破れた絆の夜
舞踏会の華やかな幕開け王都の夜は、星々が宝石のように輝く宝石箱のようだった。
ヴェルディア家の屋敷——いや、今宵は王宮のグランドホールが、私、リリアナ・ヴェルディアの18歳の誕生日を祝う舞台だ。
クリスタルのシャンデリアが天井から吊り下げられ、無数の蝋燭の炎が揺らめく光を反射して、ホール全体を黄金の霧に包み込んでいる。
絹のドレスを纏った貴族令嬢たちが、扇子を優雅に振るい、紳士たちは燕尾服の裾を翻してワルツを踊る。
弦楽四重奏の調べが、甘く耳に絡みつく。
「リリアナ様、おめでとうございますわ。ますますお美しい……まるで妖精のよう」
隣に立つ伯爵令嬢、エルミナが微笑みながら囁く。
彼女の言葉に、私は頰を赤らめて礼を返す。
エルミナとは幼い頃からの友人で、茶会でこっそりお菓子を分け合った仲だ。社会的の輪の中で、こうしたささやかなつながりが、私の心を支えてくれる。
ヴェルディア家は没落貴族とはいえ、母の遺産である魔導書の知識で何とか名を保っている。
父は領地の管理に追われ、妹のエレナはまだ幼く、このような華やかな場は私一人で切り抜けねばならない。
「ありがとう、エルミナ。あなたこそ、ドレスが素敵よ。あの青いリボン、湖の精霊みたい」
互いに褒め合い、笑い合う。肯定的な空気が、胸の奥を温かくする。
でも、どこかで小さな棘が刺さるような予感がする。
婚約者、エドガード・ランフォード公爵子息の姿が、まだ見えないのだ。
彼はいつも、こうした舞踏会の主役のように現れる男。金色の髪を後ろで結い、青い瞳が剣のように鋭い。
出会いは3年前の王宮パーティー。私が魔導書のデモンストレーションで小さな炎を灯した時、彼は「君の炎は、俺の心を溶かす」と囁いた。
あの言葉が、すべてのはじまりだった。
ホール中央の階段に、父上が立つ。
白髪交じりの髪を整え、胸に家紋のブローチを輝かせて。父は寡黙な人だが、今宵は少しだけ表情が柔らかい。
「諸君、ようこそ我が娘、リリアナの誕生日舞踏会へ。彼女は今日、成人を迎え、ヴェルディア家の未来を担う令嬢となる。エドガード殿下のご厚情により、この婚約の喜びを共に祝おうではないか」
拍手が沸き起こる。父の言葉に、胸が高鳴る。婚約……それは、単なる形式ではない。私たちの家を救う鍵だ。
ランフォード公爵家との結びつきで、領地の借金が肩代わりされ、魔導書の研究も進む。エレナの教育費さえ、安心できる。
未来への希望が、淡い光のように広がる。
だが、拍手の余韻が残る中、扉が静かに開く。エドガードが入場する。
黒のタキシードが彼の長身を際立たせ、周囲の視線を一身に集める。
令嬢たちのささやきが、蜂の羽音のように広がる。
「あら、エドガード様……本当に美しいわ」 「リリアナ様は幸せ者ね。でも、少し釣り合いが……」
棘が、深く刺さる。釣り合い? ヴェルディアは没落とはいえ、由緒ある血筋だ。母の魔導術は、王家に認められたもの。
だが、そんなささやきは、貴族社会の常。社会的の仮面の下で、誰もが己の地位を競う。
私は深呼吸をし、微笑みを保つ。
エドガードの視線が、私を探す。やがて、目が合う。あの青い瞳に、いつもの優しさが宿っている……はずだ。
彼が近づいてくる。足音が、ホールの絨毯に吸い込まれるように静かだ。
心臓の鼓動が、弦楽の調べに混じる。
「リリアナ、誕生日おめでとう。君のために、特別な贈り物を用意したよ」
エドガードの声は、低く甘い。手にした小さな箱——それは、魔導石のネックレスだろうか? 期待が胸を膨らませる。
だが、彼の瞳の奥に、微かな影が揺れるのを、私は見逃さなかった。この夜が、華やかな幕開けであるはずだったのに……なぜか、胸に冷たい風が吹き抜ける予感がした。




