抽象的大怪獣ゴドン:終わらない12月12日の謎
2000年12月12日、午前3時33分。
凍てつく夜の静寂を、突如として不気味な金切り声が切り裂いた。稲妻の如く脳を突き刺すその咆哮こそ、人類の理解を拒絶する抽象的大怪獣ゴドン襲来の合図であった。
しかし、破滅の足音が迫るその直前――東堂純平は、世界で最も緊張感のない瞬間にいた。自宅の自室、お気に入りのエロDVDをデッキにセットした彼は、盛りのついた猿の如き興奮を漲らせ、ベテランスリ師も驚く俊敏さでパンツをずり下ろした、まさにその時である。
「うわぁっ!!! なんだ!?」
耳をつんざく爆音が鳴り響き、純平の思考は完全停止した。顔を硬直させ、呆然と立ち尽くす。だが、肌を刺す尋常ならざる大気の震えが、彼に本能的な恐怖を呼び覚ました。何かが起きている。世界が変貌しようとしている。
純平は下半身の処理もそこそこに、半ばパニック状態で外へと飛び出した。
通りは、彼と同じように異変を察知して飛び出してきた人々で溢れかえっていた。緊迫した空気の中、純平は周囲を見渡した。そして、怪獣の恐怖とは全く別の、もう一つの驚愕の真実に直面し、背筋に冷たいものを覚えた。
(……ハゲだ。みんな、ハゲている……!)
街灯に照らされ、不自然なほど眩く輝く頭皮の群れ。長年暮らしてきたご近所さんたちが、こんなにもハゲが多く、揃いも揃って毛根を失っていたという、あまりにも衝撃的な事実。
この地区には、頭皮に致命的な影響を与える未知の磁場が発生しているのか?
それとも、毛根の神の逆鱗に触れた呪われし土地なのか?
いや、逆に考えれば、ここはハゲたちのエデンであり、桃源郷、あるいは絶頂期のローマ帝国なのではないか。
もしここが「ハゲのローマ帝国」ならば、この混沌を統べる暴君のごとき狂気の王がどこかに君臨し、虎とハゲを血みどろで戦わせる血塗られたコロシアムが存在するはずだ――。怪獣の脅威を忘れかけるほどのクソみたいな妄想が純平の脳内を駆け巡る。
その時、緊迫した群集の一人が狂ったように叫んだ。
「あれはなんだ!!!」
純平の視線が、ご近所ハゲの頭頂部の隙間を縫って、夜の闇へと固定される。
いた。そこには、巨大な「何か」がのたうち回っていた。
巨災対(巨大災害対策本部)のレーダーにすら映らないかもしれない、世界を揺るがす大怪獣。
純平はガチガチと歯を鳴らし、恐怖に震えた。自分の目が捉えている「異形」が、どうしても現実のモノとして脳に処理できないのだ。
しかし、人類の科学兵器が火を吹くよりも早く、その異形はしばらく周囲を蹂躙したのち、引き波を立てて暗黒の海へと消え去っていった。まるで、最初からそこに存在しなかったかのように……。
怪獣襲来の傷跡は、世界を未曾有のパニックへと陥れた。
世紀の大ニュースとして連日トップで報じられ、その脅威は「ゴドン」と命名される。だが、各国の専門家やジャーナリストを最も困惑させたのは、生き残った目撃者たちのあまりにも支離滅裂な証言だった。
「一体、どんな姿の怪物だったのか?」
報道陣の問いに対し、世界は混迷を極めた。
あるご近所ハゲは「巨大な男梅のようだった」と恐怖に顔を歪め、ある向かいのハゲは「桂三枝(現・六代 桂文枝)師匠の顔そのものだった」と涙ながらに訴え、またある者は「カーネル・サンダースが迫ってきた」と怯え、別の者は「ピーポくんが街を破壊した」と絶叫したのだ。
誰一人として、全体像を一致させることができない。見る者の精神状態や記憶のゲシュタルトを崩壊させるその性質から、人類はそれを「抽象的大怪獣」と呼ぶほかなかった。
あの夜、世界を震撼させたゴドンとは一体何だったのか。
ハゲたちのエデンに現れた、終末の使者だったのか。
あるいは、あの地区の磁場が見せた、人類史に残る集団幻覚だったのだろうか……。
未だ、真相は深い闇の中である。




