第十五話 敵か味方か
食事を楽しみ、話したのはデザートが運ばれてきたところからだ。
それまでに乾は何杯かワインを飲んでおり、少し頬を紅潮させてはいるものの、そこまで酔いは回っておらず意識ははっきりとしていた。目の前にいる奥峰は顔色一つ変えずにワインを楽しんでいる。
食事中はあまり神の目の話はしなかったものの、魔術師として将来どうするのかなんて話をしてきたものだから、乾は自分をスカウトしようとしているのかもしれないと舞い上がったが、よくよく考えてみるとお役所に就職が決まるのは優秀な、大学で一番と言ってもいいぐらいの成績と実力を兼ね備えている人間ぐらいでしかないのだ。こんなにしょぼい魔術師をスカウトすることなんてない。一気に酔いが覚めた気がした。
運ばれてきたデザートは、皿のサイズに見合わず真ん中にちょこんと乗ったケーキであった。
味は上品といっていいのだろうか、甘さは控えめであり、あっさりしている。もう少し甘くてもいいのではないのかと物足りなさを感じる。
どうにも自分には高級料理は合わないようだ。そう思い始めていた。
ある話を聞いたことがある。江戸時代のお殿様が農民がくれた脂がのった鯖を食べて感動し、お城に帰って同じものを作るように命令したが、その当時脂がのった食品は下品だと考えられており、結局鯖は脂を洗い落とされ、食べたお殿様もがっかりしたという話を。
「どうしたんだい?」奥峰が不思議そうな顔をしてこちらをみている。どうやら表情に出ていたようだ。
「いえ、ごちそうになって本当によかったのかなぁと思いまして」
「そう思っているのなら是非話をしてくれよ」
乾は頷く。だが、ここまでしてくれているというのに、何か小さな棘が指に刺さったかのような違和感がある。
「まずはさっきの話の続きだな。教祖とゲームをしていたと言っていたが、なんで君が。信者に話を聞いてみたことがあるのだが、教祖はいつも一人で信者とは礼拝のときにしか姿を出さないというのに」
「いやぁ、僕にもよくわからないのですよ。話を聞いたのですが、どうやら同じ年齢とかぐらいしか共通点が無くって」
嘘ではない。多少自分だけ全てを見通せないとかくしているだけだ。
「そうか。一目惚れでもされたのじゃないのか?」
「彼女がいるんで勘弁です」流石に冗談だとわかっていたのでヘラヘラとして答えた。
「乾くんは神の目と以前関わりはあったかい?」
「まあ、一度だけ。いや二度だったな」
「二度?」
「はい。遊園地に一度、拉致されて二度」
拉致ということばにピクリと奥峰は眉を動かす。「拉致?」
「はい。バイト帰りに拉致にあって。気づいたら監禁されてました」
「監禁?」奥峰は怪訝そうな顔をする。「どういうことだ?」
「いや、気づいたら暗い部屋の中にいて。拉致監禁されているんだなって」
「なんだか平然としていってるけど、それ十分犯罪だよ」
「そりゃ僕でも知ってます」
奥峰はそりゃそうだ、と頷く。
「それで乾くんはどうしたんだい?」
「縛られている紐を解いて逃げましたよ。でも追いつかれて酷い目に遭いました。もう、ボロボロの雑巾のように」乾は袖をまくり、怪我を見せようとする。「あ、偽装されているんだった」
「いや、それは一般人を誤魔化すためのものだから、大丈夫。俺にはどんだけ酷いことをされていたのかわかるよ」
「ならよかった」
え、わかるの?乾は自分の手に目を向ける。そこには普段と変わらない綺麗な手がある。しかし奥峰は一般人を誤魔化すためのといった。
......それじゃあ魔術師にはわかるのか?ならそれがわからない俺は?
これ以上考えるのはやめよう。自分を傷つけるだけ。
「その後に、脅されるように今日教祖に会いに行っていました」
「そうかぁ。唐突だな」
「ですね」
「それで君は部屋から出てきたわけか」
「はい。あ、そういえば」乾は思い出す。「僕に魔術を掛けていたのは奥峰さんですか?」
「あ、バレた?」
「僕は渡辺が気づいて初めて気づきました。それまでは全く」
「あれは僕も自信作だったんだけれどね」悔しそうに演じる奥峰はわざとらしかった。
その後、部屋で何をしていたのか、ゲームをしていたことなどを話した。
聞かれたことはちゃんと答え、奥峰が納得するまで話した。
時々その銀縁眼鏡に隠れてギラつく眼差しに、冷や汗をかくシーンもあったが、満足していただけたと思う。
「そういえば」もう一つ、乾には気になることがあった。「地下鉄環状線の魔法陣は知っていますか?」
そう、乾がこの面倒事に色々巻き込まれるきっかけになった事件、だと思っている。因果関係があるのかはわからないが、山口と調べ始めてから様々な事に巻き込まれているということは確かだ。
結局魔法陣は、神の目に関わり始めた頃から調べていなかった。山口がどうなのかは知らないが。
「駅のホームにかかれているやつか」
それを知っているようで、ささっとタブレットを操作し、魔法陣を表示する。一枚だけでなく、複数枚取られている。
山口が言っていた通り、場所によって魔法陣の形が変わっていた。
「はい。あれの犯人を探している友人でいるのですが、あの魔法陣は宗教団体、神の目とは関係しているのでしょうか?」
「いや、関係ないよ。あれは魔術会の治安課の術だ」
どうやら最近誰かに押され、車線に落ちるということが多発しているようだ。中には事故にあった人もいるが、車線に落ちただけということもある。その人が言うには、誰かに押されたと言っている人が多いのだが、その背中には誰かに押された痕跡はない。
魔術会の調査によると、あまり良くないものが集まっていることが原因のようで、それを払うために魔法陣を書いたようだ。
「その友人には、間違っても消さないように言っておいてくれ」
二人はレストランを出た。
空には星の灯ははなく、しかしそのかわりに月が絢爛に輝いていた。
夜風は酔いを覚ますように冷たく、火照っている体には気持ちが良かった。
それにしても今回の食事代は凄かった。乾は思う。
奥峰さんは別にいいよと言いながらカードで支払っていたが、そうにもいかず、少しはだそう、自分の分ぐらいはと思って額を見た。
......自分の知っている食事代の額ではなかった。0が一つ多かったのだ。
そして結局奥峰さんに言葉に甘えたのだが、やはり魔術会に入ると給料はすごいのだろうか。
いや、間違いない。すごいいいに決まってる。
「最後にいいかな」奥峰は澄まして言う。「君は神の目の味方かい?」
始めは乾にはその質問の意味がわからなかった。味方も敵も、どちらでもないというのが本心であった。しかし問の本質がまず理解できてはいなかった。
「どういう意味ですか?」
「そのまんまだよ。どちらに着くか、その意思表示を聞きたい」
それはまるでこちらに着けと言わんばかりの表情だった。
ここで間違いなく魔術会につくのが当然の選択だろう。だが、渡辺とした約束が頭を過る。
なぜ神の目に味方をしなくてはならないのだ。
拉致監禁、そして山口の爪を剥いだこと。許せはしない。もちろん自分のことでも。
だが、だがあの小さな、少女のような渡辺を裏切るのはいい気はしない。
惚れているわけじゃない。決して。
なら俺を悩ませているのは何だ。渡辺に対する哀れみなどか。
「どうした、乾くん」
「あ、いえ。なんか敵も味方も僕にはわからないのです。いろいろ酷いことはされましたが、教祖にあっていろいろ考えさせられたのです」
「というと?」
「教祖は利用されているだけなのか。それとも心酔している信者が暴走しているのか」
「実際に教祖にあった人間にしかわからない考えだね」
奥峰は言う。だが、間違いなくその答えはまだかと急かしているようにも思えた。
言わなくてはならない。乾は決意する。
小さく息を吸い込み吐き出した。
「答えですが、多分魔術会の味方です」
「多分?」
「もし魔術会が意味もなく神の目を虐殺するって言われたら、敵になるかもしれない」
「そんなことありえない。この日本だ。そんなことは誰も許さない」
何を馬鹿なことを言っているんだ、奥峰はそんな目をしていた。
「そうですね、ありえない。つまりそれほどのことがなければということです」
だが、ありえないことを可能にしているのが魔術師だ。
一般人からすれば、魔術も空想上の妄想でしかない。それでも今ここに魔術師がいるのではないか。
この世にありえないことはない。




