・第三話、乱心
「歌舞伎町ヤクザ総乱戦1」
「ふぅ。」
昨日の今日で重労働だ。
昨日何10kmと高速道路をひたすら歩いた俺には過酷な重労働。
32歳の足、腰には辛い現状である品出しという「重労働」
意外に酒は重いのだ。
それに一昨日から店を空けていたお陰で頼んでいた
酒類が溜まっていて片づけるのに一苦労だ。
マットソンの一件では報酬は勿論無し、下手したら命がやばい。
ま、タダ働きにも慣れてるしここは目を瞑る事にしよう…。
「喜助さん、いますかー?喜助さーん。」
甲高い声が狭い店内に響く。
この声は聞いたことのある声だ。うむ、日常的に。
「なんだ白子、い、今忙しいから後に…、あ、後にしてくれ」
震える声で対応する、本当に重いからだ。
この声をかけてきた少女の名前は「城崎麗華」高校3年生の女子高生だ。
俺の家の裏側に住み、ガキの頃から世話をしていたら懐かれて時々店番で雇っている。
お節介であまりにも口うるさくガサツでとても「麗華」なんて
名前が似合わないから俺は白子と呼んでいる。
「またこんなに溜めちゃって、サボってるからですよぉ?」
違う、断じて違う。言い訳を言いたかったが今はそれどころではなかった。
「お、大きなお世話だ!あ…、」
【ガシャーン!!!】と狭い店内に響く。
酒を落とし床が濡れる。
やはり腰痛の時は品出しをしないほうがいいらしい。
「で、何のようだ?こんな時間に、まだ午前中だぞ?学校はどうしたんだ?」
酒を落としたのはオマエのせいだ!と言わんばかりに言葉攻めを食らわす。
「昨日からテスト休みで学校はお休み!それよりも昨日朝行ったら
お店開けっ放しじゃん?どこいってたの?」
うっ、と逆に言葉攻めを返されぼそっと反撃する。
「…オッサンと田舎デート。」
「はぁ?」
「いやなんでもない!なんでもないぞ!」
ブンブンと顔を横に振り否定する。
流石に本当の事を言うほど俺も馬鹿ではない。
「で、白子は何の用なんだ?」
「ひっどーい!昨日店番してあげたか弱い女の子に向かってそんな言い草ないと思わない!?」
ヒラヒラとこちらに見せつけるのは昨日一昨日で届いた大量の酒とその類の伝票。
ああ、なるほど。
業者がわざわざ狭い店内に置いてった理由はオマエのせいか。と納得し頭をゴチンと小突く。
「いったーい!何すんのよ!このヒトデナシロクデナシトウヘンボク!」
…酷い言われようだ。
「………いつも言ってんだろ。こういう酒類が納品された時は
裏の倉庫に置いて貰えって、じゃないと店内で人が通れないだろうが」
「だって、倉庫もいっぱいだったよ?とてもお酒なんて置けないよぉ」
両手で頭をさすりながら涙目で訴える白子。
なに?なんだって?いっぱいだった?
まさか!?と思い俺は裏庭にある倉庫へと走る。
ガチャガチャ
鍵がかかってないのに扉が開かない。
「ま た ア イ ツの仕業か…。」
顔を左手で覆い考え込む。
「オイ!ジジイ!そこはテメェの家じゃねえと何回言ったらわかんだよ!?」
倉庫の中に向かって叫ぶ、動く人影が見えた気がした。
「テメェ…、あくまでシラ切るつもりだな…。」
それならこっちにも考えがある。
我が草薙家は素晴らしい構造をしたボロ家である。
古いながら家に地下空洞があり倉庫と繋がっているのだ。
「覚悟しろよ、ジジイ…!今日こそテメェを警察に引き渡してやる!」
俺は必死な思いで隠し通路に続いている床下扉の上に置いてある酒類の箱をどかす。
「よし、これで!」
カチャン
扉が開かない。
カチャンカチャン
扉が開かない…。
カチャンカチャンカチャン
扉が…開かない…。
何故だ何故です何故なんですか?
我が草薙家に伝わる秘密の抜け道への抜け道の扉が開かないではありませんか!
「白子、ノコギリ………持ってきてくれないか………?」
ビクッと白子が体を跳ねさせて俺を諭す。
「き、喜助さん。目がなんかイっちゃってますよぉ?」
「はハハはhaはハHA、これはジジイを討滅するチャンスなんだ。
それ相応の事をしてあげないとジジイも成仏しないでしょ?」
気持ちを抑えきれない俺は自ら「危険触れるな!(注:親父より)」と書かれた
屋根裏に10年以上放置された禁断の工具箱から何やら赤い液体のついたノコギリを持ち出す。
「ジジイ!覚悟しやがれええええええええええ!」
ギコギコギコ
実に単純単調で地味な作業だ。
こんなに地味な作業のお陰で思い出す事が出来た。
あ、
そういやこの下にある階段腐ってて確か俺がこの扉封印したんだったよな。
それに気づいた時、俺は3m下に落ちていた。
漆黒、それは光が遮断された闇の世界。
生を成すモノは光を求め辿り着けず朽ちて逝く。
店の明りから蟲の死骸を見てふとそう思った。
生憎、運はいい方で下に置いてあったダンボールの山で骨は折れていないようだ。
「いってー…、、」
「喜助さんだ~いじょ~ぶですかぁ?」
不抜けた声がコダマする。
「あぁ、とりあえず大丈夫だ。一旦上に上がって…?」
上に上がる?
ハッ、俺とした事が階段が無ければ登れないではないか。
俺としては「らしくない」ミスをしでかした。
そう、上に上がる手段が無い。
「おい、白子!ロープとかなんかないかその辺に?」
キョロキョロと周りを見渡して白子は言う。
「酒瓶なら沢山ありますよぉ!?」
俺は左手で顔を覆い小言を言う。
「あんの馬鹿には1から10まで言わないとわからないのか」
「喜助さ~ん、どうしますかぁ?」
「馬鹿野郎!とっととロープか縄か引きあがれそうなもん持ってこいって言ってんだよ!!!」
ビクッと体を跳ねさせ「ハイですぅ!」と慌てて白子は探しに行く。
「ハァ…、ついてねえついてねえついてねえ…。」
っといけねえ、昔の癖がつい出ちまった。
ついてねえと言ったら昔よく師匠に頭をバール?のようなものでどつかれたもんだ。
今でも「ついてねえ」と思っただけで師匠に頭をどつかれてきた痛みが込みあがってくる。
「喜助さ~ん!ありましたよぉ!」
思い耽っていると白子が甲高く声を上げこっちの様子を窺っていた。
「ナイスだ白子!早くそれを下へおろしてくれ!」
にぱーっと笑って下へ白いロープのようなものをたらす。
ん?白い…?
ちょっと待てよ白いロープっていうかこれってヒモみたいなもんで…?
「あのー、白子さん?これってどこにあったもんですか?」
「ハイですぅ!これは喜助さんの配達用の自転車の荷台に…」
「こんの馬鹿白子!これは荷造り用のヒモだ!これで人が上にあがるとでも思ってんのか!あぁ!?」
ビクッと体の跳ねてから白子が言う。
「び、ビニールをなめちゃ駄目ですよぉ、何重にもすれば「きっと」大丈夫ですよ!「きっと」」
「テメェの「きっと」ほど安心出来ない言葉はねえ!とっとと別の縄探して来い!さもねえとテメェ縛ってこの通路に閉じ込めんぞ!」
「ハイですぅうううううう!!!」
まるで追いかけられた猫のように慌ててまた探しに行く白子。
アイツに頼った俺が馬鹿だった。
また左手で顔を覆いながら考えた。
奴に頼るのは止めて先に進んでみるか。
もともとジジイを警察に突き出すのが目的な訳だしな。
そうそう好きにはさせん。なんてどっかの赤い人のセリフだったよな。と独り寂しくほくそ笑む。
さて、この階段を登れば倉庫、な訳だが…。
ガンガン
扉が開かない。
ガンガンガン
扉が開かない…。
ガンガンガンガンガンガン
ト ビ ラ ガ ア カ ナ イ。
プチーンと何か俺の頭の中で静かに切れた。
「弾けろ弾丸!」
これでもか!というほど水の玉をでかくし放った。
地下は湿っていてじめじめしてたお陰で思いっきり大きいのを作れた。
とは言ってもバスケットボールくらいの大きさだが。
【バコーン!!!】
扉が壊れ、倉庫の中に辿り着く。
「やい!ジジイ!覚悟しやがれ!」
俺はジジイの方に水を集中させた。
「なんじゃい?五月蠅いのぅ」
尻をポリポリとかきながら寝そべったジジイが言う。
「笑っていい友!がいいとこなんじゃ、黙っとれ」
こんの野郎…!
「善良な一般市民代表として貴様を警察に突き出してくれるわ!」
すぐさま溜めた弾丸をジジイに放とうとする。
「放てみz…」「dant.ziz,c'y」
「ふむうう、ふむむむううう」
ジジイの呪文の方が速く、俺は口を塞がれた。
「やれやれ、五月蠅いのがやっと静かになったか」
「ふむうふ、ふむむううううう」
俺は必死に抵抗するが争えない。
よくよく考えれば口を塞がれただけだ。
手や足は使える事に気がついた。
「ふむうううう!」
ジジイの胸倉を掴み、必死に訴える。
「ふむうう!ふむふむうう!」
ジジイは神妙な顔をしてこっちを見ていい放った。
「さっきから何が言いたいんじゃ?ふむううじゃわからんぞい?」
俺の中でまた何かがキレた。
その瞬間ジジイを殴ろうと拳を肩より上にあげた瞬間、
俺の体はこの世の法則とは逆の方向へ吹っ飛んでいた。
「いってえぇ………。」
吹っ飛ばされて口封じの術は解けたようではあるが全身がバラバラになりそうなくらい痛い。
「いたいけな年寄りの胸倉掴んで殴ろうとするからじゃ。」
どこからか持ち込んだのかボロボロのTVをチラ見しながらジジイは言い放つ。
「お、そういえばお前さんに依頼があってわざわざここに越してきたんじゃぞ」
わざわざ依頼があるのならば越さなくてもいいじゃないかと心底思った。
「依頼って何だ?てか、ここはテメェの住処じゃねえと…、ん?」
ジジイが一通の封筒を無言で差し出してきた。
「ふむ…。」
手紙の内容は失踪した娘を探して欲しいという内容だった。
そして封筒の中身には古びた聖徳太子の一万円札が5枚入っていた。
「その手紙はホームレス仲間のゲンさんから預かってきたものじゃ」
ジジイが下を向きながら静かに言う。
「依頼金としては不足はあるまい?」
確かに不足ではないが…。
「何故俺に頼む?」
一息ついてジジイが言う。
「お前さんなら依頼を放棄したりしまい?」
そりゃちゃんと金貰えばやるだろう。
「それに…」
ジジイが何かいいかけたその時、外で物凄い爆発音が聞こえた。
「喜助さーん!そこにいるのはわかってるんですからねー!」
…どうやらうちのやっかいもんが親父の秘密コレクションで悪さしたようだ…。