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魔法が当たり前となった現代で魔法使いを教育する学園に入学する事になった。  作者: 伊基 夕霧
第1章──禁書図書館《グリモ・アーカイブ》編──
3/14

3話──眠る獅子亭

3話め

 ガヤガヤと、魔央学園の校門はこれから帰る人たちでごった返していた。楽しそうに友達と会話している皆を見る限り、学校が早く終わった事でこれから遊びにでもいくんだろう。

 入学初日、虎灘さんの衝撃的な歓迎が終わり、それから学園生活を過ごすにあたっての注意事項を狼崎先生から教えられ、そのまま今日は解散となった。


 余談ではあるが、解散となってすぐ狼崎先生は教室から出て行ってしまった。杖をつく音が僅かに荒く聞こえていたから、きっと怒っているんだろうな。


 今は時刻も昼に差し掛かったあたりで、どこかで昼飯を食べるのもいいかもしれないな。俺は幼馴染の蓮夏がやってくるまで、校門の近くに植えてあった木に寄りかかっていた。


「──よお熾隼ぉ! 何してんだこんな所でよ? ぼっちなのか?」


 現れたのは、蓮夏ではなかった。荒々しい声に振り向けば、謙誠が手を振りながらやってきた。

 今日初めて会ったのに、なんだか親しみやすい男だな。


「こんな所で一人でいるなんて、寂しい奴なんだな」

「うるせーっての。お前こそ、いやお前たち(・・)こそどうしたんだよ? まさか、さっきまでのは演技だったんじゃないだろうな?」


 謙誠以外にもう一人、近過ぎず離れ過ぎずという微妙な距離を保ってエヴァも立っていた。

 犬猿の仲だけど、いや犬猿の仲だからこそ、お互いの距離感や気心が知れているんだろう。二人が聞いたら激怒するだろうけど、やっぱり仲がいいじゃんか。


「ふざけるな熾隼、私だってこんな奴と一緒にいるのはゴメンだ。可能なら、いや不可能でもこの場から立ち去ってほしいさ」

「ああ? そりゃ俺だって同じだ。けど、失せるのはてめぇの方だけどなエヴァ」

「ストップストップ! ったく、喧嘩するなら他所でやれよな。俺の前で喧嘩はご法度だ」


 再び互いに魔力を解放させて、剣呑な雰囲気となった両者の間に割って入ってなんとか止める。

 この二人は、隙あらば決着をつけたがるな。混ぜるな危険と書かれている洗剤のような二人だ。しかも、両者とも自ら混ざりにいこうというのだから余計にタチが悪い。


「それで話を戻すけど、絶望的に仲の悪いお二人さんが、どうして二人揃ってやってきたんだ?」

「いやなに、お前はこの街に来てまだ日も浅いだろ? だったら案内でもしてやろうかと思ったんだが、どうやら謙誠も同じ考えだったようでな」

「仕方なく、仕方なーっく、お前の所まで一緒に来たんだ」


 ……こいつら、なんでこんなに仲が悪いくせして、考えが似たり寄ったりなんだよ。あれか? 同族嫌悪ってやつか? 本当にこいつら、仲が良いのか悪いのかわからねぇな。どっちかにしろよ。


「そうだったのか。俺もこの街を見て回ろうと思ってたんだ。今は友達と待ち合わせしてるところだ」

「なに? 既に先客がいたのか」

「ああ、もうちょっとで来ると思うんだけど……」

「──熾隼く〜ん、お待たせ〜!」

「お、来た来た」


 遠くから、馴染みのある声が聞こえてきた。待ち人である蓮夏がやってきのだ。

 駆け寄る蓮夏を見て、転ばないか内心ではヒヤヒヤして見守っているけど、危なげなく蓮夏はやってきた。


「よお蓮夏、お疲れさん」

「ごめんね、お待たせしちゃったみたいで。それで、そこの二人はどちら様なの?」

「紹介するよ。俺と同じクラスの富士杉 謙誠と、エーヴァ・ブリュハノフ。二人とも、こっちは俺の幼馴染の坂蔵 蓮夏だ」

「おっす、よろしくな蓮夏」

「私の事は気軽にエヴァと呼んでくれ」

「謙誠くんに、エヴァさんだね。よろしく」


 二人とも喧嘩さえしなければ良い奴らなので、特に問題なく蓮夏を受け入れてくれた。蓮夏もあまり人を嫌う事がない性格だから、問題のある二人とも上手くやっていけるだろう。


「にしても驚いたな。蓮夏おめぇ、その制服は魔術科の制服じゃねぇか」

「蓮夏は魔術の知識に深く、また才もあるようだな。優秀じゃないか」


 二人が指摘したとおり、蓮夏の制服は俺たちとは違う。

 俺たちのように黒を基調とした色使いとは真逆で、白を基調として黒のラインが引かれている。

 この世界には魔法というものが存在するが、大まかに分けて魔法は二つに分類されている。


 一つは、俺たちのように星霊を直に引き出して様々な現象を引き起こす、魔法。それを行使する者を魔法使いと呼ぶ。

 もう一つは、星霊に働きかける術式や星霊を術式に宿して、それを扱う魔術。こちらは魔術使と呼ばれる。


 その最大の違いは、両者の多様性だ。

 魔法の才は先天的で、限られた者しか扱えず、その力は一つの能力にしか特化していない。例えば俺の扱う魔法は火に関連するものなのだが、それ以外の星霊を呼び出すのは難しい。

 比べて魔術は、術式など知っていれば誰でも使える。その代わり魔法と比べて性能や能力はかなり劣化するけど、非常に多くの分野に活躍できる。ただし、魔術を使うには専門的で高難度な知識を要求されるけど。


 蓮夏は魔法を扱う資質こそ無いけど、代わりに魔術の才能があった。元から頭が良かった蓮夏だけど、俺が魔央学園に入学(はい)る事になって、魔術の勉強を始めるとちゃっかり魔央学園の試験に受かってしまったんだ。


 言っておくけど、魔術はそう簡単に使える代物じゃないし、魔央学園の試験だってそんなに優しくはない。それを短期間で勉強したくらいで使えてしまうんだから、星触者の俺よりも凄いと思える才能だ。


「思い出した。星触者の存在で隠れてはいたが、魔術の才に恵まれた神童が高等部にやってきたと。まさかそれが蓮夏で、しかも熾隼の幼馴染だったとはな。数奇な運命だな」

「えへへ、そんなに凄い事じゃないよ。僕なんて、ちょっと勉強ができるくらいだから」

「そう謙遜するなよ。俺からしたら、お前の方が凄いよ。立派立派」

「あうう、熾隼くんってば、恥ずかしいよ」


 あまり他人に褒められる事に慣れていない内気な幼馴染の頭を、ぐりぐりと強く撫でてやる。

 恥ずかしながらも蓮夏もそれを受け入れて、首がかくかくと揺れているが、本人は満更でもなさそうなので続ける。


「そういえば二人はこの街を案内してくれるって言っていたけど、蓮夏も一緒でいいか? 蓮夏も、謙誠とエヴァが一緒で大丈夫か?」

「んにゅ……だ、大丈夫だよ」

「この俺が断るわけないだろ?」

「まあ、人数は多い方が楽しめるからな」


 撫でられて乱れた髪を直しながら蓮夏は頷き、続いて二人も頷いてくれた。

 なんだかんだで、謙誠とエヴァは良い奴なんだよな。互いの事になると少し物騒になるけど。


「よぉし、それじゃあ出発するか。街を全部見れる時間は無いから、それぞれのとっておきの場所を見るでいいか?」

「それなら任せて。良いお店知ってるから」

「へっへ、驚いて腰抜かすんじゃねぇぞ」

「ならば私の自慢の場所を教えてやろう」


 どうやら皆、オススメの場所があるようだな。そうと決まればすぐ出発だ。

 星触者として時の人となった俺と、魔術の才で神童と称されている蓮夏、それと学園内で最強とされている謙誠とエヴァ。学園でも名が知られているメンバーで周りの視線が集中する中、俺たちは臨海都市の観光へと歩き出したのだった。




 ***




「──じゃじゃ〜ん、ここが僕のオススメのお店でーす!」


 満面の笑みで、蓮夏は目の前にある店を紹介した。

 見た目としては非常にこぢんまりとしていて、レンガ造りの壁と瓦の屋根をしていて、なんだか古風な店である。昼間だというのに人通りの少なくあまり日当たりも良くない路地に一軒だけポツンと建っていて、まず目にはつかないだろう。古そうな外観は臨海都市の街並みとは真逆で、どこか時間が止まっているような感覚さえしている。


 扉の上にかけられている鉄看板には横たわっているライオンの姿が描かれているその店の名前は、眠る獅子亭。どうやらカフェ……というより、喫茶店と言った方がいいのかな。店の前にある立て看板には『今日のランチ』と書かれていて、空いた小腹を刺激させてくれる。


「オシャレな店だな。こりゃ期待できそうだ」

「俺は腹が減ったから、早く飯がくいてぇな」

「ふむ、中々に洒落ているじゃないか。蓮夏は良いセンスをしているな」


 謙誠とエヴァも良い反応のようだ。ちなみにこの二人、紹介してきた場所はとんでもない所だった。

 案内されたのはデッカい演習場。魔央学園でも一番の敷地があるようで、どんだけ暴れても大丈夫らしい。普段、二人はそこでどっちが強いかと喧嘩しているそうだ。

 しかもお互いそこを紹介したかったそうで、また揉め出したのだが割愛しておく。


 というかよりにもよって、紹介する場所が演習場ってどうなんだよ? しかも二人揃って。どんだけ互いの喧嘩に心血注いでんだか。

 そんな事もあって、蓮夏が紹介してくれる店には非常に期待している。


「──あの、それでどうして私も、一緒にいるんですか?」


 そしてもう一人、新たな同行者、琴理が隣でクエスチョンマークを浮かべて首を傾げていた。

 実は出発する直前に琴理と出会い、半ば強引に連れてきたんだ。

 理由は単純に、そっちの方が面白いと思ったから。琴理も断固として拒絶しているわけではなかったので、無理に引っ張ってきてしまった。


 あまり反応は少なかったけど、でもつまらないというわけでもなさそうなので、楽しんではくれている……のかな?


「まあいいじゃないか。人が多い方が楽しいだろ? ほら、早く店に入ろうぜ」


 琴理が本当に嫌なら俺も無理強いはしないけど、ちゃんと俺たちと一緒に来てくれるから、少なくとも琴理も悪い気はしてないだろう。

 俺たちは蓮夏の後ろに続いて、眠る獅子亭へと入店する。

 チリンチリンとベルの音が鳴り、店の中からはなんとも言えない良い薫りが充満していた。


 レンガ造りの外観とは違い店内は木造のような内装で、どんな木を使っているのか分からないが古木の微かな薫りがしていて、それにカウンターに置かれたコーヒーメーカーからの匂いが混ざってなんだか落ち着く。

 店内は十人が入れるかどうかという広さで、年季を感じる椅子やカウンターたちは、まさに昭和みたいな雰囲気だ。

 扉のベルが聞こえたのか、奥から一人の年配の男性が出てきた。


「いらっしゃい。これはまた小さなお客様がやってきたね」


 歳は七十代くらいだろうか、年齢によって完全に脱色した白髪を短く切り揃えて、手に持った布巾でグラスを拭いていた。

 高齢ながらもスッと真っ直ぐに立っている姿は年齢を感じさせず、口元に生えているヒゲがなんともダンディーである。


 歳をとるならこんなカッコいいご老人になりたいと思わせるような渋いおじ様が、どうやらこの店のマスターのようだ。

 怒る姿が想像できない温和な笑みで、俺たちを出迎えてくれる。


「おや? 蓮夏くんじゃないか。今日はシフトじゃない筈だけど、どうしたんだい?」

「こんにちわマスター、お友達を連れてきました」

「なんだ蓮夏? シフトってどういう事だ?」

「熾隼くんにはまだ言ってなかったね。僕ね、ここのお店でアルバイトをしてたんだ」


 衝撃の事実であった。まさか蓮夏が、アルバイトを始めていたなんて。

 魔央学園では、原則アルバイトを禁じてない。魔央学園の周りでは生徒をお客としている店も数多く、よく生徒がアルバイトしていたりもする。それにアルバイトを通じて社会に触れてほしいという考えもあるので、魔央学園としてもアルバイトを推奨している。

 まあアルバイトをしなくても、魔央学園で過ごす分には不自由しないけど。


「はじめまして、私はこの眠る獅子亭の店長兼マスターの獅子谷 時編(ときあみ)だ。君が熾隼くんかい? よろしくね」

「よろしくお願いします。あの、蓮夏はうまくやれてますか? 蓮夏ったら気弱で人見知りもするし」

「お、熾隼くんってば!」

「大丈夫だよ熾隼くん、蓮夏くんはよく働いてくれているよ。最近じゃ歳のせいで身体も思うように動いてくれなくてね。蓮夏くんが来てくれなかったら、お店を閉めようかとも思ってたんだ」


 そうか、うん、良かった良かった。蓮夏はうまくやれているようだな。ただ一人の親友で幼馴染だから、つい心配してしまう。

 だけど獅子谷さんから大丈夫だと言われて、なんだか安心した。それと同時に、少し寂しいと思ってしまう自分もいる。とりあえず、蓮夏の頭を撫でてやろう。


「さて、立ち話もあれだから、適当に座って。蓮夏くんの友達なら、コーヒーの一杯くらいサービスするよ」

「ありがとうございます、マスター」


 見た感じ、五人が一緒に座れるのはカウンター席しかない。俺の左右に琴理と蓮夏、その両端に謙誠とエヴァという位置で座る。なんで謙誠とエヴァを両端に座らせたのかというと、隙あらば喧嘩するからだ。


 獅子谷さんは古くなったコーヒーを棄てて、新たに豆を取り出して挽き始める。

 ゴリゴリと豆が惹かれる小気味いい音が聞こえること数分。豆が惹かれ終わると粉末状になったコーヒー豆を、なんだか理科の実験で使いそうなフラスコの中に入れた。蓮夏曰くサイフォン式というコーヒーの淹れ方らしい。よく分からん。


 獅子谷さんは二つある蛇口の片方から水を出し、フラスコに入れて火をかけた。二つの蛇口は軟水と硬水とで分かれていると蓮夏から聞かされたけど、そんな詳しい事はどうでもいい。初めて抽出されるコーヒーの光景に内心ではドキドキしながら見ていると、やがてコーヒーが完成した。

 あらかじめ熱湯を入れて温めてあったコーヒーカップにコーヒーを注ぐと、なんともいえない薫りが鼻腔をくすぐる。


「さあ、出来上がったよ。熱い内に飲みなさい。ミルクと砂糖はお好みでね」

「やった! マスターの淹れたてのコーヒーって、中々飲めないんだ」


 一人だけ、蓮夏は獅子谷さんが淹れたコーヒーに興奮していた。だけどこの薫りなら頷ける。俺もたまにだがコーヒーを飲む事はあるけど、殆んど缶コーヒーだ。けど、目の前にあるコーヒーはそんな安っぽい代物ではない。


 カップを持ち上げて黒い湖面が揺れると、それだけで芳醇な匂いが解放される。

 たかがコーヒー、されどコーヒー。未知の領域となるコーヒーに意を決して、俺はカップに口を付けた。


「……っ、……ううん、こりゃ美味いな」


 思わず唸ってしまった。

 豆から挽いた淹れたてのブラックなんてとっても苦いと勝手に思っていたけど、なんか甘いぞこれ。砂糖とかの甘さじゃなくて、なんかこう……もっと別な甘さだ。

 料理評論家ではないので、これを上手く言葉で表せないのがなんとも口惜しい。

 けれど美味い。これなら、コーヒーには砂糖とミルクを入れなきゃ飲めないって人も、ブラックで飲めそうだ。

 どうやら、他のメンバーもご満悦の様子。


「んふふ、やっぱりマスターのコーヒーは世界一ですね」

「驚いたぜ。俺の家でも、こんなに上手く淹れられる人はいねぇな」

「たしかに、私の屋敷でもこれ程の腕前を持つバリスタはいないと記憶している」

「はっは、ただの老後の趣味だけど、褒められと嬉しいね」


 ちょっと待った。なんだよ、家とか屋敷って? もしかしてこの二人、とんでもない御曹司とお嬢様だったりするのか? 粗雑な性格の謙誠はともかく、たしかにエヴァには高貴な雰囲気が出ているけど、どうなんだろうな? あまり他人の家を聞き出すのは失礼だからやめておこう。


 そして、俺の隣では琴理が黙々とコーヒーを飲んでいた。角砂糖を二つとミルクも二つって、このコーヒーにしちゃちょっと入れすぎじゃないか?


「はふぅ……美味しい。……な、なんですか御堂さん?」

「いや、もしかしたら琴理って、甘党なのかなって」

「わ、悪いですか? 苦いのはあまり得意ではないんです。これでもいつもよりは少ないんですよ」

「にひひ、琴理って案外、味覚がお子様なんだな」

「うるさいです」


 いてて。琴理に足を蹴られた。それから俺にそっぽ向いて、一人でちびちびとコーヒーを飲み始めてしまった。

 その一連のやり取りを見ていた謙誠とエヴァだったけど、二人とも信じられないものを見るかのように驚いていた。そういえば、初めて俺が琴理に話しかけた時も、クラスの皆が同じ反応をしていたな。


「……よお琴理、お前さんってそんな奴だったけか?」

「え、なんですかいきなり?」

「お前はいつも一人でいて、あまり好んで他人と関わろうとしなかったからな。……ふむ、よく見れば愛らしい顔立ちではないか」

「ちょ、ちょっとブリュハノフさん!?」


 なんだか目に毒な光景だな。

 エヴァがおもむろに琴理の頬に手を当てると、頬に当ててた手を琴理の首の後ろに回してぐいっと顔を近付けた。もう片方の手を琴理のアゴに添えて、なんだかいかがわしさが満載である。


 日本人離れの美しさを持つエヴァだけど、琴理だって十分に整った顔立ちをしている。エヴァが大人の色気を醸し出す完成された美だとすれば、琴理は年相応の可愛らしさと言った表現が適当か。

 そんな二人が唇が触れそうなギリギリの距離まで接近しているんだ。なんだかエヴァが琴理を襲っているみたいで、刺激が強いな。

 蓮夏は動揺して両手で顔を隠しているが指の隙間からバッチリと見て、謙誠は興味が無いと言わんばかりにコーヒーのおかわりを頼んでいる。どうでもいいけど、この店のコーヒーって高そうだよな。


 そして琴理はというと、エヴァに間近に迫られて顔を真っ赤に染め上げている。そりゃ仕方ないさ。エヴァの凛々しい容姿は、同性でも迫られるとドキドキする。

 エヴァを引き剥がせず琴理はぎゅっと目を瞑っているけど、諦めちゃそこでゲームセットだぞ。


「ん? 目なんか瞑ってどうしたんだ琴理。ゴミでも入ったか?」

「あの、ブリュハノフ、さん、近いです」

「おお、そういえばそうだったな。許せ」


 ようやく羞恥から解放されたのか、琴理は呼吸を落ち着かせるのに専念する。けどまだ興奮が冷めきらないのか、顔にはほんのりと朱が差し込んでいる。


 いてて、だから足を蹴るなって。恥ずかしがる度に蹴られちゃ俺の足がバカになっちまうだろ。


「はっはっは、若いというのはいいね。いつもは閑古鳥が鳴いているこの店も、賑やかになった」

「すみませんマスター、騒がしくって」

「いやいや、気にしてないよ蓮夏くん。こんなに騒がしいのは、すごく久し振りだ」


 わいわいと騒いでいる俺たちを見て、獅子谷さんが穏やかに微笑んでいるだけだった。本来だったらうるさいとか言われて、注意されるか出て行けと言われそうだけど、獅子谷さんは何も言わず穏やかに微笑んでいるだけだった。


 俺たちは思い思いにメニューを注文したり楽しく会話に花を咲かせたりと、眠る獅子亭で自由気ままに時間を潰していったのだった。

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