倉秋健人の場合 38
第七十五節
橋場は観念したのか、自分の前方…手元で足を踏み出す際に踏んでしまう可能性のある前方のスカートのみを抱え上げて走り出した。
…背中側はノーケアである。
「…はっはっは…遂にヤケクソですか?」
結構な距離を移動したのに、スタート地点の「トレーン溜まり」はまだ移動も始まっていない。
ローファーの革靴でむんず!とそのトレーンを踏みつける女子高生(倉秋)。
「チェック・メイトです。何か思い残すことは?」
橋場はさっきスカーフが引っ掛けてあった椅子のところまで到達していた。
「橋場さん…あとは私がこの足元のトレーンに1,2と接触すれば終わりです。今なら今夜のファッションショーは朝までじゃなくて短めでカンベンして上げますよ」
「…(息が切れている)そりゃなんだ?」
またあごひげをぞりぞりする挙動をする女子高生(倉秋)。
「そうですねえ…持って来てる白のウェディングドレスに着替えてもらった後、『お父さんお母さん今までありがとうございました』と三つ指ついて土下座の小芝居でもやってもらいましょうか。録画させてもらいますので」
「なっ!」
ガタリ!と立ち上がる斎賀。
「あーそう」
離れたところの椅子で座りこんでいるようにも見える黒い塊…黒の花嫁。
「じゃあ、あんたにそれ頼むわ」
「…なんと?」
「ほれ」
黒の花嫁が物陰から取り出してきたのは…生徒手帳だった。橋場の母校の。
「…!?」
「あんたの身体の一部に先に手でタッチしたのはオレだ。なので勝ち」
「は!?」
女子高生は慌てて膨らんだ胸に押し上げられた胸ポケットを探る…が、そこには生徒手帳は無い。
「さっきスカーフを変換した時にこっちのスカーフを生徒手帳にしといた。オレの勝ちだ」
第七十六節
その後も大変だった。
「生徒手帳はモノであって衣類の一部とは言えないから無効」と主張し、通り掛けるがそのクレームも見越して生徒手帳の裏表紙には「ヘアピン」が仕込んであった。
衣類とは言い難いが、生徒手帳に比べれば「装飾品」なので衣類の一部と強弁は出来る。
直前に「ヴーケでも接触判定」と倉秋が口走ってしまっていたことが致命的だった。
「ヴーケ」はウェディングドレスには欠かせない小道具だが、「衣装の一部か」と言われると判断が難しい。にもかかわらず対戦相手である倉秋自身が駄目押しのつもりで発言していたのである。これで言い逃れは出来ない。
「勝利数二対一で橋場さんチームの勝利です」
鬨の声を上げてハイタッチする女子高生と黒い花嫁。
花嫁の方は長袖に邪魔されて手が上まで上がらないが。
その場で立ちつくし、歯ぎしりをしているセーラー服の女子高生。
「衣装メニュー見せな」
「…何だと?」
「こちとらチーム勝利だ。オタクらのコスプレショーのメニュー選びをさせてもらう」
「…カンベンしてもらえないだろうか」
「…とりあえず戻れお前」
「あ…」
余りそういう使い方をしたことが無かったが、試合も終了しているということで倉秋の変身が解除され、元のサラリーマン風になる。
本来は試合が終わった後の対戦相手には干渉できないのだが、終了と同時に戻っても良かったものが戻らなかっただけなので軽くきっかけを与えてやったと言うところだ。
「さっき何か面白いこと言ってたな?小芝居で勘弁してやるだと?」
黒の花嫁衣装の女がすごむ。
「こっちだってやってやるぞ。この格好で障害物競走とかどうだよ?え?スリリングだろうが」
「こっちは仕事中なんだ!早く会社に帰らないと大変なことになる!」
「バカ抜かせ!さっきは朝まで着せ替え人形にしてやるとかほざいてたよなあ!」
「…」
「病的な嘘つきだなテメエは」
女子高生の制服…斎賀が手を挙げた。
「ちょっといいですか?」
「何だよ」
「交渉ですよ。こちらが勝者なんだから提案です」




