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暗黒神話(旧)  作者: トウリン
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33/44

 門屋の事務所に赴いた二人を、相変らず雑然とした室内と、気の抜けた声が迎える。

「やあ、久し振り、お二人さん。一ヶ月振りくらい?」

 前回は満月の直後だったから、確かに、そろそろ一ヶ月だ。満月が近付いてきていることを、康平も未明も痛いほどに意識していた。

「で? 用件は?」

「君たちのために、面白いことを思い出したんだよ」

「だから、さっさと言えって」

 勿体ぶった門屋の言い方に康平が痺れを切らすと、彼は口を尖らせながらも先に進めた。

「康平君は、せっかちだから……。まあ、いいや。君たちは、『壇ノ浦の合戦』って知ってる?」

 門屋の問いに、ほぼ同時に声が上がる。

「知らねぇ」

「平家と源氏の戦いの事?」

 当然のことながら、前者は康平、後者は未明の返答である。二人はお互いに顔を見合わせると、『何で知ってるんだ?』『何で知らないの?』と無言で問い掛けあう。そんな彼らには構わず、門屋は滔々と語り始めた。

「壇ノ浦、と言ったら山口県下関市だよね。その中でも、九州に繋がる、先っちょの方。そこで平氏が追い詰められて滅亡したわけだけど、平家物語の中には、その時、『平清盛の奥さんが宝剣を持って入水した』っていう件があるんだよね。で、この『宝剣』っていうのがいわゆる三種の神器のうちの一つ、『天叢雲剣』、『草薙の剣』じゃないかっていう説もあるんだ」

「それは単なる言い伝えで、本当は熱田神宮に安置されてるんじゃないの?」

 未明の質問に、門屋も頷く。

「それを言うなら、熱田神宮と宮中の両方にあったという説もあるし。ま、確かめようはないよね」

 そう言って、門屋は苦笑した。彼の口が再び開かれる前に、さっぱりついていけてない康平が口を挟む。

「ちょっと、待て。で、結局何が言いたいんだ?」

 康平にとっては、至極当然の質問のつもりだった。が、残る二人からは呆れたような眼差しが向けられ、彼は鼻白む。

「……何だよ?」

「君……忘れちゃったの? ヒヒイロカネを探してるって言ってたのは、康平君じゃないか」

「え? あ、ああ!」

 指摘されて、康平もようやく思い出す。

「そう。天叢雲剣はヒヒイロカネでできてるっていう説があるって言ったでしょ? 単なる鉄剣かもしれないけど、海に沈んでいるのがホンモノの天叢雲剣だとして、千年近く海に沈んでいても大丈夫だとしたら、凄いよね。もしかしたら、本当にヒヒイロカネでできているのかもしれない」

 確かに、ただの鉄剣が海水の中にあって無事な筈がない。普通なら、一年もしないうちにボロボロになるだろう。

 しかし……。

「今まで、散々探されたんだろう?」

「そりゃぁ、ね。でも、そういう伝説があるところに、一度は行ってみてもいいんじゃない?」

 ね? と門屋は未明に話を振る。それを受けた未明は康平へと視線を投げた。

 彼女の眼差しが語るものは明らかである。さしあたって、この件に関しては未明の意向が第一になるわけなので、結論は自ずと知れた。

「……まあ、ちょっと行ってくるか」

「そうしなよ」

 そう言って、門屋はニッと笑う。

 ――やっぱりこいつって、妖怪じみてるよな。

 すでにこの世ならざるものを幾つも見てきた康平には、今目の前にいる男に『実は人外のものでした』と言われたとしても、たいして驚かない自信があった。

「じゃあな、ありがとよ」

 康平はそれだけ言って、用は済んだとばかりに未明を促して出口に向かう。彼女もペコリと頭を下げ、後に続こうとした。が、そんな未明に、門屋が思い出したように声を掛ける。

「あ、そうだ。未明ちゃんにイイモノあげる」

 二人が振り返って見てみると、門屋が言いながらチョイチョイと手招きし、デスクの引き出しを掻き回している。未明が首を傾げて見上げてくるのへ、康平は肩を竦めて返した。

「行ってこいよ」

 なんだか、呪われた物でも寄越されそうな『室内装飾』の数々が気になるところだが、未明にやるのに変な物は選ぶまい。彼女は少し逡巡したが、結局デスクの前まで戻った。

「あ、あったあった。これだ」

 台詞と共に、門屋が未明に何かを渡している。彼女の陰に隠れて見えない程度の、小さい物のようだった。

「それ、お守りだから肌身離さず持ち歩いてね。イイコトあるから」

 門屋はそう言い、未明が頷くのを見て満足そうな笑みになる。

「じゃあねぇ。頑張ってきてよ」

 軽い調子でヒラヒラと手を振る門屋に見送られ、二人は事務所を後にした。


   *


 家に帰る道すがら、康平は未明が手にしているものに視線を落とした。

「で、何なんだ、それ?」

 一見、ただの古びた紅い組紐である。いったい、どんな曰くのあるものなのか。両端に金色の鈴が付いているが、チリ、とも音を立てないところをみると、ただの装飾なのかもしれない。

 未明はそれをジッと見つめていたが、やがて小さく首を振った。

「判らない。でも、確かに何かは感じる。私の知っている魔術とは違うみたい……」

 彼女は、組紐をもてあそびながら、自信がなさそうに呟く。

 と、康平はふと気付いて、未明に手を差し出した。

「ちょっと見せてみろよ」

「? ええ」

 未明が首を傾げながら、古びたその紐を康平に渡す。彼はしげしげとそれを観察した。

「やっぱり、これ、あいつが髪を結うのに使ってるやつと似てる気がする」

「門屋さんの……?」

「ああ。滅多にあいつの後姿なんざ見ないから、うろ覚えだけどな。ま、あいつも色々曰くつきの代物を集めてるからさ、それもなんかのご利益があるかもよ」

 組紐を未明に返しながら、康平はそう答えておいた。言っておいてなんだが、彼自身、それほどしっかり門屋の外見を観察しているわけではないので、思い違いかもしれない。

 未明が彼の手から組紐を取り上げ、小さな手のひらの中にそれを握りこんだ。そして、軽く首をかしげて康平を見上げてきた。

「……うん。ねえ、康平は門屋さんとどうして知り合ったの?」

 唐突にそう訊かれて、康平は面食らう。

「何だ、急に」

「ん。だって、二人の接点って、何なのかなって。康平から声を掛けたの? 門屋さんから掛けられたの?」

「ああ……あっちからだったよ。俺がこの仕事始めてすぐくらいの時だったかな。ヤツが、『取ってきて欲しい物がある』ってな。山奥の変な祠から、粘土で作ったような鳴らない鈴みたいなやつを取ってくる仕事だった。えらく簡単だったのに、やたら感謝されたのを覚えてるよ。それから、ヤツ経由で仕事を紹介されることもあるし、情報をもらうようにもなった」

「ふうん」

 話を振ってきたのは未明の方だったのだが、彼女は、そんな気の抜けた相槌を打っただけだった。

「……何か気になることでもあるのか?」

 横目で見下ろしながら康平が訊くと、未明はニッコリ笑って首を振る。

「別に? 接点なさそうなのに、何でかな、と思って。あ、下関にはいつ出発するの?」

 屈託のない笑みでごまかそうとしているのは、手に取るように明白だ。康平の中には、彼女をいじめてやりたい気持ちが、真夏の入道雲のようにこみ上げてくる。

「今回は急ぐわけじゃないから、明日でいいだろ。帰ったら、飛行機の空席を確認してみるか」

「え」

「何だよ?」

 答えは判っているが、康平は澄まして問うた。未明は口ごもりながら、おずおずと彼を見上げてくる。それは期待通りの反応だった。

「え……あ……、えっと……、……飛行機?」

「ああ。何だ? 何か問題でも?」

「別に……ない、けど……」

 段々と、彼女の視線が下に向いていく。

 未明が素直に「飛行機はイヤ」と言うなら、康平もすぐに教えてやるつもりだったが、彼女がそんな台詞を口にする訳がなく。

 結局、実際に乗るその時まで、下関へは新幹線を使って行くということは黙っておいた。

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