未来世界黙示録 後
「俺はなんとしてもこの革命を成功に導かないといけない……!」
決意を新たに 音楽浴発生装置を探そうとした俺の手首を夏野が「ちょっと待ってください!」と掴んだ。
「なんだ! 時間がないんだ。上位者に俺たちの狙いはばれてるからな」
「マオちゃん、なんで殺したんだですか!」
夏野は感情的になっている。こうなると口で言って聞かせるのはなかなか困難だろう。
「あの状態になったら元に戻すことは不可能なんだ……やがて自我を失い人を襲い始める。せめてその前に、……マオがマオであるうちに俺の手で逝かせてや……」
「川の水のやつ!」
「……え?」
「毒の川を戻したやつ使えば戻せるんじゃないんですか!」
「あ」
確かにその通りだ。異世界で入手した『ときのすな』は振りかければ対象の時間を正常だった時に戻すことができるのだ。
言われて気付いた俺は大慌てで横たわるマオに砂を振りかけた。このアイテムでも死者の魂を呼び戻すことは出来ない。まだギリギリで命が有ったらしいマオは元の可愛らしい女の子の姿に戻ると、うつぶせで健やかな寝息をたて始めた。
「あっぶねぇ! 間に合って良かった!」
「便利なアイテムを忘れるとか先輩は劇場版のドラえもんですか」
「ああ、なんにせよ助かったぜ。ありがとう夏野」
「べ、べつにこれくらいどうってことありませんよ。ありがちな展開の既視感がイヤだっただけです」
と照れたように笑い、後頭部をポリポリと掻いた。
「ところで、先輩、音楽浴の発生装置って、あれじゃないですか?」
夏野が惚けたような声をあげ、一つの機械を指差した。
「はっ、なに言ってんだ。俺たちはスパイを潜り込ませることで音楽浴発生装置のことを突き止めたんだぞ。いまさっき来たばかりの夏野にどれがそれなんてわかるわな」
「あったぞ、これだぁ! 見つけたぞぉ!」
仲間の一人が夏野が指差していた機械の前で大きく手を振りながら叫んだ。
「……え、なんでわかったの?」
「学校の放送室にああいうのあるんで……」
機械をボコボコに破壊する。
ウェブ上に存在する音源データはパソコンが得意な仲間の一人がすでに削除してくれている。これで上位者たちが音楽浴をし、超能力を得る手段はなくなったわけだ。
「やったぞ、ついに圧政が終わるんだ!」
歓喜にわく仲間たち。皆が手を叩きあって、喜びあっている。あるものは叫び、あるものは失った仲間のことを思い静かに目を閉じていた。これまでの道程を思えば、自然と目頭が熱くなってくる。
だが、問題はまだ残されている。
レジスタンスの潜入はすでにばれているのだ。俺達を抹殺せんと船内に上位者が集まり出している頃だろう。
やつらが来ればひとたまりもない。文字通り俺たちは身命をとして革命を起こしたのだ。
音楽浴発生装置の破壊が効果を示すのは一ヶ月後だ。それまで奴等は超能力を自由に使えてしまう。
「うーん」
偽りの喜びに沸く、俺たちを宥めるように、寝起きの気だるそうな声をあげ、マオがのっそりと起き上がった。
「なんだ、……余は一体……なんだか長い夢を見ていた気がする……」
憎めないいつもの調子で呟くと少女は大きくアクビをしながら伸びをした。声をかけるとマオは肩を一度ビクリと震わせ、涙を流しながら振り向いた。
「勇者! 無事だったか!」起き上がった。ふらついたので、慌てて小さな身体を支える。確かな温もりが広がった。
「ずっと混濁した意識の中でお主の声が聞こえていたっ! 愛してくれてありがとう!」
そのままの勢いで俺に抱きついてくる。
「性格変わりすぎでしょ……」
夏野が呆れたように呟いた。色々とあったのだ。
一同が安堵に包まれていたその時だった。
扉が開き、幾人もの上位者たちが部屋になだれ込んできた。
あっという間に取り囲まれる。
奴等のうちの一人がゆっくりと前に出てきて、破壊された機械をちらりと見て、鼻をならした。
「やってくれたな。ユーシャよ」
「ふん、ただの人間に戻る時が来たようだな」
奴等のうすら寒い笑みを消すことはまだ出来ていない。
「それはどうかな。我々はまだ能力を使えるのだよ。この力さえあれば復活は容易い。リズムを産み出すのも朝飯前よ」
音楽浴とは骨伝導で特殊な振動を脳に伝えるための儀式だ。振動の解析こそが超能力によるものであり、超能力を封じなければ、実質意味がないのだ。
「そんなことはわかっていたさ。だから」
「なにっ!?」
仲間の一人がカタカタカタと持っていたノートパソコンを操作し、ターンとキーボードを操作した。「エンターキーの音、でっか」と夏野が茶化した。
「ユーシャ、計画は成功だ!」
「よしっ!」
パソコンから伸びるアンテナから大規模な阻害電波が発生する。一時的に超能力を無効化する俺たちの切り札だ。
「なんだとっ! 能力がでない!」
ざわめく船内。阻害電波の有効範囲は広くないし、持続力は乏しい。だからこそ上位者が全員集まるこの機会を待ったのだ。
「なにをしたっ!」
「形勢逆転のようだな」
俺たちは持っていた前時代的兵器であるピストルや刀を掲げる。超能力者は自らの能力にかまけて武器を手にすること無いのだ。
分は俺たちにあった。
「くっ、くそ」
上位者は口惜しそうに両手を頭の後ろにつけ、俺たちの命令通り、床にひれ伏した。
「色々と突っ込みたいところではあるんですが野暮なんでやめておきます」
ぼそりと夏野が呟いた。
無事に革命を成功させた俺とマオ、ついでに夏野はその晩は楽しく過ごし、翌日、上位者から取り戻した時空間転移装置に乗って元の時代に戻ることになった。
やつらは科学情報を統治し、自分達の都合がよいようにコントロールしていたのだ。
ようやく長かった旅が終わるのだ。
「いや、ちょっと先輩、待ってくださいよ。魔王ちゃん連れて帰るんですか!?」
円盤状の機械に乗り込んだ瞬間、夏野は慌てたように言った。
「なんだ貴様、余がいるのが不満か! 余は勇者とともにいたいのだ」
「ほんとなんでそんなベタ惚れになってるんですか!」
それからマオはいかに俺がイケメンでかっこいいかを力説し始めた。
「このままマオちゃん連れて帰ったら無国籍児童になっちゃいますよ。それに赤毛ですし、角も少し生えてきてるから、誤魔化すのも大変ですし……」
俺の耳元で夏野がボソボソと聞いてきたが、俺の答えは決まっていた。
「まあ、なんとかなるだろ」
いままでだって成るようになってきたのだ。案ずるよりも産むがやすしだ。
夏野は「でたよ、主人公補正……」と呟いた。
「ユーシャ、ありがとう!」
時空間転移装置の外から仲間たちの声が聞こえきた。この機械は外側からしか操作設定ができないのだ。
俺とマオは入り口の窓ガラスから顔を覗かせ、機械の外のみんなを見やる。
マジイにホーントと只野とモブダ。出会った頃は喧嘩ばかりだった奴等だが、 今では肉親よりも濃い繋がりを感じる。
「ありがとう、お前らのことは忘れ……っ! 」
俺の言葉が最後まであいつらの鼓膜を揺することはなかったが、きっと、心には響いたはずだ。
辺りは白い光に包まれる。時空間転移が発動したらしい。
細かい黄金色の粒子がマシン内部にホコリのように現れる。
「うわっわ!」
激しい揺れが数秒続き、やがて、収まった。
「ようやく帰ってきたんだな……」
スチームパンクといった風な景色はなくなり、深い山々が見えた。青い空に白い雲、山深いが日本の風景だ。
「いや、先輩……」
夏野がぽつりと呟いた。
「なんかおかしくないですか?」
ざわめきが聞こえてきた。
「なんじゃあ、バテレンの妖術かぁっ!」
「面妖なぁっ!」
タイムマシンの外から野太い声がいくつも響いている。
ガラスの外に佇む人物の一人と目が合う。
甲冑を着ていた。
「嘘だろぉ」
タイムマシンの時空計は1560と指していた。
過去を大きく飛び越えすぎたらしい。