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暗黒神話(旧)  作者: トウリン
変容
29/44

十一

 アレイスたちとの遭遇から、三日後。

 何の前触れもなく、未明はポカリと目を開けた。

「あれ……?」

 寝惚けた眼差しで、キョロキョロと周囲を見回している。当然のことながら、その姿は見慣れた子どものものに戻っていた。

「目が醒めたかよ」

 康平は着替えを投げてやる。

「とりあえず、シャワー浴びてこいよ。……その後、答えてもらうことがあるからな?」

「え……あ、うん……」

 ヒタと見据えられて、未明はしどろもどろで頷いた。質問の内容があまりイイモノではないことは、康平のその眼差しから充分に感じ取っただろう。

 彼女が身支度を整えている間に、コンビニエンスストアで買っておいた簡単な食事を用意する。

「お待たせ……」

 浴室から出てきた未明が、おずおずと声を掛けるのに頷き、康平は無言で座るように促した。

 しばらくは沈黙が続く。

 そして、おもむろに康平は切り出した。

「訊きたいのは、これのことだ」

 そう言って、ズイ、と左手を突き出す。今は何の変哲もない手のひらだが、そこには文様が刻まれている筈だ。

「……ばれちゃった?」

 エヘ、と、ちょっと可愛らしく笑ってみせる未明に、康平は表情一つ変えずに、黙って答えを求める。

「あの、ね。普通は大丈夫なのよ? 昨日は――」

「もう三日前だ」

「――この間は、特殊な状況だったの。たまたま、偶然、色々重なったから……」

 次は絶対大丈夫、と胸を張る未明に、康平はさらに手のひらを突きつける。

「今すぐ、これを消せ」

「え?」

「使う代償がお前の命だなんて、真っ平ゴメンだ。今すぐ、消せ」

 康平の強硬な要求を、しかし、未明は静かに拒む。

「だめ」

「未明!」

「だって、あなたの身を護るものも必要だもの」

「あったって、使わないぞ」

「康平……」

 悲しそうな未明の眼差しにほだされそうになるが、康平はそこをグッと堪える。

 しばらく二人は無言で互いの目を見つめ続けた。そうなると、根競べである。

 どちらも讓らないかに思えた戦いは、未明が口を開くことで変化が現われる。

「あの、ね。私は、あなたを護ろうとするのは、やめられないの。絶対、無理」

「お前な……」

「いいから、聞いて。でもね、それは、あなたを護るためだけのものじゃないんだよ。それで、私を護って欲しいの」

 未明の台詞に、康平は思わず言葉を失う。

 彼女の方から「護ってくれ」と口にしたのは、初めてではないだろうか?

 呆然としている康平をよそに、未明がさらに続けた。

「私はあなたを護りたいけど、同じくらい、あなたに護って欲しい。そのために、それを使って欲しいの。それでも……ダメ、かな?」

 ――子どもの『お願い』にこんなにどぎまぎしてどうする!

 康平は己自身を叱咤するが、妙な動悸は治まらない。

「……――ッ!」

「康平?」

 身長差があるから当然なのだが――未明が下からすくい上げるように見つめてくる。いわゆる、グラビアアイドルの得意なポーズだ。世の男の多くは、女性のこの眼差しに弱い。

 ――だからと言って、十歳のガキだぞ!?

 そう自分に言い聞かせる康平だが、不意に、満月の夜に抱き締めた彼女の身体の感触を思い出す。それは、立派な成人女性のもので……。

 ――でも、今のこいつは、十歳のガキだ!

 だが、十歳のガキでも――それは『未明』からの『お願い』だった。

 ――ああ、くそッ! 俺は断じてロリコンじゃねぇぞ!

 心のうちで毒づき、康平は答える。

「……わかった。必要な時は、使う」

「康平!」

「けど、本当に必要な時だけだからな! それと、限界な時はちゃんと言えよ?」

「うん!」

 心の底から嬉しそうに微笑み、未明が大きく頷く。その笑顔に全てを許してしまいそうになりながら、康平は、自分に黙ってとんでもないことをしでかしてくれた彼女に、最後の意趣返しを試みた。

「いいか、明日は東京に帰るからな――」

「うん」

「――飛行機で」

 その単語を耳にした途端、未明の全身がピシリと強張る。別に、もう急ぐ旅路ではないので、電車で帰ることも可能は可能だ。だが、敢えて教えない。

「楽しみだろ?」

「……うん」

 

   *


 翌日、羽田空港で少女を抱き上げた男の姿が注目を集めたのは、言うまでもない。

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