スリーピング・ワールド
『ピリリリリ・・・』
無機質なアラームが鳴り響き、いつも通りの朝を告げている。
俺、北野 螢はベッドからおもむろに体を起こして、目覚まし時計のアラームを止める。
気だるい頭にムチをうって現在の状況を確認する。
えっと・・・
今の時間は───7時45分。
───学校は8時から。
ここから学校まで歩いて大体20分ぐらいかかるから・・・
「遅刻だ!!!」
ここで完全に頭が覚めた。
と、同時に冷や汗がにじむ。
慌てて飛び起きて、一階へかけ降りる。
「おはよー、ケイ君」
一階のリビングに行くと、一人の少女が俺を出迎えた。
「眠。起こしてくれても・・・」
「何回も起こしたよー。でも全然起きないんだもん。はい、着替え。はい、食事」
そう言って俺に着替えを持たせて口に食パンを突っ込んでいる少女は松矢 眠。
近所に住む、小さい頃からの幼馴染だ。
こうして毎朝迎えにきてくれるが、恋人というより親友に近いのかもしれない。
おっとりとした雰囲気と性格で、時々、彼女の近くだけ時がゆっくり流れているように感じてしまうくらいだ。
そのくせ意外にやることはしっかりやっているので、成績は良かったりする。
つまりは容量がいいのだ。
「着替えたー?」
眠が扉越しに声をかける
「ああ、ちょっと待って!」
慌てて秘技・空蝉の術(重ね着・重ね脱ぎ)を駆使して、身支度をすませる。
眠のおかげもあって、準備が完了した時、時計は7時48分ごろを指していた。
これなら、走ればギリギリ間に合うかもしれない。
「よし。急ごう、眠!」
「うんー」
俺たち二人は急いで家を出て、学校への道を走る。
「ちょ、ちょっと待ってよー、ケイ君ー」
「もうちょっと速く走らないと遅れるぞ」
「なによー、元はと、言えばー、お寝坊さんのー、ケイ君が悪いんじゃんー」
息を切らしながら反論する眠に対して少し罪悪感に心くすぐられる。
「う・・・それは、悪かったよ・・・あ」
「もー、今度は寝坊しないでねー・・・どうしたの? ───あ」
「───ヤバイな・・・」
目の前の交差点の信号機が赤く表示されている。
ここは交通量もそう多くないくせに、待ち時間が異常に長い信号で有名なのだ。
人呼んで『開かずの踏切』ならぬ『開かずの信号機』。
───冗談じゃない。
このままでは完全に遅刻だ。
どうすれば・・・
俺があたりを見回していると、眠が「アレ!」と叫んで、ある一点を指差した。
そこを見ると、そこには古い歩道橋があった。
「おお、確かにあっちの方が早そうだ。いくか、眠!」
「うんー」
歩道橋を駆け上がり、橋を渡る。
見ると、交差点は案の定、未だに赤信号のままであった。
「やっぱこっちの方が早そうだな」
「うん、そうだね」
腕時計で時間を確認する。
───7時55分。
この歩道橋を渡り切ってこのまま走ったら、五分もかからずに学校に着くだろう。
「ギリギリ間に合うか・・・?」
俺がそうつぶやいて階段を降りかけた時、後ろの眠がなにやらブツブツつぶやいているのに気づいた。
「あの時も・・・」
「ん? 何か言ったか? 眠───」
俺が眠の方を振り返ろうとした時───
ドン、と眠に突き飛ばされた。
だが俺はその瞬間、突き飛ばされた、と身体が認識するよりも先に眠の目に釘付けになった。
瞳は俺をしっかりと捉えているが、その色には輝きがなく、無機質な瞳をしていた。
普段のおっとりとした雰囲気も感じられず、まるで操り人形にでもなったかのような無表情の眠をただ某然と見つめて───。
───瞬間、浮いた体が階段に叩きつけられた。
自分の頭蓋が砕ける音を聞いた。
痛みというものは感じられなかった。
空が赤く染まった後、何も見えなくなった。
***
『ピリリリリ・・・』
無機質なアラームが鳴り響き、いつも通りの朝を告げている。
ゆっくりと体を起こして時刻を確認する。
───7時10分。
起床時間だ。
いつもはまだぼんやりとして、ひどい時は二度寝をしてしまう時間帯だが、今日はいつもと違って、もうはっきりと目が覚めていた。
それは、今見た夢のせいかもしれない。
「なんだったんだ・・・? あの夢は・・・」
イヤに現実感があった夢を少し気味悪く思いながら、一階のリビングへと向かう。
「おはよー」
リビングには、俺の幼馴染の眠が朝ごはんを食べていた。
その様子は、普段と変わらない、おっとりとした眠であった。
「珍しーねー。ケイ君が早起きなんて」
眠が少し驚いた表情を見せる。
「・・・別に驚くことじゃないだろ。俺だって早く起きることもあるさ」
まさかあの夢について話せるわけもなく、適当にはぐらかす。
「・・・まー、そうだねー。実際言うほど早起き、って時間でもないんだけどねー」
眠はクスッと笑いながら野菜ジュースを飲み干す。
「うるさいな・・・」
俺も座って朝食を食べ始める。
あの夢では、この眠が俺を殺したわけだが───。
「まさか、な・・・」
そう思い直して、あの夢について深く考えるのを止めた。
今日は一時間目から俺の最も苦手とする教科の化学であった。
朝一番からマジで勘弁して欲しいと思っていたが、今日の授業はどうやら化学室で実験らしい。
一時間教室でわけの分からない化学式とにらめっこするよりはいいかもしれない。
化学室に向かうと、化学教師の真鍋 咲夜先生が実験の準備をしていた。
慌てている様子をみると、まだ全然準備ができてないようだ。
すると先生が俺たちの姿を見つけてニヤリとして呼び出した。
「おーい、そこの。北野君と松矢さん。ちょっと手伝ってくれないかなあ」
と、予想通りの言葉がかけられて、思わず苦笑いしてしまう。
「先生。もうちょっと計画的に行動した方がいいですよ」
「それ、ケイ君が言う資格ないよー・・・」
眠がボソッと突っ込んでいるが無視だ。
「あー、それなら今日も教室でむっずかしい化学式を相手に授業してもいいのよ?」
「キッタネー・・・そんなんだから、彼氏作れないで何時までもギャルゲーばっか───」
瞬間、真鍋先生の眼力が俺の言葉を制した。
「北野君・・・」
「は、はい・・・」
「手伝って、くれるよね?」
「わ、わかりましたっ!!」
殺気とも呼べるくらいのものを放つ真鍋先生に身震いしながら手伝いを始める。
「ケイ君。さっきの言葉、禁句なんだよっ」
隣で眠が忠告する。
もうちょっと早く言ってくれ。
「おーい、こっちだ。最後にこの薬品を運んで頂戴」
そう言って真鍋先生が瓶を持ち上げて俺たちに渡す。
もうすぐで授業開始のチャイムが鳴るが、どうやらなんとか間に合いそうだった。
渡されたこの瓶を運び出せば俺たちの仕事は終わりのようだ。
瓶のラベルを見ると、そこには古い筆跡で『硫酸』と書かれてあった。
「───こんな危険なものを生徒に運ばせるなよな。なあ、眠」
そう笑って眠の方に目を向けた時。
「───っ!」
瞬間、俺は言葉をつまらせた。
そこにはあの夢と同じ表情をした眠の姿があった。
目はまっすぐとこちらを捉えている。
だけど俺の方全く見つめていないかのような、どこか無機質な瞳に、機械のように無表情な顔。
俺はあの夢の出来事を鮮明に思い出すとともに、飲み込めない状況に思考停止に近い状態に陥ってた。
───だから気づかなかったのだ。
眠の持っている硫酸の瓶のフタが空いていることに。
「お、おい。眠───」
「───んね?」
「え?」
眠が何かをつぶやいたように思えた時、俺の目の前に硫酸のシャワーが降りかかった。
***
『ピリリリリ・・・』
無機質なアラームが鳴り響き、俺はハッと目を覚ます。
ゆっくりと、震える手で顔を触れる。
顔は硫酸───でなく、汗で濡れていた。
いや、顔だけじゃない。
身体中、汗でびっしょりであった。
「夢っ・・・!?」
心臓の鼓動が自然に感じられるほど速く、強く鼓動している。
時計を見て時間を確認する。
───7時20分。
深呼吸して動揺を落ち着ける。
ははっ、バカらしい・・・
悪夢を見てここまで怖がるなんて、高校生にもなって・・・バカらしい!
「おはよー、朝だよー。───ってありゃ? 起きてる・・・? へー!珍しい!」
部屋へとやって来た眠が、俺の姿を見て驚きの色を浮かべている。
「眠っ・・・!」
さっきの夢の、最後の眠の姿が思い起こされて、思わず身をこわばらせる。
「・・・? どうしたのー? ケイ君。そんなこわい顔しちゃってー」
キョトンとした顔の眠は、どう見てもいつも通りの眠だ。
「いや・・・なんでもないよ・・・」
「せっかくだからー、一緒に朝ごはん食べよっ」
「あ、ああ。・・・あれ? お前まだ食べてなかったのか?」
「私はどれだけ食べてもヘイキだよー♪」
「・・・太るぞ?」
「なによー、失礼ねー! もう、早く下に降りて来てねー」
少しムッとしながら、眠は部屋を後にした。
───やっぱり考えすぎ、だよな・・・
そう思うことにして、俺も一階へと向かった。
「───で、この炭酸ナトリウムの製法は、『アンモニアソーダ法』と呼ばれて───」
学校での授業中も、俺の頭の中はあの夢のことで頭がいっぱいであった。
一回目は階段から突き落とされた。
二回目は硫酸をかぶせられた。
どっちも、確かに眠に殺された───。
夢にしては、どうにも現実味がありすぎる。
夢を見ても、普通は起きたら忘れているものだろう。覚えていたとしても、ぼんやりとだけなものだ。
実際今まではそうだった。
だが今回は違う。
気味が悪いくらいにハッキリと覚えているのだ。
あの時の───夢で殺された時の眠の表情が頭にこびりついて離れない。
もしかして・・・あれは現実なのか?
俺が死ぬ度に、世界が巻もどっているのだとしたら・・・?
普段ならそんなバカな、と笑うだろうが、俺の中の何かが警鐘を鳴らし、再び胸の鼓動が早くなる。
じゃあ・・・あれが現実だったとして、なんで眠は俺を殺すんだ・・・!?
殺される瞬間の眠の雰囲気は普段の眠とは完全に違った。
あの無表情の眠は、長い間見てきたが、あんな表情は見たことがない。
チラッと隣の席の眠を見る。
眠はボーッしたような半開きな目でノートをとっている。
はたから見ると、全く授業を聞いてないように見えるが、眠にとってはこれが集中している時の姿勢らしい。
───いつも通りの眠だった。
すると、眠がふとこちらの方を向いた。
瞬間、目があって、少しドキッとする。
すると眠が少し慌てた様子で何かを指差していた。
なんだ? と思って指差しているものを見ると、そこには化学の教科書が。
なんで化学の教科書なんか? とか思っていると、突然頭に衝撃が走った。
見ると、そこには化学の教科書を縦に持った真鍋先生が。
「私の授業を無視して女の子見惚れてるなんて、ずいぶんナメられたもんだねえ。え?」
「あ、いや・・・」
そういえば───硫酸をかけられたときは、確か普通の授業でなく、実験だったはずだ。
「あの、先生・・・なんで今日は授業なんですか?」
「は? なに寝ぼけてんだ?」
わけが分からないといった顔をしている。
・・・いや、当然か。
やっぱりあれは夢・・・?
いや、でも・・・
───これでは今日一日全く集中できそうにない。
俺は少し考えて、この授業が終わったら、眠に直接聞くことにした。
「な~んか深刻そうな顔してるけど・・・北野君。黒板のこの問題が解けない限り家に帰さないからな」
「それ、一時間目から言うセリフですか・・・」
そう言ったが、その後黒板の前で15分ほど悶絶するのであった。
「どうしたのー、ケイ君。こんな所に呼び出して」
授業が終わって、俺は眠を中庭に呼び出した。
「ねえ、どうしたのー? 早くしないとー休み時間が終わっちゃうよー。・・・まっ、まさか! こ、告白ー・・・?」
顔が紅くなる眠を見て、俺の顔も熱くなる。
「ち、違うっ! 違うから!!」
俺が慌てて否定する。
「えー・・・じゃあ、何ー?」
「あのさ・・・本当に変なことを言うけどさ・・・俺、夢を見たんだ・・・」
「夢ー?」
眠が不思議そうな表情を浮かべる。
当然だ。頭がおかしいとと思われてもおかしくない。
だけど俺は思い切って続ける。
「ああ、俺───その夢でお前に殺されたんだ・・・! おかしいと思うだろうけど、妙に現実味があって・・・ゴメン! なんのことかわかんないと思うだろうけど、それが頭から離れないで───っ!」
その時、突然眠がフラついて俺に抱きつくようにしてもたれかかってきた。
「ど、どうした・・・? 眠」
突然のことで、心臓が高鳴る。
「ケイ君。あのね───」
「大丈夫か!? 具合が悪いんなら保健室に───」
「まだ───気付かないんだ」
「えっ───」
その時、右胸に焼け付くような痛みが走る。
そこには───眠が持ったナイフが突き刺さっていた。
「眠───!!?」
眠の表情を見ると、───その表情はあの夢の時と同じ、操り人形のような表情をしていた。
やっぱりあれは夢なんかじゃなく───くそっ!
激しい痛みとともに、全身から汗が噴き出す。
刺された胸からは、考えられないくらいの血が流れ出る。
だが、今はそんなことはどうでもよかった。
眠の両肩をつかんで、俺から突き放す。
「っ!」
「な、なんで・・・どうして・・・ハア、こんな、ことを・・・」
「・・・」
「なんとか言えっ! 眠!!」
眠の口がわずかに動き何かをつぶやくが、その声は小すぎて俺には聞こえない。
明らかに様子がおかしい。
「頼むから、目を覚ましてくれよ。眠・・・!」
だんだんと意識が朦朧としてくる。
フラフラの足取りで、眠を取り押さえようとする。
何とかして眠を正気にしなければ・・・
すると眠の口元がぐにゃりとゆがむ。
その表情も俺が今まで見たことがない、恐ろしいものであった。
「眠・・・」
その瞬間───。
眠の手元のナイフが横一文字に俺の喉元を切り裂いた。
目の前が真っ赤に染まる。
最初に殺された時もこんな感じだったなあ・・・と、こんな時に限ってどうでもいいことを思い出しながら倒れこむ。
地面に流れた自分の血を眺めながら、だんだんと目の前が真っ暗になっていく。
沈みゆく意識の中で俺は次俺が死んで巻もどったら、眠を取り押さえて全てを聞き出そうと誓うのであった。
***
『ピリリリリ・・・』
「ん・・・っ!」
無機質なアラームが鳴り響き、俺はベッドの上で目を覚ます。
さっきのが夢かどうかの判断なんて必要なかった。
目覚めた瞬間、目の前に、俺の体の上にまたがっている眠の姿があった。
その表情はあの無表情で、右手にはナイフが握られていた。
そしてナイフを振り上げて、俺の顔をめがけて振り下ろす。
「っ!」
瞬時に首を傾けてナイフをよける。
ナイフは俺の顔でなく、さっきまで頭があった場所のベッドに突き刺さる。
「ぐうっ!」
「っ!」
思いっきり眠をベッドから突き飛ばして起き上がる。
突き飛ばされた眠も、瞬時に起き上がって再びナイフをかまえる。
「眠。目を覚ませ・・・!」
すると眠が再び口元を歪ませる。
「何がおかしいっ!?」
「おかしいよ・・・充分におかしい・・・」
眠は静かにそうつぶやいてクスクスと笑う。
ダメだ・・・
何とかして眠を元に戻さないとまた殺される・・・
だがどうやって戻す?
部屋を探すが武器になりそうなものは見当たらない。
くそっ!
どうすればいい・・・?
そう考えていると、眠が突然俺に向かって走り出した。
突撃する気か!
俺はとっさにベッドのシーツを引っ張って眠の前に広げる!
視界を失い、歩が止まった瞬間、眠を床に押さえつけた。
「くうっ・・・!」
眠の表情が苦痛にゆがむ。
やった・・・
これで眠を正気に戻せれば・・・!
「眠・・・お前の、負けだ。・・・なあ、なんでこんなことになったんだ。・・・どうして、何があったんだよ・・・眠・・・!」
気がつくと、俺の目から、熱いものが零れ出した。
それは止まらず、むしろどんどんと流れ出す。
「頼む・・・! 正気に戻ってくれよ! また二人で、バカやって日常を過ごそうぜ・・・!」
───その時だった。
「ケイ・・・君・・・?」
その声にハッとして、目の前の彼女を見ると、その表情は普段の、いつも通りの表情に戻っていた。
「眠!」
「あれ。ケイ君ー・・・私、何をして・・・」
「お前・・・元に、戻ったんだな! 目が、覚めたんだな・・・!」
「ケイ君ー。腕が痛いよー」
眠が右腕を見て苦痛の色を浮かべる。
「あ、ああ。悪い!」
そう言って眠の右腕を話した時───。
眠の持っていたナイフが、俺の喉に突き刺さった。
「なっ・・・!!!」
突然のことで、わけが分からず、首の焼け付くような痛みで思考能力を失う。
そしてそのまま、俺はドサリと横に倒れこんだ。
ゆっくりと立ち上がった眠の表情を見ると、やはりいつも通りの眠の雰囲気だった。
だが何時の間にかその表情は無表情に戻っていた。
「眠・・・どうして・・・」
痛むのどから声を絞り出す。
もしかしたら声にもなっていなかったかもしれない。
「四回目・・・これで・・・」
「?」
眠が何かをつぶやいている。
だが俺は、その時薄れゆく意識の中で確かに見た。
眠が涙を目にためて、とても穏やかな表情をしているのを。
なんで・・・そんな表情をしているんだよ。
俺・・・もしかして眠に嫌われてたのかなあ。
恨まれて、いたのかなあ。
そう思うととても悲しくなって、そのせいか、俺の目からも涙が溢れ出した。
意識が遠くなって行く・・・
そしたらまた、あのベッドの上から始まるのだろうか。
・・・もう、巻もどんないで欲しいなあ。
眠に恨まれて、殺されて。
もう、疲れた・・・
俺がそう思っていた時、眠が俺の背中をそっと触れた。
そして、死にゆく途中で、俺はハッキリと見て、そして聞いた。
涙に目をためた眠がニッコリと笑って、手を振って、
「バイバイ」
そう、確かに言った───。
***
───目を覚ましたら、そこには見知らぬ天井が見えた。
いつもと違って、アラームも聞こえない。
その代わりに、『ピッ、ピッ、』と電子音が小さく定期的に鳴り響いている。
ここは、俺の部屋じゃない・・・
───ここは、病院!?
よく見ると、俺の身体には無数の管がつながれていた。
すると、看護師の服装をした女性が入ってきて、起きた俺と目を合わせる。
するとその女性は、驚いた表情を浮かべて、
「先生! 先生!! 北野君が目を覚ましました!!」
と叫んでどこかへ行ってしまった。
俺は、助かったのか・・・?
まさかあの後すぐに誰かが俺を発見して、病院に連れ込まれた・・・
ということは、まさか! 眠は警察に・・・!
「ハーイ、おはよー、北野君。よく寝たねー、まさか起きるとは」
突然、さっきの看護師の女性とともに、白衣を着た女性が入ってくる。
その顔に俺は見覚えがあった。
「真鍋、先生・・・」
するとその女性は、不思議そうな表情を浮かべて、首を傾げた。
「いかにも私は真鍋 咲夜だが・・・なんで知ってんの? うーん、どっかで君と会ったことがあったっけ?」
「え? だって俺たちの高校の化学教師じゃ・・・」
すると先生はより一層不思議そうな表情を浮かべる。
「先生は先生だけんども・・・私は医師の方の先生よ?」
「え?」
どうにも状況がつかめない。
あれ? そういえば真鍋なんて化学教師。確かに俺の高校にそんな人いなかったような・・・
「ん~? まだ頭が混乱してんのかな? まああんな事もあって、無理はないか」
「あれ? そういえば俺、刺されたんじゃ・・・」
首には、刺された傷は全くなく、包帯も巻かれていなかった。
「やっぱ混乱してるか・・・」
そう言って真鍋先生は少し面倒くさそうにして頭をかいた。
「ど、どういうことですか?」
「君は事故にあったんだよ、北野 螢君」
「事故!?」
「そう。交・通・事・故! えーと、あそこなんて言ったかな? 確か───魔の、交差点だっけ」
「開かずの信号機です、先生」
隣にいた看護師がコソッと真鍋先生に教える。
「ああ、そうそう。君たちは、その開かずの信号機で事故にあって、意識不明の重体で運ばれて、今まで植物状態で寝てたってこと」
「君、達・・・?」
「そ。君と、後もう一人」
真鍋先生がくっと親指を俺の隣に向ける。
そこには、誰かが俺と同じように管につながれて眠っていた。
まさか、あれは・・・
「そこで眠っている、松矢 眠ちゃんだ」
そこに眠っているのは、紛れもなく眠本人であった。
「み、眠が・・・」
「君たち。二人ともひかれて、二人とも植物状態だったんだよ」
それを聞いて。
だんだんと、あの日何があったのか思い出されてきた。
あの日俺たちは学校に遅れそうだった。
だが運悪く、開かずの信号機に引っかかってしまった。
そこで俺は、交通量が少ないから大丈夫だと思って、赤信号を飛び出したのだ。
眠は俺を止めようとして・・・
そして、車が飛び出して・・・
そして、そして、そして、そして、そして、そして、そして、そしてそしてそしてそしてそしてそしてそしてそしてそしてそしてそしてそしてそしてそしてそしてそしてそしてそしてそしてそしてそしてそして・・・・・・
「うぐっ、げえっ!!」
突然、恐ろしいほどの吐き気が襲い、胃のものを吐き出す。
といっても、いに食べ物は無いらしく、胃液を口の中から吐き出す。
「お、おい! 北野君! 大丈夫か!? おい君、早く桶を!」
「は、はいっ!」
看護師が慌てて病室から飛び出す。
「大丈夫か?」
真鍋先生が優しく俺の背中をさする。
今になって思うと、あの時の眠も、背中をさすってくれていたのか。
「先生・・・」
「なんだ?」
「眠は・・・眠は目覚めますか・・・?」
俺がそう聞くと、真鍋先生は少し苦渋の顔を浮かべた。
「・・・分からない。さっきも言ったとおり、彼女も君と同じ植物状態だ。いつ目覚めるのか、ひょっとしてもう一生目覚めないのか・・・だけどこれだけは言っておく。君が目を覚ましたのは『奇跡』だ」
その先生の言葉に、俺の目からはこれまでにないくらい、涙が溢れ出た。
「お、おい。どうした?」
真鍋先生は状況がつかめず、困惑した表情を浮かべるが、そんなのはもうどうでもよかった。
───俺は、全てを理解した。
眠───あの、バカ野郎・・・!!
バカ・・・本当にお前はバカだ! 大バカだ・・・!
なんで、なんでっ!
俺に相談しなかったんだよっ!!
なんで、なんでっ・・・!
ああ・・・
でも分かってる。
本当のバカは俺だ。
眠を信じきれず。
勝手に頭がおかしいと思い込んで。
それで、真意に気づかないまま、『助けられる』なんて・・・!
「本当に! 俺は───ぐうっ!! うああああああああ!!!」
俺の涙は止まらず、そのまま一晩泣き明かした。
ずっと、眠への謝罪の言葉を口にしながら───
***
あれから一週間がたった。
俺は順調に回復して、数日後にはもう退院できそうだ。
眠は───まだ眼を覚まさない。
やはり、『あの世界』に、まだいるのだろうか。
もしかしたら、もう眠はもう目が覚めないのかもしれない。
簡単に眼が覚めてしまったら、それこそ眠が浮かばれないだろう。
俺はそっと、眠の頭をなでる。
黒い、フワフワとしたきれいな髪だ。
「眠。お前。こんなきれいな髪してたんだなあ。こんなことにも気付かない俺って、ホントダメだなあ・・・。でも、寝ぼすけの俺がお前より早く起きたんだ。・・・いや、お前に起こされたのか・・・・・・。・・・俺はもしかしたら、お前を起こすことは出来ないかもしんないかもしれない。・・・はは、笑ってくれよ、俺にはこれしか出来ないんだ。───でも、安心しろよ。俺はお前を殺さない。お前が起きるまで、ずっと待ち続けてやるよ───」
そう言ったとき、───彼女が微かに、そっと微笑んだような気がした。
〈fin・・・?〉
この小説は構想時は2000、いっても5000字ほどの短編小説にするつもりでした。
だけどいつの間にか倍以上・・・!
このあとがきを書いているのも・・・(夜の)二時~!?
いつの間にこんな時間に・・・宿題残ってるのに・・・
さて、それはおいといて・・・w
この作品についてですが。
今回はよく分からないジャンルのものを書いてみました。
これはどれに分類されるんだろう・・・恋愛? ミステリー? ホラー?それともSF?
まあよく分からないので文学に今のところしています。
よく分からないと言えばこのストーリー。
あえて真相は全て出さないようにしたのですが・・・
楽しめたでしょうか?
もしかしたら、私の思いついたとおりの真相に行き着いた人もあれば、全然違う人もあれば、全くワカンネなんなの? この駄文。と思う方。様々いらっしゃると思います。
まあ、構想を考えたときは「おもしろいかも!」とか勝手に思ってましたが、文にするとありがちなストーリーになってしまったかもしれません。
そう思ってしまった方がいれば本当に申し訳ありませんでした。
ですが、少しでも楽しんで読んでいただけた方がいるのなら、本当にうれしい限りです^^