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魔法が当たり前となった現代で魔法使いを教育する学園に入学する事になった。  作者: 伊基 夕霧
第1章──禁書図書館《グリモ・アーカイブ》編──
13/14

13話──助けを求めぬ(求める)もの

あけましておめでとうございます!

お気に入り、評価、感想、ドシドシ待ってます!

それと急にPVが上がってきて驚いているぞ。

報告し忘れちゃったけど、ネット小説大賞に挑戦してみる事にしました。もしかしたらと淡い期待を込めて少し手直しを加えていたり、新年のFGOイベントで毎日の更新ができなくなっちゃいそうだけど、頑張って一章までは完結させるよ!

 ここ、臨海都市には現代における全ての最先端が揃っている。魔法、または魔術によって未だ発見されぬ法則や理論を用いて、多くの技術が日々生み出されている。

 当然、医学という分野においても臨海都市は世界の最高峰である。

 まるで白亜の城を思わせる巨大な病棟。そこには最先端の医療技術と世界に名だたる医師たちが集まり、その城の如き意匠から『死を入れぬ城壁』と世間では評されている医療機関、地返(ちがえし)大病院。例え死の危機に瀕していようとも死んでさえいなければあらゆる傷と病魔の全てを治癒し、黄泉に行く者の首根っこを掴んで連れ戻す世界屈指の医療機関である。


「──ふむふむ、なるほど。腹部に二ヶ所の刺傷、内一つは肝臓を貫通。これは致命傷だ」


 緑色の術衣を着て、意識の無い熾隼の前に立っているのは手術帽から白い髪を覗かせている老齢の男性だ。

 規則的に、しかし弱々しく呼吸をしている熾隼の状態を診て、しかし焦った様子もなく平然と横に立つ看護師から手術道具を受け取る。

 彼の名はゲアハルト・ホーエンハイム。医科学の祖と言われた大錬金術師、パラケルススと名乗り数々の伝説を残したテオフラストゥス・ホーエンハイムの子孫である。

 医学の技術と知識に於いてはあの"賢狼"すらも凌駕する領域に位置し、おそらく今この時代では最高の名医。もし不老不死というものが実在するのならば、この男こそが最もそれに近づいているとさえ言われている。


「それにしても、患部を焼いて止血するとは良い判断だね。何もしなければここに運ばれる前に失血死していただろう。だけど同時に無茶しすぎだ。焼いた痛みで下手すればショック死も有り得たというのに、君たちは本当に相変わらずだね。仕方ない、まだ若い体に痛々しい傷痕を残わけにはいかないな、男の勲章をつけるには君はまだ若すぎる」


 この程度の傷、例え致命傷であっても患者が生きているならホーエンハイムの目の前で死ぬ事は絶対に有り得ない。死という現象は、彼を前にしては起こらないのだから。

 手間がかかるとしたら、この酷く爛れた火傷の痕だろう。

 傷痕は男の勲章などと言うが、まだ年若い熾隼の体にこんな痛々しい傷痕を残してしまうのは可哀想だ。世界最高の名医などと言われている手前、半端な手術をするわけにもいかない。

 ホーエンハイムの手さばきは、まるで一流の芸術品かのように鮮やかでいて繊細であり、同じ医者ならば見惚れずにはいられないものであった。事実、滅多にないホーエンハイムの手術を見る事ができた医者たちは、世界でも名だたる程の名医であっても言葉を失い、ともすれば呼吸さえも忘れてしまう程の感動を与えていた。

 ホーエンハイムは一切の淀みなく指先を動かし、熾隼の治療を完了させたのだった。




 ***




 元五紡星、"鉄狗"の狗噛による熾隼への襲撃。急転直下の一夜が明け、熾隼は汚れのないベッドの上で穏やかに寝息をたてて眠っていた。隣に置いてある心音をモニターする機械からはピッピっと規則的な音を立てて熾隼が生きているという事を確かに報せている。

 重症であった事から完全個室である広い部屋には、既に蓮夏、謙誠、エーヴァ、そして五紡星である狼崎と虎灘の五人がいた。

 狼崎は事前にホーエンハイムから渡された熾隼の容態が記された資料を一通り読み終えると、長い沈黙の後に重い吐息をこぼした。


「……"鉄狗"に完全にしてやられたな。目的は鶴貴だからと護衛に専念していたが、私たちが思っていた以上に"鉄狗"は熾隼を警戒していたようだ。完全に失態だ」


 狼崎は普段の様子からは想像できない弱々しい声を漏らして力なく俯く。それは"鉄狗"に対するものか、或いは不甲斐ない己に対するものか、資料の紙束が潰れるくらいに強く握り締められ静かな怒りを滲ませていた。


「狼崎ぃ、なに呑気な事を言ってるんだい? あの"鉄狗"のガキは熾隼くんを殺しかけたんだよ、いや、熾隼くんが応急処置しなければ死んでいたんだ。……あの生意気なガキにどう落とし前をつけようか」


 それとは対照的なのが虎灘であった。

 口角を上げているがそれは笑みと呼ぶには程遠く、まるで怒りを隠すために取り敢えず取り繕ってみた歪な表情。しかし肝心の怒りは微塵も隠せてはおらず、感情に呼応するように彼の周囲の空間が捻れはじめた。


「虎灘、お前の本性(・・)が漏れ出しているぞ。ここには生徒たちもいるんだから少しは抑えろ」

「ん? ああ、そうだったね! ごめんごめん、ほらほら怖くなーい!」


 虎灘の獰猛なまでの怒りに蓮夏たちは警戒と緊張で後ずさるが、狼崎が窘めた事で虎灘の怒りは霧散。いつも通りのお気楽な様子に戻って蓮夏たちに振り返ってぷらぷらと手を振っていた。

 しかし今となってはその笑顔も作り物にしか見えなかった。


「狼崎教諭、虎灘学園長、前々から気にはなっていたが、二人にとって熾隼はどういう存在なのだ? さっきの様子からも熾隼の事を気にかけて、ただ星触者だからという理由ではなのだろう?」


 程度の差こそあれ、二人の熾隼に対する強い感情。或いは執着とでも言えばよいのか、常に抱いていた疑問をエーヴァが尋ねると、狼崎と虎灘の動きがピタリと止まった。

 二人の視線が、まるで観察するかのようにエーヴァを射抜く。


「熾隼くんは学園の大事な生徒だ。心配するのは当然の事じゃないか」

「見え透いた嘘はやめてもらおう。もしそこに寝ているのが熾隼以外の人間なら、貴方たちはそこまで感情を露わにしない。いや、何も思わなかっただろう。魔法社会に古くから関わっている者なら、貴方たちの正体(・・)くらい知っている」


 昔、まだ魔央学園が設立されず臨海都市も成立していなかった時代、法も倫理も人権もなく混沌と殺戮を極めていた時代、その当時から他の魔法使いから酷く恐れられてきた狼崎と虎灘の存在は、古くから魔法使いの家を継いできた者たちなら皆が知っていた。その所業も恐ろしさも、彼らの本質も。

 エーヴァの言葉で昔の事を僅かに暴かれた二人の視線がにわかに険しくなる。害する気持ちは感じられない、しかし喉元と心臓に刃を突き立てられているような、そんな剣呑な空気が漂っていた。

 ピリピリと張り詰めた空気の中、それでもエーヴァは恐れず謙誠は後ろで僅かに構え、蓮夏だけは状況がわからずオロオロと慌てていた。


「ブリュハノフ、お前は私たちが熾隼を何かに利用しようと考えているのか?」

「昔のままの貴方たちだったらそれも考えただろう。しかし貴方たちが熾隼に見せる感情は、それとは全くの逆だ」

「なら別に尋ねる意味なんてないじゃないか。熾隼くんは利用するつもりも傷つけるつもりもないんだからさ」


 熾隼を害するつもりはない。それだけを簡潔に伝えると、狼崎も虎灘も頑なにそれ以上を語ろうとしなかった。

 二人の様子から、何かを秘密にしている事は確実だ、それが熾隼に害のあるものではない事からひとまずの安心を覚えるが、エーヴァが抱く違和感は拭えない。

 二人の様子から熾隼をよく知っているようだが、熾隼にはあたかも知らない振りをしている。その事が奇妙に思えて仕方なかった。

 そもそも、五紡星の二人がどうして熾隼を知っているのか。心当たりは少なからずあった。


「かつて、この臨海都市を作り上げるために魔法を世間に公表しようとして、それに反対する勢力と大きな戦争があった。当時の記録はあまり残っていないが、その大戦争の勝利には一人の星触者の存在がいた」


 今でこそ魔法は公の技術として認知されているが、少し前までは魔法は秘匿されしものであり、それが普通であった。

 それを公表し世間に暴く事に多くの勢力が反対し、大きな戦争が引き起こされた。魔法使いのみが参戦し、普通の人々が何も知らぬ戦争。結果は勝利で終わったが、それに大きく貢献したのが一人の星触者であった。


「ああ、"灰鷲"の爺さんでしょ? あの人は僕たちから見ても常軌を逸した怪物だからね」

「いや、あの戦争には"灰鷲"の他にもう一人の星触者がいたといわれている。その人の犠牲によって戦争に勝利したとな。もしや熾隼は──」

「エーヴァ・ブリュハノフ」

「ッ!?」


 エーヴァの言葉を遮り、彼女の周囲の重力が増し、空間が歪む。

 慌てて謙誠がエーヴァの前に出るが、狼崎と虎灘の明確な怒りと殺意を前に足が震えて今にも崩れ落ちそうだった。

 汗がバッと噴き出ていくつも顔から溢れ落ち、呼吸が浅くなる。


「ブリュハノフ、我々も一人の人間なんだ。触れてほしくない抉れた傷も一つ二つはある。濫りに人の傷を暴こうとしない事だ」

「は、はい、失礼しました」


 これが最後通牒とばかりに有無を言わさない狼崎の言葉に冷や汗をかきながらエーヴァは頭を下げた。

 少しの好奇心とばかりに尋ねようとしたが、どうやら虎と狼の尾を踏みかけてしまったようだ。これ以上踏み込めば自身の命を捨てる必要があるため、己が組み立てた仮説はそのまま胸の内に留めておく事にした。


「おやおや、何やら殺気立っているようだね虎灘くんに狼崎くん。重病人の前なんだから少しは抑えないか」


 そこに入ってきたのが、熾隼の手術を担当したホーエンハイムであった。まるで子供に言い聞かせるように注意するが、五紡星である二人をそのように扱える人物は臨海都市でも極々僅かであろう。

 やれやれと呆れているホーエンハイムの後ろには、俯き表情の見えない琴理が立っていた。


「お、なんだ琴理、お前も見舞いに来たのか? 気付いたら全員集合しちまったな」

「流石に賑やかすぎだね。治療したとはいえ、熾隼くんは死ぬ程の大怪我を負っていたんだから。さあさあ早く帰りなさい、そもそも君たち正式な面会の手続きをしてないんだから。大人数のお見舞いはお断りだよ」


 熾隼が重症を負ったと知らされてから皆の行動は迅速で、矢も盾もたまらず皆は熾隼の病室へと集合した。正式な面会の手続きもせず、狼崎と虎灘に至っては五紡星だからと半ば脅しに近いかたちで医師や看護師たちの制止を黙殺させていた。

 この中で正式に面会の手続きをしていたのは琴理だけであり、ホーエンハイムは他の連中と一緒に病室から出て行った。


 残ったのは、いまだ意識が戻らず昏睡状態の熾隼と俯き何も言わぬ琴理。呼吸器の稼働音と心音を報せる電子音だけが静寂な空間に響いていた。

 しばらくしてからだろうか、琴理は恐る恐るといった足取りで熾隼の傍らまで歩くと、弱々しい目つきで熾隼を見つめる。

 ベッドで静かに眠る、しかし身体中を管で巻かれた痛々しい姿は、琴理の胸を痛く締め付ける。


 熾隼をこんな姿にしたのは誰だ?

 狗噛か?

 いや違う。熾隼をこんな姿にしてしまったのは自分だ。


「どうして、どうして私を助けようとするんですかっ……私は助けてほしいなんて望んでないのに、こんな姿になってまで……」


 壊れてしまわないように、優しく熾隼の手へと触れる。だが熾隼は消えず、たしかに今この目の前にいて、生きている。その事に安堵して、今度こそ熾隼の手を強く握りしめる。


「ごめんなさい、私を助けようとして、私に関わってしまってごめんなさいっ。私は誰とも関わってはいけないのに、誰とも接してはいけないのに、御堂さんを無視しなくちゃいけなかったんです」


 琴理は常に独りでいなくてはいけなかった。それこそが彼女の犯してしまった罪の償いであり、皆を守る方法であった。

 しかし熾隼たちと過ごすにつれて、誓っていたはずの想いが揺らいでしまった。居心地がいいと、その心地良さを捨てたくないと思ってしまった。

 熾隼が大事だからこそ遠ざけなければいけないのに、皆の優しさに甘えてしまった結果がこの有様だ。皆を危険にさらし、熾隼はこうして死にかけている。

 何も変わらず、同じ過ちを繰り返してしまっている。


「でも、嬉しかったです。事情を知らないとはいえ、こんな私と友達として接してくれて……賑やかで、楽しくて、当たり前の日常を送らせてくれて……でも、これ以上はちょっと贅沢です」


 最初は冷たい態度をとっていたというのに、それでも友達として接してくれた熾隼の想いは素直に嬉しかった。

 とても優しくて、底抜けに甘いお人好し。だからこそ、もうこの人を傷つけるわけにはいかない。

 離れなければいけない。関わってはいけない。熾隼を守るためには、再び孤独に戻らなければいけない。


「私は助けを求めても、助けられても駄目な人なんです。だから私を助けようとしてくれる御堂さんには感謝しています。私は、まだ助けられてもいい人間だって、そう思える事ができました。だから……っ」


 手を握る琴理の手に、ポタポタと水滴が落ちる。

 覚悟はできた。熾隼を守るという覚悟が、そのために孤独に戻る覚悟が。

 でも、もしも、このささやかな願いが叶うというなら、まだ自分にその資格があるというなら……。


熾隼(・・)さん、私を助けてください……もう、独りは嫌です」


 そう思わずには、願わずにはいられなかった。

 しかしこれは最後の気の迷い、自分に残った甘さの欠片。熾隼が眠っているから吐き出せた自分の本心。でもそれで終わり、これ以上は決心が鈍ってしまう。

 再び感情と本心を押し殺し、孤独の道に戻ろうと熾隼から離れ……。


「おき、とさん……?」

「まもる、よ。おれが、たすけるよ、ことり」


 意識のないはずの熾隼は弱々しく目を開けて、琴理の手を握り返していた。

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