倉秋健人の場合 18
第三十五節
このメタモルファイトルームには壁に鏡が一枚だけ設置されている。
何かと鏡は必要になるであろうということで暫定的に置かれているもので、将来的には壁一枚を完全に大きな鏡とする構想もあった。
「武林さん…」
斎賀も呆れてみている。
武林はどこからか取り出したメイク道具の内、スティック式の口紅をぬるりと塗っているところだった。
恐らく「エレベーターガール」としてのメイクを整えさせられている…というところなのだろうが、自らの手で自らの唇に口紅を塗らされることが男にとってどれほどの屈辱か…。メタモルファイターにそれが分からない筈が無い。
「素晴らしい…」
つかつかと近寄る栗原。
元々身長は高めである。今の武林と向かい合うと似合いの美男美女という構図だ。
「もう少し近くでみせてくれたまえ」
「あ…」
上半身をのけ反らせ、身体をひねって逃れようとした武林の間に割って入る斎賀。
「ここまでです」
「何だい君は?」
「中堅ですが?」
「邪魔するのか?」
「…ペナルティはボクの聞き間違いじゃなければ着替えるところまでだったはずです。それ以上は入ってません」
しばらく睨んでいる栗原。
「…小僧。OLやってみるか?」
「あなた今試合中ですよね?そもそもメタモルファイターにメタモル能力は効きませんが?」
ちっ!と大きく舌打ちをして踵を返す栗原。
どうやら、姿を変えた相手の尻を触ったり、おっぱい揉んだりキスしたりすることを「役得」としてやっていたらしい。
それを斎賀が止めたのでムカついているのだ。
最初から「変身後のセクハラありありで」では誰も試合なんぞしてくれないだろう。だからそれを条件として明示していなかった。だからこそ武林は窮地を脱することが出来たのだ。
「綾小路さん!試合終わりでいいんですよね!」
「はい。ペナルティ部分まで終了ですから試合終わりです」
物凄く不穏な空気が流れている両陣営。
そりゃそうだ。
幾ら負けたからと言って今のは武林に対する変態的な領域まで達した羞恥プレイである。
「どうする?続きをやるかね」
「当然やります」
「おい!斎賀!」
「確認しますが、こちらが勝てばそっちに強要出来るんですよね?」
「当然ですよ。そういう約束ですからね」
にやにやが止まらない倉秋。
「…勝算あるんだろうな」
第三十六節
「その前にこいつを元に戻せ!」
橋場が大声を出した。
「…そこの可憐なエレベーター・ガールかね」
そう言われて思わず視線を戻すと、そこには紺色に引き締まったタイトスカートからうっすらと肌色の透ける黒ストッキングスタイルのスレンダーな美女がいる。
きゅっと足首が引き締まったハイヒールの官能的な装いは男にはいろいろなものを喚起させるのは間違いない。
「当たり前だ!もう試合は終わったんだぞ!」
倉秋と栗原が視線を交わす。
「では、買い取り下着及びストッキング代金は別途請求ということに」
「…仕方が無いでしょう」
何故か斎賀が受ける。
「しかし、衣装レンタル代はサービスですよね?」
「…」
「これはデモンストレーションなんでしょ?変身後は特に何もしていませんし、それくらいはね」
少し考えて続ける倉秋。
「いいでしょう。ただし、破損したり汚染したりした場合は全て弁償となりますがそれはよろしいですね?まあ、敢えて断るまでもありませんが」
「?…それは…しまった!」
ニコニコ女の方に視線を向ける斎賀。
「すいません!そのOL制服返してください!」
さっき武林が脱がされたものだ。
「おい斎賀、何を言ってんだよ」
同時だった。
「じゃあ、約束なんで初戦の状態を元に戻しますね」栗原のにやっとした表情。
「あ…ああああああああああああーっ!」
武林がこの世のものとは思えない悲鳴をあげ、悲劇が始まった。




