倉秋健人の場合 34
第六十七節
「条件闘争を巡る騙し合いはメタモルファイトの華ですよ?負けたからといって同じ論理でダブルスタンダードの難癖を付けるのはスマートじゃありませんね」
「あんたさっき、手袋の上から触るのも有効だと言ったな」
「言いました」
「それは“常識で考えて”ってことだろ?」
「そうです」
「だったら今の状況だって“常識で考え”ればおかしいんじゃないのか?」
「…と、いいますと?」
「確かに手に持ったスカーフを身体の一部として考えるのはいいだろう。しかし、相手に離れた状態から触り合いに行く趣旨を考えれば、開始と同時に接触基準を満たすなんて“常識で考えて”おかしいと思わねえのか?」
何やら雲行きが怪しくなってきた。
「一応聞きますが、ならどうしろとおっしゃるんで?」
「スカーフをこちらに返却して、その上で“身体から接続している部分を触れる”ことを確認した上で再開するんだ」
「バカな!認められる訳が無い!」
「しかし、今の開始と同時にラウンド終了扱いは余りにもおかしい。趣旨に反しすぎてる」
「…確かにそうですね…」
「はいていあーん!」
背後から声がした。
「だったら「3メートル」基準も衣類から計ればいいんじゃない?」
「…つまりどういうことですか鬼頭さん?」
「そのスカーフはひでちゃんの戦利品なんだからとりあえず自由に扱えることにして、どこかに置くワケ」
「はあ」
「倉秋たんとスカーフの両方から3メートル離れたところでハイスタート!ってすれば」
ちょっと考える橋場。
その場合、こちらはデカいスカートを抱えての倉秋との直接のド付き合いに付き合う必要はなくなる。一目散にスカーフを目指せばいいってことだ。
実は敢えて言葉に出して言ってないが、リングパニエにされたことで明らかに動きやすくなっていたのだ。
余りにもスカート全体が硬く整形されたことによって、どちらかの側を「押す」ことで全体をコントロール出来てしまう。少なくともある程度以下にスカートが縮まらないので足元にからみにくくなっているのだ。
ハイヒールがストラップで固定されたのも大きかった。
ハイヒールが動きにくいのは、慣れない体重の掛かり方もあるが、「すっぽ抜ける」危険性が大きいからだった。それが心配なくなったのだ。
確かにコルセットはキツくなったが、リングパニエとハイヒールのストラップは明らかにやり過ぎだ。「策士策に溺れる」って奴だ。
「どうです橋場さん?」
第六十八節
「ジャッジとしてはスカーフ持ちっぱなしは認められないんですか?」
「そうですね」
「さっきのポイントは?」
「認めます。現在4-1です」
「…分かりました」
橋場はなるべくぎこちなく歩き、店内の椅子の背もたれに真紅のスカーフを置き、ゆっくりと操りにくそうにスカートを操りながら戻ってきた。
「スタンバイOKです」
「ではお互い3メートルの距離を保ってください…試合…開始!」
同時に一目散にこちらに向かって突撃してくるセーラー服には目もくれず、一気にダッシュしたカラードレス花嫁は先にスカーフに触れることが出来た。
同時に身体に巻き込むように抱きついてがっちりガードする。
予想通りセーラー服娘(倉秋)が手を突っ込んで来てスカーフを奪い取ろうとする。
ラウンドはリセットされているが、ジャッジに引き剥がされるまでは行動が黙認されることを利用してくるだろうと思ったら案の定だ。
「ストップ!そこまでです!」
観念した倉秋が舌打ちをしながら離れていく。
…危ないところだった。
もしも掴んでの引っ張り合いになったら、腕全体がサテン地のこちらがスカーフを保持できる訳が無い。つるっつるに滑って引き抜かれるに決まっている。だからこそ身体全体で守ったのだ。
「現在4-2になります」
どうにかこうにかラウンドは取れる様になった。
理論上は。
「分かった!分かった分かった!」
突然倉秋(セーラー服)が大きな声を出した。女として声を出し慣れていないらしく妙に甲高くわざとらしくなってしまう。




