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魔法が当たり前となった現代で魔法使いを教育する学園に入学する事になった。  作者: 伊基 夕霧
第1章──禁書図書館《グリモ・アーカイブ》編──
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8話──"鉄狗"

「なあ琴理、好い加減に機嫌をなおしてくれよ」

「つーん」


 スタスタと早足で歩いていく琴理の後を追って、なんとか機嫌を直してもらおうとするけど琴理は聞く耳を持ってくれない。

 ぷいっとそっぽを向いて、俺の事など無視してスタスタと臨海都市を歩いていく。


 あの夜、謙誠が女子風呂を覗こうとしたのがバレて、俺にもその罪が被せられて数日。あれから琴理は俺と一切口をきいてくれない。

 今までと同じで謙誠とエヴァ、蓮夏と五人でつるんでいるんだが、琴理だけは俺と話そうとしてくれない。

 今日だって街に五人で遊びにきているのに、琴理は今日も俺と一言も口をきいてくれない。


「なはは、熾隼の奴、まだ懲りてねぇのか」

「放っておいても時間が解決すると思うのにね」

「熾隼め、将来は尻に敷かれるだろうな」


 その後ろでは、三人が俺と琴理のやり取りを見て楽しそうに笑っていた。

 くそう、あいつらめ好き勝手に言いやがって。こっちは琴理の機嫌を直してもらおうと四苦八苦してるってのに。薄情な奴らだぜ畜生。


「……御堂さん、覗きました」

「いや、まあ結果的にはそうなっちまったけで、進んで覗いたわけじゃないぞ」

「しかも、ブリュハノフさんに見惚れてました」

「えっとそれは……エヴァごとても綺麗で」

「おっと、嬉しいこと言ってくれるじゃないか熾隼」

「うわーん、ブリュハノフさーん!」

「おーよしよし、かわいそうな琴理。熾隼はいやらしい奴だな」


 おい待て、なんで俺が悪者な流れになってるんだよ? 琴理もエヴァの胸に抱きついて慰められている。

 くそう、なんか釈然としない。理不尽だ。


「お前たち、いつの間に仲良くなったんだ?」

「ふふん、羨ましいか熾隼。琴理とは昨夜に親交を深めた。あれだ、日本でいう裸の付き合いをしたんだ」

「裸の付き合い……」

「そんなんじゃないです熾隼さん! ブリュハノフさんとはお風呂をご一緒しただけです。変な想像しないでください」

「ち、ちげーし! そんなこと考えてないから!」


 ごめん、ちょっぴり、ほんのちょっぴりだけ考えました。いや、エヴァが含みのある笑顔であんな事を言うんだから、誰でも一瞬は想像するだろ。


「あい見ろよ熾隼の反応、絶対図星だぜ」

「ほんと。熾隼くんったらやらしー」


 あいつら、自分に関係ないからって面白がりやがって。


「お前たちも他人事じゃないんだぞ。あの一件で狼崎先生にこっ酷く叱られたんだから。特に謙誠は反省しろ」

「へいへーい」


 あの覗き騒動がバレて、俺と蓮夏と謙誠の三人は主犯として仲良く狼崎先生から怒られた。

 いや、あの時の狼崎先生は冗談抜きで怖かった。

 静かな怒り、と表現するべきなのか。決して怒鳴らず、しかし体にのしかかる重圧は、まるで狼崎先生の魔法でも受けているんじゃないかというくらいに強い。それで深いため息と共に『とても残念だ』と告げられて、失望させてしまったみたいで胸が痛かった。

 少なくとも、あの人の事はもう怒らせたくない。


「琴理もさ、機嫌なおしてくれよ。こうして遊びに来てるのに、琴理に嫌われてちゃ嫌なんだよ。ほら、なにか甘いものでも買ってあげるから」

「た、食べ物で釣るつもりですか? 私はそんなので許したりは……」

「クレープ、フルーツたっぷり」

「うっ……」


 頑なだった琴理の態度も、その一言で揺らいだ。

 胸元で指を胸がもじもじと組み替え、ちらちらと俺を見る。もう一声だ。


「蓮夏、少し前に駅前でオープンした店ってあったよな?」

「うん、焼きたてのクレープ生地に、イチゴやマンゴーやフルーツがいっぱい」

「う、うう……」

「あとマカロンのパフェが美味しいよ」


 ナイス援護だ蓮夏。


「……おかわりは、してもいいですか?」


 少しの沈黙のあと、恥ずかしそうに俯きながら琴理が聞いてきた。やった、許された!


「もちろん! 今日は俺が奢るから好きなだけ食べていいぞ!」

「ほう、気前がいいではないか熾隼」

「太っ腹だな。ゴチになりまーす!」

「なりまーす!」

「おい待て、なんでお前たちの分も奢る事になってるんだよ!」


 俺は琴理に奢ってあげるんであって、お前たちにも奢るなんて一言も言ってないぞ。って待て人の話を聞け、俺を置いて店に行こうとするな。


「ケチケチすんなよ。ランクも三桁に更新されたんだから、MAGI(マギ)もたんまり貯まってんだろ?」

「そりゃそうだけどよ」

「私と謙誠の奴は共にランクが低くてな。恥ずかしいがMAGI(マギ)の手持ちが少なくてあまり贅沢ができないのだ」


 ああ、そういえばお前たち二人で喧嘩しまくってるからランクが低いままなんだよな。


「だったら仕方ないけど、蓮夏お前、魔術科で首席だよな? 俺よりもMAGI(マギ)持ってるだろ?」

「僕しりませーん」

「おい、しらばっくれんな。……ったく仕方ねぇな。いいぜ、お前たちの分も俺が出してやる! たくさん食って太りやがれ」


 まあ、MAGI(マギ)なんて昼メシ買う時くらいしかつかわないし、余らせても無駄になるだけだからパアッと使ってしまうか。

 何故か琴理以上にはしゃいでいる三人の後ろ姿を見ながら、俺と琴理も一緒に歩き出した。




 ***




「げふぅ……やべ食い過ぎた」

「別腹も、流石に一杯だな」

「けぷ」

「お前たち、食い過ぎにも程があるだろ」


 その場の流れで全員に奢る事になって皆の食った分を俺が払った帰り、三人は満たされた顔をしながら甘い息を吐いた。

 最初は仲良くクレープやらパフェやらを食べていたのだが、謙誠とエヴァの二人がどれだけ食えるのか張り合いだして、そのままフードファイトに変化してしまった。

 蓮夏は早々にリタイアしてしまい、原因である二人は頑張って勝負していたが結果は引き分け。


「美味しかったです御堂さん。ご馳走さまです」


 そして勝者は、以外な事に琴理であった。

 謙誠やエヴァが必死で食べていた隣で顔を綻ばせながら次々と食器を空にしていく姿は凄まじいもので、多分二人が食べた以上の量を琴理一人で食べていたと思う。

 しかも満身創痍で腹を抑えながら歩いている三人とは違い、満足そうな顔で平然と歩いている。まだまだ余裕そうなのが恐ろしい。


「喜んでくれてよかった。まあ少しは遠慮してくれたら助かったかな。おかげでスッカラカンだ」

「あら、これでも遠慮したんですよ? 御堂さんのMAGI(マギ)を超えないように調整したんですから」

「狙って素寒貧にさせたのかよ。余計タチが悪いな」


 蓮夏たち三人だけなら余裕もあったけど、琴理が三人以上に食べたせいで俺の手持ちのMAGI(マギ)は綺麗になくなった。

 MAGI(マギ)は毎月にならないと支給されないから、しばらくは何も買えない日々を過ごす事になる。

 お菓子とか欲しくなったら蓮夏にでも買ってもらおう。


「おいおい熾隼、あまりぐちぐち文句言ってんのは男らしくねぇぞ?」

「うるせぇっての、遠慮もせずドカドカ食いやがったオマケ三人組が。いつか今回の分は倍にして返してもらうからな」

「薄情な奴だな熾隼。そのような貸し借りなどこだわらないのが友としての友情だろう?」

「こんな時だけ都合のいい友情論を持ち出すなエヴァ。お前だって俺と同じ立場だったらどうするよ?」

「倍など生ぬるい。最低でも三倍は返してもらうぞ」

「お前は友達をなんだと思ってるんだ」


 エヴァに奢ってもらうのはやめておこう。こいつなら本当に倍以上の返しを要求してきそうだ。


「まったく、俺の周りはヒドイ友達ばかりだな。ほら、はやく帰るぞ皆。もう街の人も皆いなくなってるし」


 空も茜色に染まって、だいぶ遅い時間になっている。俺たち以外の人もいないし、寮の門限が過ぎちまう。


「おい待て熾隼、街の様子がおかしい。いくらこの時間でも人が一人もいないなんて変だ」

「人どころか車すら走っていない。まだ夕暮れ時だというのにこれは異常だ」


 だけど、謙誠に襟首を掴まれて首が締まる。

 抗議しようとしたら謙誠とエヴァは顔を険しく変えて辺りを見渡している。

 たしかに言われてみれば、俺たち以外に人がいないし、車の一台も走っていないのは変だ。まるで俺たちとそれ以外の世界が切り離されたみたいで。


「これは……結界だな。世界の位相を僅かにずらし、魔法の効果や被害を表に出さない特殊結界魔術。学園順位を変えるために生徒同士の決闘で使われるが、こんな街中で使うのは違法行為だ」

「加えて、こんな無差別に人を巻き込む事も許されちゃいねぇ。昔は魔法使いたちが人目を忍んで殺しあうために使われてたようだがな」

「なんだか物騒な事になってきたな。もしかして、この結界もその危ない奴が?」

「わからないな。私たちを標的にしたのかも定かでは──伏せろ!」


 突如としたエヴァの怒号、次いで鳴り響く耳障りな金属音。

 振り向くと鋭く尖った五本の鉄の槍が俺たちに襲いかかっていて、それを謙誠とエヴァが防いでいた。

 塞がれた鉄槍は二人から離れると、徐々に形を変えてバスケットボール程の球状に姿を変えて不気味にその場で浮遊する。


「すまない二人とも、助かった」

「礼はいいから、お前たちも早く構えな。どうやら随分と厄介な奴に目をつけられちまったようだ」


 謙誠に言われた通り俺も星霊器を出して周囲を警戒する。

 緊張が支配する静寂な空間。

 不気味に静止している五つの鉄球だったが、移動を開始して俺たちから離れる。その先には、一人の男が立っていた。


「おい、あれ誰だよ?」


 歳は二十代くらいだろうか。焼いた鉄肌のような暗い青緑色の髪に、赤錆色の鋭い瞳。傍らには先程俺たちを襲った五つの鉄球の他にあと三つ、合計で八つの鉄球が男性の周りに浮遊している。

 まず間違いなく俺たちを襲ってきた犯人だろうが、ただ対峙しているだけで俺の呼吸が乱れる。

 皮膚がチリチリちして全身に毛が逆立ち、手足がビリビリと痺れる感触。俺でもわかる程のヤバさとプレッシャー、まずただ者ではない。

 どうやら、俺と蓮夏以外はあの男が誰だか知っているようだ。


「五芒星第五位、"鉄狗"の狗噛(いぬがみ)……」

「おいおい、こりゃどういう事だ? まさか"鉄狗"がやってくるなんてよ」

「一年前に姿を消した五芒星が、なんのために臨海都市に戻ってきた?」


 三人の反応を見て、俺も思い出した。

 不世出の天才と謳われた若き天才魔法使いで、当時空席だった五芒星の第五位に座った紛れもない一流の魔法使い。

 つけられた渾名は"鉄狗"。五芒星序列第五位、狗噛(いぬがみ) 鋼野(こうや)

 一年ほど前に突如失踪して、若き天才魔法使いの失踪と当時では大騒ぎになっていた。

 それが俺たちの目の前に現れて、いきなり襲ってきた。

 理由はもちろんわからない。ただ、失踪する前に見た時よりも随分と印象が変わっている。

 特に目がギラギラと鋭く、まるで飢えた野犬のように獰猛で、もう後がないかのように追い詰められているようだ。


「やはり強制的に結界に入れると、周囲の人間も巻き込むか。用があるのは鶴貴の娘だけだ、他の連中は消えろ」


 狗噛は、まるで俺たちに興味がないかのように、視界に入れる事はなかった。

 どうやら狗噛の目的が琴理のようで、俺たちはそれに巻き込まれる形になってしまったようだ。

 狗噛がどうして琴理を必要としているのか、琴理に何をしようとしているのか俺にはわからない。けど、いきなり襲いかかってくるような危ない奴に、琴理を渡すなんて事はしない。


「おいあんた、俺たちをこんな結界に閉じ込めて、いきなり襲ってきて、それで琴理を渡せって、どういう神経してんだよ? 生憎だが、俺は友達を見捨てて逃げるような腐った根性していなくてな、邪魔させてもらうぞ」

「御堂さん……」


 相手が五芒星だろうが天才魔法使いだろうが関係ない。

 狗噛の目的がなんであろうと、目つきや雰囲気でろくでもない事だというにはわかる。そんな奴に琴理は渡さない。


「おいおい格好つけんなよ熾隼、俺だってダチを放っておくなんて事はしねぇぞ。俺もまぜろよ」

「貴様が琴理の何を欲しているのか容易に想像できるが、だからといって素直に頷く事はできない。私の友人に手を出すならば五芒星とて容赦しない」

「うん、僕も戦うよ!」

「皆さん……」


 意外だとは思わない。こいつらも俺と同じで、琴理を見捨てはしないと確信していた。まあ、俺の友達だからな。

 しかし狗噛は、俺たちの返答が気に入らないご様子。


「……ガキ共が。言う通りに従っていれば怪我をせずに済んだものを」


 狗噛の怒りが、肌で感じる程に高まる。狗噛から溢れた魔力が俺たちの肌に突き刺さり、首元を締め付ける。

 それに呼応するかのように、狗噛の周囲に浮く八つ鉄球が不穏に波打つ。


「その身に刻みつけてやろう、五芒星の力というものを。ぬるま湯に浸かったお前たちと、本当の魔法使いの格の違いをな」

「上等! あんたより上の五芒星を俺たちは知ってるんだよぉ!」


 本気でなかっとはいえ、狗噛と同じ五芒星で、しかも格上である第三位の狼崎先生と手合わせしたんだ。全員で力を合わせれば、負けない相手じゃない。

 星霊器に火を纏わせて、俺たちは狗噛に向かって走り出した。

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