第五話 双子
アリシアが連れてきた女性は、まるで春の霧のように儚げだった。
名前はユリス。
双子の妹は活発で殿方にも人気があるが、姉の彼女は内気で、いつも誰かの後ろに隠れているのだという。
「今度、ユリスの屋敷に王太子殿下がいらっしゃるの。婚約者を探していらっしゃるとか。私は、この子にも十分に資格があると思っているのだけれど」
「わたしなんて、そんな……」
ユリスは俯き、消え入りそうな声で言った。
グランツは、じっと彼女を観察した。
ほんの少し、首が前傾している。背中が力なく円を描いている。
造作が悪いのではない。自分を「価値のないもの」として扱っているその姿勢が、彼女の光を遮っているのだ。
双子であれば、顔の造作に違いはない。あるとしてもほんの少しのはず。
それなのに、ユリスは本来持つべきものを捨ててしまっている。
家という狭い空間では、比べる対象が少なすぎるのだ。
たった二つのものを比べれば、必ず優劣はついてしまう。
「わかりました。お引き受けします」
グランツの手が入ると、ユリスは劇的に変化した。
普段は使わない華やかな色彩を、彼女の骨格を強調するように乗せていく。素材は、一日のうち数分しか咲かないという幻の花の蜜から採った、生命力に溢れる発色剤だ。
「……これが、わたし? 別人みたい」
鏡の中の自分を見つめ、ユリスが震える声を出した。
「別人ではありませんよ。間違いなくあなたです。さあ、今日はそのままで街に出てください。多くの人の前に立ち、色んな人と触れ合うのです」
アリシアが感心したように頷く。
「流石グランツね。これなら当日も大丈夫だわ」
「いえ。当日は、いつもの化粧に戻します」
「えっ! どうして?」
グランツは鏡の中のユリスから視線を外さず、静かに答えた。
「もう必要ないからですよ。ユリスさんの慎み深さを邪魔しないよう、淡い色を添えるだけにします」
数日後。
国中に王太子の婚約が発表された。相手は、妹ではなくユリスだった。
後日、報告に訪れたアリシアが、不思議そうにグランツを問い詰めた。
「まいったわ。一体どんな魔法をかけたの? 当日はあんなに薄い化粧だったのに、殿下は彼女から目を離さなかったそうじゃない」
グランツは、すり鉢で薬草を挽きながら、淡々と答えた。
「魔法じゃありません。自信です」
「自信?」
「最初に来た時の彼女は、自信を失っていた。あんなに綺麗なのに。だから、自信を取り戻すのを、ほんの少しお手伝いしただけです」
グランツは手を止め、窓の外を見つめた。
「僕の言葉では駄目なんです。知らない他人が、自分を見て驚く視線。賞賛の呟き。これでないと、彼女の中の鏡は磨かれない。自信さえ取り戻せば、人は自ずと前を向ける。背筋が伸びる。それだけで、女性は劇的に綺麗になるんです」
アリシアは黙って、グランツの横顔を見ていた。
その顔には、名声を誇る者の傲慢さは微塵もなかった。
「化粧は、きっかけに過ぎません。王太子殿下が選んだのは僕の技術ではなく、彼女自身の、背筋の伸びた高潔な美しさですよ」
グランツはそう言って紅茶を口にし、次の依頼書に目を落とした。
そこには、仕事のことだけを考える職人の顔があった。




