を傷つける過激な要素は一切なく、平和なやり取りを延々と行われるだけの陳腐な世界。

 天国のような場所ですが、刺激に飢えた十代女子にはいささか退屈過ぎる空間です。

 夢幻の日常を脱出し、真の日常に帰還するために、私と日向さんは同盟を組むことになりました。

 しかし、その時の私たちは気づいていなかったのです。

 真の日常系の悪夢を。


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