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暗黒神話(旧)  作者: トウリン
来訪
5/44

 彼は、なす術もなく、ただ、立ち尽くしていた。

 両の眼から滂沱の涙を流す、少女。

 彼女に群がる、男たち。

 一通りの欲望を吐き出し尽して、やがて彼らは立ち去っていく。

 残されたのは、打ち捨てられたぼろきれのようになった、少女。

 腹は紅く染まり、右脚は――ああ、何ということだろう。

 恐らく、彼女は助からず、万が一命を繋ぐことができたとしても、敵の男たちに陵辱され、体中を刻まれ、片足も奪われた少女に、どうしろというのか。

 ――コロシテ。

 浅い息の間で、少女の唇が、懇願の言葉を紡ぐ。

 彼は、拳銃を取り出した。

 決して外すことのない距離で狙いをつける。

 彼女が、これ以上苦しむことのないように。

 少女が目を閉じる――最期に、彼に一言残し。

 彼は、引き金を絞った。


   *


「――っ!」

 康平は闇の中で大きく目を見開いた。

 アナログ時計の秒針が刻む音だけが、彼の鼓膜を震わせる。

 じっとりと湿った両手を目の前に持ってくると、灯りがなくても、小刻みに震えているのが見て取れた。まだ、あの感触が残っている。

「……くそっ」

 ――しばらく、見ていなかった夢なのに。

 きっと、昼間のあの光景の所為だ。

 未明を組み伏せる男の姿を見た時、一瞬、二十年前の光景が脳裏にフラッシュバックした。

 忘れられたと思っても、結局、忘れていなかったのだ。

 自分が殺し――救った少女。

 未明とさして変わらぬ年だった。

 ――自分は、本当に、あの少女を救ったのだろうか?

 康平は、カーテンの隙間から白んだ光が入り込んでくるまで、闇を睨み続けていた。


   *


「事情を話せ」

 康平が朝食の席でそう切り出すと、未明はきょとんと目を見開いた。

「あいつは何なんだ?」

「……説明しても、理解できないよ。このまま、何も知らない方がいい」

「いいから、話せ。理解できるかどうかは、聞いてから判断する」

 それでもしばらくは無言だったが、やがて小さな溜息をついて、未明が話し出す。

「この世界でも、お話の中では存在するみたいだけど……私はこことは違う世界から来たのよ。異世界、異次元、そんなところ」

 ちらりと未明が康平に視線を走らせる。彼は、無言で顎をしゃくった。

「ここでは『科学』が発達したようだけれども、私が今まで渡ってきた世界では、『魔術』が力を持っているところが殆どだったわ。この世界でも魔術を習得した者がいたみたいだけど、主流にはならなかったみたいね」

「他にも世界があるのか?」

「あるわよ、たくさん。界を渡れる力を持った者はわずかだから、こうやって異世界の者と会うことは、滅多にないと思うけど」

「……そうだろうな」

 康平だって、今まで物語の中でしか『異世界』などという言葉は耳にしたことがない。実際、昨日の男が現れなかったら、そんなものが実在することなど決して信じなかっただろうし、一生知らずにいただろう。

「私はこれまでたくさんの世界を渡ってきたのだけれど、あの男は――アレイス・カーレンは、私が最初にいた……私が生まれた世界からついて回っているのよ」

「なんで、また? ロリコンってワケじゃないんだろ?」

「少女に性的衝動を覚える性癖のこと? そうじゃないわ。彼が狙っているのは私の身体そのものではなくて、私の中に眠っているものよ。彼は『求道者』と呼ばれる一派の者で、魔術を極めることのみを求めているの」

「お前の中に眠っているもの?」

「『魔道書』よ。至高の魔道書『グールムアール』」

「『魔道書』……」

 まさに、映画の中の話のようだ。もっとも、康平はファンタジー映画など観たこともないが。狐につままれた顔をしている彼には構わず、未明は先を続ける。

「『魔道書』は魔力を補完し増強するものなのだけれども、『グールムアール』はその中でも桁外れのものよ。多分、これ以上のものを創ることは不可能だと思うわ」

「で、それをアイツは欲しがっているのか……。けど、どうやって奪うんだ?」

 未明の『中』ということは、『物』として持っているわけではないのだろう。

「私が自分の意志で受け渡すか……満月の夜に私と契れば、いいのよ」

 淡々とした未明の言葉に、康平の顔が強張る。

「『契る』って……」

「『そういう』意味よ。言っておくけど、私のこの姿は、仮のものよ? 今は事情があってこの姿になっているだけなんだから。あなたも会っているのよ、本来の私に。満月の夜に『グールムアール』の効果が最大になって、次元を跳ぶことができるようになるの。あの日、私は、この世界に着いたばかりだった」

「あ……もしかして」

「そう、『姉』よ」

 なるほど、あの姿であれば、頷ける。

「今は界を渡って間もないから、魔力が回復していないの。でなければ、昨日、あんなふうに遅れを取ったりしない。あと数日したら戻ると思うけど……それまで、この部屋に隠れているつもりだったの」

「どこかに閉じこもっていれば見つからないのか?」

「まさか。実は、この部屋、護符で結界を張らしてもらっているの。今の私の魔力なら、ここにいれば感知されることはないわ。いつもは回復するまでこうやって隠れているんだけど……油断したわ。今回は一気に遠くまで跳んだからついて来られないだろうと思っていたし、ついてきたとしても普通は追っ手もそれなりに魔力を使うから、同じように消耗してしばらく追ってこられないのよ。でも、どうやら今回はちょっと特殊な手を使われたらしくって」

「あっちはエネルギー満タンってことか」

「そう」

 未明はそう言って、肩を竦める。

 それなりにピンチだと思うのだが、悟っているような未明はさほど深刻そうに見えない。

「で?」

「……で?」

 康平の振りに、未明がきょとんと首をかしげる。

「お前のゴールは何なの?」

「……ゴール?」

 康平の言っている意味を理解できないでいる未明に、彼はガリガリと頭を掻いた。

「三週間後に、ここを出て行くんだろ? その後、どうすんの? ずっと逃げんの?」

 未明は、問われて顔を伏せる。

 追っ手を倒すことは簡単だが、彼女はそれをしたくない。だから、逃げ続けるしかないのだ。

「お前の中の、その……『魔道書』ってのが問題なんだろ? それを何とかしたらいいんじゃないの?」

「それは……」

 その通りなのだ。追っ手から逃げると同時に、未明は幾つもの界を渡って、ずっと『それ』を探し続けてきた。

「手はあるんだな?」

「……うん。ずっと、探してる――この『グールムアール』を封じることができるものを。……『決して壊れることのないもの』を」

「そんなモンが存在するのか?」

 形あるものは壊れることが道理だ。康平は半信半疑の表情で尋ねる。

「私の世界の言葉では『普遍のもの』……『ユヌバール』と呼んでいるわ。この世界では、『オリハルコン』、『ヒヒイロカネ』なんて呼ばれているものと同じだと思うのだけど」

「お伽噺の中で聞く言葉だな」

「そうなの? でも、魔術を学ぶ者にとっては、実在すると言われてる。私がこの世界の中でこの国を選んだのは、『ユヌバール』……『ヒヒイロカネ』の伝承があったからなの」

「そのヒ何とかってのは、聞いたことねぇな」

 康平にしても、『オリハルコン』は割合メジャーだと思うが、『ヒヒイロカネ』は耳慣れない。

「え……でも、存在したっていう文書があって、公的にも認められていたって……」

「トンデモ本が言ってるだけじゃねぇの? この世界は情報過多だからな。特に、そういうオカルト系の話は、ホントもウソも入り乱れてるぜ」

「そんな……」

 呟き、未明が肩を落とす。

「まあ、お前がこの世界にいるうちは、俺が面倒見てやるよ。取り敢えず、探すだけ探してみればいいさ。俺たち普通の人間には判らなくても、お前には判ることもあるかもしれないだろう」

「え?」

「乗りかかった船、だ。お前にもらった報酬、かなりあるからな」

 それは控えめな表現で、鑑定してもらって出てきたのは、一生遊んで暮らせる金額だった。金があるなら、別に働く必要はない。働かなくていいなら、することがない。だったら、しばらくの間はこの少女に付き合ってやってもいいだろう。

「取り敢えずは、その『ヒイロカネ』とやらの信憑性から調べようか」

「……『ヒヒイロカネ』」

 ポソリと、未明が康平の言い間違いを正す。

「でも、いいの……? あんな、変なヤツが追っかけて来るんだよ?」

「まあ、たまにはこういうのもありだろ」

 苦笑して、康平は彼女の頭をクシャクシャと掻き回す。

「で、お前の本当の名前はなんていうんだ? その未明ってのは、ここに来た時に考えた名前なんだろ? っていうか、なんでそんなに日本語ぺらぺらなんだ?」

「言葉は……あなたが寝ている間に、この世界に関する基本的な知識を吸収させてもらったのよ……あなたから。……勝手に、ごめんなさい」

 正直に言って、知らない間に何かされていたのは気分が良くないが、悪戯した猫のように項垂れている未明に、それ以上ネチネチ何か言うのも気が引ける。康平は肩を竦めて受け流した。

「ま、いいさ。で? 名前は?」

「ミアカスール……私の世界の言葉で、『希望をもたらすもの』という意味なの」

「それは、また、大仰な名前だな」

「ふふ、そうでしょう?」

 茶化すように康平が言うと、未明は微笑んだ。

「名前どおりの力を持ってんだろうけどさ、まあ、ここにいる間は、取り敢えず護ってやるよ」

「え?」

 康平の言葉に、未明は大きく瞬きする。

「だから、あんな変態野郎からお前を護ってやるって言ってんの。ま、『力』とやらが戻りさえすれば、あんなのを撃退するのなんて簡単なんだろうけどな」

「……ありがとう」

 繰り返されて、未明がうつむきながら、そう囁いた。

 戸惑いを隠せないその様子に、こんな子どものなりをして、これまで誰からも護ってもらうことなどなかったのだろうかと、康平はわずかな苛立ちを覚えた。


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