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ゲーマーズ 後


 草原を突っ切ると広い川縁にでた。川の向こうに魔王城がある。川幅は百メートルぐらいだろうか。向かい側の河川からは完全に不毛の土地だ。人々は口を揃えて、そこを魔界と呼んでいる。当然渡し船などはない。

「どうするんですか、先輩?」

 夏野が川の流れを眺めながら聞いてきた。

「泳いで渡ってもいいけど、水着持ってきていないんだよな」

「そーゆー問題じゃない! ほら!」

 夏野が濁流を指差した。確かに水泳部ならまだしも帰宅部には厳しそうな流れである。

「でも、頑張れば泳げるんじゃないかな」

「川の色っ!」

 紫色していた。

 たぶん毒が流れているのだろう。

「あ、そうか、夏野は毒体制ないのか」

「普通ないですよ!」

「それなら仕方ない。貴重なアイテムだから使いたくなかったんだが」

 ポケットから『ときのすな』が入った小瓶を取り出し水面に振りかける。しゃらららん、とファンシーな音をたてて、川の色は無色透明に、流れはやがて穏やかになった。

「さ、行くぞ」

 緩やかな流れに足をつける。水深もそこまで無さそうだ。

「ちょっと待ったぁあ!」

 と怒鳴れた。

「どっからその小瓶取り出したんですか!」

「ん? ポケットだよ」

「いままでずっと入ってたんですか!?」

「いや、前回来たとき保管したアイテムが取り出せるように倉庫とポケットを繋げて貰ったんだ。俺はこれを四次元ポケ」

「言わせませんよ!」

 なんか知らんが怒鳴られた。

「なんですか、その不思議な道具! ゲームとかなら無限に荷物持てるかもですが、現実の物理法則はいまだに有効のはずですよ!」

「仲間の大賢者が作ってくれてな。いま使ったアイテムだって俺にくれたんだぜ。これを振りかけると時間を戻すことができる最強の魔法アイテムだ」

「ついに魔法とか言い始めちゃった……」

「まあ、異世界だからな」

 ドラゴン倒したときとか使ってたけど、彼女は認めたくなかったらしい。

 橋を渡りきり、パンツまでぐっしょり濡れたが、魔法アイテム瞬間乾燥ドライヤーであっという間に服を乾かす。夏野は「ほら、私のシャツが濡れて下着が透けてしまいました。先輩のラッキースケ……あ、もう乾かすんですね」と一人コントをやっていた。

 せせらぎをあとにして、魔王城に突入する。

 城とはいえ、前回の戦いの跡が至るところに残されていて、正直廃墟手前の建物だ。

 それでも出てくる魔物はそこそこ強かった。

 ガーゴイルやデュラハンなどが多数襲いかかってきたが、今の俺の敵ではない。どんどんと最深部に向かって進んでいく。初めは怯えていた夏野も俺の勇猛果敢な戦いぶりに安心したのか、顔から恐怖の感情は無くなっていた。だが、なんでか知らないがそのうち眉間に深いシワを寄せて不機嫌になっていくのが目に見えてわかった。

「おい、どうしたんだよ」

 天井まで伸びるでない扉の前にたどり着いた。おそらくこの先に魔王がいる。

「おかしいと思いません? 相手をぼこぼこにしたいなら複数人で囲んで袋叩きにするのがセオリーじゃないですか。だけど今まで現れたモンスターは全員わざわざ横一列になって一体一体順を追って攻撃して来るんですよ」

「鎌倉武士みたいに正々堂々とした奴らなんだろ」

「……モンスターなのに?」

 彼女の言わんとしていることはわかったが、昔からわりとそんな感じなので、今さら違和感を覚えることは無かった。

 重厚な扉を開けると、薄暗い室内にぼんやりと灯りが点り始めた。演出は最高だ。

 壁掛け松明がすべて灯り、室内は一気に明るくなった。床には赤絨毯が敷かれ、一番奥の玉座に魔王とおぼしき人物が座っていた。

 罠も無さそうだったので、そのままの足で魔王を目指して歩き出す。

 かれこれ四時間程度の冒険だった。

「せ、先輩、気をつけてください」

 気丈に振る舞っていた夏野もさすがにボスの威圧感を感じて戸惑っている。ぶるぶると震えながら、スリコギ棒を握りしめている。たぶん意味ないから捨てた方がいいよ、それ。

「任せておけ」と親指をたてて、魔王の正面に立つ。俺の小粋なアクションを夏野がぼそりと「古っ……」と非難したが、聞こえなかったふりをした。

「悪いが倒させてもらう」

 魔王は大きく「ふぅー」と息を吐くと玉座から立ち上がり、手を伸ばした。黒いローブの裾がはためく。顔は深くフードを被っているためよく見えない。

「よく来たな、勇者よ」

 魔王が話しかけてきた。

「よくも好き勝手に暴れてくれたものよ。まあ、よい。魔族は一度貴様らに破れているからな」

「大人しく降伏しろ」

「だか、ここから先は違う。余は奪われた全てを取り戻す。そのためには完全なる決着。遺恨のない勝利が必要だ」

 魔王は思ったよりも小柄で可愛らしい声をしていた。俺の背後でシャツを不安そうに摘まんでいた夏野が小さく「まさか……」と呟いた。

「さあ、我が両腕で死に絶えるがよいわぁっ!」

 フードを外した。角の生えた赤毛の可愛らしい女の子だった。


「でたーぁあっ!」 

 夏野が叫んでいた。

 夏野の予想外な反応に魔王は鳩が豆鉄砲を食らったような表情になった。可愛らしい。

「魔王が幼女とか一周回って逆に古いやつ! なんの目新しさもない!」

「な、なにを言っておるのだ、そこの女! 余を愚弄するか!」

「わ、一人称が余とか初めて会った!」

「ぬうううん! 許さぬぞっ! まずは貴様からだ! てえええい!」

 魔王は両手を天に掲げて、大きな火球を作り出した。見た目は子供でも魔力は人一倍らしい。

「わあああ! ごめんなさいいぃ!」

 対策もないのになぜ煽った。

「死ねぇい!」

 大玉のようになった火炎魔法を振り下ろす魔王。

「わあ、助けて! 先輩ぃぃぃ!」

 仕方ない。マジックキャンセラーを発動して魔王の攻撃を防ぐ。放たれた魔法攻撃は爆縮し、爽やかな風だけが残る。

 相対してはっきりわかったが、魔王(こいつ)はそこまで強くない。前回来た時よりも遥かにモンスターが弱かったので、予想の範疇だったが、人間に対して蜂起できるほど武力を取り戻していないのは確かだった。

「まだやるか? 」

「ぬぅう、勇者め!」

 憎々しげに睨まれる。お菓子のお預けを食らって頬を膨らませる幼稚園児みたいだった。

「ここで退くわけにはいかぬ!」


 三秒でKOした。


 俺がこの世界に呼ばれたのは、若い反乱の芽を摘むためだったらしい。

 将来的に危険が及ぶかもしれないので、今のうちに潰しておこうという、いかにも小心者が考えそうな一手だ。ピザ屋や寿司屋の出張サービス店ではないので、その程度で呼ばれるのもたまったものじゃないが。

「くっ、殺せ!」

 どうやらモンスターがチマチマ現れたのは、魔王である少女を逃がすためだったらしい。

 人間よりよっぽど情が深い奴ららしい。

「せ、先輩、どうするんですか?」

「ん、殺すよ?」

「血も涙もない……」

 夏野は顔を青くして生け捕りにした魔王を哀れむように見つめた。

「だってそうしないと帰れないし」

「なにも殺さなくてもいいんじゃないですかね……」

「ん?」

「ぎゃああああ!」

 魔王の角をへし折る。

 額から生える角は魔力を生み出す器官なのだ。これで魔法が使えなくなった。魔王としては死んだも同然だ。

「命は奪わんでおいてやる」

「余を哀れんだか……」

 元魔王は見た目相応の女の子のように頬を赤く染め、泣きじゃくった。

「殺せ! 殺さぬかっ! 生き恥をさらすくらいなら死んだ方がましだ! なぜ余を生かそうとするのだ!」

「生きよ。そなたは美しい」

 魔王は小さく「きゅん」と呟いた。めんどくさいからテキトー言っただけだが、魔王は顔を真っ赤にして口を震わせている。夏野が「ときめいたときの効果音、口で言っちゃったよ」と突っ込んだ。


 それから元魔王の身分を隠し、再び王様と謁見を果たした俺たちは、任務の達成を認められ、元の世界への帰還を許された。

 ただの幼女になった魔王は、魔族に囚われていた哀れな人間として、その辺りの保護施設に預けられることになった。

 一件落着だ。

「いやぁ、何だかんだで勉強になりました」

 夏野が晴れやかな笑顔で空間転移の魔方陣に入る。

 薄暗い城の地下である。王族おかかえの魔法研究所はとても清潔な空間だった。

「でも、先輩、しばらく私に近づかないでくださいね。巻き込まれたくないんで」

 いい笑顔で疎まれた。

「なんでだよ」

 地味に悲しい事を言われて、俺は密かに傷付いた。

「しばらくアンビリバボーな体験はごめんだからです」

 夏野が言った瞬間、地面にかかれた魔方陣が発光し、辺りは白い光に包まれた。


 白い光がやがて縮小し、景色が戻ってくる。立ちくらみににた酩酊感が収まり、ようやく取り戻した自我が、虹色の空に茶色い煙を捉える。すえた風の臭いがした。

「は?」

 我が目を疑うが、肌を突き刺す寒気は本物だ。どうやら工業地帯のようである。

「ここはどこだ」

 どっからどうみても日本ではない。レンガが敷き詰められた地面にカラフルな西洋風の建物。極めつけは空に円盤が浮いていた。UFOだ。

「な、なんだ、ここは! 余になにが起こったのだ!?」

 おまけに隣には夏野じゃなくて魔王がいた。幼女がパニックになり、泣き叫んでいる。

 間違って別の世界に送られたらしい。いい加減にしてくれ、と叫びそうになった。




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