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暗黒神話(旧)  作者: トウリン
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38/44

 ――無理してんなぁ。

 それが、本日の未明の第一印象である。

 頬杖を突いた康平の前で朝食を摂る未明は、いつもの三倍は喋っている。まるで、沈黙を恐れているかのようだ。

 昨日の海底探索では、良くも悪くも成果なしだったと未明から聞かされている。他に何か気に掛かる事があるのだろうが――。

「おい」

「それでね、そこの世界ではね……」

「未明」

「女の人が男の人を……え?」

 これまで巡ってきた世界のことを滔々と語っていた未明が、ようやくキョトンと康平を見た。

「いいから、さっさと食っちまえって」

「あ……うん」

 康平に言われた未明は突然に口を閉じ、今度は黙々と食べ始める。

 やはり、変だった。

 内心で溜息をつきつつ、康平は提案する。

「今日はさ、ちょっと海底トンネルを歩いてみようぜ」

「え? でも……」

「別に、今回は急ぐことじゃないんだから、いいだろ? 一日中、幽体離脱しているわけでもないんだし。少しぐらいは気晴らししたほうが、効率上がるんじゃねぇの?」

 康平の『急ぐことじゃない』という台詞に、一瞬未明の視線が揺らいだのが見て取れたが、結局彼女は少し迷った後に頷いた。

「そうだね。うん、行ってみようか」

 そう答えて、ニコリと笑う。三割くらいは作ったものだが、それでも『笑顔』だった。先ほどまでの、口だけで何か喋っている状態よりかは、遥かにマシだ。

「じゃあ、食い終わったら行くからな」

 そう言い置いて、康平は自分のコーヒーを注ぎに行った。


   *


 朝食を終えた二人は、早速、関門人道トンネルに向かった。その入り口は、壇ノ浦古戦場のすぐ向かいにある。

 駐車場で車を降りると、人道トンネルの入り口がある建物に向かった。取り敢えず、地下五〇メートル程まではエレベーターで降りるらしい。一五階弱の建物の高さ程度だろうか。対岸までは八〇〇メートル程だが、渡りきる必要はないので、県境で折り返してくることにした。

 数十秒かけてエレベーターが止まり、ホールに出る。そこから、細い通路が続いていた。

「凄いねぇ、ここ、海の底なんだぁ。やっぱり、科学って凄い……」

 通路の天井には海の底を表現した絵が描かれており、ところどころには、何故か星空もあった。

「ふふ、面白いねぇ」

 自然と零れた台詞なのだろう。そう言った未明の笑顔は、柔らかい。康平には何が面白いのか判らなかったが、取り敢えず無駄にはならずに済んでよかったと、胸を撫で下ろした。

 未明に合わせたゆっくりした足取りで十分程歩いた頃だろうか。通路に書かれた県境の印が見えてくる。

「ここが境目なんだね。何だか、不思議」

 通路に引かれた線の上に立ち、未明が呟く。ふと、彼女は西の方へ目を遣った。手を伸ばして、その壁に触れる。

「どうした?」

「あ、うん……。あっちに、『亀裂』があったから……」

「気になるのか? でも、小さいヤツだったんだろ?」

「うん。そうなんだけど――」

 答えながら未明が康平を見上げようとした時だった。

 ゴ、ゴゴゴ……。

 地震とは異なる、何かがのたうったかのような地響きだった。どこか、近くて遠いところで、何か巨大なものが胎動したような、奇妙な感覚。

 ふらついた未明に咄嗟に手を伸ばし、支えると、康平は周囲を見回した。だが、通路を往来している他の人たちに、変わった様子はない。

「気付いてないのか……?」

 呟いた康平に、未明がブルリと身体を震わせる。

「どうした?」

「次元が、ズレた」

「え?」

「私、ちょっと見てくる。身体をお願い。古戦場跡で待ってて」

「おい!?」

 康平が制止する暇もなく、未明は端的にそれだけ言う。一瞬後には、その身体は力を失っていた。

「まったく、もうちょい説明しろっての」

 ボヤきつつも、康平は未明の身体を抱き上げる。そして、来た時の倍の速さで出口を目指した。


   *


 身体を飛び出した未明は、真っ直ぐに昨日見つけた『亀裂』を目指す。その場所は、いやになるほどよくわかった。昨日来ているから、というだけでなく、存在感が違うのだ。

 嫌な予感に苛まれつつ、未明は真っ直ぐに飛ぶ。

 そこには、一瞬で辿り着いた。

 昨日は本当に隙間程度であったものが、今日ははっきりと中が覗ける程度になっている。確かに、まだまだ小さいものだ。次元も違う。これが外に影響するということはないだろう。しかし、一日でこれほど変化したということは、一週間後にはどうなっているか、推して知るべしというものだ。

 次の満月までは、あと三日。

 今のうちにこの『亀裂』を塞いでしまえば、三日後には魔力も回復して次の世界へ跳べるだろう。だが、その三日の間にまた『亀裂』が拡がったら、どうする?

 それに、満月が近づくほど『グールムアール』の影響も増すだろうから、『亀裂』の拡大も速まるのではないのだろうか?

 ――どうしよう、どうしよう……どうしよう?

 未明の頭の中ではその言葉だけがグルグルと回転し、うまく働かない。

 考え付く手段は、三つ。

 一つ目は、今のうちに『亀裂』を塞ぎ、満月になったら界を渡るもの。

 二つ目は、今のままでこの世界に留まり、こうやって『亀裂』が拡がる度に塞いでまわるもの。

 三つ目は、教えられた剣を探し出し、それに『グールムアール』を封じるもの。

 選べる手は多くない。けれども、一つでも増やさなければ。

 未明はそこから離れ、海面に出る。波立つ海を睥睨し、目を閉じた。

 意識を幾千、幾万にも分けて、その海域に生息する生き物全てに飛ばした。

 群れを成す大小の魚類、海底を這う甲殻類、微生物、そして優雅に游ぐ海獣たち。

 関門海峡に息づく生物の全ての感覚器を使って、海の中を捜索する。

 凄まじい勢いで魔力が消耗されていくのが解ったが、頓着しなかった。いっそ魔力を使い切ってしまえば、『亀裂』への影響も和らぐだろう。

 岩と岩の間、何かの残骸の陰、柔らかな砂の中。

 ありとあらゆる場所を、ありとあらゆる感覚で探っていく。

 クラリと、酩酊するような、全てが消え失せていくような感覚が未明を襲うが、構わずに続けた。今の未明の位置を中心に、同心円状に範囲を広めていく。

 ――あ……。

 何かが、未明の感覚を刺激した。

 どの生物から送られたものだろうか。彼女は、グッと絞り込んでいく。

 それは、一匹の海老だった。海底の砂の上を歩いていた海老が、何かの上を通ったのだ。

 探索させてみると、やはり、何かが感じられる。門屋からもらった組紐のように、未明の知る魔術とは異なるが、何かの力を持っているものだ。

 未明は散らしていた意識をその場所に集中させ、一帯の甲殻類を呼び寄せる。それらに砂を掘らせておいて、一頭のスナメリをそこに向かわせた。

 海老や蟹が一心に掘り返す中から現われてきたものは、確かに鞘に収められた剣である。だが、比較的小振りなもので、康平が持っているナイフを一回り大きくした程度だ。

 剣をくわえたスナメリが、康平の待つ海岸を目指す。

 海獣を操る未明の視界が、一瞬、暗くなった。途端にスナメリは剣を落とし、反転してどこかへ行ってしまいそうになる。慌てて未明は気を取り直し、再びスナメリを捕まえた。

 ――もう少し。……康平に、渡さなくちゃ。

 殆ど祈るような心持ちだった。

 徐々に浅瀬になっていく。

 あと少し、だった。


   *


 未明に言われて壇ノ浦古戦場に向かった康平は、広場から海を眺めていた。

 何が来てもすぐに対応できるように、未明は右腕だけで抱き、左手は空けてある。

 ふと、こちらに向けて游いでくる何かに気が付いた。魚にしては大きい。イルカにしては色が薄くて、形も丸い。どうも海獣のようだったが、康平はその生き物の名前を知らなかった。それは一頭だけで、明らかに浜を目指して泳いでいる。

「なんだ、ありゃ」

 思わず呟いた康平の腕の中で。

 唐突に、パチリと未明の目が開いた。

「未明?」

「康平、あれを受け取って」

 呼びかけた康平に答えたふうではなく、一方的にそう言うと、またコトンと落ちる。

「あれって、何だよ……?」

 よく解らないまでも、取り敢えず海岸の方におりてみることにした。そうしている間にも謎の生物は近づいてきており、もうじき浜に到着しそうだった。

 急いで左右を見回し、階段を見つけて、下る。一人なら飛び降りてしまうところだが、未明を抱いているのでそうもいかなかった。もしも落としたりしたら、大変だ。

 康平が辿り着く前に、その海獣は浜に何かを吐き出すと、クルリと身を翻してあっという間に海へと戻っていってしまった。彼は少し海の中に入り、海獣が置いていったものを拾い上げる。

「これって、アレか……?」

 それは、剣のようではある。だが、康平にはただの古びた剣にしか見えない。大きくはないので、軽く振って水気を切り、ウェストに挟んでジャケットで隠した。海に入った靴がガポガポと気持ち悪いが、仕方がない。

 未明も目覚める気配なく、康平はひとまずホテルに戻ることにした。

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