第十一話 今の俺に出来ること
車は用意されていることはなく、徒歩で向かうようであった。
ついてこいとゴリラは前を歩く。大きくたくましい背中は威圧のように思える。
逃げることがないと確信しているように、ゴリラの他に組織の人間は居ない。もちろん乾はボロボロの体で逃げようとは思わなかったし、逃げようとすればまた戦わなければならないと思うと足が震える。
通るのは、都心の人混みのほうだが、そこでもこちらを厳重に監視しているというようには見えない。
周りの人達は俺達のことをどう見るのだろうか、考えてみるがただの大人ぐらいしか思わないだろう。
どこからか、「またそうやって逃げるのか」という声がしてきたような気がした。
振り返るが、そこには知らない人が歩いて、邪魔なもののように睨みつけ横を通る。
「おい、どうした」ゴリラはきつめに言う。きっとここで一対一であれば怒鳴り、拳が飛ぶだろうが、やはり人の目があればそんなことはしないようだ。
「誰かに呼ばれた気がしたんだ。あるだろ?こういうこと」
「しるか。さっさとついてこい」
後ろをついて歩く。先程に比べて乾の表情は異なっていた。
まだ怖い。だが、その恐怖の闇の中に、小さな明かりが灯されたような、そんな気がした
今一体俺に何が出来るのだろう?振り切って逃げるようなことはできないし、戦うこともできない。
なら出来ることは?
震えそうな声を振り絞った。
「なあ、教祖様が呼んでいるっていうが、どこにいるんだ?」乾はゴリラに声をかけてみるが、返事はない。「別に逃げようとするわけでも反抗しようとしているわけじゃないんだ。答えてくれてもいいだろ」
会話をつなげて策とか考えるか?
いや、出来る限りこのゴリラから情報を引き出してみる。それは出来る限り、組織についてだ。
「そこに仲間を呼ぶ可能性があるからな。言うわけがないだろう」短くゴリラは答える。やはり警戒しているようでやすやすと口を割るようなことをしないというのは当たり前なのだろう。
「住所を教えてくれって言っているわけじゃない。組織の教会のような場所か、それとも教祖の家なのかとかあるだろう?」
「うるせぇな」そのゴリラの声に怒りが交じる。
「組織に入れと脅されているんだ。気は乗らないが、それでも組織について少しぐらいは知っておきたいじゃないか。お前でもそのぐらいの親切心は残っているだろう?」
あまり話すことが得意ではない乾の口調は、山口に似てくる。
だんだん自分が話しているという感覚が無くなってきている。
山口ならどう返事するのだろうか、大学に入ってから一緒にいたからか、自然と彼がどのように話すのかがすらすら口から出た。
「これは喧嘩を売られているって解釈していいのか?」
一度立ち止まり、ゴリラが睨む。その顔は明らかに普通の人、というよりかは危ない仕事をしているそうな人間に見えてくる。どうやら他の人にもそう思っているようで、横を通り過ぎるときに見ないように顔を伏せて歩いている。
今にも逃げ出したくなるが、それでもまっすぐ凄みのあるゴリラの顔を見て話せるのは今でも脳裏で響くあの声のせいか。
「いや、喧嘩をうるわけないじゃないか。前にあんなボロボロにされて、しかもまだ完治すらしていない体で戦おうと思うわけないじゃないか」
「ならなんだ、どうしていきなり話し始めた」
ゴリラは止まったまま話し始める。歩道のため、道を歩く人達は岩にぶつかった川のように二手に分かれ、そしてまた一つになって流れていく。
明らかに邪魔になっているが、それでも動かない。
確かに疑われている。初めにあれほどおどおどしていた人間がこれほど饒舌に話し始めるのだから、懐疑の念を覚えるのも当たり前なのだろう。
「動いて話さないか?邪魔になってる」
乾は周りを見渡す素振りをするが、相手は「いや、答えろ」と動かない。頑固だ。
困ったな。
何と答えれば正解なのだろうか?乾は頭を働かせる。
ゴリラの疑いの目を無くすというのは難しい。綺麗さっぱり、真っ白な服のようにすると同じぐらいに。
「そうだな」慎重に、探るようにして乾は話し始める。「出来るならこの組織に入りたくはなかったよ。前あったときのことを思い出してもらえばわかると思うが」
ゴリラも頷く。敵対するぐらい入りたくないのはわかってもらえたようだ。
乾は続ける。
「考えてみてくれ。いきなり拉致られて、そういう組織がまともに思えるか?しかも俺と一緒に居たやつは爪を剥がされ拷問を受けているし、真っ黒のようにしか思えない。それであのときに宗教に入らないかと誘われたときに断るのも当たり前だろ?」
ゴリラは何も話さない。様子を見て話を止めさせようとしているわけでもなさそうだ。
「その上、従わなければ恋人がどうなっても知らないぞって脅されるし、いまこうやっていきなり教祖様のところに行くぞって連れていかれるし、散々だと思わないか?なあ。
そこまでされたら入るしか無いが、そんなことばかりされている組織にいるとなるとこっちもいろいろ知らなくてはいけないだろう?どんなことを目的に動いているとか、どういう人物がいるかとか。今の所はとにかく教祖って呼ばれる人が見通せないってだけでひどい目に合わされているのだからな。あんまり知らないんだ。だから知りたいんだ」
さて、この力説がどのようにゴリラが聞き取るかはわからない。だが、乾は出来ることはしたと自分で納得していた。
納得できたのなら、失敗したって仕方がない。他にどうしようも無いのだから。
ベストを尽くせ、そんなセリフが頭の中を過る。そう、俺はベストを尽くした。ならオールオッケー、だ。
緊張からか、そんな頭の中の思考回路はふらふらしていた。
ゴリラは話を聞いていて何かを思ったかのように頷くこともなく、怒りにより拳を振りかざすこともなかった。
ただ、じっとこちらの目を見つめている。それは教祖がしている見通すってことのように見つめるものだから、キモい。
しばらくして、こちらを見つめるのを辞めた。その間目を逸らせば嘘をついていると難癖つけられてしまいそうだったため、周りの人からどのように見られていたのかは考えたくないが、疑いは多少晴れたようで歩き出し、「行くぞ」と短く言った。
それに乾は頷き、今にもへたりこんでしまいそうになる足腰を必死に動かし後ろについていく。
心臓の音はバクバク煩い、そして成功したことに感動しているのか涙が目に浮かんでいた。
いつの間にか脳裏で響いていたあの声も消えていた。
「我々はこの先の建物を買い取り、教会としている。宗教と認定されているから、魔術師だけでなく、一般人でもよく教祖様を崇拝しに来るんだ」
ゴリラは話し始める。
そこに耳を傾けながら、乾は静かに相槌を打つ。
そうして人混みに紛れながら教祖様が待つとされる教会に向かって歩いていった。
ふと見上げた空には分厚い雲が覆い始めていた。それはなにか不吉な前兆の報せのようであった。
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目的とされていた二人が動き出した。
一体あんな邪魔になり目立つところに立ち、話をしたり、見つめ合ったりと気色の悪い事をする迷惑なやつなんだと思っていたが、どうやら片方はずいぶんと怯えているようであった。
手に持つタブレットに表示されているのは二人の情報。
一人は組織の人間である「溝渕 勝」。
柔道やラグビーの選手のように隆起した筋肉に短く刈り上げられた髪の毛、睨んでいるような鋭い眼差しが特徴的だ。
そして教祖やらが見通せなかったという大学生「乾 優也」。
顔が良いわけでも、身長が高いなどと特徴的なものは無く、どこにでもいそうな大学生というのが男の見解であった。
手に入れた情報からは魔術が少ししか使えない、いや少し使えるぐらいの大学生というのが一番ぴったりなのだろう。
そのような大学生がなぜ教祖は見通せなかったのかは不思議に思うところだが、教祖も完璧というわけでもなかったというわけなのだ。
このような欠陥は、崇拝者の信仰心の減少にも繋がり、破綻へと導く悪魔のような存在に見えるに違いない。
二人が動き始めたので、タブレットの電源を消し、鞄にしまい込みばれないように隠蔽の魔術を使用して後ろをついていく。
この好機のように捕まえることができた紐を離さず、俺はどこまでいけるのだろうか。男は静かに頬を歪め、歩いていく。
さて、仕事をしますか。




