魔法少女は日常系の悪夢をみるか? 前
女の子はお姫様に憧れる、と言いましたが訂正します。
猿轡を噛まされて拘束具を着させられるなんて知らなかったんです。
拉致監禁されるとわかっていたなら軽々と先輩の告白を受け止めるなんてことしませんでした。
だけど、助けに来てくれた先輩はやっぱりかっこよくて、そこはちょっぴり卑怯だと思います。
「夏野、大丈夫か!」
目隠しをといてくれた先輩は煤だらけで、お世辞にもイケメンとは言えない薄汚れっぷりでしたが、それでも私にはヒーローに見えました。
「事情は後で説明する。ともかく今は脱出するぞ!」
先輩は早口で言うと私をお姫様抱っこして、走り出しました。足をケガしていたので、歩かせるより、そっちのほうが早いと判断したのでしょう。どうやら今回はアクション映画の主人公のようです。
爆弾が仕掛けられた倉庫に閉じ込められていたらしく、先輩が助けに来てくれなかったら、一時間後の爆発に巻き込まれてお陀仏になっていたそうです。
爆発する倉庫を背景に、脱出劇をやり遂げた先輩は過呼吸になりかけた私を落ち着かせるためか事情を説明してくれました。
私を監禁した連中はロシアの科学調査団でタイムマシンの秘密を探る特殊組織らしく、先輩はかつての知り合いで組織と対立している来馬流雄さんの力を借りて、私の救出に成功したとのこと。
詳しい事情は禁則事項で言えないそうですが、これ以上命を危険に晒したくなかったので、あえて聞かないことにしました。シーズンツーはまっぴらごめんです。
ようやく事情が飲み込めた私は痛む胸をそっと抑えて、告げました。
「先輩、私たち、距離を起きましょう」
平穏な人生を望むのは人のサガというものなのです。
先輩と一定の距離を置くようになってから不可思議な出来事に巻き込まれる頻度は極端に減り、ようやく普通の学生生活が戻ってきました。
遠巻きに見る先輩は相変わらず主人公で毎日大活躍でしたが、彼の瞳はどこかいつも寂しげでした。
やっぱり後輩の超絶美少女とお話できないからかなぁ、そろそろ話しかけようかなぁ、と考えていたら、学園のマドンナ四天王に言い寄られて、「勘弁してくれよぉー」とスケベ目しながら叫んでいたので、死んでくれって思い直しました。
そんなある日。平穏を味わいながら過ごす無味乾燥な毎日に飽きが来はじめた頃、商店街を歩いていると、カマボコのキグルミを着た変質者が暴れていました。
突拍子もない展開です。先輩の影響に違いありません。
「ふははは、世界中の練り物をカマボコにしてくれるわぁっ!」
やばいやばいやばい……!
頭おかしい人だ、まあ、春だから仕方ないかな。
私は慌てて、路地裏に隠れました。軽くパニックです。よりにもよってカマボコの怪人は私の帰宅経路を塞ぐように立ち尽くしていました。はやく帰ってくんないかなあ、とため息をついたら、ゴミ箱に捨てられていた薄汚いウサギ? のぬいぐるみが、
「このままではチクワもさつま揚げもなくなってしまうポコー!」
と叫びだしたので、ビックリして、腰が抜けてしまいました。
「な、なんで喋ってるんですか、このぬいぐるみ……っ!」
「ぬいぐるみではないポコー! チクワの星から地球の練り物の危機を察知してやってきた由緒正しきチクワの妖精、チ◯ポコだポ、ぐへぇー!」
いきなり下ネタ言われたのでチョップを食らわせてやりました。
「ちゃんと話を聞くポコー! 冬花は練り物がカマボコだけになってもいいポコかぁ?」
「……なんで私の名前知ってるんですか?」
「魔法ポコ! 適性がある女の子の情報は手にとるようにわかるポコ!」
「適性?」
「チクワの戦士になる素質ポコ! 冬花は練り物の未来を救う選ばれし戦士ポコ!」
「無理です」
魔法少女とかならまだ考えたけど、練り物の未来を救う戦いに挑む気なんて起こりません。消費者庁に電話するのが一番の解決策だと思います。
「私より適性がある子がきっといます。例えば私の学校にいる先輩とか」
「容赦なく友達を売ってるポコ……」
「あいにく私に主役は無理ですよ」
「清濁合わせもつこともヒーローには必要ポコ。それに、残念ながらその先輩には練り物の未来は救えないポコ」
「え、何でですか。先輩はありとあらゆるジャンルのエキスパートですよ。練り物の未来だって学生生活の片手間で救ってくれるはず……」
「チクワの戦士は女の子しかなれないポコ!」
二十一世紀に生きる者としては信じられない発言です。ジェンダーに気を使わないなんて、日曜の朝には絶対に出演できません。
いや、その前に気になる発言がありました。
「なんで先輩が男って知ってるんですか?」
「さっき言ったとおり、チクワの戦士になる素質がある人間の情報は魔法で簡単に仕入れることができるポコ!」
「な、なにを世迷い言を……」
「夏野冬花、十五歳、羽路高校普通科コース一年生。得意科目は国語。昔から色んな習い事に手を出す活発な性格だが、ろくに続いたことはない。家族構成は父、母、弟の四人家族。弟の春太は小学五年生。……ふぅん、利発そうな男の子ポコなぁ……」
「な、な……な!」
「この意味がわかるポコ?」
ぬいぐるみの目に光はなく、どこまでも濁っています。闇深そうでした。
「ち、ちくわの戦士に……」
「ん? よく聞こえないポコ。思いはきちんと言葉にして言うべきポコ」
「ちくわの戦士になります……」
「ありがとうポコ!」
最近ふとした時に感じる視線はこのヌイグルミのものだったみたいです。
「ネリネリ水産加工品! キュアチクワ! 見参!」
顔から火が出るぐらい恥ずかしい台詞を宣って、私はカマボコ怪人の前に出ました。
「な、なにものぼこー!」
「カマボコ怪人! あなたの悪事もここまでです!」
ざわつく雑踏。ふりふりの服を着た女の子がいきなり不審者の前に立ちはだかったのだから、野次馬は大騒ぎです。「きみ! 危ないから下がった方がいい!」背広を着たサラリーマンが携帯電話を片手に私に声をかけてくれました。
「ファイナルちくわフラッシュ!」
両手をかざして振り下ろしたら、爆発が起こりました。チクワの精霊の言っていた通りです。カマボコ怪人は爆裂霧散して、消え果てました。
これ以上恥辱を見られるわけにはいかない、と即刻裏路地に引き返し、変身を解くことにしました。
変身すると百万馬力のパワーが手にはいるといっていたのは本当だったようです。現に怪人も一瞬で倒せました。
「キュアチクワ、ご苦労さんポコー! それじゃあ、元の姿に戻るポコー!」
「あっ、待ってください」
「? どうしたポコ?」
ひとつ思い付きました。
スカートの部分がチクワになったこのゴシックロリータ風の衣装は好きになれませんが、魔法パワーで強靭な肉体を手にいれているのは確かです。
「ど、どうしたポコ? キュアチクワ?」
「この力があれば、家族を……みんなを守ることができます……」
「そ、その通りポコ。カマボコ星人はまだ多く、……な、なんて目をしてるポコ、はやく変身をとくポコ!」
どうやら私の思惑に考え至ったらしい汚いヌイグルミは、逃げ出そうと私に背中を向けました。逃すわけにはいきません。
「……私たちを巻き込むのはやめてくださいねっ!」
「やめるポコー!!!」
ぬいぐるみを鷲掴みにし、大きくかぶって、
「そんなことしても第二第三の妖精が現れるだけポコー! 無駄な抵抗はやめるポコー!」
「さようなら!」
「ポコー!!!」
キュアチクワの力はすごい。放り投げたぬいぐるみはあっという間に見えなくなって、遠くの空に星になりました。
「さ、帰りますか!」
二度と使うことはないであろうキュアチクワの力をといて帰宅することにしました。