未来世界黙示録 前
ついに上位者たちの機械操作室に乗り込むことに成功した。
あとは音楽浴発生装置を破壊するだけである。
血を血で洗う激しい戦いの終着点がようやく見えてきたのだ。
「あれ、先輩、ここはどこですか?」
操作室の前に夏野がいた。我が目を疑う。こちらの世界に来た時にはぐれていたのだが、まさかこんなところで再会するとは。
「なんだこの女ッ!」
仲間の一人がテーザー銃を突きつけて、夏野を威嚇する。
「わぁー! なんですか、やめてください! 暴力反対暴力反対!」
「よせっ! 敵じゃない!」
半ばパニックになりながら涙目になる夏野を庇って、仲間の銃をおろさせる。なんとか説得し、探索を続けるように命令する。不承不承といった風に頷き、仲間は早足で去っていった。
俺は夏野の華奢な肩を抱き、背後の壁につける。
「きゃあ」
「お前、なんでこんなとこにいるんだ!」
「えっ、いや、さっきまで玉座? みたいなところにいっしょにいたじゃないですか。……てゆーか、ここどこですか?」
「そうか、お前は別の時間軸の別の座標に転送されたのか」
ひとまず納得したが、よりにもよって最悪なタイミングでの再会だ。
革命は一段落したものの、いまだ予断を許さない厳しい状況である。
「あの……どういうことですか?」
だが、こんなところに夏野を置いてけぼりにできるはずもない。
「落ち着いて聞いてくれ。ここは西暦二千四百年の日本、……今はヤマト帝国、そして俺たちはいま革命の真っ只中だ」
「は?」
端的な状況説明が飲み込めないのか、夏野は呆けた。
「ユーシャ、先に行ってるぞ!」
「ああ、頼んだ!」
その横をレジスタンスの仲間が駆け抜けていく。ここまで苦楽を共にしてきた仲間たちだ。
「あの、いま勇者って」
「ああ、マオが俺のことをそう呼ぶからいつしかそれが定着したんだ」
「マオって魔王のことですか? そういえばあの子はどこに?」
「死んだ」
「ええっ」
「上位者に攻撃されてな。俺を庇って……」
あいつが残してくれたペンダントを見つめる。「この戦争が終わったらユーシャ、余と結婚してくれ」と笑ったマオの笑顔を思い出す。
悔しさが甦ってきた。握りこぶしを作ったら、爪が食い込んで手のひらに血が滲んだ。
「あの、私がいない間なにがあったんですか?」
「ああ、移動しながら説明する」
夏野を連れて歩き出す。操作室はかなり広く、どれが該当の機械かいまいちよくわからなかった。
仲間たちと共に、一つ一つしらみ潰しに探していくことにする。
「王様が転送先を間違えたらしくて、俺たちは未来の地球に飛ばされたんだ」
「ほんとに先輩はなんでもありですねぇ……」
端正な顔を歪ませて夏野は渋い顔をした。
「俺たちが生きていた時代から約二百年後に地球人は突然超能力に目覚めるらしいんだ」
「今度はエスエフに手を出したんですか」
「目覚めた者たちと目覚めなかった者たちに二分して、いつしか超能力者たちは自らを上位者と名乗り、非能力者達を支配するようになったんだ。地球環境も都合のいいように変え、劣悪になった地上には非能力者を住まわせ、自分達は空飛ぶ円盤で快適に暮らしているんだ」
「なるほどつまりディストピアとユートピアの対立構造いうわけですね」
「それはよくわからんが、……俺がこっちに来たとき、ちょうど革命の準備を進めていたところだった。流れで革命軍に所属することになったんだけど、リーダーが途中で死んじゃって俺が引き継ぐことになったんだ」
「くう、やっぱり主人公補正……!」
そればっかりだな、こいつ。
だいぶはしょって伝えたが、ここに至るまで相当の修羅場を潜り抜けてきたのだ。
「ところで革命ってことはその上位者? のボスを倒すってことですよね。そんな単純な話なんですか?」
「いや、マオの調べでようやく突き止めたんだが、上位者は十八時に音楽浴を実施することで、超能力が継続的に使えるようにしているらしい。ようは音楽が脳を高次元に引き上げるトリガーになってるわけだな。筋トレと同じで刺激がなければ脳は正常化し、非能力者に戻るはずなんだ」
「えっと、よくわかんなかったんですが、いまはその音を流す機械を壊そうと敵の本拠地に乗り込んでいるという状況なんですね」
「ああ、そういうことだ」と俺が首肯した瞬間「ユーシャ、来てくれ!」と仲間の一人が大声で俺を呼んだ。
「ばかな、これは!」
コポコポと音をたてる培養液に満たされたガラスケース。低酸素カプセルのような形をしていて、それが数十と並んでいる。そこには獣と人の合の子のような異形が多く収容されていた。
「まさか、そんな、俺たちは……!」
だんと、ガラスケースを叩く。夏野がビクリと肩を震わせて、「いったい何が?」と聞いてきた。
「あ、ああ、このケースには俺たちがいままで倒してきた突然変異体が収容されているんだ。そして、ここに記載されている説明書きをみると……」
背筋が凍る。肌が粟立つ。
目を背けてきた真実がそこにはあった。
「突然変異体の正体は元人間……っ!」
「あの、ごめんなさい、そういうどんでん返しは長く物語を視聴してきた人にしか衝撃を与えられません……。それと最近はその設定も手垢がついてきました……」
「設定って……なに言ってんだよっ!」
「あ、すみません、ちょっと信じられない出来事ばかりで現実感が乏しくて……」
「な、夏野はそうかもしれないが、これがどれ程のことかわかってるのか!」
「そうですね。ありがちです」
壊れた人形のように頷かれた。なんとなく納得していないらしい。
「そんなっ……俺たちはいままで仲間と戦ってきたのかよっ……!」膝から崩れ落ちる仲間の肩を叩き、「いまは音楽浴を止めるのが先決だ」と励ます。
その時だった。突如室内にサイレンが鳴り響いた。赤いパトランプが明滅し、「緊急連絡緊急連絡、船内にレジスタンスが侵入、繰り返す、船内にレジスタンスが侵入。変異実験体1001番、解放!」とアナウンスが響き渡った。
どうやら俺たちの潜入がばれ、警備として、危険生物が解き放たれたらしい。
「ユーシャ!」
別の仲間が俺を呼んだ。
「なんだ!」
「マオがっ!」
「なに!?」
ガラスケースの一つが割れて、中から二足歩行する狼のような異形が出てきた。床に緑色の培養液が広がる。そして、その変異体は、かつて異世界で出会った少女の服を身に付けていた。
「くそっ」
信じたくなかった。
「うがあっ!」
俺の首筋を狙い、まさしく獣といった風な唸り声をあげて、変わり果てたマオが襲ってきた。
「くっ」
悲しみを降りきり、辛うじて振り下ろされた爪を避ける。
「こいつ俺に任せてくれっ! お前らは早くマシンを破壊するんだ!」
「ああっ!」
仲間を先にいかせ、俺はマオに一人きりで対峙した。凪ぎ払うように遅い来る爪と牙。数分、躍りを踊るように彼女の攻撃を避け続けた。
だが、ここに来るまでにしてきた無茶が足を重くする。避け続けるのに限界を感じた俺は、覚悟を決めて、マオの懐に飛び込んだ。動きを止めるために抱き締める。
「ぐるるるる……」
最早言葉はない。
「えーと、これが魔王なんですか? 第二形態ですか?」
状況が飲み込めていないらしい夏野がポカンとしている。
「違う、敵に操られているんだっ!」
かつて少女だった獣は俺の腕の中で必死にもがいていた。獣の臭いがする。一度だけマオを抱いたことがあったが、その時と感触が段違いだ。
「先輩、なにか思い出の品を見せるんです! そうすれば正気取り戻しますから!」
夏野が大きく両手を振って、教えてくれたが、生憎そんなものはもって、
「あ……」
ポケットにいれていたペンダントが床に落ちた。かつんと乾いた音が響く。
「う……!」
動きを止めた。
「ユーシャ……?」
「マオ! 正気に戻ったのか!」
「……」
力無く項垂れ、かつての声音で少女は呟いた。
「ウウ、コロシテクレ……!」
「そんな!」
「早ク、余ガ余デナクナル前二……」
「うぉぉぉぉぉ!」
敵に捕まって実験体にされていたのだ。
俺は握りしてた剣で狼の胸を突き刺した
「アリガトウ……」
マオは最後に呟いてその場に崩れ落ちた。抉れた胸部からドクドクと血が滴り始めている。
「お前のことは忘れない……」