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最終章 ジュリエットの死

最終話です。

「ああ、リコリスちゃん。女王が今日処刑されるよ。」


 へー。


「・・・・・?今、姉さんなんていった?」

「女王が今日処刑されるよ。」


・・・・・・!?


「なんで?どうしてそんなに唐突なの!?」

「お前以外は皆知ってたよ。」


 ・・・・・そんな・・・。


「なんで・・・?」

「リコリスちゃん、あの子に情が移ってるでしょ?」


 ・・・・・。


「だから、先に言うとギャンギャン煩いじゃん。」

「だからって!!!」


 ・・・・確かに止めたよ!!!でも、でも・・・・


「なんで!?私たちは姉妹でしょ!?隠し事はしない、絶対にお互いを守るって、

「最初に隠し事をしたのはリコリスじゃん。」


 ・・・・・・。


「・・・・もう、いい。何時?どこでやるの?」

「あ、見に行くんだ。リコリスったら趣味わるー。マグノリア広場で一時間後に処刑は執行されるよ。執行人は本人の希望によりスノウ、だよ。」


 ・・・・・・行かなきゃ。



 * * * *



「マリリンさん、マリリンさん。」


 私はマリリンさんの牢に来ていた。


「・・・・・貴女ですか。二度と来ないように言ったはずですが。」

「・・・ごめんなさい。でも、今日シンイさまが処刑されます。」

「・・・・それを私に伝えてどうする気ですか?なにもできずに悔しがる私を見て嘲笑うつもりですか。それとも私をこの牢から解き放ってくださるのですか。」

「はい。」

「・・・・・!?」


 私は、覚悟を決めた。


「じっとしててください。」


 カラン


「・・・・今から一時間後に処刑は行われます。場所はマグノリア広場です。」

「・・・・・なぜ、こんなことをしたら、貴女の立場が・・・・

「いいんです。行ってください。私は王女ですから、どうとでもなります。」

「・・・・これまでありがとうございました。・・・・リコリス殿。」


 そういうと、マリリンさんは颯爽と牢から出て行った。


「・・・・・名前、呼んでくれた・・・。お礼も、初めて言われた・・・。」



 * * * *



「・・・・・フラン、マグノリア広場に行くよ。」

「・・・見に行くのか。」

「うん。」



 * * * *



 シンイちゃんが馬車から出てきた。途中までは落ち着いた様子で歩みを進めていたが、スノウさんがなにかを囁きかけると、突如としてその歩みが止まった。


「・・・・どうしたんだろう。」


 シンイちゃんの体が小刻みに震えている。

 ・・・・・どうやら、スノウさんとなにか話しているようだ。


「・・・・・わからん。」


 やがて、シンイちゃんはゆっくりとスノウさんの手をとった。


「いったい、なに


 ヒュンッ


 エメラルド色の光の尾を引くなにかが私の横を通り過ぎて行った。


「ぐっ・・・・・痛い・・・・・!!」


 シンイちゃんの悲鳴が広場に響き渡った。そして、シンイちゃんの胸にはエメラルド色に輝く短剣が深々と刺さっていた。


「シンイさま!!どうかあなたを!!!!」


 ・・・・・マリリンさん!?助けるんじゃなかったの!?


「シンイ頑張れ!!シンイ!!シンイ!!ガンバーレ!!シンイ!!お願い・・・・シンイ・・・・・眼をさまーせ・・・!!シンイ!!頑ばれ!!!シンイ!!!」


 謎の応援の声とともに、倒れたシンイちゃんの体が地面に触れた場所から闇に呑まれていく。


「あ、あれは、なにが起きているの・・・・?」


 シンイちゃんが地面に呑まれきると、スノウさんは私とフランを流し目で見た。そして、優雅に頭を下げ、そのまま地面へと倒れて行った。


「えっ?」


 地面に頭がぶつかる!!と、思った瞬間、地面がさきほどと同じ闇に変わり、頭からその闇に吸い込まれていった。


 なにも、なくなった。処刑されるべき人も処刑を行うべき人も。全て闇に呑まれていった。


 ざわざわざわ


 静まり返っていた、広場がもとのざわめきを取り戻す。


「おい。」


 フランが私を見つめる。私にこの場をまとめろと?・・・・・まぁ、たしかにこの場でもっとも地位が高いのは私だから、そうするべきなのだろう。


「・・・・・無理。」


 私無理。


「・・・・・・はぁ。」


 すんません。


「皆の者、聞け!!!」


 うぉっす。フランがやってくれるのね。ありがとう。


「我らはヒガンバナ国王の直属の家臣である!!!今、この瞬間、モクレン国の女王シンイとその家臣の魔道具による死刑が執行された!!!死刑執行は終わった!!!執行後もここで騒いでいるのは王の意思に反する!!!解散せよ!!!!」


 フランのその言葉を聞くと、民は疑わし気な顔をしつつも広場から去っていった。


「・・・・・って、マリリンさん!!!」


 人もまばらになった広場で地面に仰向けに倒れる人を見つけ、駆け寄る。


「・・・・・なぜ、シンイちゃんに剣を?」

「・・・・あの蛇から守るためです。」


 ・・・・・・。


「あの蛇はシンイさまになにかしようと企んでいた。恐らく、あの蛇の領域にでも攫おうとしていたのでしょう。・・・・・ああ、今はもう攫われていますが。あの剣がシンイさまの胸の中にあれば、いつでも私がシンイさまをお守りできる。」

「・・・・どういうことですか?」

「あの剣は、ホンツゲさまにつくって頂いた剣なのです。ホンツゲさまにお願いして、あの剣には私の魂の全てを宿すようにして頂きました。今に私の体は消え、あの剣に吸収されるでしょう。そうすれば、私はシンイさまの中でずっとシンイさまをお守りすることができる。あの剣はシンイさまに危害を与えようとするものを焼き払います。」

「・・・・・意識はどこに?」

「もちろん剣に。百年たてば私は神格を得るでしょう。剣から出て実体化することも可能になるやもしれません。そのときに私はあの蛇を討つのです。」

「・・・・そんな、それだと少なくとも百年は剣の中に閉じ込められたままということじゃ・・・・。」

「私が決めたことです。何も悔いはありません。」


 その言葉を言った瞬間、マリリンさんの体が透けた。


「・・・・・ああ、あともう少しでお別れですね。」


 ・・・・・お別れ。


「・・・・それでは、さようなら。」


 マリリンさんの体は消え、チューリップの花びらが風に攫われていった。


「・・・・・さようなら。」


 マリリンさん。


「リコリス、覚悟!!!」


 ガキンッ


 刃を交える音がした。


「はっ?」


 なんだなんだ?

 横を見ると、フランとピンク色の瞳の誰かが刃を交えていた。


「貴様・・・何者だ。」

「貴様らこそ、シンイさまとマリリンをどこへやった!?」

「知らん。」

「そんなはずあるかッ!!!」


 ガキィンッ


 ピンク色の瞳の人の剣が折れた。


「はぁはぁはぁはぁ・・・・・。」


 無言で私たちを睨みつけている。うっ、辛い。


「カリーノ!!!」


 可愛らしいメイドがパタパタとかけてくる。


「僕が助けるよ~!!」


 メイドが短剣を向けてくる、が・・・・ものすごく弱そう。


「うっ・・・・とおりゃ~!!!」


 パシッ


 フランの見事な蹴りで短剣はどこかへと吹っ飛んでいった。


「す、スカートの中が丸見え~!!メイドとして失格だよ~!!!」

「知るか。」


 驚き!!あのスピードの蹴りでスカートの中見えたのね!!


「・・・・貴方もシンイちゃんの臣下かな?」

「まっ、まあね~!!!」

「・・・・・ごめんね。・・・・これが、遺書。でも、シンイちゃんは死んでない。スノウさんが連れ去った。」

「「スノウさまが!?」」

「うん。マリリンさんも近くでお守りしてるって。」

「そう、ですのね・・・・・。」

「そっか~・・・・・。」


 そういうと、騎士とメイドは寂しげな微笑を唇に乗せ、顔を見合わせた。


「僕たちは間に合わなかったんだね~・・・・・。」

「そうですわね・・・・。サンシン達にも知らせてきましょう。」

「うん・・・・。」

「剣を向けてしまい、申し訳ありませんでしたわ。」

「僕も・・・・ごめん。」

「え?」

「だって、貴方方がシンイさま脱走の手引きをして下さったのでしょう?」

「いや、


 フランが言うなとでも言いたいのか首を横に振った。・・・・そうだね。そう思われた方が都合がいい。


「・・・・はい。」

「ありがとうございました。それでは。」

「ばいば~い。」


 そういうと、騎士とメイドはモクレンの城がある方角へと歩き出した。


「・・・・・どうして助けてくれたの?」

「私以外に貴様を殺させるわけにはいかない。」


 最悪じゃん。



 * * * *



「ごきげんよう。」


 むっ!?この声は!?


「スノウさん!!!?」


 あの日から一体どこにいたのさ!?十日たってるよ!!!


「いったいあれはどういうつもりですか!?女王はどこに!?」

「ああ。これはこれは。すみません。伝えておくのを忘れていました。女王には私の領域に来てもらってますよ。二度とこちらに戻ってくることはないでしょう。」


 ・・・・・・マリリンさんが言っていたことは正しかったのか。


「そうそう、貴方方と交わした約束があったでしょう?それを果たすために私は再び現世へと参じたのですよ。」

「そうですか。」

「それでは少し外へと。」



 * * * *



「・・・・なぜに教会なんや・・・・。」


 ・・・・フランとの約束をなかったことにする前にここに来ることになろうとは。


「約束を果たすのであれば、どうせだったら神の前で、と思いましてね。」

「はぁ・・・・・。」


 そういえば、フランが散々にしたこの教会だが、今は全て修復してある。なぜか私のせいにされた。解せぬ。


「それでは、始めましょうか。」

「え、待ってください。フランはいらないんですか?」


 さっきは誰かにフランが呼ばれ、たまたま席を外していたので、今フランはこの場にいない。だが、スノウさんはフランの願いも叶えると言っていた。


「まずは、ね?それに貴女も彼が居ない方が好都合でしょう。」


 それは・・・・そうかもしれない。


「それでは。」


 え、なにをすれば?


「では、まずこちらへ。」


 スノウさんに誘導され十字架の前へと行く。


「それでは、跪き、手を組み、そして目を閉じてください。」


 はい、やった。


「そして、貴女が求めるものの姿を思い浮かべてください。」


 私が、求めるもの。そう。お母さま。・・・いいや、違う。そうじゃない。私が欲しいもの。私の思い出のなかに在るもの。そう、それは、


「リコリスちゃん。ただいま。」


 その人の名は、


「兄さん・・・・。」


 グラジオラス・アヤメ。アヤメの王だった人。


「もう目は開けて頂いて結構ですよ。」


 ゆっくりと目を開くと、ステンドグラスから漏れ出る色とりどりの光に包まれながら、優しく微笑む兄さんの姿があった。


「兄さん・・・・・!!!!」


 兄さんの胸に向かって飛びこむと、兄さんも優しく抱きしめ返してくれた。


「兄さん!!!兄さん!!!兄さん・・・・!!!!!」


 ずっと会いたかった人。幼いころから恋い焦がれた人。


「ふふふ。リコリスちゃんったら。さっきから兄さんしか言ってないよ。」

「だって、だって・・・・!!!」


 そうだ、私には兄さんに伝えなきゃいけないことがある。


「兄さん、私、私・・・・兄さんにずっと伝えたいことがあって・・・・!!」

「なぁに?時間はたっぷりとあるからね。ゆっくりでいいよ。」


 ずっと胸の深い深い奥に隠してあった言葉。きっと、私の願いはかなわない。でも、言えなくなってからでは後悔する。


「私、私ね、ずっと、兄さんのことが、だ


 グサリ


「・・・・ごめん、ね。りこりす、ちゃん。」


 い、すき、だった、の・・・・・。


「・・・・・・うあああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」


 兄さんの体が十字架に向かってゆっくりと倒れていく。


「これはこれは、美しい暴君、いえ、天使のような悪魔だこと。」


 スノウさんがその言葉を向けた先を見る。


「・・・・ふ、らん・・・・。」


 そう。十字架の上に立ち、血塗られた断罪の刃を構えるは、黒く美しい羽を伸ばした悪魔のような天使。異形の瞳を煌かせ、冷たく、罪人を見極めている。


「・・・・・・フランッ!!!!貴様なぜ兄さんを殺した!!!!なぜ!!!なぜ!!!!!」

 

 フランだって兄さんの再生を望んでたでしょ!?兄さんを殺された憎しみで私を殺そうともした!!!それは一体なんだった!?全てが嘘だったと!!!?


「要らない。」


 は?


「生きているお兄様などいらん。」

 

 なに、言ってんの・・・・?


「さぁ、花泊夫藍の君・・・!!本当の望みを果たしてください・・・!!次なる世界はすでに用意してあります・・・・!!そこで欲望の限りを尽くしてください・・・!!フフフフフフフフ・・・・ハハハハハハハハッ・・・・!!!」


 どういうこと?なにいってんの?


「・・・・・リコリス。」


 十字架の上からフランが見下ろし、私に向かって刃を構える。硝子から覗く空はいつのまにか深い青紫色に染まり、どこか不気味な金色の球体が輝いていた。・・・・ああ、このまえ教会で起きたことと全く同じだ。


「貴様は私に殺されれば死の直前は私への憎しみで満たされるだろうと言ったな。」


 あ?・・・・ああ。言ったような気がする。


「貴様は今、私が憎いだろう。」


 それは・・・・まぁ。


「だが、それが全てを・・・・私への感情がその胸全てを占めているわけではあるまい。」


 当たり前だ。


「ならば、今この瞬間全てを私だけで満たそう。」


 なにか、嫌な予感がする。

 この場から逃げ出そうと足を動かそうとする、が、動かない。というか、全身が一切動かなくなっていた。声すら出せない。・・・・原因はフランの目だろう。なぜかそんな気がした。


「リコリス、死ね。」


 気が付けば、私は青と紫と金色の炎に囲まれていた。


「あ、熱い・・・!!!!」


 やっと身体が動くようになった。だが、もはや逃げ道はない。


「フラン!!フラン・・・!!!やめて!!!やめてよ!!!助けて!!!お願い!!!お願いだってば!!!!」


 ゆくっりと、だが確実に炎が迫ってくる。


「ねぇ!!!スノウさん!!!!お願いします!!!どうか!!!!」

「おやおや、そんなことを言えば嫉妬の業火が唸りをあげてしまいますよ。」

「貴様は出ていけ。この宴に貴様は不必要だ。」

「うふふ・・・・はいはい。」


 先ほどまでこちらを愉し気に見つめていたスノウさんは、あっさりと私を見捨て、外へと出て行った。


「フラン!!!ねえ!!!お願い!!!!なんでもする!!!助けてくれればなんでもするから!!!!」


 この炎を消せるのはフランしかいない。そして、私をこの業火から助け出せるのもフランしかいない。


「あぁ・・・・なんて・・・・。」

 

 フランは恍惚とこちらを見るばかりで、私の声なんざ聞いちゃいない。


「フラン!!!フラン・・・・!!!」


 フラン!!!お願い・・・・!!!助けて!!!ここは熱くて熱くてたまらないの。くるしい、くるし、


 パタン


 もう、だめだ・・・・いしきが、もうろうと・・・・。ねえさん、ねえさん・・・しあわせに、なってね・・・・。にいさん、おかあさま、ねがわくば、あなたたちのもとへ・・・・。



 * * * *



「な、に・・・・?」

「まだ夜は少しも開けていない。貴様の耳に響いたのはナイチンゲール。ひばりなどではない。そして、ひばりが鳴くことは永遠にない。」


 私はただ、死んでもなお、私の目の前にいるフランを茫然と見上げるしかできなかった。








「いたい・・・・!!!やめて!!!フラン!!!もう、やめて!!!もういいでしょ!!!許して!!赦して!!!ゆるして!!!!」


 私はただ切られ続ける。美しい化け物に呪詛を吐かれながら。


「うっ・・・・・。」


 私は幾度も死に、幾度も生き返る。美しい悪魔に恨み言を吐かれながら。


「ううっ・・・・!!!もう、やめて・・・・・。」


 もうずっと前から気づいている。この世界は永遠であり、ここから出るすべなどないことなど。


「ひいっ!!!やめて!!!切らないで!!!!!」


 もうずっと前から気づいている。この体もフランの体も不滅であり、フランの憎しみも不滅だということなど。


「もう、やめて・・・・・。」


 私は不気味で仕方ない。この化け物が時折酷く優しい手つきで触れてくることが。口づけをかわそうとすることが。その腕に抱こうとすることが。


「愛しています、愛しているから!!!!」


 私は不気味で仕方ない。この化け物が私に愛の言葉を求めてくることが。許しをもとめてくることが。愛を求めてくることが。














「ああ、私も。私も誰よりも深く貴様を愛している。リコリス。」


 屍から再び生者の体へと戻っていく激痛のなか、フランのそんな言葉を聞いた気がした。



・・・・これまで書いて来た作品の中でリコリスがダントツに可哀想だと思います。

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