倉秋健人の場合 36
第七十一節
「なら接触は一回終わったら最低でも10センチは離さなくてはならないことにしましょう」
「右手で触って直後に左手で触ったから2回!とかも無しね!」
これは斎賀である。
「…もちろんです。触った方の手が一旦10センチ以上離れないと次のタッチ不成立でいいです」
「確認しますが、スコアは橋場さんから見て4-3でいいんですね?」
「ええ」
ブルードレスのお色直し中の花嫁の元に地味な装いのボーイッシュな子と女子高生が駆け寄る。
「橋場さん、これは受けるのありでしょ。あのまま短距離走合戦はリスク高いです」
「しかし…」
「ひでちゃん、さっきのアドバイス効いてるよね?」
「…うん」
「それ使って見れば」
「…分かった」
パンパン!と手を叩く綾小路。
「よろしければ再開します」
三人の女子(現時点)が視線を交錯させ、うんと頷きあう。
「いいでしょう。やりましょう」
「なら…スカーフ戻していただいていいですか?」
「ええ」
「じゃあ、ジャッジに拾いに行ってもらっていいですか?」
「必要ありません」
橋場が言う。
「オレはメタモルファイターですよ?一旦触った相手の服装コントロールくらいできます」
必要はないが、ひょいっと手を動かすと倉秋の大きなセーラー襟の下にしゅるるるるっ!と真紅のスカーフが湧き出してきた。
「…ほう…これは便利ですな」
おっさんみたいな口調の女子高生が自らの身体を眺め降ろしながら言う。
長い髪に安産体型の発育のいい女子高生にしてあるから挙動はおっさんなのに見た目は本当に可愛い。
「…一応釘を刺しておきますが、あちらの椅子の向こうにスカーフが実は残っている…とかそういうのは無しですからね?」
「え…」
第七十二節
「もしかして図星ですか?顔が青いですよレディ?」
脂汗が流れている…様に見える橋場。
「これはおかしい。まさかそんな手でこちらを欺こうとしていたとはね。取って来ればいいものを態々(わざわざ)能力で変化していただいたことに敬意を表して…ご覧にいれましょう」
「な…何を…?」
「先ほど申し上げていたでしょ?我々メタモルファイターは能力たる衣装にアレンジが可能です」
確かにそうだ。チャイナドレスなら色やスカート丈、スリットの深さまで変えられたりするしリクルートスーツだと、パンツかスカートか、それぞれに対してストッキングの有り無しなども変えられたりする。
ただこれも個人差が激しく、橋場や真琴の「セーラー冬服」はスカーフの色と小道具のアレンジをすることが出来るくらいで、スカート丈や髪型すら変えられない。
「私の能力はカラードレス…と随分曖昧でね。お蔭様で色々アレンジできるんですわ」
真っ赤なスカーフが戻ってきたセーラー服姿が「深窓の令嬢」を思わせるたたずまいになっている倉秋。
慣れぬ女体に女装だろうに、アドレナリンが噴出しているのか殆ど動揺していない様に見える。
「うわ…うわああああああーっ!」
橋場が身に纏っていたブルードレスにまた変化が訪れる。
墨を流し込んだかの様に真っ黒に染まって行くのだ!
「こ…これは…ああぁあっ!」
思わず目の前に手を翳してみる橋場。
動かしにくい手首まで覆う長袖と、手首を大きく回り込んで袖の中にまで達する手袋もまた、漆黒に染まって行く。
「あんた…まだ…バリエーションを…」
「切り札は最後に取っておくべきでね」
ブルーのドレスは夜の闇の様に真っ黒に染め上がった。
同時にデザインも微妙に変化し、より大きく首元が開き、そして背中も開く。
「あ…あ…ああ…」
紫か黒かという口紅が走って行き、目の上を濃いアイシャドウが彩る。
頭頂からうっすらと透ける黒く透明な素材がぶわりと広がり、縁どられて上半身を覆うほどに垂れ下がっていく。
少し離れたところにいる斎賀と真琴。
「これって…」
「ウェディング・ヴェールですね」




