倉秋健人の場合 37
第七十三節
「お前…これって…」
「お気づきですか?そうです。黒いウェディング・ドレスですよ。一般受けはしませんが一度だけ手がけたことがあります」
その間もぐぐぐ…と橋場の衣装アレンジは続いていく。
「ジャッジ、メタモル能力の進行とポイント・バトルは別進行でしょ?ラウンド開始を宣言してください」
「そんな!」
「…断る理由はありません。インターバルの1分は過ぎてます。試合…開始!」
橋場はスカートがずしっ!と重くなった事を感じた。
ドレスのスカートを膨らませる方法がリングパニエ方式から、チュール式に切り替わったのだ!
伏せたお椀形状だったドレスのスカートは、横から見ると「△」(三角)形状に落ち着く。
同時にスカートの内側は大量の生地が入り乱れるカオス状態に逆戻りしていた。ご丁寧にもハイヒールのストラップだけが無くなり、ストッキングがこすれて滑り、すっぽ抜けやすくするというおまけつきだ。
心なしかスカートの生地はこれまでで最大に膨らみ、あちこちに大きなリボン形状の装飾やらカーテンを縛って絞り上げたみたいな縫い留めかたが施されている。
「ふ…ふふふ…いい格好です。素敵ですよ?」
不敵かつ尊大な態度で一歩一歩歩み寄る倉秋(セーラー服)。
橋場の絶望した表情。
どう頑張ってもこのスタイルでお互いの服へのタッチ対決に先行できる訳が無い。こちらのスカート面積は半径だけで1.5メートルというところだ。
「うわ…うわあああああっ!」
ハイヒールに足元に絡まる大量のチュール生地その他諸々(もろもろ)…というハンディを顧みず、必死にスカートを鷲掴みにし、抱きかかえるようにして逃げるように走り出す漆黒の花嫁。
いつの間にか手には黒い花があしらわれたウェディング・ヴーケまで持たされている。
「お分かりでしょうが…そのヴーケを落として私が触ったらポイントですからね」
橋場とてメタモル・ファイターだ。ごく普通の花嫁がウェディング・ドレスで走って逃げるよりはずっと速い。だが、倉秋の策略はその更に上を行っていた。
「逃げる花嫁を追いかけるのはいいもんですなあ…ただこれも勝負なんでね」
また橋場の身に纏う漆黒のウェディング・ドレスに変化が訪れていた。
「うわ…あああああっ!」
腰の当たりから何やら突起が飛び出したかと思うと恐ろしい勢いで大きく広がって行く。
それは、所謂「ウェディングドレスの長いスカートの裾」状の装飾品である「トレーン」だった。
スカートだけで直径1.5メートルはあるのにこのトレーンは際限の無い長さであっという間に5メートルは伸びきると倉秋の足元まで到達した。
「ぽん…ぽんと2回タッチしました。スコア4-4です」
第七十四節
「この…」
「私はウソはついてません。純白のウェディングドレスには対応してないとは言いましたが、純白でないウェディングドレスには対応してます。正直に申告してるでしょ?」
店の中央付近に戻ってきている花嫁と女子高生。
少し動くたびに、チュールのざざざざああっ!という重く擦れる様な音と、表面の素材がお互いに重なり合ってしゅるりしゅるしゅるしゅるるるるっ!という衣擦れの音が響き渡る。
先ほどのカラードレスと比べて、なるほど確かにあちこちのデザインが「ウェディングドレスっぽい」気がする。
広がったスカートの縁には女性の下着を思わせる刺繍がデザインされており、トレーンに至るまで全てだ。
長袖の裾やらあちこちもそう。
胸と背中が大きく開いており、胸側には鎖骨が見えている。
鎖骨は見えていても胸の谷間が見えたりはしていないのが清楚な婚礼衣装という雰囲気だ。
何と言っても圧巻は「ウェディング・ヴェール」と「トレーン」だ。
大きく露出したうなじはうっすらと黒が透けるヴェール越しに見える形となっており、可憐な花嫁の演出に一役買っている。そして床面積10平方メートルを優に超えそうなトレーンは、広げ切ってしまうと店の床に入り切りそうにない。
つやつやと光沢を放つそれはため息が出るほど美しい。
ただ、出来れば意表をついた変化球である「黒いドレス」ではなくて、正統派の「純白のウェディングドレスに」で見たかった気もするが、それは今の被害者…橋場に着て欲しいということになってしまう。
「では、ラスト1ラウンドです」
にやりとする倉秋(セーラー服)。
やはりまともに五分の勝負をする気など無かった。口八丁で相手を籠絡し、騙し、自分の有利な状態に持って行く。
公平な審判が言質を取っていればごまかし切れない…かと思いきや、審判すら流れから味方に付けてしまう。
客観的に見れば、橋場側の勝利の可能性は万に一つも無い。
カラードレスくらいならまだしも、この大きさのトレーンを引きずるウェディングドレスということになれば、もうそれは単なる衣装というよりは「結婚式」に登場する『舞台装置を着ている』に等しい。
最初の赤黒のカラードレスは、身体を中心でひねってもスカートがついてきてくれない…程度の感想だったが、この黒の巨大トレーン付きウェディングドレスはちょっと動いたくらいでは衣装全体がピクリとも動かない。
こんなもん、正式な動かし方も動き方も知ったことじゃないが、恐らくは大勢のアシスタントが必死にスカートの裾…トレーンを手繰ってコントロールしながら移動することになるのだろう。
「…では、倉秋さん。ルールですから裾からも3メートル離れてください」
せめてもの抵抗で橋場はしゅるしゅるとトレーンを手繰り寄せようとする…が、お互いにつるつるすべすべの素材だし、トレーンを必死こいて丸めることに仮に成功したとしても、スカート全体を両手に抱えて持ち上げないととても走ることなど出来ない。
そもそも走ったところで根本的な解決になどなにもならない…正に絶体絶命だ。
「では試合…スタート!」




