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魔法が当たり前となった現代で魔法使いを教育する学園に入学する事になった。  作者: 伊基 夕霧
第1章──禁書図書館《グリモ・アーカイブ》編──
6/14

6話──いざ、大浴場

投稿してそうそうにお風呂回だ!

読者の皆は想像力をMAXに働かせるんだぞ!

「どっへぇぇぇ、疲れたぁ〜!」


 体中から、ありとあらゆる息を吐き出し、もう動く事すらままならない足を引き摺りながら、今まさに、万感の思いを込めてベッドへとダイブする。

 疲労で支配された全身にベッドはこれ程とない安息の地であり、柔らかな生地は優しく体を包み込んでくれる。

 もう疲れた。動きたくない。寝る。


「もう熾隼くんってば、だらしないよ。せめて制服くらい脱がないと」

「んあ〜?」


 どうやら予想以上に疲労が蓄積されているようで、呆れて窘めるような蓮夏の声に力なく答える。

 だけど制服ぐらいは脱がないと、シワになっちまうな。

 気怠い体をなんとか起こして、俺は制服を脱ぎ捨てる。


「わわっ! 熾隼くんったら、なんでここで着替えちゃうの!」

「なんだよ、着替えろって言ったり着替えるなって言ったり忙しい奴だな」

「僕が恥ずかしいの!」


 何故だか顔を真っ赤に染めた蓮夏に怒られてしまった。そういえば蓮夏の奴、付き合いは長いけど着替えとか恥ずかしがるんだよな。男同士なら、別に恥ずかしい事なんてないと思うのに。

 蓮夏を適当に宥めながら、俺は寝巻きに着替えて再びベッドに飛び込んだ。


「本当に疲れてるみたいだね。熾隼くんったら、ふやけた食パンみたい」

「うるへー。こっちは狼崎先生との模擬戦で必死だったんだよ」

「みたいだね。噂の星触者さんが五紡星の狼崎先生を追い詰めたって、魔術科でも話題だったよ」


 そう、この疲労の原因の全てが、狼崎先生との手合わせであった。というより、狼崎先生との手合わせで行使した魔法が原因であった。

 今まで魔法とは無縁だった生活を送ってきたのに、いきなり強力な魔法の数々を行使して体が驚いてしまったんだ。


 ウォーキングすらしていない奴が、いきなりフルマラソンを走るようなものだ。今まで使っていなかった器官が突然使われて、悲鳴をあげてしまったんだ。その内、慣れて落ち着くだろうと言われたけど、それまでは辛い状態が続くだろうな。

 でも、そんな苦労をした甲斐があった。


「にひひ、そうだろうな。見ろ蓮夏、これが俺の力だ」


 傍らに置いてあるサイフから取り出したるは、俺の学生証。魔央学園の学生証には様々な使い道があり、学生寮の鍵であったり魔央学園内で使える仮想通貨のMAGI(マギ)を貯めたりと色々ある。


 しかし今は注目してほしいのは、学生の詳細が表示されている面だ。所属している学科や学年や組が記されている横に『第601位』と表示されている。これが俺のランクなのだ。

 魔央学園の魔法科には、初等部から高等部まで総勢で7000人以上の生徒がいるのだが、俺はその中で601位の高さまで登りつめた。狼崎先生との模擬戦でランクが更新されたんだ。


 ランクが三桁の生徒は殆んどが高等部の三年生が独占しており、入学したばかりの一年生が三桁のランクを取ったのは快挙だと言われた。

 ちなみに琴理も俺との連携が評価され、ランクが更新されて212位から207位まで上がったそうだ。ちなみに、琴理は高等部の一年生ではランクは最高位なんだって。

 文句のない俺の堂々たるランクを見て、蓮夏は朗らかな笑みを浮かべて拍手をした。


「凄いね、熾隼くん。偉い偉い」

「……お前、俺が出来の良いペットとかと勘違いしてないか?」

「……えへへ」

「笑顔で誤魔化すんじゃねぇ!」

「や〜」


 そのあまりに純朴な笑顔に腹が立ち、俺は蓮夏の頭をワシャワシャと掻き乱して髪の毛をボサボサにしてやる。

 言葉では嫌がりながらも、蓮夏も満更でもない様子で俺の手を受け入れる。まあこんな感じが、俺と蓮夏のいつものやり取りだったりする。


 そんな、特にたわいないやり取りをしながら幼馴染と一緒に時間を潰していると、来客を告げるインターホンの音が室内に響いた。それも一度じゃない。何度もピンポンピンポンと押しやがって、うるせえっての!


「誰だよ何度も何度もうるせえ──って、謙誠?」

「よお熾隼! 邪魔するぜい」


 扉を開けると、目の前には謙誠。片手にはパンパンとビニール袋を持ち、まるで自分の部屋のように俺の断りもなくズカズカと部屋に入りやがった。


「お、蓮夏もいやがったのか」

「謙誠くんだ。いらっしゃ〜い」

「待て待て、なに二人でくつろいでいるんだよ。それと謙誠、お前はどうして俺の部屋にいきなり押し掛けてきたるんだよ」

「細けぇ事気にするなって。ほれ、一応駄賃は持ってきたんだ。お前も一緒に食おうぜ」


 手に持っていた袋をひっくり返せば、お菓子やらジュースが続々と出てきた。どうやらこの学生寮で売ってる菓子とかをしこたま買い占めたようだな。

 そして蓮夏よ。なんでお前は『コップを出さないとね』って言って勝手にコップを準備しているんだよ。

 あれ、ここって本当に俺の部屋か?


「つう事で、これより高等部の初授業お疲れ会を開催する! 幹事はもちろん、この俺だ!」

「ぱちぱちぱち〜」

「堅苦しい挨拶は抜きにして、早速……カンパイ!」

「かんぱ〜い」

「……乾杯」


 俺が入る隙もなく、謙誠が主催のお疲れ会というのは開かれた。といっても、ジュースを片手に菓子を食べるだけなんだが。

 なんだかんだで流されてしまった俺も、炭酸のジュースを飲みながら適当にチョコの菓子を口に含む。

 あ、以外と美味いな、これ。


「んでお二人さん、どうだったよ? 魔央学園での初めての授業は」

「僕はとっても楽しかったよ。今日はタリズマンを作る授業だったんだけど、出来が良いって褒められちゃった」

「マジか。ちなみに、今あるのか?」

「うん、見ていいよ」


 蓮夏が取り出したのは、銀色の円形に星と不可思議な文字が彫られている小さなメダルだった。

 タリズマンは、魔法使いや魔術使が使用する最も基本的な魔道具(マジックアイテム)の一つだ。装備者に護りの加護や、魔法や魔術を使う際に補助をしてくれる加護を与えたりしてくれる。魔法や魔術が一般となってしまった今では、金運上昇や恋愛成就などのお護りとして普通に売られていて非常に人気だったりしている。


 当時まだ若かった頃の狼崎先生が作ったタリズマンが競売にかけれた時は、あと一声で億の桁を超えてしまうような額までいったらしい。それを競り落とした人は、百歳を超えて大往生し、子供が二十八人もいたとか。とんでもないな。

 さてさて、蓮夏の作ったタリズマンは謙誠から見てどうかな。


「……おぉ、こりゃすげぇな。これなら十分に売りに出せるレベルじゃねぇか?」

「マジ? そんな凄いのか?」

「おう。五芒星にこの文字列となると……厄除けの身代わりだな。何か悪い事が起きても、こいつが身代わりになってくれる」

「へぇ、なんか凄いじゃんか蓮夏」

「えっへん」


 誇らしげに胸を張ってみせる蓮夏、実際に凄いのだから何も言えない。

 魔術とは本来、それだけ難しいのだ。多くの工程を踏み、一瞬の間違いも許されない緻密な作業の結晶なんだ。それを簡単に工程破棄で使ってしまう狼崎先生がおかしいんだ。


「それにしても、以外に魔術とか詳しいんだな謙誠。お前の事、てっきりバカだと思ってた」

「ひっでぇ言い草だなぁおい。こう見えて、魔法使いの名家の生まれだからな俺は。ガキの頃から色々と叩き込まれてるんだよ。エーサイキョーイクってやつ」

「魔道器を見てそうじゃないかと思ってたけど、本当にどこかのおぼっちゃまだったのか。似合わないな」

「うるせぇ。それで、お前はどうだったよ熾隼。あの"賢狼"と戦って、手応えはあったか?」

「んー……次やればもっと上手くできると思うけど、あの人の底が見えなかった。多分、何度やろうと勝てそうにない」


 正直、星触者だからと得意になっていた自分がいた。世界に二人しかいない星触者。しかも俺以外のもう一人は、五紡星の第一位の座に座り、世界最強の男とすら呼ばれているんだ。だから俺も、狼崎先生を追い詰められるのではと内心では思っていたが、全てが身の程知らずの勘違いだとこの体に教え込まれた。

 全てに於いて俺の技術の上を行かれた。魔法や魔術もそうだが、体術ですらも敵わなかった。相手の狼崎先生は、杖で体を支えていたのに。


 星触者としての力なのか、魔法を使えば使う程、力が馴染んで扱い方が慣れてきている。俺が魔法を使う度に技術は上昇していくが、それでも狼崎先生には追いつけない。追いつくビジョンすら浮かばない。

 きっと、これが本当の敗北なんだろうな。


「……へぇ、お前は負けず嫌いだと思ってたの、意外と正直なのな」

「そりゃ好き好んで負けたなんざ認めたくないさ。ただ、言い訳一つすら思い浮かばないんだから、認めるしかないだろ。いっそ清々しいくらいさ」

「そっか。でも俺たちのクラスで一番"賢狼"を追い詰めたんだ。星触者としての体裁は守ったんじゃねぇか? ともかく二人とも、お疲れさん」


 そう言って、ジュースの入ったグラス傾ける。俺と蓮夏は自分のグラスを謙誠のグラスに当てて、本日二度目の乾杯をした。

 もしかして、俺たちが初めての授業で疲れているだろうと思って労いに来てくれたのか? 直情的だが人情に溢れている奴だし、案外良い奴なんだな。エヴァに関わった途端に血の気が多くなるけど。


「そうだ、お前たちってもう風呂は済ませたのか?」

「風呂か? 俺はこの後に入る予定。蓮夏は?」

「僕も、このお疲れ会が終わったら入るつもり」

「そうかそうか、まだ済ませてなかったか。ちなみにこの学生寮の大浴場はもう行ってみたか?」

「いや、俺は注目を浴びるし、蓮夏は恥ずかしがり屋でそういう所にはあまり行かないんだ」


 学生寮にはそれぞれ寮生の部屋に風呂が備えられているけど、他にも大勢の生徒たちが入れる大浴場というものがある。寮生の部屋が豪勢なだけあって、大浴場も一流ホテルに勝るとも劣らないものではあるが、俺たちは一度も関わってこなかった。

 恥ずかしいとか言って蓮夏は銭湯にもあまり行かないような奴だったし、俺は星触者として有名だから皆から奇異の視線を向けられるから、大勢の人が集まるような大浴場には行こうと思わなかった。


 それに大浴場なんかに行かなくても、この部屋に備え付けてある風呂だけで十分だった。一人で入るには大きいジャグジーで、さながらセレブの豪邸にでも住んでいるような気分だ。だから大浴場には、これまで一度も行ってなかったりする。


「そうなのか、勿体ねぇな。あそこから見える夜景も中々に良いのに、まだ行ってねぇのか。ならよ、折角だし三人で行こうぜ。今の時間ならあまり人もいねぇだろうしよ」


 まあ、俺も大浴場には行ってみたいとは思っていた。皆からの気になるとか一々言っていたら、学園生活も窮屈になっちまうよな。

 蓮夏も嫌そうではないようだし、折角の謙誠の提案を断っちまうのは悪いよな。


「わかった、それなら行ってみるか。蓮夏も、一旦部屋に戻って準備してきな」

「うん、わかった」

「なはは、それじゃあ準備ができたら、大浴場の前に集合な」


 そうと決まれば、二人は準備をしに部屋へと戻り、俺も着替えやタオルやらを用意しながら準備をするのだった。

 ……あ、あいつらゴミ片付けないで出ていきやがったな。




 ***




「はふぅ、気持ちいい……」


 鶴貴 琴理は肩まで湯船に浸かって、今日の疲れを癒す。あの五紡星の一角である"賢狼"に、健闘と言うには十分過ぎる程に善戦したのだ。

 魔法や魔術は取り分け肉体と精神の両方に負担を強いる。ほぼ死人というべきグロッキーな状態になっていた御堂 熾隼が良い例だ。その疲れを癒すため、琴理は大浴場のにある巨大ジャグジーの中で、柔らかな泡に包まれていた。


 琴理は、この時間帯によく一人で大浴場に来ている。

 今は殆んどの生徒が風呂からあがって、夕食でも食べて既に寝ている生徒もいるだろう。ピークの時間帯ならば多くの生徒たちで賑わっている大浴場も、今では数人しか見受けられず、湯船から流れる水の音が明瞭に聞こえる。

 広い大浴場をまるで貸し切りのように使えて、琴理はこの時間の大浴場が好きだったりしている。それに、落ち着いてゆっくりと考え事もできるから。


「……御堂さん、大丈夫でしょうか?」


 最近、琴理はよく一人の生徒に色々と思考を巡らせている事が多い。

 最初に会ったのは、入学式の日。皆からの奇異の視線を逃れるように、何も関心を向けていなかった琴理の隣の席へと座った。噂の星触者だと知って少しは驚いたが、琴理は仲良くするつもりはなく、ただの隣人ぐらいにしか思ってなかった。


 だというのに、放課後に臨海都市を見て回ると言って、勝手に色々と連れ回されて、眠る獅子亭という喫茶店で一緒にご飯を食べてしまった。その時、甘党だの味覚がお子様だのと言われて少しムキになってしまった。

 それから色々とたわいない話しをしたりして、そして"賢狼"の狼崎との手合わせだ。最低限の事だけしていればいいと思っていたのに、琴理はついつい助け舟を出したりしていた。


 仲良くするつもりなど、なかったのに。

 嫌いではない。しかし琴理は進んで他人とは関わろうとは思っていなかった。それなのに、気付けば一緒にいる事を許している。居心地が良いとさえ思っている。幼い頃に自身にかけた戒めが、少しずつ弱まってきているのを感じていた。だけど、それを締め直す事はしない。それどころか、半ば死人のように疲れていたのを気遣い、お見舞いにでも行こうとすら思っていた。


 現在の変化に戸惑い、考えを整理しようと思っても中々片付いてはくれず、琴理は自分の膝を抱えてぷくぷくとジャグジーと一緒に口から泡を出す。


 思えば、随分と長く浸かっている気がする。

 これ以上はのぼせてしまうかもしれないと思い、体を洗おうと立ち上がるとそれと同時に出口のドアが開いた。


「──む? なんだ琴理ではないか。奇遇だな」

「あ、ブリュハノフさん」


 そこには、一種の芸術品が立っていた。

 さぞ高名な彫刻家が一生を費やして彫ったであろう人体の黄金比。しかし材質は白磁の陶器のように滑らかであり、水滴がその体にまとわりつくのを許さない。

 高校生とは思えないような豊満さ、しかし下品に大きいわけではなく形が整っているバスト。著名な数学者が計算したような流線型を描く腰のライン。そして程よく鍛えられ最高の形を保っているヒップ。


 日本人ではまず見られないような、長い脚に短い胴。女性の中では高い身長ではあるが顔は小さく整い、さて何頭身だろうか。

 男性でも女性でも惹きつける完成された美。エーヴァ・ブリュハノフがやってきた。


「琴理、お前もよくこの時間に大浴場に来ているのか? この時間は人が少なくて、私もよく利用しているんだ」

「そうなんですか、私もよくこの時間に来ているんですよ。この時間は、とても静かですから」

「そうなのか。ならば丁度良い、日本で言う"裸の付き合い"というものを私はやってみたかったんだ」

「え──きゃっ」


 琴理が短い悲鳴をあげるが、エーヴァはお構いなしに琴理の手を引っ張る。

 大浴場には様々な種類の風呂が用意されており、エーヴァが中でも気に入っているのが露天風呂である。

 春の季節とはいえ、夜の時間ともなれば風も冷えてくる。二人は夜風に体を撫でられながら、湯気が上っている露天風呂へと体を浸けた。

 エーヴァは、今日の疲れを体外へと排出し、大きく腕を伸ばした。


「……ふぅ、それにしてもこの露天風呂というのは、何度入っても気持ちが良いものだな。夜景を眺めながら、体の疲れを取る事もできるとは。大衆浴場で裸になると聞かされた時は信じられなかったが、やってみれば意外と良いものだ。なあ琴理」

「羨ましい…………………………」

「ん? どうした私の胸などジロジロ見て」

「あ、いえ、なんでもありません」


 エーヴァが手を上に伸ばすと、そのたわわに実った二つの果実が湯船に浮かび存在はこれでもかと主張している。その豊満さ、琴理は少し羨ましそうに見ていて。


 琴理は、年相応というより、少し子供っぽい体型をしていた。中でも特に胸は……そこだけに限って成長が最も乏しかったのだった。

 絶壁やまな板というほど平坦ではないし、かといって同年代の女の子と比べるとやや発育が悪い。身長も周りより低いのが重なって、少し子供っぽく見えてしまうのが琴理のコンプレックスだったりする。

 琴理のような年頃の子はまだまだ子供だ。子供故に、色気付いたりと少しでも大人になりたいと願ってしまうものだ。だが琴理の体は、そのような淡い願いとは真逆に行っている。


 対してエーヴァは、その四肢の至る所全てに於いて、大人の女性たる色気が備え付けてあった。特に、胸に於いては比べるべくもない。琴理からしたら、エーヴァの体は目指すべき理想のプロポーションだ。それを羨ましがられずいられようか。


「ふふ、お前もそんな表情をするんだな琴理。誰とも関わらず、感情もあまり表に出さなかったお前が。やはり、一番の原因は熾隼か?」

「そう……かもしれませんね。御堂さんの存在が大きいと思います」


 琴理は、とある事件(・・)を境に人と関わるのを避けてきた。それが、過ちを犯した自身に施した戒めであるからだ。

 だから他者には関心を抱く事はせず、感情を表に出すのも控えた。そうすれば、相手から琴理から離れていくと思ったからだ。


 だけど、熾隼だけは違った。

 気付けば琴理の懐に入り込み、琴理自身もそれを快く思っていた。

 今では熾隼の下に集まったエーヴァや謙誠、そして熾隼の幼馴染である蓮夏とも知り合いの仲になった。


 誰とも、関わるつもりはなかったのに。

 それなのにその決意は熾隼一人によって揺らいでしまっている。

 だけど、悪くない。

 揺れる水面を見つめる琴理を見て、何かを察したのかエーヴァはそれ以上の追求はしなかった。


「それにしても、今日は見事だったな琴理。あの"賢狼"を相手に、よくあそこまで粘れたな」

「御堂さんが頑張ってくれたおかげですよ。それにブリュハノフさんと富士杉さんなら、私たち以上に上手くできたと思いますけどね」

「それは無理な相談だな。あいつと戦いこそすれ、共闘する事は一生無いだろう」

「でしょうね」


 エーヴァと謙誠は、ランクこそ最下位に近いが琴理よりも実力に優れている。ランク二桁である琴理でもエーヴァや謙誠が本気になれば勝つのは至難だし、まだまだ魔法の新参者である熾隼では勝てないだろう。

 二人がランク上げに真剣に取り組めば、四桁から一桁にランクは変わるだろうと琴理は思っているし、事実その推測は間違っていない。

 その二人が琴理と同じように共感魔術を使って連携をしたら、いかにあの"賢狼"といえど余裕を保ててはいないだろう。


 しかしそれを使わないのだから、二人の不仲も徹底している。本当は十年来の親友のように気心が知れているような仲だと思ってしまう程だ。

 "喧嘩するほど仲が良い"という言葉が最も似合う二人であった。

 仲が最悪ながら、しかし憎み合うでもなく、互いに適切な距離を保っている。その稀有な関係に、琴理は興味が湧いた。


「あの、ブリュハノフさん。一つお訊きしたいのですが、どうして富士杉さんとあんなに仲が悪いのですか?」

「あいつとの不仲の理由か。説明をするには一言や二言では足りぬな」


 浴槽の縁に寄り掛かり、エーヴァは黒一色で染められた真っ暗闇の夜空を眺めて逡巡する。

 エーヴァと謙誠の奇妙な関係は、言葉で表すとなると非常に難しい。

 両者の間にある様々な感情、境遇、生い立ち……それらを簡単に説明するに足る言葉が無いのだ。

 如何に魔法使いの名家で優れた知性を持っているエーヴァも、存在しない言葉で説明はできない。一つ一つ、じっくりと言葉を選んで紡ぎ出す。


「琴理も知っているだろうが、私と謙誠はそれぞれ魔法使いの名家の生まれだ。共に、魔法使いの中では有力な家系である」

「存じています。古くはロマノフ王朝まで遡るロシアで最大の勢力と目されているブリュハノフ家と、江戸時代より続き日本の政治機関にも顔がきく富士杉家。どちらもその発言力は世界規模です」


 魔法は世界から認知されて十五年しか経っていないが、魔法そのものは太古より脈々と受け継がれている。

 世界から魔法が認知される遥か昔より続いていた魔法使いの家系、それが謙誠やエーヴァのような家系であり、その力も発言力も強い。故に、名家と呼ばれている。


「まあ、その名家に生まれた私や謙誠は"特別"でな。魔法使いとしての血が色濃く引き継がれているに加え、その才も同年代の者が及ばない程であった。だからこそ、同じ"特別"同士だからこそ私と謙誠は──!?」


 何かの気配を感じ取ったのか、エーヴァは即座に湯船から立ち上がり、夜風で体が冷えるのも気にせず辺りを確認する。その瞳は鋭く、猛禽類の如くであった。

 その視線の先は、遮るように立てられた竹製の壁──男性用の露天風呂だ。


「あの、どうしたんですか、ブリュハノフさん?」

「どうやら、覗き見ている不埒な輩がいるようだな。──〈冷たい牙〉ハロードヌィ・クルィーク


 エーヴァは即座に氷の短剣を作り出し、竹製の壁に投擲すると、壁は崩れ白い煙が上がる。

 そして、エーヴァは聞き逃さなかった。壁が崩れるのと同時に、三人の男の驚く声があがった事を。


 白い煙が夜風によって運ばれると、そこには謙誠と熾隼と蓮夏がいたのだった。

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