第十九話 占い
乾は大学を出た。必要な授業には出席したし大学にはもう用は無かった。
華に会わないか少しドキドキしたが、大学では姿を見ることはなかった。俺は華のことを避けているのだろうか?わからない。デートを断ってしまったからだろうか?
乾は頭を悩ます。これって、バックレるバイトみたいな心境なのだろうか?あ、そういえばバイトに行っていなかったなあ。
以前行ったのは、誘拐される日だった。今日は近況報告ついでにバイトにでも行ってみるか。
まだお昼過ぎでバイトの時間には程遠い。その間の時間を潰さなければならないだろう。
だが乾は大学の門の前で立ち止まる。安息地から出ていくようで、周りはどこからか神の目の人間がこちらを見張っているのかもしれない。そう思うと一歩を踏み出すことは出来なかった。少しの間、校門の前で立っていたが、見張っているぐらいならと出ることに決めた。頭の奥ではまたこちらを嘲笑する声が響いていた。
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「こんにちは」
乾は“月夜の導き”のドアを開けた。中はいつもの通り薄暗く、怪しげに紫色のライトが中央に置かれている寝れそうなほど大きい机を照らす。
その机の向こうには相変わらず如何にもといった風貌の坂下が座っていた。
客はいない。だが暇を持て余しているのか彼女はスマホに視線を落としていた。
忙しい時間帯でよかったと乾は思う。忙しいと仕事量が増えるより、疲れてだる絡みをしてくる坂下のほうが面倒なのだ。酒が入ると余計に。
「あらいらっしゃい。バイトサボってどこふらついていたんだい?」坂下は顔を上げた。
「いろいろ遭ったんだ。どうせ来なかった初日に占ったんでしょう?」
「まあね、君も大変な事に巻き込まれているとは占いでわかっていたから、心配はしていなかったけれどね」
「なんで聞いたんだ.....」思わずうんざりとした声が漏れてしまう。
「占いで視たのと、実際に体験した人の話だと視方が変わるからね。占いだけだとどうしても客観的に粗筋をなぞるようで駄目だ。本人から聞かないとわからないこともあるし、感情の起伏、実際に見て気づいたことが違う。主観と客観の違いだよ」
無感情な声が皮のように流れる。詭弁のようにも聞こえるが、誂う様子もなく、ただ気になってるようだ。
悪気がないとしても乾は少しばかしうんざりしてしまう。何回説明すりゃいいんだ。
だが坂下に鬱憤をぶつけるのは間違いだと諦め、ため息をついた。
まあこんな面白い話があるのなら、乾でも食いつくだろうから仕方がない。
「なら客観的な視方の意見も聞きたいです」
「わかった」坂下は頷いた。
それからはお役所と、錦にしたように坂下に話した。
坂下は所々で相槌を打ち、真剣に話を聞いている。これで三回目であったため、乾の方も要領を得ていた。
話に詰まることなく、物語を読むようにすらすら話す。
話しているうちに乾の陰鬱とした気持ちは晴れていった。
怒っていたことも、感じた不安も。
「なるほど」
乾が話し終わったところで坂下は呟いた。
途中坂下が話は長くなりそうと察したのか、紅茶を入れてくれたが、話し終わるころには紅茶の湯気は消えていた。
紅茶を口に含む。ただ生ぬるい液体が口に広がり、乾いた喉に潤いを与えるだけであった。
ずいぶん長く話してしまったが、客が来る気配はまるでしなかった。
「客観的にはどうでした?」乾は聞く。
「まあ、うん」なんとも言えない表情を坂下はする。あ、これ見たものとあんまり変わらなくって、意見に困るやつだ。坂下は乾の不満げな表情に気がつくと、すぐさま咳払いをした。
「大学生も大変ね。私のときはそんな経験したこともない」
「客観的な意見は?」
「正直なところ見たものと同じだったけれど、全てを見通す目を持つ教祖が君を視えないというのは一番不可解な点ね」
「まあそこですよね」
これまで実際視えなかった人間がいないのに、乾だけ視えないのは誰がこの話を聞いても思う感想だった。
「でも私が気になるのは他にあるわ。なぜ教祖が教祖になったのか」乾は首を傾げる。「つまり別にそんな目を持っていても特に生活に困ることはあっても酷い目に合うことはないでしょう?なら視えることを隠して、静かに暮せばよかったはず。でも教祖は魔術師を集めている。そのくせ教祖は地下室でゲーム。何がしたいのか全くわからない」
「確かに」乾は頷く。
「傀儡か、そもそも教祖自身が動くまでもないか。二択だ」
「俺は前者だと思う」
「そうかい?私は後者だ」
「その理由は?占い?」
「全て見通せたら自ら手を下さず動かせるぐらいのことは出来るはず」
本当だろうか。疑うような発言をしたら呪われそうだから乾は口を塞ぐ。
でも、もしできたら......。
「とりあえず、あんたの未来占ってあげる」そう言うと坂下は机の上に仕事道具を並び始める。「どれがいい?」
星、タロット、水晶......
「水晶で」即答した。
坂下は水晶以外全く当たらない。そのくせ1日1回しかまともな占いが出ない。
こう聞くとろくな占い師に思えないが、この1回はかなりの精度を誇り、不運を確実に回避出来ると評判だ。まあ魔術を使えばできなくもない芸当だが。
「まあそうなるわね」
そのことを本人も自覚しているため、嫌な顔をせず、水晶以外の占い道具を片付け始めた。
水晶を使用するため、占いの準備を始める。
遮光カーテンを閉め、照明を消す。一切部屋の中に光が入らないようにする。
それが終わると坂下は乾の正面に座った。
「それじゃあ始めるわ」
坂下は水晶に右手をかざす。それだけで水晶は輝き始める。
水晶の中には未来が映し出されるとよく思われるのだが、それは違う。水晶という占い道具を使い、魔術を発動する。魔術を発動するから水晶が輝くのではない、魔術が発動されているから輝くのだ。
きっと今坂下の目には未来が視えているのだろう。静かな呼吸音だけが乾の耳に入った。
水晶が発する光が消えたのが坂下の魔術が終わった合図だった。
「それでどうでした?」
「うん」
頷いて坂下は一口紅茶を含む。
なにか言いづらそうだ、乾は思った。すごく悪い占いをしたに違いない。
「う〜ん」そして坂下はどう言おうか悩んでいるし。凄く不吉な予感がする。
「それでどうだったのですか?」
「う〜んすまない、乾君。もう一度占うからまた日を改めて来てくれないか?今度のバイトの日にはちゃんと占いが出ていると思うから」
「わかりました」
乾は席を立った。出口の扉のノブに手が触れたとき
「乾君、くれぐれも周りの人に気をつけ給え。それが今私が助言できる一つのことだ」坂下は言った。
「周りの人?」
「ああ、君の周りにだんだん人が集まっているような気がする。なにか起こるならそこだ」
「わかりました」
周りの人、大雑把だなと思いながら乾は月夜の導きを後にした。




