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暗黒神話(旧)  作者: トウリン
来訪
16/44

十五

 GPSを辿って、康平は自宅からそう離れていない廃ビルへと到着する。あの金髪野郎は、まさか人の居場所が判るような機械があるとは思っていないのだろう。

「魔法が全てだと思うなよな」

 呟いて、慎重に五階建てのビルの部屋を一つ一つ探っていく。心は焦るが、足は猫のように音一つ立てない。

 やがて最上階に辿り着いたとき、男の猫撫で声が耳に届く。そして、続いた、布を引き裂くような音――いや、まさにその音なのだろう。

 そう思った途端、身体が勝手に動いた。康平は声の聞こえた部屋に飛び込み、狙い違わず、大勢いる男のうちの一人を殴り飛ばす。そして続いて、並べたデスクの上に寝かされた女を押さえ込んでいる男二人を昏倒させた。

 残った男たちを油断なく見据えるが、彼らは仲間がやられたというのに、さっぱり動こうとはしない。

 ――どういうことだ?

 怒りの気炎を身体から漲らせながら、康平には、それでもそれを疑問に思うだけの理性は残っていた。

 いぶかしみはしても戦闘体勢は解かない康平に、最初に殴り倒した男――アレイスの声がかかる。彼は、今まで肉弾戦で攻撃されたことがなかったのか、殴られた頬に手を当てたまま、まだどこか呆然とした顔をしていた。

「あなた、何故、ここが……」

「ああ? この世界にはこの世界なりの便利な『魔法』があるんだよ。てめえの世界の力が全てだと思うな」

「この世界の、魔法……」

 どこまで本気にしたのか判らないが、アレイスは康平の言葉を繰り返す。

「解りました。調べておきましょう。取り敢えずは、あなたを何とかしなければ。さあ、侵入者を殺しなさい」

 アレイスの命令とともに、微動だにしなかった男たちが、一斉に康平へと向かってくる。

 入室したときに確認した人数は、アレイスを除いて十人。うち二人はすでに戦闘不能だ。

 康平は特殊警棒を取り出すと、一振りで伸ばす。最初に掴みかかってきた男を、身を屈めてかわすと、その脛めがけて警棒を叩きつける。嫌な音がして男は悶絶する。そのまま片足を軸にしてぐるりと後続の男たちの足元をなぎ払うと、三人が倒れ、そのうち二人は頭を強打したのか、そのまま立ち上がれずにいる。操られているせいか、若干、反応が鈍いようだ。

 ――残り五人。

 即座に跳ね起きた康平は、殴りかかってきた男にカウンターで首筋に警棒を叩き込む。

 ――残り四人。そのうち二人はナイフを手にしていた。

 康平へ向けて水平に突き出してきたナイフを紙一重でかわすと、警棒でその手首の骨を砕きがてら、ナイフを叩き落す。呻いて屈んだところへ、鼻面に膝蹴りを一発。

 ――残り三人。

 流石に人数が減って、相手も動きやすくなったとみえて、残る三人は一斉に飛び掛ってきた。素人のようにナイフを振り上げた男は隙がガラガラで、肝臓に拳を叩き込み、続けてチンへ。ほぼ同時に後ろへ足を蹴り上げると、みぞおちを抉られた男が吹っ飛んでいく。殴りかかってきた拳を片腕でガードし、腹を拳で二発、回し蹴りで側頭部を一発。

 ――これで、全てだ。

 康平は、息一つ乱さず、背筋を伸ばす。手にしている警棒は歪んでおり、もう捨てるしかないだろう。

「あなた、いったい……」

 呻き声を上げ――あるいは、それすらできずに床に転がる男たちを見回し、アレイスが呆然と呟く。

「悪いね。ちょっと特殊な事情で、俺って強いんだわ。だいたい、数だけ素人を集めても、あんまし意味ないしな」

 まったく申し訳なさの欠片も感じさせない口調での『悪いね』は、まったく謝っている感じがしない。

「さあ、どうする? あんたの得意な魔法でやる?」

「……それは、できません。まったく、この世界はよく解りませんね。あなたのように、魔力の全くないものにしてやられるとは……」

 苦笑いを浮かべ、アレイスはそう呟く。

「では、また出直します」

 その言葉とともに、例のごとく消え失せた。

「もう来るな」

 康平は、心の底から、そうぼやく。そして、振り返った。

 デスクの上には、呆然と見つめている半裸の美女。長い手足、豊かな胸に細い腰。全てが違うが、顔立ちに面影は残っている。

 ジャケットを脱ぎながら康平は歩み寄り、それを羽織らせるとゆっくりとその身体を引き寄せた。子どもの姿の時とは比較にならない柔らかなその身体は、ちゃんと、温かい。

「何も、されてないな?」

 微かに声が震えるのを、制御できない。

「康平……」

 少し低くなったその声は、いつもよりも、康平の中の何かをくすぐる。

 彼女がおずおずと腕を伸ばし、彼にしがみつく。次第に、その手に力が入っていくのが判った。康平の腕にも、力がこもる。

「大丈夫。何もされてない。――ちゃんと、間に合った」

「間に合った? ……そうか」

 何よりも、その一言が欲しかった。

 彼女の頭が、康平の肩にコトンと落ちる。

「うん。……ありがとう」

 それは、あの少女が最期に残したものと同じ言葉。

 康平の中で苦痛とともにあったその一言が、今はこの上なく嬉しい。彼の中の絶対的な領域はまだ残っているけれど、ほんの少しだけ、何かが晴れたような気がした。

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