誰が為の偶像崇拝 後
現実はどこまでも希薄で、私たちの常識は一切通用しない世界だと改めて思わされました。
警察署は無人で、結局私と日向さんは学校に戻るしか選択肢が取れなかったのです。
こうして私は抗うのを辞めました。
辛いことなんてないはずなのに、叫びたくて仕方かまありませんでした。でも誰に助けを求めればいいのか、わからなかったんです。
青春なんてどうでもいい、友達なんてほしくありません。将来どうなるかなんてほっといてください。
私はふて腐れたようにただ流されるだけの虚飾の人生を演じることに決めました。
人生は舞台。我々は皆役者なのです。
季節は巡り、夏。アブラゼミが耳なりのように鳴き続ける正午。
一年一組選抜メンバー十五人は、デビューという蜘蛛の糸を掴むため、東京で開催される全日本アイドル甲子園に参加していました。
トーナメント方式でパフォーマンスを行い、優勝したアイドルグループが地上波で冠番組を持つことができるのです。
「ついにここまで来たね!」
廃校の危機を救うため、アイドル活動を提案したクラス委員長の目立貴子さんが意気込みます。昔は七三メガネだったのに、今ではばっちりメイクをして、すっかりあか抜けた様子です。
「あとは野となれ山となれだぜ」
熊谷さんが鼻息荒く、手のひらを下にして、右手を差し出しました。私たち十五人は手のひらを重ね合わせ、円陣を組みました。
「隣のグループにヤバイやつがいるらしいよ」
ライブ前の気合い入れが終わり、各々がリラックスできる形で大部屋に散ります。他の参加者も利用している控え室なので、ともかく姦しいです。
ふと誰かの噂話が耳についたので、私は髪に櫛を通していた日向さんに「ヤバイやつってなんですか?」と尋ねてみました。
始業式のあの日以来、日向さんが裏の顔を覗かせることは少なくなり、天真爛漫なキャラクターとしての彼女だけが残されました。
「あー、たぶんあの人のことかな。めっちゃ美人なの」
「ここにいる人みんな美人じゃないですか」
「違う違う。もう何て言うか次元が違うんだって。それに設定も凄いし」
「設定?」
かく言う私も、被っていたペルソナは今の自分になり、誰かが待つ現実世界への帰還はすっかり諦めてしまいました。
「なんと御年四百歳のアイドルだって」
「痛々しいキャラ付けですね」
他のグループのことは言えませんが……。
嘆息ぎみに敬語キャラで固定された私は呟きました。
「何て言う名前の人ですか?」
「天海真央、赤毛の凄い美人なんだって。もうね、オーラが違うの」
「アマミさんですか……その人何て言うグループに所属してるんですか?」
「マロンクリってグループ」
おかしなグループ名です。危ない薬をやりながら決めたのでしょうか。
そんな適当な名前のグループに私たち「パイナップルパイン」は負けるわけにはいきません。
「あっ、ちょうどライブやってるよ!」
日向さんが手を止めて、控え室に置かれていたテレビを指差しました。
きらびやかなスポットライトの下、マイクを握る長身の女の人が立っていました。赤髪に長い睫毛、鼻筋が通っていて日本人離れした端正な顔立ちをしています。
「わぁ……」
圧倒されました。この世にこれ程までの美人がいるなんて信じられませんでした。
彼女のグループには他にも五人女の子がいましたが、アマミさんの前では霞んでしまいます。
「ん?」
ライトが激しすぎてよくわかりませんが、何人かはどこかで見たような顔をしていました。
「……」
曲がラストに向かっていくに連れて、アマミさんの叫びに似た声も激しくなっていきます。ひび割れに似たシャウトが鼓膜を揺らし、私の記憶を呼び起こします。
「あ」
はっきりと思いました。アマミさんを囲うように歌を歌う四人の制服姿の女の子たちはかつての私の学校のマドンナ四天王です。上村さん、下妻先輩、右田ちゃんに左門先輩……懐かしい顔ぶれです。
なんでこんなところにいるのでしょう。疑問を覚えると同時に、かつての面影に胸が熱くなりました。
そうだ、彼女たち四人の中心には常に、……私が追い求める誰かがいたはずです。
名前を忘れてしまった、あの人……。あの人は……。
「すごっ、バク転した!」
日向さんが画面を指差してはしゃぎます。
このバク転した人は誰でしょうか。どこかで見た気がするんですが……。
私が一つの疑問符に囚われている間にマロンクリのライブパフォーマンスは終わり、割れんばかりの拍手喝采とともに舞台が暗転しました。
会場が暗くなっても、熱狂は冷めやりません。次のグループが心底かわいそうになりました。
それほどまでに圧倒的だったのです。
「お疲れさまでーす」
次のグループがガチガチの前口上を披露し始めた頃、控え室のドアを開けて、マロンクリの面々が戻ってきました。
「さっきのライブすごかったね!」
ライバルだというのにキャキャとはしゃぎながら汗だくになったマロンクリのメンバーを控え室にいた幾人かの女の子達が取り囲みます。ミーハーなファンのようです。
私はそれを遠巻きに一瞥し、鏡に向き直りました。
今は自分達のライブに集中しなくては。
出番は近いです。私はドーランを手にし、深呼吸しました。
ふと鏡越しに一人の少女と目が合いました。
天海真央……。
圧倒的存在感を放つ彼女は自らを囲んでいた人垣を適当にいなし、私の背後に立ちました。これでは集中できません。
「あの、なんですか……?」
椅子を横にし、彼女を睨み付けます。
どうやら超絶怒濤の美少女夏野冬花をライバル視しているようです。私も有名になったものです。
タオルで額の汗をぬぐいながら、アマミさんは大きく息をはいてから呟きました。
「見つけた」
「え」
私を遠くを見るような目で睨み付けます。吸い込まれそうなぐらい澄んだ青色をしていました。
「まったく……余を困らせるでないぞ」
「よ……」
なんてダサい一人称でしょうか。
同じクラスの北川さんの一人称『朕』に並ぶダサさです。
いや、ちょっと待ってください。私はかつてその一人称の女の子とあったことがあります。
「まさか……」
赤い髪。緩やかな相貌。白くきめ細やかな肌。間違いありません。幼気な雰囲気はなくなりましたが、異世界の幼女魔王ことマオちゃんです。
「ま、マオちゃん、な、なんでここに!」
椅子から転げ落ちそうなくらいビビりました。彼女とは1560年の日本でお別れしたはずです。
「魔族は人間に比べて長生きだからな」
マオちゃんは汗をぬぐいながら、事も無げに告げました。長生きし過ぎです。ギネス記録を軽く四回は塗り替えている気がします。
「えっだって戦国時代でしょ! 信長さんはどうしたんですか!?」
「余の角を金柑のヘタみたいとバカにするもんだから、ついにプッチンしちゃって、殺しちゃった」
そんな華やかな表情で言うようなことじゃない。サイコパスですか、あなたは!
「でも大返しした秀吉に負けちゃって。天海って改名して、なんとか生き延びたんだ」
それ明智光秀のヒストリー(諸説あります)。
「それでつい先日、ようやくユーシャと会えたのだ。長い時間の旅だったぞ」
タイムマシンの扉を閉める前にマオちゃんが涙ながらに言った「いつか余と出会ってくれ」という発言を思い出し、私は込み上げてくるものを感じました。
そうか、マオちゃん、出会えたんですね……。四百年以上の長い時を過ごして、ようやく、その、えっーと、
誰に?
えっと、
「ユーシャ……」
勇者……。
「あっ」
床に落としたインクが滲むように私の記憶に染み込んでいく名前。




