或る夏の夜の出来事
夏の夜――生暖かい風が吹く。心地いいとは言い難いその風に吹かれながら、俺はふと、以前この辺りでバラバラ死体が発見された事を思い出してゾクリとした。頭が見つかり、胴、両足、そして左上――。そう、右腕だけが見つからなかったらしい。
「あの……」
後ろから不意に声をかけられびっくりして振り向くと、そこに女が立っていた。ただ、顔はうつむいていてわからないが、雰囲気からするとまだ若そうだ。こんな夜更けに女性で一人歩きとは物騒な。
「あの、こちらの方面に行かれるのですか?」
「え、ええ」
「ああ、よかった。私もそちらに行きたいのですが、一人では心細くて……。一緒に行ってもよろしいですか?」
「……いいですよ」
断るのも気の毒に思い、了承した。
「それにしても最近は物騒ですね」
黙っているのも気がめいるので、歩きながら俺は彼女に話しかけた。
「そうなんですか?」
「知らないんですか?バラバラ死体は見つかるし、少年達は親父狩りと称して人を襲ったり……」
「……」
しまった。若い女性にするような話題ではなかったか。いや、別に怖がらせてやましい事をする気なんて全くない。うん、断じて。それに……。
「そうですね。……でも、どっちの方が怖いです?」
女性がぼそっと言った。
「……は?……さぁ」
いきなり何を言い出すんだ、この人は。
「あら。ところでこの辺りに幽霊が出るって知ってます?」
「……いや」
「女性の幽霊だそうです」
それは初耳であった。
「はァ……そうなんですか」
「ええ、ですからあなたに頼んだんです」
「……やはり、怖いからですか?」
女は頷いた。
「それはどんな幽霊なんですか?」
ふと好奇心がわいて尋ねてみた。
「聞きたいの?」
突然彼女が凍りつくような声で問い返してきた。
「はぁ、まぁ、一応」
一瞬遅れて答える。彼女の口調にぞくりとしたのは気のせいだろうか。
「その幽霊は、ある女性がここを通る時、一人では心細いので、通りすがりの男性に同行してもらったんですって」
ん……?
「ところがその男性は女性を殺してしまった。理由はよく知りませんが……」
何となく見当がつかないでもない。
「そしてその女性は死んでも死にきれなくて……時に通りかかる男性の前に現れるそうですわ」
「……」
…………おいコラ、待てよ。
「そしてこう言うんだそうです。『一人では心細くて……。一緒に行ってもよろしいですか?』と」
おいおい、と俺は思いつつ、先を促した。
「……それで」
「一緒に行けば、その男性もなぜか消えてしまうんだそうですわ」
僕はゾクッとした。
「……まさか」
「……似てますわね、今の……私達と」
「お、おい」
冗談ではない。が、その時女性が初めて顔をあげた。血にまみれた、恨めしそうな顔を。そして、氷のような声で言った。
「一人では心細くて……。一緒に行ってもよろしいですか?」
数秒の悲鳴の後、景気よく声が響いた。
「ハーイ、カァーット!ビックリ大成功!!」
「かんぱぁ〜いっ!」
所かわって、とあるマンションの一室。
「いやぁ、最高だったよ!あの顔ときたら」
「ね、私の演技もまんざらじゃなかったでしょ?」
自慢げに言っているのは、幽霊役をやっていた女性である。勿論メーキャップは落とし済みだ。
「そうだな、よく舌噛まなかったよ」
「あら、酷い」
「それにしても、あの男は悲惨だったなぁ。いきなり俺らが、ビックリ大成功!!だもんな」
「そうそう、カメラがあるのに気付かなかったものね」
「しかし、よくあんな話作れたな」
ビックリカメラ同行会長が幽霊役の女に尋ねた。
「あら、あの辺りに幽霊が出るらしいのは本当よ」
「へぇ?」
「ほら、あの人も言っていたけどバラバラ死体の事件があったでしょ?」
「あぁ、そういえば。たしか……右腕が見つかっていないとか」
「左じゃねぇのか?」
「うーん?新聞新聞」
「とにかくね、その幽霊がなくした部分を探して彷徨ってるんだって」
「はっ、嘘くせー!」
笑い合っていると、カメラ編集担当がやって来た。
「おーい、皆、ビデオ見るだろ?」
「あ、見る見るー!」
そして、映像が映し出された。
「……あれ?あいつが映ってないぞ」
「ん、本当だ」
「ちょっとぉ、ちゃんと撮ったの?」
「撮ったよ!お前はちゃんと撮れてるだろ」
「あら、ほんと」
がやがや言っていると、新聞を見ていた男が意気揚揚とやってきた。
「見ろ、やっぱり右腕が見つかってないんだと」
「ふぅん……ちょ、ちょっと!」
女が叫び、男の手から新聞をひったくった。
「な、なんだよ」
「これよ、この人!あたしが驚かした人!」
「へ?これバラバラ死体の被害者じゃねぇか!」
「でも、この人よ!」
「じゃぁ、あいつは……」
「本物の……」
「幽霊ってことに……」
そう言うと、全員黙りこくってしまった。しばらくして誰かがつぶやいた。
「そういえば、右腕がなかったような……」
全く、酷い目にあった。幽霊も恐ろしいが、生きている人間はやはり恐ろしい。そう、ビックリカメラぐらいならともかく……俺を殺し、あげくにバラバラにしやがったあいつも……。
まぁ、それはいい。死んじまった以上はしょうがねぇ。それよりも、俺の右腕はどこにあるんだ。どういうわけか、こいつを見つけないとあの世に行けないらしい。後の部分はつながっているのだが……。
かくして、俺は今夜も右腕を求めて彷徨っているのであった。
恋愛しか書けへーん!という枠から抜け出すべく、無謀なジャンルに挑戦中☆な暁です笑。駄文を読んでくださりありがとうございました!