第五話 月夜の導き
周りの景色は暗くなってきており、きれいな星が瞬き始めている。
あれほど昼間は暖かかったが、夕方になりかけたころから少しずつ気温は下がり続けていた。
遊園地の外に出た乾と華はバスに揺られていた。疲れからか隣に座る華は船を漕ぎ始めている。
乾は一人、暗くなってきた外を見ていた。いや、見ているのではない。頭の中ではあの真っ白で、金色の瞳の色の少女を考えていた。
あれは一体何だったのだろう。
乾は遊園地内、そして華と一緒にいるときは考えないようにと心掛けてきた。しかし気になるものというのは簡単に外へはじき出すことはできず、意識仕掛ければすぐに目の前にやってくる。その度に追い出そうとし、少し考えてしまった。
華は感が鋭いため、気付かれているのかもしれない。俺になにかあったのではと。しかし、魔術師であることを知らない華からしたら、ただ初めての遊園地で疲れてしまったぐらいにしか考えられないはず。
山口とは少女と別れた後にメッセージを入れた。「危機は脱した」と。既読はついていたが、返事がこない。
この不安は、日が沈むに連れ、闇が深くなっていくに連れ増幅していく。
やはり、俺の知らないところでなにか蠢いているのではないか。「いますぐにげろ」と言った山口はこれについてなにか知っているのではないか。
ついに寝てしまったのか、華が肩に寄りかかっていた。一定のリズムで寝息を立てていた。
まあいい。明日山口にでも聞いてみよう。
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乾が大学にきたのは3限目であった。遊園地を出た後、二人はディナーを食べて、彼女を家に送り届けたのが9時。
自宅に帰ると乾が持ってる本の中から、昼間見た魔法陣は何だったのかと調べていたら寝落ちしており、遅刻したのだった。
「錦、山口はきているか?」
「山口?今日来ていないみたいだぜ」ハスキーボイスで錦は言う。
錦という男は相変わらずホストのように長い金髪をワックスで束を作りカチカチに固めていた。顔もモデルのような優男の雰囲気のため、普通の男性がしたらそれは無いと引かれてしまいそうな髪型でも似合ってしまうのが特徴だ。
「どうした乾、お前にしちゃあ遅いじゃないか。珍しい。俺の記憶じゃ朝だけはちゃんと出ていたじゃないか」
「ただの寝坊だよ。そうか、山口きていないのか」
もうそろそろ単位が危ないのではないか、なんて心配はしていないが、それでもこれまで単位は落としてこなかった山口からすれば珍しい。
あんな風貌だが、ぎりぎりでも単位を落とさないのだ。
「どうせ、例の落書きを追っているんじゃないのか」錦は冗談のように言う。「最近落書きばかりを追っているって聞いたぜ」
「ああ、落書きの秘密を暴いてレポートにするらしい」
「まじか!んでそんな山口にお前はなんの用があったんだ?」
正直に言うべきか言わないべきか少し迷ったが、錦には関係ないと思い「金貸したんだ」と乾は言った。
錦はそれを聞くと笑い出す。
「なにがおかしんだ?」
「しっているか乾、金を貸すときは返ってこないと考えたほうがいいんだぜ。大抵金を貸した場合、忘れたふりをされるか、逆ギレして関係を悪くしてしまう。そうなるぐらいならもともと返ってこないと思っていたほうが傷も少ない。それに山口のことだ、きっと返さねぇよ」
「そうなのか。いいこと聞いた」
なら報酬くれ、と手を出してきた錦の手のひらを叩き、乾は席へ座った。
もうすぐ授業が始まる。
山口、なにをしているんだ?
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結局山口が大学に来ることはなかった。まさか本当に落書きだけに熱中しすぎて大学のことを忘れてしまったのだろうか、なんて乾も考えてしまう。
もしかすると俺の知らない何処かで落書きを調べる上で重要なことを知ってしまい、殺されかけているということは無いだろう。考えすぎだ。
窓の外の夕日を眺める。夕日の下には豆粒のような人や、ミニカーのような車。まるでミニチェアの世界が広がっている。
ここは都心から少し離れた雑居ビルの4階、乾のバイト先であった。今日はバイトの日だった。
乾はこの「月夜の導き」という胡散臭い占いの館でバイトをしていた。本当に魔術師というのは格好をつけようとしているせいでか、かっこよさより、胡散臭さが目立ってしまっている気がする。ちなみに、ここの主も魔術師だ。
辺りには必要なものなのか判断しづらい物が埃を被っていたり、たまには雇い主が片付けをするのがめんどくさいという理由でこの部屋に投げ捨てるのでそれの整理を行っていた。言うなれば清掃員のようだ。
その中に比較的埃を被っていないお面を見つける。非常に変なものであり、面というのは何かしらが描かれているものだ。だがこれにはただ顔を覆うぐらいの大きさもあるのになにも描かれておらず真っ白だ。魔術に使うとは考えられないのだが、一体なぜこんなものを買ったのだろうか。
それを手に持ち、眺める。しかし乾の興味はそこまでなかったため、棚に戻した。
まさか、あれを買ったせいで俺のバイト代が減ったわけじゃないよな、なんて頭の隅ではあったが。
「乾君、終ったかい?」表でお客さんを相手していたここの主人が入ってきた。
坂下希美、それが彼女の名前だ。年齢は聞くとグーで殴られたため、あまり知らないが、大人の女性という感じであり、妖艶さというのが漂っている。
仕事終わりのため、顔より大きな三角コーンのような黒い帽子と紫色のドレスのような仕事着のままだ。占いの館もカーテンを締め切っており、だいたい紫色で統一されているため、あまり変には見えないが、裏の倉庫に入ってきたらやはり普通に変だ。しかし彼女は気に入っているため、そんなこと言ったらグーで殴られるだろう。魔術師のくせに拳が出るのが早い、それが彼女の特徴だ。
「ええ、終わりました」
「それじゃあ表の掃除も頼む」
「はい」
俺の返事を聞くと笑い、「終わったらお茶しよう」と言い残し戻っていった。きっと仕事場と倉庫の他にある彼女の部屋に戻っていったのだろう。
手に持っていた雑巾は洗って元の場所に起き、表に掃除機を持って出ていった。
掃除を終えると坂下は紅茶を振る舞ってくれた。
ちゃんとした茶葉から淹れているからか、乾が自分で淹れたものより香りが良く、味合いもよく感じた。
「乾君もなにか私に占ってほしいのだろう、そんな顔をしている」
初めからお見通しだとでも言いたげに坂下は言う。
「はい。友人のことと一昨日会った人なのですが」
坂下は少し顔を曇らせる。「すまない。魔力が足りないみたいだから、占えるのは一人だ」
「それでは友人をお願いします。二日間連絡が取れないのです」
「ふっ、なんだか重たい彼女みたいじゃないか」馬鹿にするように坂下は言う。実際二日間連絡が取れないぐらい大したわけじゃないだろう。しかしあの日起こったことを話すと坂下の表情も変わった。特に金の瞳と白色の少女の話には驚いていた。
「それが君が占ってもらいたかったもう一人の人かい」
「はい。なにかありそうだったので」
坂下は戸惑ったのか、ティーカップに手を伸ばす。その様子から何かしらあるのは明白だ。
ティーカップを置いてからも彼女はその紅色の水面に目を落とす。
意を決したのか、そのアイシャドウの濃い目はこちらを向いた。口がゆっくりと動く。
「君が会ったのは、ある組織のリーダー、いや教祖の方が精確かな」
「教祖?ということは」乾が言い終わる前に坂下は話し始める。
「宗教のようなものだ。魔術師たちの宗教。その教祖が君の言う少女に一致する。その金色の瞳は人を、いや全てを見通せる能力を持っていると言われ、その上で自分の宗教に勧誘しているという話を聞いたことがある」
「なんでそんな人が?」
「そんなこと私が知るわけ無いだろう。とりあえずそんな人間が君に接触してきたんだ。これからの生活気をつけるといい。」坂下が顔を歪める。「なんせ君はあまり魔術が得意じゃないんだ」
その言葉に乾は言い返すことはできず、ただうなずくしかできない。
「とりあえず君の友人のことは占っておくよ。なにか写真とかあるかい?」という坂下に乾は山口の写真を見せる。
坂下はうなずくと「きっと次のバイトの日にまでには結果が出ているから、焦らず待ちなさい」と言った。
月夜の導きを出たあとも、乾の頭はこんがらがっていた。
組織、リーダー、教祖、宗教。
一体なにが起きているのだろう、乾は考えながら自宅へと歩き出した。




