4.ドラゴンと少年と魔獣暴走《スタンピード》後編
少し長くなりました~。
今日もよろしくお願いします!
「・・・・・・・」
もう黙るしかない。
確かに。
確かにエリスにとって、このダンジョンはピクニック気分で来られるところらしいということはわかった。
迷宮は完全におかしくなっていた。
通常であれば考えられないほど、モンスターが出現してる。数えるのも難しいくらい、モンスターが密集している。たとえゴブリンといえど、こんな大群が相手ではランクEのパーティーなんて瞬殺だろう。
一階層からすでにそれだった。
にもかかわらず、彼女はものともしない。
初心者向けと言われる三階層まではもちろん、そのあともずっと、歩くスピードをまったく変えずに突っ切っている最中だ。
彼女が歩くために足を出すとそのついでのように近くにいたゴブリンが消し飛び、笑顔で振り返ったときに自然に上がった手に当たったブラッドバッドが消し飛び、軽く振り払っただけで、オークの首が胴体とサヨナラした。
なんかもうよくわからない光景だ。
なんでもいいが、血の雨を降らせながらずんずんと進んでいるくせに、彼女の薄汚れた白さはまったく損なわれていない。ついでのように俺も全然血に汚れたりはしてない。なんでなんだろう。全然わからない。
しかも、間違いであってほしいがおそらく、素の力だけでそれらが行われているということだ。
S級の冒険者とか、そういうレベルじゃなくて、もう人間の範疇を逸脱してる。見た目はすごくかわいい女の子だけど!!でもこれ絶対人間じゃないって!!
けどこんな完璧な人の姿を模する魔獣なんて聞いたことがないし、魔族なら角があるらしいからたぶん違うと思う。おとぎ話の悪役でしか知らないから、もしかしたら角のない魔族とかもいるかもしれないけど。
彼女が何かはわからないけど、俺を助けてくれて、ついでにさらっとこの大陸全体をも救おうとしてくれている。
この際その存在が魔族だろうが魔獣だろうがなんでもいいけど。
魔獣暴走のことを先に冒険者協会に報告したほうがいいんじゃないかと思うが、それを言う暇がないほどに彼女はサクサクと進んでいく。
そうして俺たちは、あっという間に迷宮の最下層までたどり着いたのだった。
階段を降りたところは広々とした空間が広がっており、壁にはしっかりとした造りの松明が等間隔で並べられ、室内を照らし出していた。
奥に重厚感のある巨大な鉄扉があり、最下層にあるのはそれだけだった。
「さーて、ここにコアがあるのかな?」
エリスは俺に聞いてくるが、まあもちろん知るわけがない。
4階層から先のモンスターは単体で現れても俺一人でどうにかできるレベルじゃないのだ。エリスが歩くついでに瞬殺するので弱く見えるが、オークの群れは普通にCランク上位の脅威だ。俺なんかサクッと潰されて死ねる。
そういうレベルのモンスターがバッタバッタと血の海に沈み、エリスと彼女に連れられた俺はずんずん奥に進んで、今ここにいるわけだ。
「雰囲気的にはおそらく・・・」
俺のふわっとした会頭に彼女は「そうっぽいよね~」とやっぱりさわやかに笑っていた。
もうやだ。
「よいしょっと」
全然そんな掛け声いらなそうな軽さで、彼女は巨大な鉄扉を片手で押し開けた。
ぎぃい、という重たく不吉な音がする。
さすがに何か良くないことが起きてしまうのではないかと不安に駆られるが、エリスは全く気負った様子もなくさくさくと奥の部屋へと入っていった。
勿論、エリスに手を引かれている俺に選択肢はなかった。
中へ入ると、重たい音を立てて扉は勝手に閉り、ひとりでに松明がともされていき、徐々に部屋の中が露わになる。
「っ・・・・・」
恐怖で固まってとても言葉を発することはできなかった。
一番奥に黒い巨大な影が丸まっていて、六つのまがまがしい赤い目玉がぎょろりとこちらを睨んだ。
ガルルルルル...
そいつはのっそりと体を起こし、こちらへと歩いてくる。徐々に松明に照らされてその姿が全貌を晒し、そして俺たち二人を睨み下ろしていた。
だだっ広い部屋のはずなのに、その巨大な化け物には狭そうに見えた。そう、そいつ、巨大な三つ首の番犬、ケルベロスにとっては。
さすがに死んだな。
もう魔獣暴走がどうとかにまで頭が回らない。
俺はなんだかあきらめに境地に至って逆に冷静にエリスの方を伺い見た。相変わらず、彼女はさわやかな笑顔だった。
「あれ、ケニーとコニーとキティ?」
「いや、地獄の番犬に子猫ちゃんはないだろ」
思わず突っ込んでしまう程度には俺もキていた。
でもEランク冒険者が三十階層をぶっ通しで歩いてきて、ダンジョンコアの守護者にまで出くわしてしまったのだ。そのくらい許してほしい。
ふざけた問いかけだったが、目の前のケルベロスの反応は顕著だった。
その凶悪な見かけに似合わぬきょとんとした表情を見せると、なんだかはしゃいだ様子でエリスに向かって突進してきたのだ。めっちゃうれしそうに。
だが、嬉しそうだろうが何だろうが、巨体が突進してくるということはそれすなわち死であり、それ以外の何でもない。
体が反応する暇もない。
ただ、隣でエリスがまるで迎え入れるように両手を広げたことだけは理解していた。
――――――!!!
空気が震えるような衝撃が走る。
思わず目をつむる。
しばらく待つが何も起きない。恐る恐る目を開けてみると、となりでエリスに順番に頭を撫でられて喜び、腹を見せてしっぽをぐおんぐおん振っているケルベロスがいた。
「すごーい!大きくなったねぇ。立派なケルベロスになったんだねぇ」
きゅぅん きゅぅん!
おそらく喜んで喉を鳴らしているんだろうが、体が大きいから結構どすが効いてるし、空気がびり日と振動していて全く可愛くない。
しかしエリスにとってはそうでもないようで、とてもうれしそうに巨大な三つの頭を順に撫で繰回している。
もう、なんか、諦めよう。
「ダンジョンコアをくれる?」
彼女の問いかけにケルベロスはすぐさま反応し、さっきまで自分がうずくまっていた場所に取って返すと、真ん中の頭が何やら咥えて戻ってきた。
それは鉄色をした複雑な模様を刻まれた人間の頭ほどある球体で、ケルベロスはそれをエリスの前にそっと置くと、さあほめろ!とでも言いたげに舌を出し入れしながら伏せをした状態で待機した。
おそらくこの駄犬、じゃなかったケルベロスの仕事はいま奴が喜び勇んで持ってきた球体を何人にも渡さぬよう守ることなんじゃないかと思うんだけど、いいのだろうか。
まあ、よくはないだろうが、俺たちとしてはいいことだ。
球体は不気味な赤みを帯びて脈打っている。エリスはそれを手に取ると、あっさりと握りつぶした。
「・・・・ェエ、」
雰囲気を読んだ溜めも、演出もなにもない。ほんとうにあっさり、握って即球体はぴきゃっとあっけない音を立てて壊れてしまったのだ。
突っ込む暇もない。
その隣でケルベロスはまた頭を撫でてもらってとんでもなくご機嫌に尻尾を振っていた。尻尾を振るたびに強風が吹き荒れるが、もはやその程度、同でもよかった。
こうしていともたやすく、俺の町のダンジョンは攻略されてしまったのだった。
台風がやばいな。
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