・第十一話、猟犬
・資産家変死事件5
時間は少し遡り、家政婦の山口との会話を終えた沖田&長谷部。
「申し訳ありません、私用がありますので私はこれで」
岡使用人が話のタイミングを見て話す。
「お二人は客間にて待っていてもらってもよろしいですか?」
岡使用人が告げる。
「では、私がご案内します。」
家政婦の山口が買って出た。
客間に戻る最中、長谷部が沖田に提案してきた。
「なあ、沖田くん」
「なんでしょう?」
この時、沖田は若干嫌な予感がしたが話を切らず聞くことにする。
「例の美人に興味はないかね?」
やっぱり嫌な予感が的中した。
「あるにはありますが…。岡さんには客間に戻るようにいわれましたでしょうに」
しかし、引かない課長ジャーナリスト
「なぁにチラっと挨拶するだけだ。チラっと」
「という事で家政婦さん、例の宿泊してる美人に挨拶しておきたいんだが部屋はどこかね?」
相変わらず強引だなぁっと沖田は思った。
「え?しかし、岡様からは客間に通すようにと…。」
しかし強引長谷部は事を進める。
「いいからいいから、チラっと挨拶するだけだから!岡さんには俺から言っとくからさ。」
「うーん…。」
家政婦の山口は渋る。
「ほら、俺のこの笑顔に免じて!」
キラッっと白い歯を見せゴリ押しする長谷部。
「…わかりました。お客様のお部屋は2Fにありますのでご案内します。」
この男には何を言っても駄目なんだろうと家政婦は悟ったのか案内を始めた。
「ここです。」
ドアの前へ立ち、家政婦が言う。
【トントン】
長谷部がノックをする。
しかし、部屋から返事は無い。
「いないのか?」
長谷部はもう一度ノックをする。
【トントン】
「…留守か?」
長谷部が扉に耳を寄せる。
耳を寄せた拍子にドアが開く。
「む?鍵がかかってないのか」
長谷部がドアの隙間から中を伺う。
「ちょっと…、お客様!」
家政婦の山口が止めに入ろうとしたが
「…失礼しまーす。」
と言いながらそろりと入っていく長谷部。
「誰もいないみたいですね。」
と続けて入る沖田。
「うーん、トイレか?外出はしてないんだよな?」
長谷部が家政婦の山口に問いかける。
「ええ、外出の予定はなかったと思いますので屋敷内にはいると思いますが…。」
家政婦の山口は答える。
「山口さん、ちょっとトイレ覗いてきてくれないか?」
長谷部が家政婦の山口に頼む。
「場所がわからないのだし初対面でいきなりトイレってのもアレだからな、私達は部屋の外で待っている事にするよ。」
そういう事でしたら…。と家政婦の山口は了承し部屋を離れる。
「よし、邪魔者はいなくなったぞ沖田くん!」
沖田は呆れながら「貴方も大概ですね…。」と言う。
部屋は資産家の客室だけあり一級のホテルと変わらない仕様になっていた。
しかし、カーテンが締め切られ部屋の明かりはない。
「電気つけましょうか?」
と沖田が長谷部に問いかける。
「いや、帰ってきたときまずい。」
と長谷部が言う。
「何かスキャンダルになるようなもの…、愛人だったとかそういう証拠をだな…。」
と長谷部が物色し始める。
刑事である沖田はここで止めた方がいいのかなっと思いながら
「いや、流石に中見ちゃうのはまずいですよ。」と言う。
暗がりの中、机の上に小さな水晶玉がある事に沖田が気づく。
「長谷部さん、なんか珍しい物がありますが…。」
沖田は物色している長谷部を呼び出す。
「ん?どれどれ…。」
二人は水晶玉を覗き込む。
その瞬間、水晶玉の中で何かが走り抜け、
それがこちらを凝視したような錯覚に二人は陥った。
「!?沖田くん、今なにかが…。」
その瞬間、後ろのドアが開き
「ちょっとお客様!外で待っているって言ったじゃないですか!」
と家政婦の山口が戻ってきた。
「いやぁ、すまんすまん。どうにも気になってしまって…。ん?」
【トントントン】と誰かが上がってくる音がする。
「げ、マズイぞ。戻ってきたかもしれん。」
長谷部が少し焦ったように言う。
「荷物早く戻してください!」
物色していた長谷部に沖田は言う。
急いで物色していた荷物を元に戻し部屋をでようとするが時既に遅し
女性が部屋に入ってくる。
「お前達は…?」
驚いた様子も無く物事を冷静に捉えているかのように女性は言う。
見た目は20代後半と見られるが化粧などはしてなく
姿そのままで美人と思わせる不思議な女性だった。
「星野様、おかえりなさいませ。」
と家政婦の山口が言う。
「おっと、これは失敬。」
と何事もなかったかのように名刺を差し出す長谷部
「私ジャーナリストの長谷部と申します。」
「私は長谷部のアシスタントの沖田です。」
なんとか場を誤魔化そうとする三人。
「あの…、星野様…。これは…。」
家政婦の山口が控えめな口調で星野に言う。
「あぁ、そんな事は別にどうでもいい。」
ぶっきらぼうに言う星野。
「お前達。」
星野が冷たい声で言う。
「「「ハイ!?」」」
声がハモる三人。
「ところで聞くがそこの水晶を覗いたりしたか?」
先ほどよりトーンが落ち、低い声で星野が言う。
(怒ってますよ、どうするんですか長谷部さん!?)
沖田が長谷部に耳打ちする。
「どうしてそのような事を聞くのですか?」
動揺を隠しながら長谷部が星野に問いかける。
「あぁ、見られてしまったのか。早くどうにかした方がいいぞ。」
星野が呆れたような口調で冷たく言う。
「見られてしまったとは…?」
沖田が星野に問いかける。
「アイツに見られてしまった以上、お前達もただの屍になるだろう。」
更に冷たい口調で星野は言い放つ。
「…話の流れが掴めませんが一体どういう事ですか?」
長谷部も星野に問いかける。
…?
沖田は部屋の片隅からもくもくと黒煙のようなものが立ち上がっている事に気づく。
「へ、部屋の片隅に何かが!?」
徐々に黒煙が形を作っていき
その黒煙から舌のようなモノが伸びてくる。
そしてその鋭い舌は真下にいた家政婦の山口に牙を向く。
「く、危ない!」
素早く沖田が間一髪で家政婦の山口を
突き飛ばし舌のようなモノが床に突き刺さる。
舌のようなモノが床に刺さり黒煙から頭が出てくる。
「キャー!!!」
家政婦の山口が叫ぶ。
そして部屋の片隅から姿を消し気配だけが部屋を支配する。
「な、なんだコイツは…。」
動揺した長谷部は足が竦んでいた。
「あぁ、時の番人と言ったほうがわかりやすいか?」
冷たい口調で星野が言う。
一旦姿を消した【ナニか】がじわじわと壁の中から這い出してくる。
「言ってる意味がわからん!!!」
長谷部が星野に訴える。
「シュルルル…」
鳴き声とは違う何かこの世のモノとは思えない音を出しながら
【ナニか】が完全にその姿を現す。
何か動物に例えるなら痩せた野犬、しかし野犬とは似て似つかぬ
体全体を青っぽい膿のようなもので覆われている【バケモノ】
「逃げろ!逃げてください!」
沖田も叫ぶ。
本能でコイツはやばいと思った沖田。
公安の特殊班で怪事件を担当してきたが
これほどの【バケモノ】と対峙するのは初めてだった。
部屋の入口は【バケモノ】に塞がれ退路を絶たれる。
くっ…。
有休消化で来ていた沖田は拳銃を装備していない。
この絶望的な状況で星野が語りかけてきた。
「おいお前、もう一度聞く水晶は覗いたか?」
冷たい声で沖田に言う。
「ええ、覗きましたよ!それがなんですか!?」
それどころではない沖田。
「対処法だったか?お前達にヒントを与えよう。」
【バケモノ】の横にいる星野が涼しい顔で言う。
「アイツは球体が苦手なんだ。」
「元々アイツはあの中に封じ込まれていたんだ。」
球体…?水晶玉か!?
沖田は閃き、後ろの机にある水晶玉に向かおうとする。
その瞬間、【バケモノ】が水晶玉を守るように沖田より早く机の前に移動する。
「この水晶玉は簡易封印でね、一度出たら使うのに再度細工がいる。」
「完全に封じ込めるにはもっと質の良い球体が必要でな。」
星野が皮肉のような口調で言葉を発する。
「だが、それはコイツの巣だ。巣を荒された猛獣は基本的には何をするか…、考えろ。」
そして【バケモノ】の鋭い舌が長谷部の肩を貫く。
「ぐああああ!?」
苦痛に身を捩る長谷部。
「長谷部さん!?」
沖田が長谷部にかけよるが意識がない。
【バケモノ】は水晶玉のある机の前、出口は開いている。
(くっ、イチかバチか!?)
沖田は意識のない長谷部を背負い廊下へと走り出す。
しかし、【バケモノ】の追撃は終わらない。
(このままでは長谷部さんに当たる!?)
咄嗟に長谷部を廊下に投げ飛ばし間一髪で【バケモノ】の攻撃を回避する沖田。
その隙に家政婦の山口が部屋から出る。
「貴女も逃げてください!」
沖田が星野に叫ぶ。
「あぁ、私は逃げる必要はない。」
まさか使役してるのか?と沖田の脳裏を過ぎった。
「アイツと私は相性が悪いからな。私が襲われる事はない。」
言っている事が無茶苦茶だったが今はそれどころではない。
廊下に投げ飛ばした長谷部を再び背負い沖田は走り出した…。




