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第十二話 教祖のもとへ

 ゴリラ......いや、溝渕名乗る男は言う。

 説明することが苦手なようであったが、それでも伝わるように話そうとしている姿をみると多少は信頼されてきたのだろうかと思いたくもなる。だがきっとそれはただ単に説明に苦戦しているだけなのだと乾は想像する。


 

 全てを見通す魔眼を持つ少女を崇拝する、魔術師の宗教だと乾は思っていた。


 しかし、どうやら溝渕の話を聞いていると、この考えを改める必要があることに気づいた。

 

 まず、魔術師の宗教ということだ。

 教祖が誘っているというのは間違ってはいなかったが、そのほかにも魔術に関わっていない一般人もその信者にいるということだ。一般人からしても心の闇を見通され、導いてくれる存在というのは神に親しいものがあるようで、熱心に拝んでいる。

 よくインチキだと怒鳴り込んでくる人もいるのだが、その人ですら見通し、言い丸め、自分の信者に変えていく。急速に広がっている宗教の一つのようだ。


 そしてその宗教の中では魔術師は奇跡を扱える教祖に認められた幹部、といったような立場になっており、多少な魔術は扱っているようである。

 一般人に魔術を見せてはいけない、といった決まりはない。だがそれでもあまり見せることはないのが普通のこの世の中で、珍しい宗教だ。

 まあ魔術だと言って見せびらかしても最近ではネタが有るのではなどと勘ぐられる世の中では、問題はないのだろうが。

 

 溝渕は特に教祖の話となると、声が弾むようになった。

 魔眼の話は機密事項なのかは触れようとはしなかったものの、それまで行ってきた善行の数々挙げる。

 少し盛っているのではないかと言うような話すらあったが、それでも彼は話続ける。

 これまで救ってきた人々の話、側近だからこそわかる教祖の性格の良さ、何と言っても美しい美貌......。

 

 途中から惚気っぽいになってきたところで目的の場所に着いたようだ。

 

 乾が想像していたのは教会のように大きな建物であったが、目の前にあるのは特徴があまりない、周りの建物と変わりないものであった。

 二階建てであり、建物を囲む壁は低くその下には誰かが育てているのだろう花壇がある。


 その建物の中はシェアハウスのようで、リビングが広がり人々が生活を営んでいた。

 こちらを見る視線はよそ者がやってきたという懐疑の目ではなく、迎え入れるような暖かさのあるものであった。実際、挨拶をかけてくれる人もおり、教祖の話をする以外は仏頂面であった溝渕にも自然と笑みが浮かぶ。その表情に乾はゾッとする。その笑みはまるで人を痛めつけている時に見たそれと同じであったからだ。


 そのことを知らず溝渕は進んでいく。

 リビングの奥、そこには上下に行ける階段がありそれを降りる。階段の電球は古い白熱電球のような温かみのある光が暗闇を照らす。それは奥に潜む魔物に会いにいくような雰囲気だ。温かみのあるものが松明のようだった。


 降りたところに扉があり、そこに溝渕がノックする。

 「乾を連れてまいりました」

 

 扉の内側で何かが動くような音がした。教祖だろう。

 「溝渕、上原を呼んできて。どうやら乾に細工されてる」静かにしていなければ聞き逃してしまうような声で教祖が言う。

 

 身に覚えのない乾は何をいているのだろうか、と首を捻る。が、隣の溝渕は違った。

 怒りに顔を赤く染め、乾を殴り飛ばした。

 乾の体が階段に倒れこむ。頭を階段の角でぶつけることはなかったものの、背中に角が食い込み、まだ前に打ちのめされたダメージが残る体が悲鳴をあげる。

 

 「あ、待て」と止めようとした声を無視するように溝渕は乾に掴みかかった。

 「テメェ、何のつもりだっ!!」


 溝渕の怒号が地下に響く。威圧するかのように振り上げられた右手の拳、上では溝渕の怒号を聞いて上のかいでざわつくような声が聞こえたような気がした。

 

 「な、何のことか俺にはわからないんだ」

 「ふざけるなよ」と吐かせようと殴ろうとする溝渕だが、「溝渕っ!」と呼ぶ教祖の声でその拳は止まった。


 「乾じゃない。それより上原を呼んできて」

 という命令には逆らえないらしく、溝渕は掴んでいた胸ぐらを離し階段を登っていった。

 

 胸ぐらを離してもらえた乾は、へたりこんでしまった。

 目の前には教祖がいる扉があり、まだ教祖は出てきていない。

 

 「すまない。溝渕は手が出やすくてな」

 乾は何も声を発せれなかった。何と答えていいのかわからない。

 それに今でも恐怖による手の震えが止まらなかった。

 

 階段から降りてくる音が聞こえた。

 溝渕が連れてきた人間は、前の夜に教祖と共に現れた溝渕と現れた眼鏡の男であった。

 

 上原と呼ばれる人間は恨みを含んだ視線でこちらを見た。

 何度が殴ったため眼鏡が壊れてしまったのか、掛けている眼鏡は新品でありレンズには小さな傷一つついていない。

 だが殴られたために傷を負ったのか頬には治療の包帯。


 「上原、乾についているその背中の術を解いてくれ。繊細だが、火に穴がある」

 「承知しました」上原は頷く。


 上原は乾の後ろにまわり、何か糸くずを取るかのような動作をした。それで魔術が解くことができたのだろう、上原は「終わりました」と澄ましたようにいった。乾には何をされたのかは全くわからなかったが、教祖は満足げに「ありがとう、上原。下がってくれ」と言う。


 その返事で満足できたのか上原は嬉しそうに笑みを浮かべると溝渕と共に階段を登っていった。

 一人残された乾は、このあとどうすればいいのだろうかとへたりこんでいると、ガチャリと目の前の扉の鍵が開く音がした。

 少しだけ扉が開き、こちらを招くように手が揺れる。乾は招かれるままに部屋に入っていった。




 ***********************



 男は魔術を解かれたことを感じ、顔を顰めた。近くのカフェで仕事をしているように装い、実際は仕事をしているのだが、あまり怪しまれないようにタブレットの画面を見ていた。その画面には文章が綴られているのだが、男の視線は虚空に向いていた。

 

 自信はあった。溝渕にも乾にも気づかれること無く魔術を仕込めたのは、男の魔術の腕が良かったからだ。その魔術を察せられること無く建物の中まで行けたのは大きな成果なのかもしれない。教祖が普段どこに隠れているのかも分かった。


 だが魔術が解かれたのが悔しくて耐えられなかった。

 一番自信がある魔術であり、隠蔽もそれこそ教祖に合うまで気づかれなかった。

 何でも見通す魔眼を持つとは知っていたが、それでも一番自信がある魔術であるからこそ男のプライドを傷つけた。

 

 今にでも苛立ちで怒鳴りたい気分だが、コーヒーを飲んで落ち着こうとする。コップの中に満たされている毒々しい黒色の液体は小刻みに水面に波が立つ。

 

 居場所は分かったが、もう一歩が足りない。

 

 乾に掛けた魔術は相当力の入ったものであったため、悔しさは隠せない。だが、他に仕掛けた魔術はまだ動いている。

 建物のまわり、そして地下以外の建物の中を探索する魔術は可動している。


 悔しいが、仕事なのだからこだわりを見せず淡々とこなすだけだと自分に言い続ける。

 上への定期連絡では今ある情報をまとめ、そして現在状況と共に教えた。


 上は情報に喜び、男を褒め称えた。だが男が満たされることはない。

 相手には謙遜していると思われるような態度で電話を切った。

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