第二話 落書きと魔法陣、そして鬱陶しい自称魔術探偵
バイトも終わった午後7時。充実感とも言える疲労が乾を満たしていた。こんなに疲れるというのに、なぜこんなに低給料なのだろう。その心当たりはあったが、そこを攻めてしまえばもう来るなと言われそうなので言わなかったが。
辺りは陽が沈んだことによって青かった空は暗くなっており、色とりどりの明かりが街を照らす。
くたびれたスーツのサラリーマンが何処の居酒屋に行こうかと彷徨っている姿がちらほら見えた。どこからか魚が焼ける香ばしい匂いが鼻孔を擽る。今日の夕食は魚にしようか。
住んでいるアパートに帰るべく、乾は地下鉄に乗ろうと駅へ向かった。そういえば落書きがあったはず。乾は山口から送られてきた落書きがある場所の地図をスマホで開いた。予測どおり今から行く駅にはあるようだ。仕方ない、ついでだから見てやろうか。
デカデカと描かれた落書き。それは写真で見るよりも大きく、見ているこちらに威圧感のようなものを感じさせた。周りにも人影があったのだが、この落書きには興味が無いように話したり、スマホを見つめていた。まあ一般人からしたらこんなものは迷惑でしか無い落書きなのだろうが。
このようなものをグラフィックアートというのだっけなと考えながら、乾はその落書きを撫でてみる。これは河川敷の橋の下とか、地下道の壁とかに書かれている類と同じであろう。上手いものだ。描いた人間はこの完成図が頭に入っていて、始めのスプレーを吹き出したのだろうか。
これが本物の魔法陣なのかどうなのかは、試しに魔力を込めればいい。だが、もし起動したときにどのような恐ろしいことが起こるかはわからないため辞めておいた。
新しいのか古いのかは専門の探偵とかではないためわからない。だが汚れのようなものが見当たらない限り、新しいと言えるのだろうか。
背景には同じ様な赤で炎を表しているようにも見え、その中心、例の魔法陣は白だ。魔法陣の中の五芒星は一般的に見られるものであり、特に深い意味もなさそうに見える。
う〜ん。円には魔術師が書いたように思えるのだが、その内側に五芒星を書く辺り素人のように思えた。
魔術師であればその円の中には複数の意味を持った記号を書いたり、文字を書いたりする。それが組み合わさって様々な現象を起こすのだ。この分野は山口のほうが詳しいのだが。
なぜ山口はこれに興味を持ち始めたのだろうか。これが相当危険なものであればお役所の人たちが黙っていないはず。
乾は顎に手を当て考えた。これが乾が考えるときのポーズであった。
これがどのような経緯で描かれたか。描いた人間の心理は。
だがすぐに待っていた電車が来たのでイヤホンを耳に突っ込み乗り込んだ。イヤホンからは、軽快なギターが掻き鳴らされる。
まあいい。これは山口が興味を持ったことだ。一応チケット分は考えただろう。そう乾は考えてイヤホンから流れる音楽に集中した。
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「野乃崎さん誘えたのか?」乾の隣を歩く山口は言う。
乾は大学に登校したときに山口と正門で出会った。
誰かを待つように、いや実際は乾を待っていたのだが、門にもたれかかり、スマホをいじっていた。乾の他にも通る生徒の姿はたくさんあったが、人々は山口を避けるように歩いていた。乾がすぐ気づけたのもそのおかげだ。だがこちらを見つけると乾〜って駆け寄ってくるのは辞めてほしかった。まるで詐欺集団の仲間みたいに思われた気がしたから。
もし乾がたまたま寝坊をし、3限までサボるかと決め込み、そして気分転換に散歩をしようかと一番近い正門ではなく、真反対の門を使った場合山口はどうなったのだろうか、乾は想像する。ねぇ君、と警察官に職質されて慌てる山口の姿が容易く想像できた。そのぐらい山口は胡散臭いのだ。
「ああ、3日後に決まった」
「それはそれは。俺の賄賂を有効活用してくれて嬉しいぜ」
「賄賂って......もっと良い言い方があるだろうに」まるで俺が悪代官のようではないか。
「例えば?」
「そうだな、貢物とか、献上品とか、プレゼントとか」
「流石に男にプレゼントとか気色悪いだろ」
「確かに」
遠くで友人と話している華と目が合った。どうやら華も来たところのようだ。互いに手を振る。
4月は来ていないものの、校内には桜の花びらが満開と鳴っており、幻想的な景色を瞳に映し出す。
山口はお熱いねなんていうが、うざったいので乾は無視をした。
「んで乾。ちゃんと落書きは調べてくれたんだよな?」
「それなりに。でもお前が気になるようなものではないと思ったが」
オカルト好きの思春期の坊主がやりかねないことだ。小説と漫画の読みすぎだ。
「ははん。お前は一つしか見ていないんだな?」
「まあそうだが」見透かされた気がした。
「乾、いいことを教えてやろう」偉そうにこほんと態とらしく咳をこむ。「なにごとも調べたというのなら徹底的に調べてから言わないと。すぐにあまり調べていないということがバレてしまうぜ」
「んで、お前は何が言いたい?」
格好をつけていったことがあっさり流されてしまい山口はため息をついてから言う。いちいち反応が大げさなやつだ。だから胡散臭いんだ。
「環状線を円と捉え、その中で魔方陣が描かれているって考えているというわけだ、この魔術探偵山口様は。乾助手もまだまだだな」
「それじゃあ山口、俺は必要ないと」
「いや、無能な助手の分まで働くのが上司の務めだ。成長を期待しているぞ、乾助手」
山口がこの上なくうざい。だがチケットを受け取っているということで、乾に逆らう気持ちは抑えられたが。
その後も山口はすらすらと自分の考えを言っていく。これまでは環状線内の駅内の落書きしか見つけれていなかったが、新しいことを考えるとこれから中を描いていくのかもしれない。今は外堀を埋めている最中。埋め終わった後、どんな術式が書かれていくのかは推理できないため、発見次第推理していくそうだ。
「まるで街を守る秘密結社のようだろ?」
「だろ?じゃねぇだろ。今のうちに落書きを消していったほうがいいんじゃないのか?」
「いいや。それは面白くないじゃないか」
「面白くないって......もしかしたら危険なものかもしれないんだぞ?爆発とか、陥落とか」
「わかってるよ。俺が阻止してやるって」
山口が自信に満ち溢れた笑顔でこちらに決め顔をしてくるが、無視する。
信頼していないわけではない。だが、友人が危険なことに突っ込んでいっている光景を見て、いい気はしないのはわかってもらえるだろう。もし何かあったときに何で止められなかったのだろうと、後悔するに決まっている。
「無茶はするな。一人で背負い込むな。いつもお前が言っている言葉だ」
「お前に言われるってことは余程心配されているのだな。まあ今こうしてお前に相談しているんだ。安心しろって」
二人は校舎の中に入る。この中では俺らは魔術師でなく、ただの一人の人間。
周りに人が増えたということで山口も魔術に関する話題を辞めた。今度のデートに来ていく服やら、デートの心得をペラペラと話し始めた。意外にも山口の言うことは為になる。先程のうざかった話も、なんだかんだでいいことを言っている気がする。
「んじゃ落書き調べておいてくれよ」
「わかったよ」
どうやら山口は授業は受ける気がなく、落書きを調べに行ってしまった。単位などは計算して余裕があるって言っていたけれど、大丈夫なのだろうか。まあ、レポートを終わらせる方が山口にとっては最優先なのかもしれない。
乾は山口とは真反対の方向に歩き始めた。