第十六話 久しぶり
乾が夜街に消えてったのを確認して、奥峰は表情を崩した。
仮面を脱ぎ捨てた、といった表情のほうが正しいのかもしれない。まるで人が変わったようにだ。鋭い目には賢さではなく凶悪さを、頬は怒りで引きつり、周りに人がいなければ、唾を吐き出し、今ある語彙力全てを使い果たし虚空に罵声を浴びせただろう。その顔はあまりにスマートではなく、人間の醜さを表したかのようだ。
自分の時間を魔術師と名乗るのも恥じるべき人間に割かれてしまい、挙句の果てに出した対価にはあまりにも足りない情報しか得られなかった。時間があれば他に有益な情報を得られるだけでなく、さらに自分の魔術の研鑽、上とのコネを作れただろう。
結局乾は自分が教祖の魔眼から逃れられることを話さなかった。話し方からすれば気づいていないかのようでもあり、隠しているようにも思えれる。だが、あの無能がその事実にたどり着いているとは考えられない。その事実に気付くには、神の目の人間から聞き出さねばならないだろう。
それを信者、教祖が話すか?いや、無い。
神の目は、教祖の、全てを見通す魔眼から成り立っていると言っても過言ではない。
その魔眼の邪魔になるものならばいかなる人間でも排除するはず。自分ならそうする。
乾が話していた教祖とゲームをしていたという話が嘘であれば、あの中で何をしていた?
信者になる手続き?いやそんなことはしない。取引だろう。
その事実を他人に知られないようにするために、口封じの取引を行えば、乾のみも保証され教団の崩壊は防がれる。
だがこの考えが間違っているというのは、自分の魔術が証明している。
予め、乾と話す前に嘘をつけば胸ポケットに入っていた証明書の紙に魔術を仕掛けておいた。嘘をつけば赤色の液体がついたかのように変色する。正直に話せば青だ。すべて嘘をつくとは限らないため、予想としては水面に青と赤の絵の具を垂らし、かき混ぜ、その水面に紙を浸したかのようになるだろうと思っていた。しかし、予想を裏切るように紙にはアクリル絵の具を使ったかのように濃い青色をしていた。
全て本当だったのか?それともこちらの魔術に勘付き、上書きさせたか。
報告ではそれほどの魔術の腕がないことはわかっていた。なら本当に嘘をついていなかったということか。
わからない。とりあえず調べたことを上司に報告しておこう。あたかも有能なエージェントのように。
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大学に行くのは久しぶりであった。
乾は真面目な生徒であったし、魔術の才が無いのも自覚していたため、研鑽のために毎日授業を受けに大学へ行っていた。まあ、大学に行けば華に会えるかもしれない、そんな期待もありはしたのだが。このように一週間近く大学に行かなかったということは初めてだ。単位は十分すぎるほどあるため問題ではないのだが、それでも全く単位を落とさず、授業を真面目に受けていた乾からすると唯一自慢できることが無くなってしまい、残念で仕方がなかった。嘘だ。どうせそんなことを自慢したところで誰も褒めやしないのだから、こんなことは自慢にもならない。
門に立つ。そこには以前のように山口が待っていることもない。
桜の花は散り始め、コンクリートにピンクの色彩を加えていた。木には青々とした葉が見え始めており、春の代名詞である桜の花が終わり始めたことに寂しさを感じた。春は感じること無く去っていく。気づけば春なんてあったのだろう?と首を捻るだろう。
門を潜ると乾には、これまで感じていた見えない不安が無いことに気がつく。
街を歩いているとき、家で一人でいるときすら感じていた不安であったが、大学に入った途端に消えてなくなった。それはきっと監視されているかもしれないといったものか、それとも一度この平和な日本でこれほどまでに暴力を振るわれたことによって、この平和を信じられなくなったのか。どちらともかもしれない。
きっと大学には頼れるような人間が多いから、そしてここでは何も起こらないだろうという安心感があるからだと自分で納得して歩いていった。
教室には入る。ドアを開けたときの音でこちらをみて、驚いたような表情を浮かべる人も居たが、気にすること無く歩いていく。
人はまばらに散って席に座っている。教壇には先生がもうすぐ授業を始めようと資料やらの準備をしているところであった。
前には人気な授業でないからか人は少なく、どちらかというと単位目当てに授業に出ている人間がほとんどだと言うことがすぐ見てわかる。
その中で、一番前は目立つため、真ん中の少し前ぐらいに座った。
久しぶりの大学に、授業に、うきうきしている自分がいた。
これまでは仕方がなく、なんて思っていることも少しはあったものの、こうやって一旦少し離れて参加してみるとやはり乾は自分は勉強が好きなのだと実感した。まあ、それは下手の横好きなのだというのはわかっていたが。
もうすぐ授業が始まる。
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授業が終わると、隣に座る人が居た。乾は山口だと予測していたが違った。錦であった。
髪の毛はいつの間にかあの派手な金色から、赤みを帯びた茶へと変わっており、一瞬誰なのかわからなかったが相も変わらず髪の毛を針のように固め、格好をつけている姿をみればすぐにわかった。
「山口を探しているって話した後からお前まで休み始めるのだから驚いたぜ」
「俺も休んでたことには驚いてる」
「何だそりゃ」錦はけたけた笑う。「それでこんなに休んで何をやってたんだ?そんな手にもなって」
指さされた先には偽装魔術で綺麗になっている手を指す。やはり魔術師には見破られるのか。
「山口のごたごたに巻き込まれてた。意外にも暴力的なやつが出てきてな」
そりゃ酷い。錦は大袈裟に言う。
巫山戯る態度を取れるような軽いけがではないのだが、それでも魔術師にとっては日常茶飯事?なのかこう怪我をするのはよくあることなのだ。
身近には山口は実験をしていたら爆発をし窓の外に投げ出され二階から地面に叩きつけられ入院していたという大怪我ををしていたというものが鮮明に残っている。
後は岸本という女子が振られて呪いを振った男に掛けたところ、その呪いが返ってきたのか車に、いやダンプに轢かれたというものか。確か岸本は折れていない骨を探すほうが難しいぐらいな重症ーーー異世界転生してもおかしくない事故だーーーであった。なのに今ではピンピンしているのだから、もともと彼女はチート能力を授かって生まれてきた異世界人なのかもしれない。目の前に座っている錦も、何股かして、女に腹を刺されたらしいし。
本当に身近な人間に大怪我を負う人間が多すぎる。そのくせ、今では何の傷跡を残すこと無く生活しているのだから頼もしい。
「それでごたごたって?女か?」
「違う。お前には女以外考えられないのか?」
「考えられないね。なんでかわかるか?」
「知らん」
だから乾は、と言わんばかりにため息を付き、大げさな仕草をする。
「それはだなぁ......」そして錦は言った。「それ以外俺は問題に巻き込まれたことがないんだ」
「何かの自慢?」
「悩み、さ......」
うざ。
「それで何だ?」
少し乾はそれを言うべきかどうか迷った。それでまた錦が巻き込まれてしまう可能性が無いわけでもない。
「神の目っていう組織に巻き込まれてな。酷い目に遭った」
嘘だ。錦ぐらいなら酷い目に遭っても良いんじゃないかと思う。まあ、顔が良いんだし、女性との付き合いが多いんだから、是非とも酷い目に遭ってもらいたい。
だが錦の反応は予想とは違っていた。
「はあ。神の目ってそんな物騒か?」けろりとした表情でいう。
「物騒でなければこんな目に遭わない」断言する。
「そうかなぁ〜」
そして錦は爆弾発言をする。
「神の目なら俺も入っているぜ」
「......は?」
いつの間にか春が終わってしまいましたね。僕の春の思い出は、雪が降る中桜を見に行ったことです。
あれ......おかしい......。
春に雪って降るっけ......?




