十一
アレイスたちとの遭遇から、三日後。
何の前触れもなく、未明はポカリと目を開けた。
「あれ……?」
寝惚けた眼差しで、キョロキョロと周囲を見回している。当然のことながら、その姿は見慣れた子どものものに戻っていた。
「目が醒めたかよ」
康平は着替えを投げてやる。
「とりあえず、シャワー浴びてこいよ。……その後、答えてもらうことがあるからな?」
「え……あ、うん……」
ヒタと見据えられて、未明はしどろもどろで頷いた。質問の内容があまりイイモノではないことは、康平のその眼差しから充分に感じ取っただろう。
彼女が身支度を整えている間に、コンビニエンスストアで買っておいた簡単な食事を用意する。
「お待たせ……」
浴室から出てきた未明が、おずおずと声を掛けるのに頷き、康平は無言で座るように促した。
しばらくは沈黙が続く。
そして、おもむろに康平は切り出した。
「訊きたいのは、これのことだ」
そう言って、ズイ、と左手を突き出す。今は何の変哲もない手のひらだが、そこには文様が刻まれている筈だ。
「……ばれちゃった?」
エヘ、と、ちょっと可愛らしく笑ってみせる未明に、康平は表情一つ変えずに、黙って答えを求める。
「あの、ね。普通は大丈夫なのよ? 昨日は――」
「もう三日前だ」
「――この間は、特殊な状況だったの。たまたま、偶然、色々重なったから……」
次は絶対大丈夫、と胸を張る未明に、康平はさらに手のひらを突きつける。
「今すぐ、これを消せ」
「え?」
「使う代償がお前の命だなんて、真っ平ゴメンだ。今すぐ、消せ」
康平の強硬な要求を、しかし、未明は静かに拒む。
「だめ」
「未明!」
「だって、あなたの身を護るものも必要だもの」
「あったって、使わないぞ」
「康平……」
悲しそうな未明の眼差しにほだされそうになるが、康平はそこをグッと堪える。
しばらく二人は無言で互いの目を見つめ続けた。そうなると、根競べである。
どちらも讓らないかに思えた戦いは、未明が口を開くことで変化が現われる。
「あの、ね。私は、あなたを護ろうとするのは、やめられないの。絶対、無理」
「お前な……」
「いいから、聞いて。でもね、それは、あなたを護るためだけのものじゃないんだよ。それで、私を護って欲しいの」
未明の台詞に、康平は思わず言葉を失う。
彼女の方から「護ってくれ」と口にしたのは、初めてではないだろうか?
呆然としている康平をよそに、未明がさらに続けた。
「私はあなたを護りたいけど、同じくらい、あなたに護って欲しい。そのために、それを使って欲しいの。それでも……ダメ、かな?」
――子どもの『お願い』にこんなにどぎまぎしてどうする!
康平は己自身を叱咤するが、妙な動悸は治まらない。
「……――ッ!」
「康平?」
身長差があるから当然なのだが――未明が下からすくい上げるように見つめてくる。いわゆる、グラビアアイドルの得意なポーズだ。世の男の多くは、女性のこの眼差しに弱い。
――だからと言って、十歳のガキだぞ!?
そう自分に言い聞かせる康平だが、不意に、満月の夜に抱き締めた彼女の身体の感触を思い出す。それは、立派な成人女性のもので……。
――でも、今のこいつは、十歳のガキだ!
だが、十歳のガキでも――それは『未明』からの『お願い』だった。
――ああ、くそッ! 俺は断じてロリコンじゃねぇぞ!
心のうちで毒づき、康平は答える。
「……わかった。必要な時は、使う」
「康平!」
「けど、本当に必要な時だけだからな! それと、限界な時はちゃんと言えよ?」
「うん!」
心の底から嬉しそうに微笑み、未明が大きく頷く。その笑顔に全てを許してしまいそうになりながら、康平は、自分に黙ってとんでもないことをしでかしてくれた彼女に、最後の意趣返しを試みた。
「いいか、明日は東京に帰るからな――」
「うん」
「――飛行機で」
その単語を耳にした途端、未明の全身がピシリと強張る。別に、もう急ぐ旅路ではないので、電車で帰ることも可能は可能だ。だが、敢えて教えない。
「楽しみだろ?」
「……うん」
*
翌日、羽田空港で少女を抱き上げた男の姿が注目を集めたのは、言うまでもない。