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 王冠を被った老年の男性が、豪華な装飾が施された椅子から立ち上がり、右手を水平に掲げて、叫んだ。

「さあ、行け! 勇者よ! 世界を救ってみせるのだ!」


 等間隔に並んだ兵士たちが、雄叫びに似た歓声をあげる。

「いい加減にしてくれ」俺の叫びも謎の盛り上がりに飲み込まれてしまった。


 長いものに巻かれてきた俺の人生哲学は『郷に入っては郷に従え』である。

 拒否したいのは山々だが、叶わぬ願いだと悟ったので、早々に終わらせるため、この世界の住人の妄言に従うことにした。

「えっ、えっ、どういうことですか!?」

 夏野は状況が飲み込めていないのか、目に見えて戸惑っていた。

 彼女にとって、今回が初めての異世界らしい。社会に出る前に一度くらいは経験しておいたほうがよいと思うので、ある意味ちょうどいい機会だったのかもしれない。

「大臣よ。例のものを」

「はっ!」

 歓声が止み、荘厳な雰囲気のまま王様とおぼしき男性が、横に控えていた禿頭のおっさんに命じた。おっさんはいそいそと箱を持ってきて、俺の前にひざまずき、パカリと蓋を開けた。

 スリコギ棒と五十円玉が入っていた。

「敵は恐ろしく強大だ。五十ゴールドとひのきのぼうを授けよう」

「このおじさんボケてるんじゃないですか?」

 王様から受け取った餞別に夏野が辛辣に突っ込む。俺もそう思うが些細なことにケチをつけていたら、帰宅が遅れてしまう。


 付き添いの兵士の案内で、城を出る。彼から細かい事情を伺ったが、どうやらこの国は突然現れた新生魔王の襲来で重大な危機に見舞われているらしい。今回の俺の任務はその魔王の討伐だ。

 城下町は賑わっていた。ちょうどお昼の時間帯だったらしく、市場の出店から客引きのしゃがれた声がいくつも折り重なって聞こえてきていた。

「先輩、事情がいまいち飲み込めないんですが……まさか、ここは異世界で先輩は選ばれし勇者ということですか?」

「事情飲み込んでるじゃん」

「嘘ですよね。まさか本当に異世界転移したんですか? あんな短時間で!?」

 先程まで絵画教室にいたのだが、ちょっと躓いた表紙に異世界転移してしまったらしい。

「まあ良くあることだからな」

「そんなにないです」

「頻度で言うと東京に雪が降るくらいの確率だ」

「わりと起こるじゃないですか! おかしいですよ! 大使館みたいなところはないんですか? 保護してもらいましょう」

「行政手続き踏むより、魔王倒すほうが早いと思うぞ。特に今回は難しい任務じゃなさそうだ。魔王と入っても新興勢力らしいし」

「慣れてる……」夏野がぼそりと呟いた。そりゃあ、だてに三回も異世界転移を経験していない。

 はじめての異世界で戸惑う夏野に安心するように言い、俺はなるべく町の人に話しかけて、たくさんの情報を仕入れることにした。

「すさまじいコミュ力……! これもまた先輩のスキルかもしれませんねっ!」

 夏野が独り言を言って、喉をならした。


 どうやら前に一度来たことがある世界で間違いなさそうだった。

 知りたい情報を手にいれたので、五十ゴールドでワタアメを買い、借りてきた猫のように大人しい夏野に差し出す。

「ありがとうございます」

 小さくお礼を言って、夏野はぺろりと舌を出して、ワタアメをなめとった。

「こっちの世界に来てから急に訳のわからない言葉を話し始めるし、先輩、やっぱり主人公補正すごいですよね」

 そんな補正はついてないが、それより、

「訳のわからない言葉?」

「向こうの人と話すとき日本語じゃない言葉喋ってますよ」

 ワタアメを口に含んで、モゴモゴと咀嚼しながら、三白眼で睨まれた。

「なにバカなこと言ってんだよ。ばりばり日本語だろ」

 夏野は半目になって、「英語の成績悪いくせに」とぼそりと呟いた。


 いつまでも町に留まっていても仕方ないので、早速町の外に出て、魔王を倒しに行くことにした。本来なら町外れの酒場で仲間を集めるのがセオリーだが、あいにく俺は未成年。お酒が飲める歳ではない。

「そういう問題じゃない気がします……」

 夏野は不安そうに王様から貰ったスリコギ棒をギュッと握りしめた。

 町は高い塀に囲われているが、北側に唯一、出入口である巨大門が存在している。

 門には槍をもった兵士が詰所に常駐しており、出入りを厳しくチェックしているのだ。案の定出ていこうとしたら呼び止められた。

「こら、そこの君、町の外は危険な魔物に溢れているぞ!」と忠告されたので「俺は勇者です」と恥ずかしい自己紹介をして、納得してもらった。

 町を出てしばらく歩くと、草原が見えてくる。夏野が「さっきの兵士さん、何て言ってたんですか?」と聞いてきたので、「町の外には危険な魔物がいるそうだ」と教えてあげる。「ええっ、大変じゃないですか!」と彼女は頭を抱えた。

 城壁に囲われた国を後にする。

「お父さん、お母さん、冬花は最後の最後まで懸命に生きました……っ!」

 とぶるぶると震え始めた。

「安心しろよ。すぐに帰れるから。俺の側を離れるなよ」

「先輩……」

 微かに頬を上気させ、潤んだ瞳で俺を見上げてくる。

「はっ、そんなんで私を落とせると思わないでくださいね! 主人公補正なんかに純粋な乙女心は揺らがないんですから!」

「なに意味不明なこと言ってんだよ。はっ!」

 突如、背後の茂みから粘体系の魔物が飛び出し、彼女に襲いかかろうとしたので、蹴りをお見舞いして撃退する。

 夏野はポカンと口を開け、「いまのは?」と聞いてきた。

「魔物だ。たぶんスライムだな」

「スライム?」

 地面に飛び散った液体を怪訝そうに見下ろす。

「これがかの有名なスライムですか。一撃でしたが、弱いんですか?」

「この辺りのやつらの危険性は高くない」

「人に襲いかかってる時点で結構危ないと思いますけど……」

「油断しなきゃ大丈夫だよ。今までもそうだったけど、基本的に転移先の町周辺の魔物は全員雑魚なんだよな。ありがたいことに」

「そういうところが主人公補正なんですよ。いきなり強い魔物と出会わないように段階を踏むように設定されてんです。初っぱなズシオウマルが出るような町じゃ即刻ゲームオーバーですからね」

 夏野は一人腕組みをして頷き、「そうなるとさっきの町の人達は草むらの鳩とネズミに怯えて引きこもるマサラタウンの住人みたいなものですか」と訳のわからない独り言を呟いた。

「まあ、なんでもいいよ。さっさと帰ろうぜ」

「えっ、帰り方わかってるんですか?」

 きょとんとした表情で首を捻る。

「王様が言ってただろ。魔王を倒せば元の世界に返してくれるらしいからさ。倒しに行くぞ」

「む、無謀ですよ! 私たちまだこっちに来たばかりですよ! いきなりラスボス狙うなんて無茶です。もっと仲間とか集めて……」

「あー、そこらへんは大丈夫。小六のときの大冒険のおかげで、俺だいぶ強いから」

「大冒険って……夏休み利用して多摩川の上流目指したとかですか?」

「そんときに大魔王倒したから。今回のは残党らしい」

 夏野は「もうなにも言えない」と呟いて項垂れた。

 いつもは明るい彼女らしくない。はじめてのことで緊張しているのだろう。なんとか安心させてあげたいが、どうすればいいのか、わからなかった。

「わっ!?」

 そんな戸惑いを表すかのように、前触れもなく辺りが暗くなった。

 太陽が遮られたのだ。

 上空を見上げると皮膜を大きく広げて、ドラゴンが飛んでいた。風切り音が、響き渡っている。爬虫類独特の白く濁った瞳でこちらを見下ろすと、素知らぬ顔で北を目指して飛んでいこうとしていた。

「わー、異世界っぽい」

 夏野がバカみたいに呟いた。

「異世界って、とりあえずドラゴンだしとけ的なとこありますよね」

「そうだな」

 なにを言っているのかいまいちわからなかったが、あれは魔王軍の斥候だ。逃すわけにはいかない。

「だりゃあ!」

 右手を掲げて、念動力でドラゴンを地に叩きつける。爆発音に似た音が響き渡り、地面にクレーターのような窪みができる。

「ぐぎゃあ!」

 短い悲鳴を上げてドラゴンは絶命した。

「え?」

 突然の出来事に夏野は口をあんぐりと開けて、戸惑っている。

「どうやら魔王が俺の存在に気付いたららしい。急がないと部隊が編成されちゃうな」

「えーと、とりあえず、そこはいいとひて、このドラゴン見た目からして相当強いんじゃ……。もしかしていま先輩が倒したんですか?」

「ああ。これぐらいのやつなら何匹も倒してるから、問題ないよ」

「これが噂の強くてニューゲーム……」

 夏野の発言はたまにわからない。



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