倉秋健人の場合 35
第六十九節
「見上げた根性だ。あんたにゃ負けたよ」
警戒を崩さない橋場。
鋭い視線を向けるその頭はアップにまとめられて花飾りが施されている。露出したうなじが何とも色っぽく、ナチュラルメイクのノリも美しい。
これで生粋の女性の披露宴ならばさぞ美しい光景なのだろうが、メタモルファイト中のファイターの姿なのだ。中身は健全な(?)男子高校生である。
「…それで?」
「手を打とう」
「…何だと?」
綾小路が割って入った。
「インテンショナル・ドロー(合意の上の引き分け)要請ですか?」
「いや違います」
「じゃあ何です?」
「仕切り直しと行きましょう」
「…はぁ?」
花嫁にあるまじき怒り顔になる橋場。
「現在4-2ですが、あなたに2点差し上げましょう」
「何を言ってんだ」
「その代りスカーフを返してください」
「バカか。こっちはラウンド開始と同時にスカーフに走ってきゃ終わるんだ。絶対的優位をどうして手放す必要がある」
「そうですかねえ…」
あごひげなんぞあるまいに手であごをすりすりする倉秋(セーラー服)。触っている手もするっするだからさぞ気持ちいいことだろう。
「これでは消耗戦です。あなたもそのハイヒールで転ばなくてもつまずけば一巻の終わりですよ?」
「それでもこのぞろっとした恰好で正面から触り合いするよりは可能性が高いわな」
両手を広げてカラードレスの花嫁姿を見せつける橋場。
「そうでもないかもしれません」
第七十節
「勝手に言っとけ。こっちは応じねえぞ」
「どうしても駄目ですか」
「当たり前だ。交渉になってない。こっちに何の得がある」
「なら、私のスコアを減らしましょう。あなたの4-3で結構です」
「何?」
空気がざわついた。
橋場の鼻孔にメイクされた時独特の甘い香りが漂ってくる。イヤリングが重い。
「あなたはタッチ1回で終わりです。私はあと2ラウンド必要だ」
「デュースは?」
「私は無しで考えています」
少し考える橋場。若干スカート丈は長いが、ごく普通のセーラー服と床を引きずるゴージャスなカラー・ドレスで「タッチ合戦」をやれば絶対に勝てない。
確かにあのハイヒールでのスタートダッシュは偶然成功はしたが毎回相手がこちらの裾を触る前にスカーフまで飛び出して行けるかはいいとこ半々の確率だろう。
負ければ…負ければドレスのモデルとして好き放題いじられることになる。あんなドレスやこんなドレスを着せられまくることになる。
ドレスだけならともかく、こいつらはコスチューム屋だ。ありとあらゆる衣装を持っている。
しかも「ナマ着替え」させられると、その状態で元に戻ることが封じられたも同然だ。
怪力を持つメタモルファイターだけに、服を引き裂くことは不可能ではないだろうが相手もメタモルファイターなので、そんな余計なアクションが入る分こちらが不利。
全裸で逃げるくらい男の時ならやってやるが、女の身体で全裸で逃走ってのは…。
「どうします?悪い条件じゃないと思いますが」
「いや、話にならん」
「それならどうでしょう。流石に私も服装のハンデがありすぎると思います」
「当たり前だ」
「なら私が接触2回で1回扱いというのは?」
「何だと?」
会場がざわついた。
「それはお前に不利すぎる…と言いたいんでしょ?」
「身体を小刻みに震わせながら触って「2回以上」とか抜かす気だろ」
「随分信用が無いみたいですね」
「当たり前だ!」




