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暗黒神話(旧)  作者: トウリン
変容
25/44

 身体に戻ってきた未明と共に、康平は再び林立する風車の元を訪れていた。

 彼女が何かを確かめるように風車に触れ、時折ひざまずくのを少し離れたところから眺める。

 未明が戻る頃には朝の苛立ちは霧消しており、目を開けた彼女に「お帰り」と声を掛けると、彼女は瞬きを一度して、ホッとしたように微笑んだ。

 そして休む間も無く見聞きしてきたものを康平に報告すると、彼女はすぐにこの風力発電施設に来ることを主張した。

 未明はここに何かが描かれていると言っていたが、当然のことながら、康平には全くわからない。ただ、彼女のすることを見守るだけだ。

 やがて、地面を入念に調べていた未明が立ち上がり、康平の方へ歩いてくる。

「やっぱり、魔方陣がある。悪夢に誘って、醒めない眠りに落とす魔術なの。でも、ものすごく弱いものだわ。だから、かかる人とかからない人がいるのね。効力を発揮するかどうかは、術をかけられた人次第、で。何か心に思うところがあって弱くなっている人がもろに術を受けたみたい」

 ――弱い心、か。

 未明の説明を受け、康平は自嘲する。自分が『強靭な精神』とはかけ離れていることは、百も承知だ。この町に来て、自分の中の何かがおかしくなっているのは、その魔術とやらのせいなのだろうか。

「取り敢えず、今から消すよ。しばらくは残るだろうけれど、これがなくなれば、じきに町の人たちも眼を覚ますと思う」

 康平の微妙な落ち込みには気付かず、振り返った未明が言う。だが、明日は満月――空の『次元の亀裂』を塞ぐ予定だった筈だ。

「いいのか? 明日が終わってからにしたらどうだ?」

「……んー、でも、この魔方陣と『グールムアール』が変に干渉し合ってもイヤだし。今日のうちに、こっちは消しておいた方がいいと思う。この術自体は強いものではないし、消すのは難しくないの。そんなに消耗しないわ」

「そうか」

 魔法のことは、康平には全く解らない。未明がいいという方法を取るしかないだろう。それ以上抗することなく、大人しく引き下がった。

「じゃ、康平は私の後ろにいてね? この線より前に来ちゃダメだよ」

 そう言いながら、未明は木の枝を拾うと地面に線を引いた。

「そんなにかからないから」

 ニコッと微笑むと、彼女は風車に向き直る。

 康平には聞き取ることすらできない言葉を謳うように囀ると、次第に未明の身体が光を帯び始めた。声を止めた彼女が両手を前に差し伸べると、光は鞭のようになって風車の間を駆け抜けた。ところどころで、火花のようなものを散る。それはあっという間に康平の視界の先へと走り去ると、じきに輝きは終息し始めた。

 完全に光が消え去ると、未明が大きな息をつく。

「おしまい。まだ余波は残ってるけど、数日中に完全に消え去る筈だよ」

 一仕事終えた彼女は、晴れやかな顔をしている。

「ご苦労さん」

 声を掛けて頭をクシャッと撫でてやると、嬉しそうに首を竦めた。

「帰るか」

 そうして、踵を返そうとした時だった。

 康平と未明はほぼ同時に振り返る。彼らに迫るものを視界の片隅に捉えた瞬間、康平は未明を抱えて地面に伏せた。間髪を容れず、その真上を電撃を帯びた矢が飛び越していく。

「このやり方は……」

「彼ね」

 直球な不意打ちは、以前にもあった。

 顔を上げた二人は、予想通りの人物を見つける。

 風車の陰から悠然と巨体を現したのは、キンベル・ゲダス――『崇拝者』であり、未明の命を狙う者だ。

「お前は隠れてろよ」

「でも……」

「こいつを使ってみたいんだよ――キ・サム」

 康平の声と共に、それは刀として現われた。距離を取る飛び道具よりも、接近戦で魔法を使わせる暇を与えず攻め込んだ方が有利なのは、前回の経験で判っている。

 闘志満々の彼の眼差しに、何を言っても無駄だと悟ったのか、未明はおとなしく退く。

「……気を付けてね」

 そう言って見上げてくる未明の頭を乱暴に撫で、康平は刀を無造作に下げながらキンベルに向かう。事情を知らなかった前回とは違う――今度は、チャンスさせあれば息の根を止めるつもりだった。

「よう、おっさん。久し振り」

「お前たち……また、我が神を隠すつもりか」

 憎々しげに、キンベルが言う。

「あんたが町の人間に余計なことをしでかさなきゃ、多分来なかったよ」

 自業自得だ、と言外ににおわせた康平に、キンベルは怪訝な顔をする。

「……何のことだ?」

「あんた、町の人たちを眠らせただろう?」

「知らぬ。俺は、我が神を拝謁できるこの場所で魔術が作動するのを感じたから、様子を見に来ただけだ。そうしたら、貴様たちがいた」

 あわよくば殺そうとしたのかよ、と康平は思ったが、そうなると、新たな疑問が沸く。

 町の人間を眠らせたのがアレイス・カーレンの方だとすると、その目的はいったい何なのだろうか。未明の話では、同じ不意打ち、卑怯な手段でも、キンベルは直情的だが、アレイスは策を弄して挑んでくるらしい。

「まあ、どうでもいいけどさ。取り敢えず、あんたは潰すよ。未明には、護ってやると約束してるからな」

 そう宣言し、康平は刀を構える。だが、キンベルは彼の手の中の得物にチラリと目を走らせると、嘲笑を浮かべた。

「護る……? ミアカスールに護られてばかりの貴様が、何を言う」

「護符のことか?」

「……知らぬのか? まあ、いい。俺にとっても貴様は目障りだ」

 意味ありげな台詞を吐きながら一人で勝手に完結させると、キンベルは大剣を抜き放ち、構える。途端に二人の間には緊張が走り、無駄口を叩く余裕が消え失せた。

 康平は刀を正眼に構え、キンベルは大きく振り上げる。

 先に動いたのは、康平だった。命を奪う事も辞さない覚悟であれば、いくらでも攻め込める。最初から致命的な一撃を狙っていく。

 一気に踏み込み、キンベルの太い胴を分断する勢いで刀を横に薙ぐ。だが、キンベルは後ろに跳び退ると、その勢いのまま、一息に大剣を振り下ろした。康平は刀を切り返しざまに火花を散らして大剣を受け流し、右脚を軸にした回し蹴りでキンベルの膝を蹴り付ける。よろめいた彼の首めがけてすかさず刀を突き出したが、前腕に仕込まれていた篭手で撥ね付けられた。

 ギイン、と鋭い音が響き渡る。その音が消え去るよりも早く、刀を右手に装着したナックルへと変化させた康平は、キンベルの側頭部へと拳を叩き付けた。

 ――兜越しに脳みそを揺さぶられ、ふらついたキンベルは大剣を杖にして辛うじて姿勢を保った。

 どちらも声を上げることはなく、響いていたのは金属がぶつかり合う硬質な音だけだった。唐突にそれらが止むと、風と風車の立てる音が取って代わる。

 頭を振り、懸命に意識を繋ぎとめようとしている巨漢に、再び刀を携えた康平が静かにそれを振り上げる。

 キンベルの左手は地面に突き立てられた大剣に、右手はふらつく頭に当てられ、無防備な首を防御するものはない。ほんの少し康平が動けば一瞬で終わらせられる筈で、彼にはそれを躊躇する理由がなかった。気合も何もなく、無造作に刀を振る。

 が。

「ダメ!!」

 悲鳴のような声が、康平の腕を止める。

 駆け寄り、ぶつかるように抱きついた小さな身体が、彼を拘束した。

「未明!?」

「イヤ、殺さないで。誰かが死ぬのは、イヤ」

 しがみつく未明の身体を振り払い、彼女が地面に転がるのも構わず、康平は再び敵に向き直る。

 だが、そのわずかな間に、キンベルの巨体は消え失せていた。

「クソッ」

 小さく毒づくが、相手がいなくなってしまった以上、どうしようもない。

「キ・ナム」

 教えられていた言葉を口ずさんで刀を消すと、まだ地面に座り込んだままの未明の腕を取って引き起こした。

「何で止めたんだよ!?」

 ここで消しておけば、後の厄介ごとが一つ無くなっていた筈だ。散々悩まされてきた相手の命乞いをする未明を、康平は全く理解できない。

「ごめんなさい。……でも、人が死ぬのは、イヤ。もう見たくない」

 打ちひしがれたようにそう言った未明に、康平は舌打ちを漏らしそうになる。

「けどな、アイツが生きていたら、またお前が狙われるんだぞ? あっちは諦めてくれないんだろう?」

「……ごめんなさい……」

 蒼褪めた顔で繰り返されれば、彼も何も言えなくなる。

 元々、もう自分のために人々が争う姿を見たくない、と故郷を遠く離れて独りで彷徨っている彼女だ。目の前で殺されようとしている者を前に、それを受け入れることができないのは、当然と言えば当然なのかもしれなかった。

「しょうがねぇなぁ」

 戦いの高揚が醒めてくれば、康平にも苦笑する余裕が出てくる。ボヤいてクシャクシャと頭を撫でてやると、未明は見るからにホッとしたように頬を緩めた。

「宿に帰るか。お前にゃ、明日は大仕事が待ってるんだしよ」

「うん」

 緩んだ空気で二人は連れ立って歩き出す。

 ――それは、また、緊張の緩みでもあった。

「どうした?」

 康平は、急に立ち止まった未明に声を掛ける。

 彼女はそれに答えず、周囲を見回している。魔力に敏感な分だけ、『それ』に気付くのは未明の方が早かった。視界に飛び込んできたのは、『眷属』の姿――それは、影ではなかった。妙に質感を持った三体の『眷族』が、二人めがけて突進してくる。

 わずかに康平よりも識認が早かった未明が、制止する間も無く彼の前に回った。

「ちょ、お前!」

 慌てて自分の後ろに引き戻そうとする康平よりも早く、未明は呪文を唱えながらそれに向けて両手を突き出す。以前に同じものを康平が目にした時は、彼女は一瞬にして火の玉を消し去った。

 しかし――。

「え!?」

 思わず、といったように、未明が声を上げる。『眷属』は彼女の障壁を苦もなく通り抜けたのだ。一体は姿を消したが、残りの二体は康平に突進し、そして――消えた。まるで幻覚だったかのように、それは何も残していない。痛みも、衝撃も。呆気に取られるほどの『何もなさ』だ。

「大丈夫!?」

 即座に未明が振り返り、食いつくようにして訊いて来る。だが、そんな彼女の気遣いさえ、康平を腹立たしくさせる。

「ああ? それはこっちの台詞だ。お前、何俺の前に出てるんだよ」

 康平の言葉に、未明がきょとんと彼を見上げる。

「なんで、って……だって……」

 答えられずに口ごもる未明に、康平は今度こそ本当に舌打ちをする。その小さな音に、彼女はまるで平手を食らったかのようにびくりとした。その様がまた、彼の心の中を掻き回す。燻ぶっていた焚き火が息を吹きかけられて再び勢いを取り戻すかのように、康平の中には苛立ちが戻っていた。

 未明は、ただ、彼を庇おうとしただけだ。それのどこが悪いのか。

 ――もう、何がなんだか解らねぇ。

「帰るぞ」

 短く、それだけ言う。言葉を使えば使うほど、未明を傷付けそうだった。彼女に手を差し伸べることもなく、先に立って歩き出す。数歩遅れて未明がついてくるのが、わかった。

 二人の間に横たわる空気はぎこちない。

 ――噛み合わない二人に注がれる観察する眼差しに、康平も未明も、ついに気付かなかった。

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