一
朝一番に来て欲しい、という門屋の要望に従って、二人は朝食を摂るとすぐに家を出た。
門屋の事務所へ至る道は、相も変わらず薄暗く、足場が悪く、まるで洞窟の中を探検しているかのような気分にさせる。
表札のついていないドアを開けると、そこには様々な收集物が溢れかえっており、まさに『足の踏み場もない』という言葉を具現している。
「やあ、康平君、未明ちゃん、いらっしゃい。待ってたよ」
康平と未明の二人が部屋に入ってドアを閉めると同時に、奥の方から声がかかった。
まるで、監視カメラで見ていたかのようなタイミングだが、見る限りそんなものは何処にもない。
――相変わらず、得体の知れないおっさんだな。
そう内心でボヤきながら、康平は未明を伴って奥を目指す。
門屋はいつものように、様々なものが積まれたデスクの向こうに座っていた。振り返ってみれば、この男が立っている姿を、康平は見たことがない気がする。門屋は顔を上げて二人を見ると、まるでそれを残しながら消えていきそうにニッと笑った。
「用件は何だよ?」
「あのさあ、ちょっと北海道に行ってきてくれない?」
何の前振りもなく、門屋が言う。貸しがあるとはいえ、一方的に過ぎる言いように、康平は渋い顔をした。
「もうちょい説明しろよ。何の為だって?」
いつもはどんな無茶な依頼でも理由など気にせず二つ返事で引き受ける康平の台詞に、門屋が軽く眉を上げる。何か面白いものでも見つけたように一瞬目をキラリと光らせ、したり顔で説明を始める。
「えっとねぇ、北海道に規模の大きな風力発電施設があるんだけど、そこで変な健康被害が出てるんだよ。元々、風力発電施設のあるところじゃ、低周波かなんかで体調崩すっていう話はあるらしいんだけどさ、そこのはちょっと変なんだよね」
「変?」
「そう、町民が眠っちゃって、起きないんだってさ」
「起きない? ずっと?」
「ずっと。衰弱して入院する人も出てるらしいんだ」
おかしいだろ? と門屋が肩を竦めて両手のひらを上に向ける。
「だから、そこで何が起きているのか調べてきて欲しいんだよね」
当然のことのようにそう言うが、康平は当然の疑問を口にする。
「何だってまた、あんたがそんなことを気にするんだ?」
「え? 気にならない? 何が起きているのか、知りたいとか思わない?」
「別に」
厄介の種はもう抱えているのに、これ以上余計なことが増えてたまるか、とにべもなくそう答えた康平だったが、彼の背後からは別の意見があがる。当の『厄介の種』の大元だ。
「私は、ちょっと気になるかも……」
「未明?」
振り向くと、彼を見上げる未明と目が合った。
「私も、何か、気になる。――何とは言えないんだけど」
「ほら、普通は気になるじゃないか」
門屋が得意げにそう言うが、門屋と未明のどちらも『普通』の範疇からは外れているのではないかと、康平は胸中で呟いた。
「まあ、とにかく、僕の好奇心を満たすために、ちょっと行って調べてきてよ」
そう言われても『ちょっと』で行ける距離ではないが、いかんせん、門屋には『貸し』がある。康平は断れる立場ではなかった。いかにも気乗りしなさそうな様子で康平が息を吐く。
「判った。だが、出発は一週間後でいいな?」
「え? すぐに行ってよ」
「無理だ」
即答した康平に、門屋が口を尖らせた。
「僕はすぐに知りたいんだけどな」
「こっちにも都合ってモンがあるんだよ。とにかく、一週間後だったら行くから」
康平はきっぱりとそう言い切ったが、ツンツンとジャケットの裾を引かれて振り返った。
「私も、早く行きたいな」
「はあ? 何言ってんだよ。もうじき……」
言いかけて、止める。ここには門屋もいるのだ。二人の『事情』は口にしないほうがいい。
ジッと見上げてくる未明の眼差しを受けて、康平はガリガリと頭を掻く。
「判った。まあ、飛行機が取れりゃぁいいけどな」
渋々と――心の底から渋々と、康平はそう答えた。
「良かった、すぐ行ってくれるんだ」
「仕方がねぇだろ」
仏頂面で答える康平に、門屋がニッといつもの笑みを浮かべる。
「まあ、頑張ってきてね。今度は、ちゃんとした報告を待っているから」
その言い方にどこか含みが感じられ、康平は微かに眉を寄せた。と、同時に、彼のジャケットを握る未明の手に力がこもるのが、感じられる。見下ろした未明は、何か問いたげな眼差しを、この飄々とした古物商に注いでいた。