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魔法が当たり前となった現代で魔法使いを教育する学園に入学する事になった。  作者: 伊基 夕霧
第1章──禁書図書館《グリモ・アーカイブ》編──
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9話──力の差、遠く

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〈岩流〉(いわながれ)!」

〈氷の草原〉(リョート・スチェーピ)


 最初に仕掛けたのは、謙誠とエヴァだった。

 謙誠が大斧を地面に突き立てると、舗装された地面が砕け大量の土や小石が濁流となって押し寄せ、隣ではエヴァの唱えた魔法が鋭い氷を形成し、まるで生い茂る草原のように広がり狗噛を襲う。


「くだらない」


 だが狗噛はそれを容易く防ぐ。

 浮遊していた鉄球の二つが厚い壁となって攻撃を阻む。


〈飛炎〉(ヒエン)!」


 更に攻撃を重ねるために俺も加わる。

 刀を振ると同時に飛び立つ猛々しい火炎。

 鉄の壁に着弾すると同時に火炎は爆炎へと変じ、正面だけでなく狗噛の全周囲を炎で呑み込む。


「さて、どう出る狗噛?」

「気を抜くんじゃねぇぞ熾隼、末席とはいえ相手は五芒星だ。これくらいで倒れる相手じゃねぇ」

「私たち三人の攻撃、"鉄狗"はどう返す?」


 爆炎に包まれ姿が見えない狗噛を、警戒を緩めず俺たちは見つめる。


「──三人とも伏せてっ!」

「!?」


 後ろから叫ぶ琴理の声。それに従って俺たちが伏せると、さっきまで俺たちの頭があった所に鉄の槍が通り過ぎた。

 危ない危ない。琴理の助けがなかったら怪我じゃ済まない所だった。


 視線を狗噛に向けると、爆炎が晴れた先には俺たちの頭上を通過した槍と鉄で覆われたドーム。どうやら俺たちの攻撃は狗噛には届かなかったようだ。

 あの攻防一体の鉄は厄介だな。


「狗噛は指一つ動かしていないのに、俺たちの攻撃を防いで更に反撃までしてくるなんてな。狼崎先生と同じ工程破棄か?」

「いえ、幾ら天才と言われた"鉄狗"でも簡単に工程破棄をできるとは思えません。おそらくあの浮遊している鉄球、自在に形を変える事こそが一つの魔法なのでしょう」

「どっちにしても厄介だな。どうやって攻めるか」

「攻撃も防御も穴はないですが、"鉄狗"が操れるのは浮遊している鉄球が全てでしょう。防御が厚くなれば、必然と攻撃は薄くなるはずです」

「そうか、それなら俺でもできるな」


 小難しい事じゃないなら俺でもできる。要は攻撃しまくればいいわけだ。

 星霊器に、より一層の炎を纏わせる。


「御堂さんたちは引き続き攻撃を。私が大規模魔法で決着をつけます」

「よし、頼むぜ琴理」


 なんだか、狼崎先生と手合わせした時を思い出すな。あの時は狼崎先生に止められたけど、謙誠もエヴァもいるし今度は成功させなきゃ。


「聞いたか二人とも、琴理が魔法を唱えるまで援護を頼むぜ」

「この私を時間稼ぎに使うとはな、しかし今回はその案に乗ってやろう。〈冷たい牙〉ハロードヌィ・クルィーク


 エヴァは手元に氷の短剣を幾つも作り出し、狗噛に向かって投擲する。

 だが狗噛の前に立ちはだかる壁に砕けて氷の破片が舞うが、エヴァは気にせず攻撃を続ける。


「エヴァだけに良いとこを見せてたまるか。〈霙礫〉(みぞれつぶて)!」


 エヴァに負けじと、謙誠も追撃を加える。

 大斧を地面に突き立てると周囲の大地から鋭い礫が形成され空中に向かって一気に飛翔、激しい霙のように降り注いで狗噛の頭上を襲う。

 だが狗噛の防御は堅く、頭上からの攻撃も容易く防がれる。

 二人の凄まじい猛攻でもまだ足りない、なら三人でどうだ。


「さすがだな二人とも、俺も負けてられないな。いっちょ派手に決めるぜ」

「調子に乗るなよガキ共、お前たちの授業に付き合っている暇はないんだ」

「やべっ……」


 くそ、あれだけ攻撃を防いでまだ余裕があるのかよ。

 まだ反撃に移せる余力があったのか、狗噛を守る壁が変形して俺たちへと迫る。

 謙誠とエヴァは攻撃の最中だし、琴理は後ろで詠唱中。けど俺が守るとなると攻撃が薄くなって狗噛の攻撃を許し続ける事になるし、かといってこのままだと皆が危ない。


「──『内に錠前、外には円環、三つ指に描いて銀の欠片に記し、此れに門を閉ざす閂とする』」


 俺たちの後ろから小さな銀の金属片が飛び出てきて、それが淡い青の光を放つ。

 光は実態のない壁を展開し、激しい火花を散らしながらも狗噛の攻撃を辛くも防ぐ。

 鋭い鉄槍の刺突を防いだ光は、その役割を終えて輝きを失い、ただの銀片へと戻り地面へ落ちた。


「サンキュー蓮夏! 助かった!」

「任せて熾隼くん、けど触媒はさっきので切れちゃったから、これ以上のサポートはできないよ」


 さすが、魔術の才能がピカイチの、俺の自慢の幼馴染。狗噛の攻撃を間一髪の所で防いでくれた。

 触媒の持ち合わせも切らしてもう援護できないようだけど、けど蓮夏のたった一手で間に合った。俺たちの勝利へ転じる一手が。

 俺たちの周りから、突風が吹き荒ぶ。


「『吹き荒べ西の塔、尖塔に揺れし東の風車、北には凍えし南に種を芽吹きし微風、洋上を旅し巡りて、大雲を引き連れよ』──〈嵐気流〉(らんきりゅう)


 耐え忍び、遂に時が来た。

 徐々に強くなる風は次第に目も開けられなくなる程に強くなり、雲は鉛色へと変色して不穏に渦巻く。

 強風から暴風へと変じた嵐は周囲の建物すら軋ませ、狗噛を中心に襲いかかる。

 窓ガラスが粉々に砕け、地面が抉れる程の嵐だ。

 流石に狗噛も攻撃に割く程の余裕はないようで、狗噛の周りにある鉄の全てを防御に割り振る。

 けど、相手は狼崎先生と同じ五芒星。まだまだこれくらいじゃ足りないはず。


「走って昇れ──〈火走〉(ヒバシリ)!」


 切っ先を地面につけながら、地面を擦り上げる。

 摩擦で散る火花は大火となって轟々と燃え盛り、地面の上を狗噛に向かって一直線に走る。

 相手を呑み込む焦熱の火炎、それは琴理が巻き起こした嵐と合わさり豪炎渦巻く嵐となって全てを焼き尽くす。


「うひゃー、こりゃ凄ぇなおい! 離れてる俺たちにも熱さが伝わるぜ」

「二人の魔法が相乗的に組み合わさって、爆発的に威力が向上したようだな。あの"鉄狗"でも、さすがにひとたまりもないだろう」

「だと、いいんだけどな」


 ……なんだろう、この治らない胸騒ぎは。

 たしかに二人の言う通り、いくら五芒星の狗噛でも、あれだけの攻撃を受けたら反撃どころか、防御したとしても防ぎきれはしないだろう。

 そう思うのに、この嫌な感じが消える事はない、寧ろ増えるばかり。皆が安堵している中、俺の頭は警鐘を鳴らすのを止めない。

 何が、何が起ころうとしてるんだ?


「──〈猟犬疾駆〉(ハウンドドッグ)

「っ!?」


 今、胸騒ぎが現実のものとなる。

 異変は地面から。俺たちの足元から鉄の槍が生え、俺たちを容赦なく襲う。

 完全に油断していた皆は呆気なく倒れてしまったが、警戒を解かなかった俺だけは反応してなんとか防ぐ事ができた。


「やれやれ、まさかここまで手こずらされるとはな。魔法使いの名門、富士杉とブリュハノフに鶴貴の当主、魔術の天才児に噂の星触者。子供だと思って見くびり過ぎたか。殺さない程度の手加減じゃ足りないなんてな」


 声の方向は地面から。鉄で覆われたドームが下から出てきて、その中にいたのは当然だが狗噛。衣服に少しの焦げが見受けられるが、その程度でほとんど無傷といっていい。

 どうやら、俺たちは俺たちが想像してた以上に甘く見ていたようだ。

 俺たち全員が全力を出した連続攻撃、それをしても狗噛に届きはしなかった。そして、たった一度の隙をつかれただけで形勢は完全に逆転してしまった。

 皆はもう動けそうにないし、残っているのは俺だけだ。


「ぐっ、くそったっれが……」

「末席とはいえ、やはり五芒星か。私たちの想像を超えている……」

「なに、殺しはしないさ。殺しをすれば"賢狼"や"城虎"も本気を出すからな。鶴貴の人間さえ手に入れたら、他に用はない」

「──〈火剣〉(ヒケン)!」


 琴理に触れようとする狗噛の前に割って入り、星霊器を振るう。

 けど狗噛は俺を一瞥する事もなく刃を防ぎ、俺の腹から痛みがこみ上げる。

 視線を下げれば、丸い円柱状の鉄。俺の体を貫きはしなかったけど、胃の内容物が口から出てきそうになって呼吸が苦しくなる。


「もう諦めろ。もうまともに動けるのはお前だけ、そのお前だけじゃ俺に傷一つ付ける事すらできない。お前たちの負けだ」

「ま、だ……まだ、負けてない、俺は戦える!」


 吐きそうになるのを必死に堪えながら、震える脚に鞭を打ってなんとか立ち上がる。

 悔しいけど、狗噛の言っている事は紛れも無い事実だ。

 俺たち全員が挑んで服に焦げしか付けられなかった相手に、俺が一人で立ち向かってもどう足掻いたところで勝てはしない。

 けど、だからといって納得して友達を易々と見捨てたりはしない。


「往生際は良くしろ。根性があるのは褒めてやるが、それだけじゃどうにもならないのはお前も知っているだろ」

「生憎と、俺は頭が良くないほうなんでな。俺はただ友達を守れるならそれでいい」

「だめっ、御堂さん逃げて!」

「仕方ない、手足の一本はもらう事になるぞ」


 状況は最悪、どう知恵を絞っても抵抗できる手段が思い浮かばない。

 万事休す、か。

 けどただで終わらせるつもりはない、せめて一太刀でも浴びせてみせるか。


「──〈圧潰〉(プレス)


 決死の突撃に地面を蹴ろうとした瞬間、おそらく最も俺の望んだ声が聞こえた。

 狗噛も異変を察知したのか、即座に飛び退くと地面に四角錐の穴が空き、次々と狗噛を襲う。自慢の防御も意味を為さないようで、頭上を守ろうにも鉄の壁は飴のように歪んで砕け散る。


「よく耐えたなお前たち、もう大丈夫だ」


 まるで重力など関係ないというように、空中に立っていた狼崎先生はゆったりと俺たちの前に降りたった。

 状況を確認するように周囲を見渡して、狗噛にやられた四人を見て懐から水の入った四本の試験管を取り出した。


「熾隼、皆にこれを飲ませろ。治癒の術を施した静水だ。これで四人の怪我も治る」

「ありがとうございます!」


 淡い緑色の、綺麗な色をした水だ。

 先生に言われた通り琴理たちに飲ませると、傷があっという間に消えて無くなってしまった。

 良かった、本当に良かった。皆なんともないようで。

 安堵の息を零して座り込む俺を見ていた狼崎先生は狗噛に振り返り。


「さて──」

「っ!?」


 場の空気が、一変した。

 いつもより低い声と共に放たれた魔力は狗噛の比ではなく、近くにいるだけで肺が潰れそうになる程のプレッシャーを浴びる。

 それを直で受けている狗噛も流石に平然とできるわけではないようで、顔を苦しげに歪めて額から汗を流している。


「久し振りだな"鉄狗"、一年ぶりの再会といったところか? それで……私の生徒に、何をしている?」

「"賢狼"……っ」


 静かだが、とても重い怒りの感情が狗噛に向けら、無意識に後退る。

 ただ対峙しているだけなのに、それだけで二人の実力差が如実にわかる。例え同じ五芒星であっても、狗噛と比べて狼崎先生は格が違うのだ。


「もう一度訊こう。一体なんの理由があって、こんな馬鹿げた事を企てた?」

「馬鹿げたこと? 馬鹿げたことだと"賢狼"!?」


 狼崎先生の言葉に、さっきまで警戒と怯えを見せていた狗噛は一転、激情をあらわにして先生に怒りをぶつける。

 獣のように激しく睨みつけたあと、嘲るように口の端を歪めた。


「あらゆる魔術を行使し現代の賢者とまで言われたあんたが、かつての教え子の心一つ理解できないなんて、まさに皮肉だな"賢狼"。いや、それがあんたの正体だったか。もとより知識にしか興味がないあんたにとっては、人の心も情も欠片の価値すらないんだよな?」


 激しい軽蔑と侮蔑を隠しもせず次々と浴びせる言葉に、しかし当の本人である狼崎先生は怒る素振りを見せず、逆に出来の悪い生徒を見るかのように肩をすくめて落胆の息を零した。


「やれやれ、お前が鶴貴を狙った事から目的くらい容易に推察できる。私が聞きたいのはどうしてお前がそれを欲したのかだ。仮にも五紡星の一人だったなら、それが禁忌であると知っているだろう?」

「禁忌、だと? それは一体だれが決めたんだ? そんな訳の分からない取り決めに従えと、全てを捨ててでも取り戻したいものを諦めろというのか?」

「そうか、そうだったな、お前は失くしてしまったんだよな。そうか、お前はそれを取り戻すために……」


 さっきの会話で、狗噛が何を欲しているのか理解したのだろうか。

 狼崎先生の感情は、狗噛への同情、憐れみ、驚き、そして共感といったものが混ざった複雑なものだった。


「先生……?」


 迷いともいえるような感情をしていた狼崎先生は、振り返って俺の顔を見た。

 まるで、自身の過去と後悔に対峙しているかのように瞳を僅かに揺らし、それを断ち切るかのように再び狗噛と向き合った。


狗噛(・・)、お前の気持ちは誰しもが抱くものとして理解はする。だがそれは決して許されるものではない。そのための臨海都市であり、そのための我々五紡星だとお前も知っているだろう」

「ふざけるな! そこに手段があるなら、なぜ使わない!? 誰に許しを請う必要がある!? 阻む権利がお前にあるのか"賢狼"!」

「それのために、どれだけの犠牲と血が流れたと思ってる? 脈々と繰り広げてきた悲劇をもう起こさぬように、我々が法なき魔法界の法とならねばならないのだ」

「そうかよ、それじゃあくだらない警察ごっこでも続けてるんだな。俺は必ず、俺の望みを叶えてみせる。例えあんた達が邪魔しようとな」

「逃げるか"鉄狗"。それを私がさせるとでも思っているのか?」

「思ってるとも。いくらあんたでも、後ろの荷物五人を庇いながら俺を捕まえるのは不可能だ。数人見殺しにすれば俺を捕えられるだろうが、あんたはそれをしない。違うか?」

「……」


 否定はしないが、先生の沈黙は狗噛の言葉を肯定するものだった。

 俺たちが狼崎先生の枷となってしまっているのが悔しくて、無力さに不甲斐なさが込み上げる。

 自身の安全が確保された事に勝ち誇ったような笑みを浮かべて、おそらく転移の魔術だろうか、狗噛はその場から姿を消した。


 結局、俺たちは何もできなかった。

 全員の力を合わせても狗噛に手も足も出ず、狼崎先生が助けに来てくれなければそれで終わっていた。

 俺は星触者だというのに何も出来ず、悔しさで地面を睨みつける。


「頑張ったな熾隼、よく"鉄狗"を相手にここまで持ち堪えた。礼を言うぞ」

「先生……」


 けど、狼崎先生は怒らず叱らず、俺の頭に手を置いて褒めてくれた。

 いつもの厳しい表情ではなく僅かな笑みを浮かべて、沈みかけていた気持ちが少し浮いた。


「さて、流石にこんな事態に巻き込まれては説明しないわけにはいかないだろう。悪いがもう少し私に付き合ってもらうぞ。お前たちには今回の件を説明しなければいけないからな」

「はい」


 狗噛がいなくなって、はいそれで終わりというわけにはいかないだろう。もちろん俺だってちゃんと説明してほしかったし、これで解散とか言われたら流石に狼崎先生でも食い下がるつもりだった。

 こんな人の往来のど真ん中で説明するわけにはいかず、話しやすい場所に移動すると言われて、他の四人を起こして先生の周りに集まる。

 狗噛と同じ転移の魔術か、懐から小さな手鏡を取り出すと周りの景色が歪み、俺たちはその場から姿を消したのだった。

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