第六話: 静謐の街と遠い影
ーー知れ
己の無力をーー
夜明けの光が、宿のカーテン越しに淡く射し込んでいた。
悠真はベッドに腰を下ろし、木刀を膝に置いていた。
目を閉じれば、昨日の戦いの光景が甦る。
魔物を退けた瞬間、確かに何かが流れ込んできた。
体を軽くし、斬撃を鋭くした“あの感覚”――魔力。
魔力を使うということは、俺の剣を捨てることなのか?
斬るのは己の弱さ。
その信条が、音を立てて崩れかけている。
魔力を受け入れた瞬間、自分が別のものになる気がしてならなかった。
柄を握る手が震える。
「……俺は、何を守るために剣を抜く?」
問いに答える声はなかった。
コンコン、と扉を叩く音。
「悠真さん、起きていますか?」
セリナの声だ。
扉を開けると、彼女は陽光を浴び、柔らかな銀髪を揺らして立っていた。
「傷は……もう大丈夫ですか?」
悠真は短く答えた。
「ああ、なんとか」
「……昨日の戦いで、何か感じませんでしたか?」
問いは鋭い。だが悠真は一拍置き、視線を逸らす。
「別に、何も」
その答えに、セリナの瞳がわずかに陰った。
「……そう、ですか」
言葉を飲み込み、彼女は踵を返す。
その背に、悠真は呼び止めようとしたが、声は喉で溶けた。
昼、街の市場は賑わっていた。
悠真とセリナは食材を買いに訪れていたが、ひそひそと交わされる噂が耳に入る。
――“また見つかったらしい”“心臓を抜かれて”
「……何の話だ?」悠真が声を潜める。
セリナの表情が引き締まる。
「最近、この街で続いている連続殺人です。被害者は全員、心臓を抜かれているとか……」
「魔物の仕業じゃないのか?」
「……違うと思います」
その直後だった。
ギルドの使いが血相を変えて駆け寄る。
「ギルド長が呼んでる! 至急だ!」
ギルドの奥、重々しい空気の中でギルド長が腕を組んでいた。
「よく来たな、坊主、嬢ちゃん」
テーブルの上には、黒く焦げた石片が置かれている。
「……魔法の痕跡だ」セリナが低く呟く。
ギルド長は頷いた。
「昨夜またやられた。心臓を抜かれた死体が、街の外れで見つかった。しかも今回は……見ての通り、魔力の反応付きだ」
悠真は、木刀を握る手に力が入る。
「俺たちに、何をしろと?」
ギルド長の目が、鋭く光った。
「簡単だ。――この街で“何か”を始めている奴を見つけろ。そして、斬れ」
その言葉が、悠真の胸に突き刺さった。
斬るのは己の弱さ――だが、今、斬るべきは何だ?
その夜、屋根の上で、仮面の男が月を見上げていた。
「……駒が動き出したな」
膝をつくカナリアが、笑みを浮かべる。
「悠真は?」
仮面の奥で、声が嗤った。
「まだ剣士だ。だが――己を壊す時は近い」
冷たい夜風が、闇を撫でた。




