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美香

「おはよう、タッくん! 元気? いきてるー?」


美香が、あっけらかんと部屋の扉を開ける。


「おーい、起きてるなら返事しなよーぅ」


笑いながらそう言って、俺の頬をつまむ。


思わず、美香の手をはねのけた。



「うるせえなぁ、美香。また来たのかよ」


「そりゃ、来ますとも。あたしは、タッくんの幼馴染ですからね!」


何故か誇らし気に、美香は胸を張った。



美香とは、幼稚園も小学校でも一緒だった。


中学ではクラスが離れてしまい、俺のイジメに気づかなかったことを美香は今でも後悔しているらしい。


毎日俺の部屋に来ては、窓を開け、カーテンを開け、空気を入れ替えて俺に着替えさせようとする。


俺は、美香から逃げるように体をよじった。



「人が寝てる時に入ってくるなって。せっかくいい夢みてたのに」


「いい夢って、どんなの?」


「家の前にさ、プールを置いてた頃あっただろ。近所のみんなも来て、一緒に遊んでた。そのころの夢を見てた」


「そんなことあったっけ。昔すぎて覚えてないなあ」


美香は首をかしげた。


俺は、歯を食いしばる。


俺にとって幸福だったのは、プールで泳いだ幼稚園の頃までだ。


小学校に上がり、中学校をドロップアウトするまでの8年間は地獄だった。


だが、美香には「覚えていない」ほど昔のことで、「そんなことあったっけ」というレベルの些細な幸福なのだ。


美香は今を生きており、もっと幸せな現実のなかで暮らしているから。



「じゃあ、もう来なくていいよ。いちいち迷惑なんだからさ」


「もう、せっかくわざわざ来てあげてるのに。タッくんのお母さんに頼まれてるってのもあるしね。少しくらい感謝してよね!」


「……お前ら、何にもわかってないな」


「え、なにが?」


美香が心底純粋に首をかしげた。


美香にとって俺はもう、幼馴染じゃない。


「かわいそうな守ってあげなきゃいけない幼馴染」だ。


来て「あげてる」のだから「感謝して」という程度に。


追い返したかった。


けれど、もし美香が来なくなってしまったら、俺には母親以外の人間と話すことがもうなくなる。


「でていけ」という言葉を飲み込んで、布団にもぐりこんだ。




「今日は具合悪いから。また今度な」


「こら、寝るなー!」


あっという間に美香に布団を引き剥がされ、俺は不愉快に眉を寄せる。


ふと、美香の姿が目に映った。


ぴっちりと体に合った制服はスカートが揺れていて、足元には可愛らしいストラップがいくつもつけられた、学生カバンが無造作にほうられている。


自分とは違って学校に行き、真面目に学業に励んでいるのだ。


パジャマ姿で年頃の幼馴染と相対しても何も思わない自分に照らし合わせてしまい、俺は奥歯を噛みしめた。


「どうしたのタッくん? 怖い顔なんかして」


「別に……」


「えー、嘘だあ。何か言いたいことがあるんだったら言ってよね。幼馴染でしょ」


本当はそう思っていないくせにと思い、ため息をつく。


「美香はいいよな。セーシュンを謳歌しててさ」


俺が言える精いっぱいの皮肉に、なぜか美香は顔を輝かせた。


「なに、タッくんも青春したいってこと?」


「そういう、わけじゃなくて……」


「えー、本当にー?」


にやけ顔の美香に迫られて、俺は観念したように首を振って息をつく。


「俺だって、本当は高校に通ってさ、彼女の一人もできてるはずだったのにさ。あいつらのせいで何もできない」


「あいつらって、いじめてたやつ?」


「ほかに誰がいるんだよ」


仕方なく怒りをまじえて本音を吐露すると、美香は顎に手を当てて悩んだ。


てっきり馬鹿にされ否定されるものだと思っていたから、美香のその様子は意外だった。


驚いていると、美香はニッと笑って、俺の顔を覗き込む。




「それじゃあ、あたしと一緒に青春しにいこうよ」

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