約束を反故にするのなら
魔王を倒してくれたら元の世界に帰してやるといわれ戦った彼。
しかし魔王を殺した夜、毒をもられてペットのプチウルフが死んだ。
そして……。
「元の世界に戻す?そんな方法はない」
「返す約束だと?はて、そんな約束をした覚えはないな。したというのなら証拠を提示せよ」
なるほど、それがおまえたちの返答か。
そうか。やはりな。
魔王を殺したその晩、慰労のために仲間で開いた宴席の酒に、毒が入っていた。
かわいがっていたプチウルフのシーが死んだ。俺が飲もうとした杯をひっくり返して飲んじまったんだが。
そう……まるで毒に気づいて俺を守ってくれたみたいに。
誰が入れたものかは判別できなかった。だが俺は仲間たちに言った。
「なんてことだ。魔族にも狡猾なヤツがいるみたいだ。みんな気を付けてくれ」
皆はうなずいた。
俺は別の可能性を考えていたが、あえてそちらには触れなかった。
魔王戦の直後で消耗しきっていた俺では返り討ちになる可能性がある。時間を稼ぐ必要があったんだ。
城に帰るまでの最中、俺は再びプチウルフを仲間にした。メスだったのでピーと名付けた。
仲間たちにはまた笑われた。
確かにプチウルフは人によく馴れる珍しいモンスターだが、テイム能力もないのに連れ歩く意味がわからないと。
そんな彼らに、俺はモフモフのよさがわからんのかと、やっぱり同じように落胆してみせた。
さっそくピーに指示を出そうと思ったが、どうやらその必要はないと途中で気づいた。ありがたい。
俺はピーを連れて散歩をした。シーの時もそうだったので、仲間たちも特に何も言わなかった。
「ピー。わかってると思うが、俺を殺そうってやつがいるらしい。おまえも狙うかもだが気を付けろ。……もうシーみたいなのは見たくないんだ」
「ワゥ……」
わかってるよと言うかのように、ピーは俺の顔をなめた。
その後、何度か殺されそうになったが俺は乗り切り、そして城に戻った。
最初に召喚された時、魔王を倒せば元の世界に帰そうという約束だったからな。
もっとも俺は、その約束を話半分に聞いていたが。
だってそうだろう?
よその世界から人を呼び出し訓練して戦わせ、そしてまたその者を元の世界に送り返す。
そんな力のある連中なら、その力でよその世界から個人でなく大きな力を集め、何が相手でも戦えるだろうがと。
ではなぜ、そうしないのか?
きまってる。
組織に対抗できないような個人でないと、約束が違うと暴れだした言う事をきかせられないから。
で、その心は?
おそらく、少なくとも元の世界、元の場所に送還する術はないって事だな。
念のためと思い国王に確認しようとしたわけだが、正規の謁見は全て断られ、食事をもらおうとしたら全部毒入りだった。
これでほぼ確定といっても良かったが、言うべき事があったので無理やり国王の部屋に乗り込んだ。
で、最初に戻るわけだ。
「たとえ口約束であろうが、貴様はできない約束をして異世界人、つまり俺を働かせた。もちろん謝罪を要求したいところだが、はっきりいって貴様ごときに頭をさげてもらってもなんの意味もない。
よって賠償を求める。
現在、この国の国庫にある全ての金貨をもらおう。それで許してやる。
あと、それからおまえは退位して後継に地位を明け渡せ。
国のためとはいえ嘘をつき、本来無関係の異世界人を魔族と戦わせたんだ。国としてはともかく個人的には責任を感じているとか、国王ならそれなりに殊勝な言い訳を立て誇りも守れるだろ。
以上二点だ。すぐに取り掛かれ」
はっきりと口に出し、しかも「こっちが上なんだぞ」というニュアンスをにじませて命令したわけだが。
「ハッ、何を言い出すかと思えば、くだらぬ」
全く応じる様子がない。まぁ、そうだろうな。
「なるほど。では、あくまでも応じないというのだな?」
「当たり前だろう。
魔王もいなくなった今、この世界の脅威はおまえだけだ。よくここまで生きて帰ったと言いたいが……」
うるせえな。おまえの御託はいいよ。
「なるほど。やはり俺の『仲間』たちが犯人だったんだな。状況証拠はそろっていたが、これで間違いないと」
ふむふむ、と俺はうなずいた。
「約束を守らず保障をするつもりもない、そして魔王を殺した者など用無しなので消しておけと。
うん、おまえらの意思は確かに今、この場でハッキリと確認した。
この会話は魔道具で記録してあるので、しかるべき時には証拠として提示する事になるが、そんな事より問題は原状復帰だなぁ。
死んだ魔王は取り戻せんし……。うん、よし決めた」
うんうんと俺はうなずき、そして王を見た。
「そんじゃ、とりあえず倉庫から軍資金もらってくわ。いずれこの国は滅ぼすが、今はそれだけでいい。んじゃなー」
そういうと俺は王の意識を刈り取り、そして王の間を出た。
殺しはしない。
そもそも、こいつを俺が殺しても一文の得にもならん。それどころか、俺が殺したという事を利用して宣伝しまくり、むしろこの国にはプラスになるかもしれん。
だから今、俺自身はこいつを殺さない。実際こいつ個人なんかどうでもいいしな。
さて。
兵士たちが追ってきた。中には騎士団や、それからかつての『仲間』の姿もあった。
とりあえず、手の届く範囲をパパッと殺した。
そして生き残ってるヤツに告げた。
「よく聞け、バカども。
おまえたちこの世界の人間は、俺を強制的にこの世界に拉致し、てめえらの戦争のコマとして働かせた。おまけに、終わったら元の世界に帰せという最低の義務すらも履行せず、役目がすんだらもう用はないと、俺を殺そうとした。
この事について今、おまえらの王に真意を問いただした。そして結論した。
魔王を滅ぼした途端に俺を毒殺しようとした『自称仲間』にも、俺を最初から騙していたこの国の国王にも、俺は今後一切味方しない。
そもそも、俺は異世界の人間であり、この世界の人間族ではないしな。
で、だ。
そちらが約束を反故するというのだから、俺としてはこれから原状復帰に走らねばならん。
全て、俺が来なかったらどうなっていたかの前提の元に全てを組みなおす。
殺してしまった者たちには、少しでも原状復帰の手伝いをしよう。
人間族の国については、魔族が健在だった事を前提にいくつか滅んでもらう。もちろんその後は、元々そこに住んでいた魔族やその仲間に引き渡そう。
ああ、それともうひとつ。
この事態を引き起こした元凶であるこの国は、魔族だけでなく、この世界の人間たちにとってもガン細胞だ。
ゆえにこの国については、こっちの準備が整い次第消えてもらう。
実際『約束を守る』なんて、子供でもわかる事を守れないような国はいらんからな。未来にまた来るかもしれない異世界人のためにもきれいさっぱり消えてもらおう」
そういうと、先頭に立っている女僧侶がわめいた。
「なに言ってるの?自分の言ってる事の意味わかってるのヤタ!?」
「そんなの決まってるだろ。
魔王を倒してからここに戻ってくるまでの間に、おまえら何回俺を殺そうとした?食糧に毒を仕込み、モンスターをわざと引き込み、俺の装備だけすぐ切れるように小細工して」
「な、なに言ってるのよバカ!そんなことするわけないじゃない!何わけわかんないこと」
「ははは、そうかそうか。あくまでそう言いはるんだな。
なぁミーメ。俺の寝てる時に、俺を殺す算段するのは楽しかったか?だいぶ眠そうだったよな?あやうくヤカンを落としかけて、俺が目覚めるんじゃねえかってビクビクしてたもんな?」
「!?」
「……わかったかい?
ああそうさ、俺ずっと見てたんだよ。帰ってくるまでの間、ずっとな。
おまえらが俺をどう殺すか相談してるとこも、毒いれたり仕掛け作ってるとこもな、その場で全部」
「……」
「なんで気づいてないと思った?
俺が気づいたうえで、それでもおまえらを信じたい、本当は命令されたからだろって考えてるって、どうして思わなかった?
……思うわけねえよな。だって最初から、おまえら俺を殺す気まんまんだったんだもんな」
「……」
女僧侶の作り笑顔が消えた。
「で、今、その真意と、約束を守る気があんのかと王に聞いてみたら、そんな約束は知らんという返答を正式にもらったわけだ。
つまり俺は、最初から騙されていたというわけだな」
ふむ、と俺はためいきをついた。
「もちろん騙された俺がバカなんだろうな、この世界の常識ではそうらしいからな。
だが、俺はこの世界の人間ではない。
俺の世界には、因果応報とか、歯には歯をって考え方がある。やった分の報いを受けるとか、やられた分だけやり返してもかまわんとかそういう考え方なんだな。これは賞罰どちらにも言える事だったりもするんだが、おまえらの場合は当然、罰だな。俺を騙していい目を見たぶんだけ、その報いを受け取る事になる」
バカにしたように笑ってやった。
ちなみに余談だが、歯には歯をっていうのはお互いの身分が対等な場合の話だそうだ。俺はこの世界の身分とは関係ない存在だが、この場合どういう量刑になるのかね?ま、知った事ではないが。
「……な、なにをするつもりなのよ?」
「言っただろ?可能な限りの原状復帰さ。
俺が来なかったって前提だから、もちろんこの国を含める周辺六か国は全部無くなるぞ。この地方は全部魔族の領域にする。
あと魔王がいない分、人間側はもっと削らないと不公平だよな。聖国の法王、それからロンダギアの皇帝あたりの首は貰う事になるだろうし、他にもいくつかの自治州の類では魔族の全面受け入れをしてもらう事になる。イヤなら出てけってわけだな」
「なっ!?」
生き残りの者たちは、思いっきりざわめいた。
「何考えてる、世界を滅ぼす気か!?」
「は?何を言ってんだ?世界が滅びる?」
俺は思わずポカーンとしてしまったが、すぐに相手の言いたい事に気づいた。
「ああそういう事か。
仮に滅びたところで、滅びるのは人間族だけだろ。人間族以外の人族は健在なんだから、この世界の維持にはなんの問題にもならねえよ。むしろ乱開発でこの星をめちゃくちゃにしまくる人間族が消えたぶん、いい事かもしれん」
まぁ、そうやって星を汚しながら文明を発達させるのが人の道というのなら、確かに未来の妨害だけどな。
ただ、そこまで俺はこの世界を愛してるわけじゃないし、そこまでは責任もてねえよ。
だけど。
「は?星がどうしたって?」
「あ?」
俺はその反応で、自分の馬鹿げた勘違いに気づいた。
そうだ。
そもそも、天文学も地理学も物理学も紀元前レベルのこの世界の人間族に、地球にやさしいみたいなガイア的発想が理解できるわけがないんだ。
こういう文明レベルの星だと、そういうしっかりしたマクロ感覚を持っているのはむしろ宗教者じゃなかろうか。地球がそうだったように。
はぁ。
アホか俺は。棍棒振り回す原住民に文学作品の素晴らしさが理解できるわけがねえよ。そもそも文字を知らないんだからな。
この場合、理解できない彼らでなく、語った俺の方がアホだ。
「すまん、今のは失言だったな。あんたらのレベルを無視して俺のスケールで話しちまった」
あっはははと俺は力なく笑った。
いやま、これはマジで緊急の課題だな。仲間という名の潜在敵じゃなくて、きちんと話のできる仲間の確保。うん。
そういや、ピーともちゃんと話せてない。
あいつが人語を解しているのは知ってる。ただ、仲間にあいつの正体気づかれると面倒だから直接会話は避けてたんだよな。
でも、今回の事が終わったらもうその心配もない。
うん、後でじっくりまったりお話しよう。心ゆくまでもふもふしながらな。フフフ。
「そんじゃあま、あばよ!」
そういって、進行方向の兵士たちをぶっ飛ばしながら城の奥に急いだ。背後で何か潰れる音とかしたけど、知った事じゃない。
最奥部に着くと、そこには噂の大金庫があった。
入口の扉に持ってきた鉄棒を魔法で溶接、物理的に閉鎖すると、警備の兵士の首をねじ切る。
ははは、こいつらに魔族殺しをさんざやらされたからなぁ、もう慣れちまったわ。
金庫の閉塞魔法を構成から破壊し、空間魔法を駆使して扉を物理的に消す。
中身はうなるような金の延べ棒の山。
いやいや、餓死者が大量に出るご時世で、どんだけ溜め込んでるのさ。
もちろん国政にはたくさんお金がいるのわかってるけどさ。これはそういうレベルじゃないだろ。
ま、いい。
あまり時間がないし、俺もそれほどの大金はいらないな。
とりあえず、がばっと一角をもらってアイテムボックスにツッコむ。
んー……元の世界から強制拉致されたうえに戦争させられ、しかもこの世界の半分以上の種族の恨みを買う立場に立たされた代金としては、あまりにも安いが。
でも、そんな大金もらっても、こちとら庶民だから使い切れるもんじゃないし。
あ、まてよ?
別に俺が自分で使う必要はないのか。
どうせこの国は亡びるんだ。魔族の国が新しくできたら寄付して使ってもらうって事で、もうひと塊もらうか?
よし、こんなもんだろ。
扉は無くなっちまってるので、金庫はそのまま放置。
さて、退散しますかね。
「わんっ!」
お、ピーも戻ってきたか。
ちなみにピーには畜舎を襲わせてた。ちゃんと補助魔法が切れる前に戻ったようだな。
「よしよしいいタイミングだ。腹いっぱい食ったか?」
「わんっ!」
「よしよし、転移するからな。ちょっと動くなよ?」
「わんっ!」
そんじゃあな、あばよー。
◇ ◇ ◇ ◇
ヤタと呼ばれたこの男については、わかっていない事も多い。わかっているのは以下の事だ。
異世界より召喚されたこと。
一度は召喚した人間族に騙され魔族領に攻め込み、史上最速の侵攻速度で当時の魔王を倒すに至った事。
しかし何らかの理由で人間族と袂を分かち、以降は一貫して魔族側についた事。
多くの種族と仲が良かったが、特に獣人族と仲がよかった事など。
当人の発言として「人間族は他人をだますために約束をする。俺は彼らとは折り合えないと悟った」というものがある。異世界の彼の故郷の人々は約束をきちんと重んじる文化があり、約束を守らない者はたとえ味方であっても信用されないという。
ヤタがこの事をどれだけ重視したかは、この後、我々の世界が「約束をきちんと守る」方向に変化していった事が何よりも物語っている。
立場の違う者同士が取引などをする際、約束をきっちり守る者と口先だけで約束を守らぬ者、どちらが重視されるかは明白。
当たり前といえば当たり前なのだけど、ヤタはこの事を改めてこの世界に問いかけた人物であり、その名残は今も、信用や信頼という意味でヤタという言葉が使われる事からもうかがえるのである。
また、彼は種族間融和にも積極的だった。
後にヤタは召喚元だったゼネロ国を滅ぼし、中央ヤマト国を建国しヤタ・ヤマトとなったわけだが、建国の言葉に「いかなる種族も仲間として共存する国」というものがある。これはヤタの死後も根本理念として守られ続けており、ゆえにヤマトは各国の隊商の基地として、また外交のための中立地帯として、昔も今も機能し続けている。
ちなみに、そんなヤタを示す絵としては、一頭の狼を伴っていた肖像画があまりにも有名である。
ヤタの初期のパートナー『シー』はプチウルフだったようだが、テイマーでもないのに狼をかわいがる姿に狼族はかなり初期から興味をもっていた。そして人間族の陰謀でシーが殺された時、狼族の女がプチウルフに偽装して彼に近づいた。
予想通りヤタは彼女らにすぐ気づいたが、むしろ喜び歓迎した。
そして以降、ヤタは一生涯、狼に偽装した狼族の女を傍らに連れていたという。