七
新幹線の車窓から、未明はただあんぐりと口を開いて外を眺めるだけだった。
在来線に乗ったときも興奮を隠し切れないようだったが、新幹線は更に驚きの境地に至ったようだ。
大宮で新幹線に乗り換え、走り出してからすでに三十分は経っている。だが、未明の視線は窓の外に釘付けだった。
三歳児でも見せないその驚嘆ぶりに、康平は満足感を覚える。
――飛行機乗せてやったら、どうなるんだろう。
実に楽しみだ。
更に三十分程が経過した頃、仙台駅に停車すると、ようやく未明が言葉を発した。
「……本当に、凄い。いったい、どんな仕組みになっているの? こんなに長い間、こんな速度で動けるなんて……」
どうやら、速度が落ちないことにも驚いているようだ。
「仕組みなんか俺にも解らねぇよ。……よく乗ってるけどな」
恐らく、日本人の大半が同じ考え方だろう。だが、康平は、未明から信じ難い者を見る目を向けられる。
「何も知らなくて、こんな恐ろしいモノによく身を任せていられるわね……」
「大丈夫だって、安全だから。偉い人がちゃんと考えてんだよ」
事故ったら、その時はその時だろ、とは、思っていても口には出さない。
「ほら、また発車するぜ。次で降りるからな。後一時間くらいで着くから」
『田舎者』の相手をするのも面倒くさく、康平は適当にあしらっておく。彼の狙い通り、未明はどうしても窓の外に目が行ってしまうようだ。
静かになって、康平はやれやれと目を閉じる。
平日早朝の下り新幹線は空いており、人の気配は乏しい。
微かな振動が心地良く、康平はいつしか浅い眠りに落ちていった。
それは、短い時間だった筈だ。
ふっと目を開けると、眉を寄せた未明の顔が近くにあって、ぎょっとする。
「! 何だよ?」
康平は咄嗟に身を引いてそう訊いたが、彼女は口を噤んでいる。
「おい?」
もう一度、訊く。
すると、やや迷った様子を見せた後で、未明はポソリと言った。
「あなたは、よくうなされてる」
「俺が?」
「そう。夜とか、寝室の前を通った時に、聞こえてくることがあるわ」
自分では、気付いていなかった。
――何故……いつからだろう。
そう自問して、すぐに答えは出た。
目の前のこの『少女』の所為だ。未明が悪いわけではない。だが、彼女の存在が、康平の中の触れて欲しくないものを刺激しているのだ。
「……気のせいだろ」
ムスッとそう答えると、何か言いたそうな顔をしながらも、未明はそれ以上追及してこなかった。
それきり、二人の間には沈黙が横たわり、新幹線が盛岡駅で停車するまで、どちらも口を開かなかった。
再び在来線に乗り換え、電車に揺られること二時間。ようやく、釜石市に到着する。
駅前に取ったビジネスホテルの部屋は、ツインルームだった――外見年齢十歳の未明を一人で泊めるわけには行かないし、何よりも襲撃者に備えてのことだ。新幹線の中でのことがあって、康平の中には部屋を分けようかという考えがよぎる。しかし、別々に夜を過ごすのはリスクが大き過ぎた。彼の中の問題よりも未明の問題の方が大きく、どういう選択をすべきかは、自明の理だった。
康平は溜息をついてルームキーを受け取ると、エレベーターに向かう。
「行くぞ」
さっさと歩き出した康平を、未明が小走りで追いかける。
エレベーターの中は二人だけだ。
康平はちらりと未明を見下ろし、ようやく聞き取れるほどの声で言った。
「すまなかったな。お前の所為じゃない」
「え?」
唐突な謝罪に、未明がきょとんと彼を見上げる。康平は言ってしまってから後悔の念がよぎったが、出してしまったからには、仕方がない。
「新幹線の中でのこと。別に、お前のことがわずらわしいわけじゃない」
「……そう」
康平の言葉に、ホッとしたように未明の口元が緩む。やっぱり気にさせていたか、とは思ったが、彼は、それ以上の言葉は持っていなかった。
「またうなされてたら、起こしてあげるわ」
「……そうだな」
あっさりとした未明の言葉に、何となく気分も軽くなったような気がした。